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魔法少女の願いごと②




 美咲は自分が何を目撃しているのか、視界の先で何が行われているのかを理解できなかった。否、理解したくなかった。脳が、心が事実を拒んでいた。



 残されたのは断片的な記憶。商品の入ったバッグはどこへ行ったのか、ニュースではどう報道されているのか。週明けは学校に行ったのか、はたまた家に閉じこもっていたのか。


 私はこれからどうなる? 知人に引き取られるとか、親戚に連れられ海外に移住するとか、何か言われたはずだが、知らない。わからない。どうでもいい。姉は文字通り消え、美咲は一人になった。独りきりになったのだ。



 視界が鮮明に戻った時、美咲は夜の町に立っていた。装飾が少ない無骨な黒いコートの下には胸部を覆う薄手のアーマーと、市販品のようにシンプルなミニスカート、そしてエンジニアブーツといった出で立ち。髪は白く、輝きを奪い去られた銀色とでもいうようにのっぺりしている。深い海のような色合いの瞳に月を映して、立ち尽くしていた。



 鏡座 美咲は魔法少女になった。




〜〜〜〜〜


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜〜〜〜〜




「もう会長! 待ってくださいよ〜!」



 ポニーテールを犬の尻尾のようにパタパタ揺らし、周見まわりみ れんは走る。



「おやおや、副会長ともあろう人が廊下を走って良いのかな?」



「も〜! だって会長が待ってくれないから……!!」



「ほら静かに。美術室では部活中だよ。それにほら、こうやって扉の前で待ってるじゃないか」



「いやそれは……そうですけどぉ」



 会長と呼ばれた少女は長い黒髪を耳の後ろに流し、芝居がかった笑顔で蓮を迎える。二人が立つのは生徒会室の前であり、その扉の横には会長が写ったポスターが貼られている。『月峰つきみね 綾乃あやの』。それが彼女の名前だった。



「しかしまぁ、なんだ。今日も私達だけか。御代みしろさんに協調性が無いのは元からだけど、まさかあの鏡座さんまで休み続きとは……もうすぐ選挙だと理解してるんだか――」



「鏡座さんはお家の事情があるって先生も言ってましたし。……御代さんについては同意ですけどね〜」



 部屋に入り、資料を取り出しつつ言葉を交わす。机に並べられた紙は綾乃が書いた原稿であり、数日後の生徒会選挙の場で蓮を次期生徒会長へと推薦するために読み上げられるものだった。連日、放課後に居残って推敲を繰り返しているのだ。



「……今日も二人きりですねぇ」



「そうだな。人員が少ないとそれだけ得られる意見も少ない。残念だが、今日もまた居残ることになりそうだ」



「……私は……全然残念じゃ……」



「何か言ったか?」



「いーえ、何も〜」



 蓮の小さな呟きが空気に溶ける。綾乃は首を傾げるが、生まれた沈黙を苦とは感じなかった。


 こっそり、蓮はペンを走らせる綾乃の端正な顔に目を向ける。明るい色の瞳、細く結ばれた薄い唇、そして再度瞳。



「……でも会長、ありがとうございます。私の当選のためなのに、毎日遅くまで」



「何をそんな水臭いことを。……お礼は風鈴堂のチーズケーキで良いさ」



「え!? あのお店高いから嫌ですよ? しかもほら、あそこって変に遅い時間からしか開いてないですし〜……」



「ふふふ、冗談だよ。私達は仲間だし、協力するのは当然さ。それに生徒会のスローガンにもあるだろう?」



「『救える人を救う』、ですよね。まぁなんとも語感が悪いことで……」



 蓮は室内にも貼ってあるポスターを見やり、わざとらしく溜め息をついた。こんな態度をとっているものの、このスローガンは生徒会の全会一致により決まったものだ。



「ふふん。でも実際大事じゃないか。手の届く範囲に、積極的に手を差し伸べる! 真に大切なことはそういう一歩の積み重ねだよ」



 綾乃はやはり芝居がかった尊大な仕草で手を広げ、優しげな笑みを浮かべる。蓮は視線がぶつかるのを避け、顔を机の上に落とした。



「……好きですよ」



「ん?」



「いいスローガンだと思います。私も」



「そうか。よかった」



 言葉に含まれた真意に気づくことなく、綾乃はまたペンを走らせる。心地よい沈黙の中、蓮は赤くなった耳を隠すようにポニーテールに手櫛を通した。





〜〜〜〜〜


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜〜〜〜〜






 美咲はマンションの屋根に立ち、星を眺めていた。このどこかに姉は……お姉ちゃんは居るのだろうかと考えて、やめた。不毛に感じたからだ。そして、今の自分がやるべきことを重々理解していたからだ。



「お姉ちゃん……」



 とはいえ、意思に反して――乾いた風が吹きすさぶ荒野のような心でも、姉の顔は頭に浮かんでくるものだ。


 母が居なくなったとき、美咲はまだ小学生だった。優香は中学校に入学したばかりで、精神的な余裕は皆無。にもかかわらず美咲にとって、変わらず姉であり、母の代わりであり、友達でもあり、そして最愛の家族だった。



「お弁当、毎日作ってくれてありがと。お姉ちゃんの卵焼きね、甘くて、ふわふわで……大好き」



 朝早くからエプロンをつけて台所に立つ優香の姿を思い返す。美咲もその器用な手さばきに憧れ、恩返しとサプライズを兼ねて挑戦したことがあった。しかし結果はフライパンをコゲだらけにして、卵を二つ無駄にしただけ。その後は諦めて教わりながら挑戦したが、あまりの下手さに二人で笑いあったものだ。



「お風呂も私、もうとっくの昔に怖くないのに。中学生にもなってまだ、たまにお姉ちゃんと入ってるなんて……恥ずかしくて友達に言えないじゃん」



 あの日々の温かさを今も鮮明に思い出せる。忘れるものか。しかし、その熱こそが美咲の胸を苛むものでもあった。



「……」



 それを振り払うように、屋根から飛び降りる。人払いの結界なんて張れないため、できるだけ人目につかない暗がりや高台を移り進む。変身し、奇抜な衣装に身を包まなければ生じない手間ではあるが、美咲は変身を解かなかった。胸に空いた大穴を魔法で埋めていないと、身体が崩れて潰れてしまいそうだったからだ。


 しかし、美咲は腐っていない。空虚な地で呆けることはしない。たった一つの願いを叶えるため――ケジメを取らせるため。あの魔法少女、ルミナスを殺すために。



(お姉ちゃんは敵討ちなんて絶対に望んでない。でも私は……。ごめんね、もう決めてるから)



 美咲にはルミナスを見つける算段があった。そのために住宅地を抜け、あのスーパーを飛び越え、商店街にある三階建てのビルの屋上へと降り立つ。



 美咲は商店街の一角に顔を向ける。彼女の魔法少女としての第六感とでもいうべき感覚は、その目線の先に魔物の種――あるいは卵とでもいうようなモノが芽生えているのを感知していた。魔法少女として目覚めたばかりの美咲が感知できているのだから、あのルミナスも当然のごとく気づいているだろう。あとはここで待っていれば―― 




「――っ!」




――そう。現れるのだ。



「やあ、こんばんは。……新しい魔法少女かい? 初対面だよね」



 美咲の隣に、たんぽぽの花弁のような明るい黄色の光が降り立った。黄色の髪をサイドに纏めた魔法少女、ルミナスが。



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