【幕間】繋がれた少女①
少女は神童と呼ばれていた。幼稚園のかけっこでは常に一位。小学校のスポーツテストでは性別、学年を問わず最上位の成績を叩き出し、中学校に進学してもそれは変わらなかった。
自らの身体能力を持て余した少女は陸上部に入ると、二日で主将の記録を大きく塗り替え、退部した。卓球部では入部翌日に全部員に勝利し、その日の内に退部した。テニス部、水泳部でもそれは変わらなかった。
しかし、柔道部で彼女は知った。身体能力ではどうしようもない技術の存在を、その奥深さを。そして一ヶ月後、彼女は倍の体重を持つ相手を投げ倒し、退部した。
続く空手部でも彼女は知った。柔道とは全く異なる駆け引きが要求されると。数多の技には底知れぬ奥深さがあると。そして二ヶ月後、全員との「試合」に勝利し、退部した。翌日、「喧嘩」を売ってきた主将を叩きのめした。
更に翌日、放課後に近場の高校の空手部へと乗り込み、その場に居た全員との試合に勝利した。
かつて神童と呼ばれた少女は求めていた。己の中に煮え滾るマグマの遣り場を。誰でも良かった。この天狗の鼻をへし折れる者を求め、焦がれていた。
また更に翌日、その日は土曜日であり、隣町の空手道場に殴り込む予定だったが、同い年だという少女が訪ねてきた。空手着の入ったバッグだけを背負い、多くは語らないまま立ち合いたいと言った。学校の武道館を借りたいという声に反発できる人間も居らず、かくして「試合」は始まった。実力差は歴然であったが、敗者は納得できずに「喧嘩」を挑んだ。しかし変わらず、実力差は歴然だった。――神童と呼ばれた少女は初めて敗北を味わった。
「……てめ、誰……っ……名前……何て……」
腹部の痛みに呻き、地べたに這いつくばり、睨みつけながらかつての神童は問いかけた。相手は手を差し伸べながら言った。
「私は若葉。『一之瀬 若葉』。……貴女、まあまあやるじゃないの」
無傷の若葉が浮かべた笑みは、少女の心を熱くした。
それから二年後、少女の名は空手界に大きく広まっていた。いくつもの大会に出場し、空手の範疇に無い動きによって反則負けを量産していたが、しかし誰の目にも「勝者」と認識される強さを持った異常者として。彼女はどこにも属さず、何の流派も持たなかったが、それでも空手着を羽織り続けていた。
とある大会の優勝候補との試合で反則を言い渡された翌日、少女はかつて若葉が残していった番号へと連絡を入れた。二年が経っているにも関わらず当たり前のように繋がった電話の向こうで、彼女は当たり前にそれを承諾した。
翌日、神童は若葉と立ち合った。そして、神童は未だ誰にも見せたことのない《《薄緑色》》の輝きを身に纏った。対する若葉は超自然の事象に驚く様子も見せず、同じように《《臙脂色》》の輝きを纏った。かつてと変わらず、実力差は歴然だった。――神童は初めて心の底から笑った。
神童は初めて、最高の敗北と最高の友を得た。




