魔法少女の独りごと⑧
二人の魔法少女が路地に足を踏み入れた。ゴーストタウン一歩手前な葵原町の一角にある廃ビルに沿ったそこへ。報告通り、白い髪に黒いコートの魔法少女が――鏡座美咲が倒れていた。
「確かに……綺麗ね」
「えっ、ゆーちゃんってこういう子が好みだったの……? ウチと真逆の地味系なのに!?」
「ち、違うわよ! 綺麗って言ったのはこの子じゃなくて、クローバーさんの打撃がって意味で……。ほら見てよ。脇腹はブレイズさんとの交戦痕だから、他には顎に一撃入れた痕しか無いでしょ? ワンパンで気絶……綺麗な打撃だなぁってことで……」
「うぅ……格闘技オタクのゆーちゃんはウチよりクローバーさんの方が好きなんだ……しくしく……」
「主張変わってるじゃないの! ほら、噓泣きなんてしてないで早く終わらせるわよ」
「はーい。……早くお泊まりデートしたいもんねぇ?」
「ち、違――わない、けど!! ほら、ミカンも聞いたでしょ……この辺に出るんだって」
「出る? 幽霊?」
「違う、殺人鬼! 『霧の腕』よ! クローバーさんもブレイズさんも、なんか今日は凄く焦って本部に行っちゃったし。……もし、私たちみたいな下っ端が出会ったら……」
二人はそそくさと作業を進める。ゆーちゃんと呼ばれた少女、ユズはパワードスーツめいて巨大な魔力の腕で美咲を抱え上げる。すると無駄に複雑な変形機構によって担架状になり、乗せられた者を拘束した。その間、ミカンは身の丈ほどもある巨大な注射器を豪快に突き刺し、大剣の創生によって抉れた地面を修復していた。
「あーもー! いーやーだ!! マジ怖いこと言わないでよぉ。あーってか、見てこれ……ブレイズさん苦戦したんだぁ。めっちゃ地面抉れてんだけど」
「ほんと……これはちょっと時間かかりそうね。あ、ミカン。こっちのシャッターもへこんでるわ。ナイフまで落ちてるし」
「えー!? 直す箇所多すぎぃ!! ……こっそりサボっちゃ……ダメ?」
「駄目よ。金曜日なんだから、少しぐらい我慢しなさい」
「ぶー……ゆーちゃんは少しもガマンできなくてすぐイクくせに……」
「な――! この子――っ!!」
「やーん、ゆーちゃんが怒ったー! こわーい!」
「怖いの? ボクより?」
「もーマジ怖――へっ……?」
賑やかな、死闘の跡には似合わない二人の嬌声。その中に一つ、異質なものが混ざり込む。
「えへへ……こんにちは! その子、もしかして今から輪姦すの? 僕も参加していい?」
まるで気配を感じさせず、不意に――霧のように現れ、その場に立っていたのは深紅の魔法少女。満面の笑みを浮かべる彼女には、左肩から先――左腕が無かった。否、生身の左腕は無かった。その代わりとして有るのは、深紅の何か。不規則に歪み、揺れる、不定形の……『霧の腕』とも言うべきもの。それはユズの横を通り抜け、その背後へと伸びていた。
「はっ? ……え? ゆーちゃん、この子誰――」
ミカンはその口調や態度に反して聡明である。今の状況も、目の前の相手が誰であるかも理解していた。こんなことがあるのかと、負の奇跡と言わんばかりの確率だと。それも理解していた。そして……自身の理解が正しいのであれば、生きて帰れないだろうことも。
だが、信じたくなかった。だから、背後に立っているはずのユズに問いかけた。
「――ゆーちゃん? ……ユズ?」
答えはない。背後から響く濁った、ゴキリという鈍い音が何なのか。それが何を意味しているのかも、理解していた。
「へー、この人ユズって言うんだ。だからゆーちゃんかぁ……可愛いね! でも僕、ユズさんよりおねーさんの方が好みだからさ。先に逝かせちゃった。ごめんね」
霧が揺らめく。首筋に巻き付いた、ぞっとするほど冷たいそれが何であるか、理解していた。そして、最期に聞こえたゴキリという鈍い音。それが自分の首が立てたものであることも、理解していた。
「大丈夫。恋人なんだよね。なら、一緒に逝けば怖くないもんね。僕はそんな酷いことしないから……だから、次は僕と一緒にイこ……? ね?」
少女は死体の唇をまるで啄むように、自らの唇を重ねる。首が捻じ曲がったそれを優しく、丁寧に、愛しげに抱き寄せた。そのままいつものように事に及ぼうとしたとき、それに気付いた。彼女には誰より先に準備を済ませていたように見えていた――白い髪に黒いコートの魔法少女、鏡座美咲。魔法の担架が消え、地面に倒れる形になっていた彼女の胸が上下し、僅かに瞼も動いていることに。
「……あれぇ? まだ生きてる……って、そりゃ変身解けてないんだから当たり前か! あんまり僕の好みじゃないけど、なんか……えへへ……面白そうじゃん! せっかくだから待ってよっと」
ぺたりと座り込み、深紅の少女――『虚道 紗夜』は笑った。13歳という年相応の無垢な笑顔をいっぱいに浮かべ、蛇のような瞳で美咲を見つめる。じっと、見つめ続ける。目を覚ますまで、ただじ―――っと。運命めいた何かに心を躍らせながら。
「……キスしたら起きたりするかな。いやでも、寝てる間にそんなの悪いし……この子のファーストキスだったりしたら可哀想だし……。でも、そういうシチュエーション憧れちゃうなぁ。いや……でもなるならお姫様役の方が僕は――」
やがて眠り姫は目覚め、降り頻る雨の中で笑った。間もなくして『宝石の盾』の危険人物手配リストには『霧の腕』に続く位置に、もう一人の情報が記載された。その名前は『白い魔法少女』――鏡座美咲。




