魔法少女の独りごと⑦
「させねーよ、美咲。それをやったら……お前は本当に戻って来れなくなっちまう」
「……っ!? わ――」
「部外者は黙ってろッ!! 口出すんじゃねぇ!!!」
小夏に対して一喝、若葉は遮って美咲の目を見つめる。両手で優しく美咲の手を包んだまま、薄緑色の輝きで瞳の底を照らすように。
「美咲。聖奈から言われただろ? もうコイツは戦えない。無為に殺すことはない……見逃してやれ」
「無為に、ですか。私達を狙っているのは組織です。その戦力を削ぐことは重要でしょう? じゃないと終わりませんよ」
「何度でも追い返せ。ぶん殴って、より強い奴を引っぱって来させろ。……それじゃなくても、逃がせば尾行してアジトを特定したりも出来るだろ。あと、殺さなきゃいつか相手も相応のアプローチをしてくるかも知れねぇし――」
「……主張がブレてますよ。それに、殺さなきゃって……だったら私は手遅れです」
「じゃあそれなら、それなら――」
「……もう、いいですから」
美咲は重ねられた両手を、優しく触れられていたそれを除ける。美咲の心は異常に、自分でも驚くほどにささくれ立っていた。何故だろうか。小夏を殺すのを邪魔されたからだろうか。魔法を使って思考を巡らせるも、答えは出ないまま。胸中に靄を抱えたまま、美咲は何事も無かったかのように言葉を続ける。
「腹を割って話しませんか? ……『宝石の盾』の魔法少女さん」
「……」
「バレてないとでも思ってたんですか? もう、隠さなくていいですから。面倒です」
三人の少女がそれぞれ視線を向ける相手は変わっていない。小夏は美咲と若葉に。若葉は美咲と小夏に。美咲は若葉だけに。
「私達は毎晩のように居場所を変えていたのに、襲われた時は必ずほぼ的確に建物までバレてました。私は変身を解けませんから、近くに居るということは魔法少女なら誰でも探知できる……しかし、より精確に把握するには更に別の要素が必要です。それが探知系の魔法という可能性もありましたが、それなら何かしらの形で魔力が感知できるタイミングがあるはず。しかしながら、私と聖奈さん、そして探知系の魔法を持つ若葉さんもそれを感知したことが無かった。であれば、残る選択肢はもっと単純な監視……いわゆるスパイ。標的にされてる聖奈さん、そして私はその候補にはならない。後は……分かりますよね」
「それは――」
「貴女には私たちの寝首を搔く隙がいくらでもあったのに、そうしなかった。自分では襲えない何かが――いや、多分少し違う。こうして自分以外に襲わせなければならない理由があった。わざわざ組織に損害が出てもそうし続けるのは、きっと『宝石の盾』の中で色々あるんでしょう。私に格闘術を教えたことと襲わせたこと、その辺りに矛盾を孕んでいるのも何かしらの一環。いくつか可能性を考察したものの、推理しきることは出来ませんでした。……私にとってはどうでも良いことですし」
「――っ……」
「貴女はこれ以上、『宝石の盾』にとって貴重な人員を減らされたくなかった。その人は立場もあるらしいですし。だからこうして、私の手を止めずにはいられなかった。というか、今までだってどうせ今日みたいに近くで止める機会を伺ってたんでしょう? 聖奈さんに共謀を促して、私に殺しを躊躇させるようにもしていましたし。まぁ、それが雑なスパイ活動が潰える最後のピースになったわけですが。上手く誤魔化せるとでも思ってたんですか? さっきのその人の言葉だって『若葉さん』って言いかけたのを誤魔化すために無理やり遮ったんでしょう?」
「……美咲、お前は……。アタシ、は……」
若葉は続けようとして、止めた。そして深く、深く息を吐いた後、浮かべた表情は……誰にでも分かるほど露骨な悲哀だった。涙を流していないことが不思議なほどの。その顔を見てなお、美咲は止まらない。
「私は貴女を最初から信用していませんでした。……聖奈さんも、誰も。姉と知り合いだったと言っていましたが、それも本当なんだか。私の知りえないところで、得をするための歯車として私を利用してるんでしょう。まぁ、私に価値を見出してくれてるうちは――」
「美咲。腹割って話すっつったよな」
理性的なようでその実感情的に、叩きつけるように続けられていた美咲の言葉が止まる。若葉の声の、質が変わった。ギアが一つ上がったような、液体が固体となったような。
「そうだ。アタシは『宝石の盾』の魔法少女だ。今までの襲撃も全部アタシの手引きだよ。何度もお前を命の危機に晒したのはアタシだよ」
「わっ……若葉さん、言っちゃ駄目よ……! 貴女には『コネクション』が――」
「分かってる!!!」
「――……ぅ……」
小夏を黙らせ、若葉はまた、深く、深く息を吐いた。
「はぁ……だがな、殺すのを止めた理由が……殺しを止めるように言った理由が、組織の利益のためだ? ――バカ言ってんじゃねぇ!! 人の命だぞ……!? 自分がやったことを棚に上げてるのは分かってる……だけどよ、利益とかなんとか、そういうんじゃねぇだろ……命がそんな軽いもんなわけねぇだろうが!!!」
美咲の表情は動かない。否、表情筋すらろくに動かせないというのが正しかった。心からの叫びを受けて、言葉として叩きつけられたことで気づいたのだ。自分の心に空いた穴の正体――欠落していたものの正体が。故に動けなかった。
「……なぁ……美咲。前にやった組み手を覚えてるか? アタシはお前より確実に強い。お前はスパイだのなんだのベラベラと喋り尽くしたわけだが、この状況になったらお前の負けのはずだ。なのになんで、この状況を許した? お前はそんな奴じゃないだろ……?」
「……」
「お前が言うには、アタシがここで介入するのは『ルール違反』……だとしても、可能性は考えてたはずだろ。信用、してなかったんだろ……? 気付いてたなら、なんでもっと早くにアタシの首を掻き切らなかった? 聖奈を捨てて逃げなかった? いくらでも……機会はあったハズだろ……」
若葉の声が揺れる。空気を震わせるような怒号ではなく、染み込むような声で問う。
「……アタシが……馬鹿だから、こうなっちまったんだよ……! アタシは美咲のことも……仲間だと思ってたんだよ……! 美咲は巻き込まれただけで何も知らないから、真実なんて知らないから……だけど、とにかくよ……死んで欲しく無いんだよ、みんな……! でも……だから、教えてくれよ……何で……こうなっちまうまで……」
縋るように言って、答えを聞くため、受け止めるため、若葉は顔を上げる。
「……こうなっちまうまで……一緒に居てくれたんだよ……! なんでお前はそんな所まで似て――! ……マジで、おかしいだろ……教えて、くれよ……」
頭一つ分以上小さな美咲の顔を真正面から見つめると、薄緑色の光に照らされて真白な髪が悲しげに色づいた。そして、光の中から消え入るような声が溢れた。
「――……居場所が……欲しかったから」
美咲は微笑んだ。その笑顔の意図するところに最初に勘付いたのは、どういうわけか小夏であった。
「――ちょっと、やめなさい……鏡座美咲――!」
小夏の声は美咲に届かない。雨音で掻き消されたからだ。強い、強い雨が降っていた。河川敷が夕焼けに、赤に染まっていた。
「……独りは嫌だよ……お姉ちゃん……」
両手で握ったナイフを、これを喉に突き立てれば、きっと――
「ばっ……この馬鹿野郎――ッッッッ!!!!!」
――再度の怒号。鼓膜が破れるほど大きなそれを最後に、美咲の意識はぷつりと途切れた。
 




