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魔法少女の独りごと⑥




 数秒か、数分か。張り詰めた糸が熱によって焼き切れたように、紫色の輝きが一際激しく揺れる。大剣が僅かに傾いたその瞬間、美咲は地面を蹴った。選択した行動は「刻み突き」。蹴り足で生んだ勢いをそのまま拳に伝え、標的へと叩きつける――最速を掲げる技の一つ。魔法少女にとっての三メートルなど目と鼻の先に等しく、瞬きより速く……無論、大剣を振り下ろすよりも速く相手に拳が届く距離であった。


 ただし、相手は動かぬ的ではない。動けないとはいえ、ただの的にはならない――それが『ブレイズ』という魔法少女。それが『木枯 小夏』という少女だった。


 大剣は振り下ろされず、ただ()()()()()。重力によってゆるりと落ちる剣身は二人の間を斬り裂き、鋭利な壁となって最速の一撃を防いだ。美咲は拳を伸ばせば腕を失うことになる。故に、踏み込んだ後――小夏の眼前で止まるしかなかった。落ちた大剣も爆ぜることはなく、ただの淡い光となって解ける。


 美咲は卓越した反応速度で動くことが出来てしまうが故に剣の動きを見切る前に行動を起こし、結果的に防がれてしまった。小夏はそもそも剣を捨てて素手で迎え撃つつもりであり、美咲が卓越した反応速度で動いた故に剣を捨てたことが有効に働いた。そして美咲は卓越した反応速度で動くことが出来るが故に、自らの腕が切断されることを防げた。奇妙な噛み合いの末、どちらの拳も届く間合いで再度睨み合う。


「……あたしが燃え尽きる、前に……あんたも……燃やしてやるわよ……」


 美咲は黙ったまま、再度拳を構えた。両腕を顔の前に配置し、スタンスを広げて前足に重心を寄せる。緩く握った拳で狙うのは、腰を回転させずに腕だけで放つ拳撃である「ジャブ」。最速を掲げる技の一つ。


 通常、ジャブは牽制や本命打の前座として放たれるものであり、故に利き腕でない側を使うことが多い。しかし、美咲は利き腕である右でそれを狙うため、右半身を前面へ傾ける。ボロボロの小夏に対しては、利き腕によるジャブであれば、それそのものが本命打と成り得る。そう判断した。


 既に小夏は大剣を手にしておらず、時間による体力消耗は期待できない。むしろ時間をかければかけるほど呼吸は整っていくだろう。故に美咲は自ら動く。躊躇なく放たれた拳は、防がれることもなく顔面に叩き込まれた。頬骨の砕けた右半分に捩じ込むように、明確な殺意を孕んで。


「――づッ――」


 小夏はジャブを受けた。右腕は動かず、防御は叶わなかった。そもそも反応できず、技の起こりも分からなかった。だが、充分。今の自分にとって最大の弱点である顔面の右半分を、右拳によって殴ってくれたと。それさえ分かっていれば充分だった。


「――ッあああああああ――!!!!」


 顔の内側が掻き回され、砕けた骨に肉が裂かれる。急速に手放されようとする意識を、小夏は逃さない。決して逃さず、全力で左拳を握り込む。顔を僅かに傾け、美咲の拳を血で滑らせ、強く踏み込んだ。狙いは脇腹。肝臓でも腎臓でも肺でも何でも、とにかく脇腹へ。右腕は伸びきっており、遮るものは無い。後は気合と根性を見せつけるだけ。


 美咲は未だ侮っていた。小夏の持つ気力、燃え盛る炎のような精神性を。理解し、反省して、それでもなお侮ってしまっていた。美咲が理解できる範疇を超えていたのだ。そんな灼熱が――叩き込まれた。


「ぁが、ぐううう――っ!!?」


 魔法少女とはいえ、重厚な大剣を片手で軽々振り回す膂力など尋常ではない。例えボロボロの状態とはいえ、そんな膂力で拳を叩き込まれることなど――尋常ではない。たかだか40と数キログラム程度の美咲はチープなワイヤーアクションめいて吹き飛び、錆びたシャッターに打ち付けられ、クレーターを作った。


「っぁ……げほっ! げ、ぅ……はっ……は、げほ……っ……!」


 激痛。わずかに身体を捻るだけでも骨が軋み、全身に響き渡る激しい痛み。美咲はこれに覚えがあった。『ルミナリフレクション』を防いだ際に左腕に感じたものと同じ、骨折。つまり、第何肋骨かは知らないが、とにかく数本はへし折られていた。ただの、素手の一撃で。


(痛い……痛い痛い痛い……っ!! 起き、なきゃ……視界を、安定させて……呼吸も……っ! あの時……昔、私が生き残れたのはただの運だ……! ルミナスの傲慢さと油断、そして偶然人が通ったから……! だけど、今の私はあの頃とは違う!! すぐに、すぐに起きなきゃ……!!)


 シャッターにめり込んだ身体を起こさなければいけない。すぐに起きなければ、追撃でやられる。すぐに起きなければ。すぐに。


(すぐ……に……)


 美咲は自分に残された猶予を知るため、身体に鞭打って小夏を見た。そして、猶予を知った。



 それは充分に――充分すぎるほどに存在していると。



「まいった、わ……クソ……もう、動かない……じゃない……」


 既に勝負は決していた。小夏は残る力を使い果たして地面に転がり、浅く細かい呼吸で意識をなんとか繋ぎ止めていた。紫色の輝きも失われ、今ではただの黒髪に。可憐な騎士のような様相は、ただのカジュアルなシャツとパンツになっている。


「――はぁっ……は……げほ、ぁ……はぁっ……はぁ――っ……」


 呼吸を整えた美咲は、ゆっくりと身体をシャッターから引き剥がす。脇腹を庇いながら小夏に近づき、見下ろす。酷く冷たく、深い、濁った瞳で。


「……あたしを……殺すんでしょ……?」


「げほっ……。ええ、殺します」


「そっか、そうよね……。めちゃくちゃ痛くて、気を失いそうなのもあるけど……実感湧かないわ……」


 小夏はどこか涼やかに、笑みすら浮かべていた。後悔も、恐怖も確かにあるのに……何故だろうか。本人にも良く分かっていなかった。


「……ねぇ。結局さ、あんた……名前はなんて言うのよ」


 戦いの最中、無視され、流れた問い。それを小夏はまた問い直す。美咲もまたあの時のように無視しても良かったが、しかし。


「私には、魔法少女としての名前は無いんです。……ごめんなさい」


「なーんだ、そうなのね……残念。魔法少女の名前はさ……面白いのが多いから……。あたしの『ブレイズ』だって、『剣身ブレイド』の複数形と『ブレイズ』が掛かってて……って、説明すると恥ずかしいわね……」


 美咲はただ、耳を傾けていた。言葉を遮って殺しても良かった。だが、何故か……その気は起こらなかった。


「……時間稼ぎですか? 増援が来るまでの」


「え、いや……そういうんじゃなくって。ただ話したいっていうか……なんか、あるじゃない? ピロー……みたいな。まぁ、あんたも突っ立ってないでさ……座ったらどう……?」


 言われるまま、美咲は腰掛ける。既にほぼ戦闘不能で変身も解けているとはいえ、今の今まで殺し合っていた相手の、そしてこれからトドメを刺そうという相手の隣に。「ただ話したいだけ」という言葉についても、額面通りに受け取ったわけでは無かった。敵を信用することなど無い。無い、が……何故だろうか。


「あたしは……『木枯こがらし 小夏こなつ』。ねぇ、鏡座美咲……あんたって歳いくつ?」


「……13です」


「――マジ? あたしより二つも下なの……? あんた表情怖いからか、全然同じくらいかと思ってたわ……。そんな顔ばっかしてると、早く老ける……わよ」


「……放っといてください」


 自己紹介や、友達とするような雑談。応じる必要など微塵も無かった。無かった、が……何故だろうか。美咲の口は自然と開いていた。


「……私は貴女の質問に答えたんです。今度はこっちの番ですよね」


「ふぅ……いいわよ。何が知りたいのかしら? あたしの身の上とか? あ、スリーサイズなら……あんまり自信は無いんだけど」


「そんなどうでも良いことじゃなくて、『宝石の盾』のことについてです。私達を……聖奈さんを襲う理由とか、組織の構成とか、色々と」


「あー……マジでいきなりお仕事の話になったわね。困ったなぁ……あたし、これでも組織内で偉い立場だからさ。その辺を話すわけにはいかないのよ」


「……じゃあ爪でも一枚一枚剥がしますか。口を割らなければ次は指を一本ずつ斬り落として、傷口は焼いて止血します。気絶したら塩水をかけて、それで――」


「うーわ、よくそんなエグいこと思いつくわね。普通に引くわ。……でも、そしたらあたしは自分ごと剣を爆発させるわよ?」


「――まぁ、そうでしょうね。でもあの『爆ぜろ』って掛け声、ちょっとダサかったですよ」


「え……マジ? ちょっと凹むわ、それ……変えよっかな」


「何も言わないほうが良いんじゃないですか? 気付かれる可能性も減りますし」


「嫌ねぇ……それじゃロマンが無いじゃない」


「……ふふっ、そうかも知れませんね」


 美咲は立ち上がる。同時に、全く無意識に微かな笑みを浮かべていた。それは昨晩、若葉や聖奈に引き出された「少しはまともな顔」などではなく、確かな「良い顔」。ずっと奥底に仕舞い込まれていたものが引き出されたのは、何故だろうか。


「……殺すのね? ……鏡座美咲」


「ええ、殺します。……木枯小夏さん」


 小夏は動かなかった。とっくに呼吸は整っており、その気になれば変身して抗うことも出来たはずであった。おおよそ無駄な足掻きとはいえほんの僅かでも生きる可能性を産み出せる選択肢であり、美咲もそれを考慮して動けるように備えていた。しかし、小夏は動かなかった。……何故だろうか。


 美咲はコートを開き、脇腹のホルダーからナイフを抜き放つ。ホームセンターからの盗難品であり、安物ではあるが、人の命を奪うには充分過ぎるものであった。

 命乞いもしない。醜く吼えもしない。絶望して泣き喚きもしない。今まで殺したどの魔法少女とも違う小夏に対して抱いた感情を断ち切るように、ナイフを突き立てる――





「させねーよ、美咲。それをやったら……お前は本当に戻って来れなくなっちまう」





――その手を、薄緑色の輝きが遮った。




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