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【短編】前世の夫が家にいる

作者: とこ

現在作成中の小説に登場する予定のキャラクターの背景を考えていたら、短編にちょうど良さそうな背景が思いついたので、思いきって作品にしてみました。

 アンジェリーナは階段の一番上から、一番下までゴロンゴロンと転がり落ちた。階段先の広間に倒れたとき、脳裏に駆け巡ったのは、アンジェリーナではない誰かの記憶。その人の物心がついた頃から、その生涯を終えるまでが流れてゆく。とても頭が痛いのは、この記憶のせいか、階段から転がり落ちたせいか。アンジェリーナは、頭痛から逃げるように意識を手放した。


 「これは、前世の記憶というものかしら」


 目が覚めたのは、なんと一週間も経ってからだった。母は涙ながらに喜び、既に嫁いでいた二人の姉も帰省、父も仕事を早退して、ファルネイ伯爵家では盛大な目覚めを喜ぶ会が催された。

 それはいいのだ。わたしの不注意で家族に心配を掛けて、無事に目が覚めてこんなにも喜んでもらえて。


 「アンジー、何もなくて本当に良かった。あの階段はすぐに改装するからね」


 どうして家族のような顔をしてこの男はここにいるのだろうか。それも、当主の目の前で邸の改装予定を話し出すとは、どういうことだろうか。


 「リカルドはこのファルネイ伯爵家の家族ではないのよ。そんなことを言ってはいけないの」


 アンジェリーナがツンとした態度で言い放つと、リカルドは笑顔で手を握ってくる。


 「そうだね。もちろんそうだよ。アンジーは賢いな」


 話の内容は聞こえているのかいないのか。そもそも彼はわたしと同じ十歳だ。


 「ファルネイ伯爵、アンジーもこのように申しておりますので、予定を繰り上げてみてはと」

 「それは許しません」


 何の予定なのかは分からなかったが、許さなかったのは姉二人だ。


 「リカルド!あなたねえ、何事にも順序というものがあるのよ。あなたが伯爵家を継ぐことになるかもしれないから、この家で面倒を見てあげてるの。つけあがるんじゃないわよ」

 「お姉さま、それは言い過ぎでは」


 姉が急に物語の継母みたいなことを言い出したので、思わず止める。


 「ああ!アンジーはなんて優しいんだ!」


 止めたことに対して、リカルドが過剰に悶えだす。

 リカルドは、父の弟の奥さんの妹の子だ。我が家は三人姉妹で、姉たちと末っ子のわたしは年齢が離れている。リカルドの実家も同じように、上の兄弟達と年齢が離れていて、リカルドはこのファルネイ伯爵家を継ぐことになったらしい。その為に、一年前から我が家で過ごすようになった。父と養子縁組するのか、もしかしたらわたしと結婚して婿養子にでもなるのかもしれない。どちらにしても、良い関係を築くに越したことはない。だから、多少過保護なところや、過剰に喜ぶ姿を引きつつも温かい目で受け入れていた。

 けれども、けれども。

 ちょっとまだ混乱しているが、前世の記憶によって恐らく、いや、けっこう確実なことが一つある。


 リカルドは、前世の夫だ。


 茶髪にグレーの瞳。顔立ちは違うが、直感的に分かってしまった。

 この、わたしに過保護な態度もなんとなく察してしまった。わたしは、前世では十八歳で嫁入りしたが二十歳で生涯を終えた。

 しかも、結婚して一年経たない内に、夫の父親に嵌められて、脱税の責任を取り夫と共に平民に。それでも行き倒れることなく、二人で働きながら慎ましく生活していた。慣れてきたと思った頃に、わたしは呼吸の病気に罹ってしまった。夫がわたしの実家に駆け込んで治療を受けさせてもらうも、その時は治療法がなくてただ横になっているしかなかった。それなら夫のいる家に帰りたかったが、実家は脱税の責任にわたしを巻き込んでしまった夫を許さず、結局実家に行ってからは一度も会うことなく生涯を終えた。うん、なかなか波乱万丈ではないだろうか。


 リカルドにも前世の記憶があるのか、それとも彼の思考の底に前世がいるのか、とにかくわたしに過保護だ。この家に住むようになってから、わたしが咳をしただけでベッドで横になれと言ってきたり、すぐに医者を呼んだり。


 前世の記憶によってリカルドの言動の答え合わせができたが、とにかく。

 前世の夫が家にいるって、気まずい。なんだかリカルド自身が知らないリカルドを知っているような気になるし。そうそう、性格や癖も変わっていない。

 考える時に顎に指を当てているところや、そういう時に声を掛けても気付かないところ、考え事が終わったら、とてもきれいな瞳でいきいきと話し始めるところも。

 そんなところが好きでもあったから、なんだかとてもドキドキしてしまう。


 「決めたわ。リカルド、わたし達、しばらく距離を置くべきだわ」


 全員の食事の手が止まる。


 「え、アンジー?どうして?」


 リカルドが震えている。そのグレーの瞳を潤ませないで。罪悪感で死にそうだから。


 「お年頃の男女が家族でもないのにこんなに近い距離でいるべきではないわ。社交マナーも学ぶべきよ」


 そうだ。十歳でこんなにべったりくっついていい訳がない。しかも、リカルドは次期伯爵だし、見た目も良い。たぶん、アンジェリーナのひいき目もあるが、それなりの容姿で次期伯爵なんて、女性達が黙っていないだろう。そんな中、わたしとこんなに距離が近かったら、女性達から恨まれるに違いない。前世の記憶からも、婚約者でもない男とくっついていた女は女子達の中で浮いていたし、学園で浮いていたら社交にも響く。


 アンジェリーナは、前世では夫と長く暮らすことはできなかったが、この人生ではそうなりたくはない。前世の経験を活かすと考えると、何があってもどうにかなる後ろ盾は必須だ。そのためには、社交で悪目立ちする訳にはいかない。


 現伯爵家当主の父は、リカルドを婿養子とも、養子縁組するとも明言していない。アンジェリーナの第一希望は、前世の記憶がある今は、リカルドに夫になって欲しいと思う。

 過保護すぎるが好意とも受け取れるし、どちらかといえば、父が明言しないため、アンジェリーナも義兄妹になる可能性を考えて距離を置いていたところもある。

 とにかく、リカルドが婿養子になるという方向でアンジェリーナは行動することにした。



 前世の記憶を得てから、アンジェリーナは勉強と社交を積極的に行った。このファルネイ伯爵家は領地を持たない、商業や、王国内の流通を担う貴族家だ。農作物から魔獣の素材まで、幅広く安全に適正な価格で売買している。リカルドはアンジェリーナの父にくっついて仕事を覚えている。

 アンジェリーナは、彼の妻になるという目標から、彼を支えていけるように、まずは様々な知識を得るために様々な分野の勉強を始めた。気候を知れば、各地の産業が分かるし、言語を知れば、他国の情報を正確に得られる。

 そして、同世代から招待のあったお茶会なども、派閥を調べ上げて参加し、様々な情報が手元に集まるように立ち回った。


 気付けば、アンジェリーナは学園では三番目の成績で卒業した。さらに社交界に顔も広く、まさに淑女の鏡と言われるようになっていた。



 「どうしてこうなったの」


 気付けば二十四歳。学園の同級生達は皆結婚した。そして同級生達からこう言われるのだ。


 「トップ三人、そろって人生のスタートを間違えたらしい」


 ちなみにトップ三人とは、私と、リカルド、アグリアディ公爵子息の三人だ。この三人だけ未だに婚約者もいない。


 リカルドは、父からファルネイ伯爵家次期当主を名乗る許可と、半分以上の仕事を任せられている。アグリアディ公爵子息とリカルドは仲が良いため、リカルドから話を聞くことがあるが、どうやら公爵子息は初恋が忘れられないらしい。カワイイかよ。

 いや、私は何をしているのか。リカルドの妻になるべく勉学に社交にと頑張った結果、その結果だ。


 引きこもりになってしまった。


 学園を卒業したまでは良かった。それはもう。そろそろリカルドと婚約をとか勝手に妄想していたし、そうなるような気がしていた。気がしただけだっただけだ。


 とにかく、たくさんの知識を得たことと、多くのツテを作った結果、様々な領地からの悩み相談役になってしまった。

 今日も、とある子爵家の農作物の出来が悪いとの相談だ。ここは恐らく土の質が下がったことが原因だろう。対応策も既に分かっているから、いくつか提案した。

 彼らは相談料と言って金貨を差し出してくるが、一応は断る。どうせ、うちで流通させるものだから、利益はもらっている。質の良くなった農作物をたくさん売ってくれ。うちはそれらを買い取って利益を付けて売るんだから。

 こうして悩み相談をすることで伯爵家もより大きな利益を得ることができる。それを実感すると、どんどん知識も必要に感じて勉強する。幸い、ツテは沢山ある。こういう知識が欲しいと思ったら、その分野と繋がりのある人に連絡をすればいい。そうすれば、その分野に詳しい人を紹介してもらって勉強会を伯爵家で催したり、それが叶わない場合は、その人おすすめの教本や資料をいただいたり。

 そんなことをしていると、どんどん伯爵家から出る機会もなくなり、すっかり引きこもってしまっている。


 「アンジー!ただいま!」


 リカルドは毎日忙しく働いている。その合間に、会いに来てくれることが、私の生きがいになりつつある。


 「リカルド、あまり無理しないでね」

 「アンジーこそな。それじゃ、また来るからな」


 リカルドは手土産を机に置くと、さっさと立ち去ってしまう。服装から、きっと商談だったのだろう。これから契約書をまとめたりと、山のような事務処理が待っている。邪魔をしてはいけない。

 アンジェリーナはリカルドの手土産を開ける。箱の中にはいくつかの果物と野菜が入っていた。どれも、アンジェリーナがアドバイスをした領地のものだ。形も色もいい。アンジェリーナは、控えていた侍女に、ティータイムと夕食にその果物や野菜を使うように伝える。



 「まあ!これもまた素晴らしい!」


 ティータイムの時間に来たのは、学園時代からの友人であるシエナ。実家は男爵家で、現在は結婚してストリーナ子爵夫人となった。先ほどから、アンジェリーナが出した果物に感動している。


 「うちで取引している果物よ。南の方の物だから、王都であまり見かけないでしょう?」

 「そんな貴重なものを!」

 「あなたの所で使うことがあるかもしれないじゃない」

 「そうね!夫に言っておくわ!」

 「本当!?それなら、何切れか包んでおくわ!」


 シエナの嫁ぎ先の子爵家は、美食家で有名だ。ちょうど遊びに来る予定があったので、ぜひにとティータイムに出したのだ。美食家の子爵家は、王都でレストランも経営している。それも、一軒だけではない。歴代当主の引退後や、家を継がなかった次男などが自分の好きな食べ物を扱う店を経営するのである。正直、利益を考えていない自己満足のレストランばかりだが、拘っているだけあって、人気の店が多い。


 「そういえば、ファブリツィオ・アグリアディが婚約をするそうよ。間を空けず、結婚するとか」


 シエナの情報にアンジェリーナは驚く。あの同級生トップ三人のうちの一人が、初恋がどうのと噂されていた以外、一つも噂がなかったあの男だ。


 「初恋が実ったのかしら?」

 「いえ、初恋の噂は分からないけど、どうやら公爵領に来たハーシュトレイ王国の移民だそうよ。侯爵令嬢らしいわ」

 「公爵領に来た移民ということは、例の刺繍のかしら?」

 「ええ、きっとそうよ」


 先日行われた精霊祭という国を挙げての行事。その夜会で彼は自身の公爵領に建設した縫製工場で仕立てたという衣装をかなり宣伝していたそうだ。そして、彼の衣装の刺繍の出来が素晴らしく、刺繍の腕についてはこの王国内貴族の中でも有名な彼の母をも驚かせたとのことだ。隣国だった、ハーシュトレイ王国は昨年、王宮に務める者の横領などが相次ぎ、国を立て直すことが困難になったということで、同盟国による会議が行われた。そして、ハーシュトレイ王国の領土や国民等を同盟国で分け合ったのである。

 このエヴァーニ王国にも、領土や国民を受け入れることになり、アグリアディ公爵家ではちょうど工場建設の予定があったため、そこにハーシュトレイ王国で縫製や刺繍の仕事がしたい者を呼び込んだということだ。


 「それでね、アンジェリーナにも見てほしいんだけど」


 シエナは、自身の侍従から新聞を受け取る。


 「私の実家の地方で発行された新聞に、短編小説の投稿があったのよ。面白いから読んでみなさいと、兄夫婦から勧められたの」


 アンジェリーナはシエナから渡された新聞を見る。ざっくりと読んでいく。


 「ドレスショップのお針子さんになった、ご令嬢。刺繍の腕をとある貴族の夫人に気に入られた。夫人の息子が刺繍のお礼を持ってドレスショップを訪ねる。そして、この二人が恋に落ちると」


 これは、おそらくはアグリアディ公爵子息とその婚約者をモデルとしたのだろう。


 「アンジェリーナ、私、刺繍が流行ると思うの」


 シエナは、なかなか良い嗅覚を持っている。今まで彼女が流行を外したことはない。


 「シエナが言うなら確実ね。刺繍糸や染物の原料といったところかしら」

 「あと刺繍針も色んな種類のものが出回るかしらね。ハーシュトレイ王国の者は手先の器用な方が多いわ。ハーシュトレイ王国で貴族だった夫人達は良い先生になってくれるかも」

 「それは良い考えよ。彼女達は貴族でなくなったと言っても、きっとこの国の貴族家との繋がりは欲しいはずよ」

 「レストランの準備時間があるでしょう?ランチやティータイムの営業をしていないお店は、夕方まで厨房以外は使わないのよ。場所は十分に確保できるわ」


 二人は微笑み合う。決まりだ。



 アンジェリーナはその日の夕食、ファルネイ伯爵夫妻である両親と、リカルドが揃ったところで話を切り出した。


 「ファブリツィオ・アグリアディ公爵子息が結婚するそうよ」

 「あら、あの美青年がねえ。アンジーとリカルドも、置いていかれたわね」


 母がさらっと嫌味を言うが、そういった話は聞き慣れているので、アンジェリーナは無視し続ける。


 「それで、最近ね、地方の新聞に載った小説は彼らをモデルにしているみたい。その話から、おそらく刺繍が流行すると思うのよ。ストリーナ子爵家がレストランの空いた時間とスペースを使って刺繍教室を開催するわ。そこに物品の提供をしたいのだけど良いかしら?」

 「アンジーが言うなら間違いない。もちろん、刺繍糸やハンカチ、あとは針や鋏も使うのか。道具一式をセットにして気に入ったら購入という形でも良いな。習っている間のレンタルでも良い」


 すかさず、リカルドはアンジェリーナの言うことを肯定してくれるし商売の話をしてくれる。これがとても心地良くて、アンジェリーナは今の関係がずっと続けばいいのにと思ってしまうのだ。


 「アンジーとリカルドの好きにすれば良い。それと、今度の魔獣の大量発生に魔石が使われることになった。他国との取引だ。リカルドもいい経験になるだろうから一緒に行こう」


 同盟国の辺境で魔獣の大量発生が起こるという。魔獣の大量発生については、同盟国で力を合わせて立ち向かわなければならない。辺境が突破されれば、同盟国へ魔獣が流れ込んで来てしまうからだ。伯爵家は騎士団を持っていないので、物資提供をすることになる。魔石というのは、倒した魔獣から稀に取れる素材だ。エネルギーの塊で、大きな機械や魔術師が災害に遭った土地の浄化をするときに使う。伯爵家では、噂のアグリアディ公爵家が持つ北の砦という場所に魔獣が出るため、魔獣の素材を買い取って流通させている。

 魔獣の大量発生に魔石を使うということは、エヴァーニ王国では行われていないが、おそらくは魔術師が攻撃をする魔術を使う補助エネルギーとして使うとか、武器の威力を上げるものだろうか。提供、という形ではあるが、金額が発生しないだけで取引ではある。他国との取引は数が少ないため、リカルドに経験させたいのだろう。


 リカルドは前世でも商売上手だったが、大きな取引を難なくこなしている。すでに、前世では夢のようだった金額のものや、扱いたかった商品も。

 アンジェリーナは嬉しい気持ちもあるが、前世と違って今は他人だ。この大きな取引を隣で見ることができないこと、事務処理をするのが自分でないことに寂しいような、悔しいような気持ちもある。

 しかし、今の関係で良いと納得させる。リカルドの妻を目指していたが、大人になるにつれ、望んだ先に離れ離れになる未来が来る事の方が怖いと思うようになっていった。仮にリカルドが養子になって、どこからか妻になる人を連れてきても、この家に居座ってやると、アンジェリーナは少しばかり拗らせた想いを再認識した。



 「シエナ!しばらくぶりね。落ち着いた?」


 アンジェリーナは珍しく外出していた。シエナの嫁ぎ先であるストリーナ子爵家を訪問したのだ。


 「アンジェリーナ、来てくれてありがとう」


 シエナは少し痩せたようだ。


 「いいえ、無理を言って来たもの。それで、あなたは大丈夫?」

 「ええ、私も大分落ち着いたわ。あなたから送ってもらった回復薬も、騎士達に使わせてもらったの。本当にありがとう」


 ストリーナ子爵家は領地が国境に近いため騎士団を持っていた。そのため、魔獣の大量発生に騎士を派遣したのだ。


 「夫も怪我をして帰ってきたからどうしようかとパニックになってしまったわ。とにかく、夫がしていた仕事をこなすので精一杯だったのよ。それに、怪我をして帰ってきた騎士達が他にもいたから、その対応もあったし。なんだか気付いたら毎日夜になっているんだもの」

 「大変だったわね。旦那さんは回復したかしら?」

 「ええ、おかげさまで。すっかり回復して、今日は怪我をした騎士達の家を訪問して回っているのよ。回復薬をくれたファルネイ伯爵家へ直接感謝を伝えられなくて申し訳ないと言っていたわ」

 「ゆっくり療養する人も多い中、騎士達のことを心配して行動できるなんて、素晴らしいわ。きっと良い当主になるわね」

 「アンジェリーナにそう言ってもらえると嬉しいわ」


 アンジェリーナは、追加の回復薬を渡した。リカルドが魔獣の大量発生に向けて、同盟国外のものを手に入れるルートを確保したのだ。魔獣は殲滅が完了したが、現在は被害のあった家へのお見舞いを行っている。その中に、シエナのいるストリーナ子爵家があったため、リカルドに言ってアンジェリーナが来たのだ。シエナの夫も騎士として派遣され、しかも怪我をして帰ってきたことは聞いていたため、アンジェリーナは居ても立っても居られなかったのだ。


 「アンジェリーナ、あなたは建国祭はどうするの?」

 「リカルドが一人で行くんじゃないかしら」

 「リカルド様にエスコートしてもらえばいいじゃない」

 「そんな!私達はムズカシイ仲なのよ。やめておいた方がいいわ。私は家にいるわ」


 すっかり、引きこもりが板についてしまっている。そんな姿のアンジェリーナを見て、慣れない執務に疲れていたシエナは元気が出たと言って笑ってくれた。シエナを元気づけられたのは嬉しいけど、内容が内容だからモヤモヤするわと言って、二人で笑い合った。



 建国祭は国を挙げての行事だが、アンジェリーナは予定通り家で留守番をして、建国祭へはリカルドが一人で参加した。


 「ファブリツィオの婚約者を見た」


 建国祭の翌日、アンジェリーナの部屋に来たリカルドはそう話を切り出した。


 「そうなの。どうだった?」

 「かわいらしい子だったな。まあ、俺からしてみればアンジー以上の女性なんていないけどな」

 「あら、ありがとう。嬉しいわ」


 子供の頃からリカルドはいつもそうやってアンジェリーナを褒めてくれる。


 「昨日は誰も来なかったか?」

 「そうね。皆建国祭に出るんですもの」

 「そうか。なら来年は建国祭に行こう」

 「え?どうして?留守番するわよ?」


 正直、建国祭などの国の行事はどの貴族家も参加するため、訪問者が現れることはない。アンジェリーナは、それでも引きこもりが身にしみすぎて、むしろ留守番は必要であるというくらい思っている。


 「アンジェリーナへの相談を多くの貴族から感謝された。お礼を言わせてやる機会くらいくれてやってもいいかと思って。だめか?」

 「リカルドがそう言うならそうするわ。でも夜会なんて随分前から参加していないもの。ダンスとか大丈夫かしら。そもそも、誰にエスコートを頼もうかしら。お父様とか?あと衣装もねえ」


 来年のことだが思案を始めたアンジェリーナをリカルドがちょっと待てと言って止める。


 「アンジーのエスコートは俺以外いないだろう。ダンスは昔練習してたし、何回か予行練習すればまた踊れるようになる。衣装は俺が用意するから問題ない」

 「ええー。そんな、リカルドは忙しいのに悪いわ」

 「気にするな。アンジーのためだから大丈夫」


 そんなに言うなら、と言ってアンジェリーナが折れる形となった。リカルドは満足そうにしている。来年はリカルドに婚約者がいるかもしれないわ、と言いたくなったが、その未来をアンジェリーナも見たくない気がしたため、心に押し止めた。


 「今から来年が楽しみだ。来年はそうすると、ファルネイ伯爵夫妻にも伝えておく。いいよな?」


 遅かれ早かれだろうと思って、アンジェリーナは了承した。


 しかし、その夜。アンジェリーナとリカルドは両親から呼び出された。



 「リカルド、アンジー、お前達は来年の建国祭に参加するつもりだと聞いたが、どういうことか」


 父が、普段の穏やかさは何処へといった様子だ。怒っているようだが、困惑の色も見える。


 「建国祭の日はお留守番していても誰も来ないからよ。それなら、いつも領地のアドバイスをしている方達とお話する機会を作っても良いとリカルドが言ってくれたのよ」


 父と母は、深く深くため息をついた。


 「アンジー、これまでお前がしてきたアドバイスは、誰が経由してアンジーの元へ案内されたか知っているか?」

 「え?お父様じゃないの?私は訪問の予定を侍女から教えてもらっているだけだもの」


 父と母はまた深く深くため息をつく。話が全く読めない。


 「アンジー、リカルドのことをどう思っている?」

 「え?どうして?」


 思わず隣にいるリカルドの方を見るが、彼はサッと反対に首を回す。


 「リカルドは次期伯爵よ?私は一生支えたいと思っているわ」


 前世の夫ですもの、と言いそうになるが呑み込んだ。リカルドは片手を顔に当てている。


 「アンジー、この家でどういうポジションでリカルドを一生支えたいと思っているのかしら」

 「お母様、それは今のままが続くことは難しいということかしら?もしかしてリカルドに縁談が?たとえ私はリカルドが誰かと結婚してもこの家に居続けるつもりでいるわ」


 アンジェリーナはキリッとした顔で母に告げる。そうだ、ずっとその覚悟をしてきたのだ。


 「ほら、あなた。やっぱりアンジーはおかしな方向に行ってるじゃない」


 呆れた様子の母と、頭を抱える父、リカルドは顔に手を当てたまま。アンジェリーナは意味がわからない。


 「アンジー、お父さんはな、ずっと、ずーっと、お前がリカルドと結婚したいと言うのを待っていたんだが」


 は?アンジェリーナはますます意味がわからない。


 「お父様、この家の未来を決めるのは当主であるお父様ですのよ?私の方こそ、ずっと、ずーっと、リカルドを養子にするのか婿入りさせるのか決めてくれないわと思っていたのに」


 お父様ってひどいのね、と言うと、父はさらに頭を抱える。


 「年頃の男女が家族でもないのにこんなに近い距離でいるべきではない、アンジーは十歳の時にそう宣言したから。家族になるという気持ちになったら教えてくれるんだと、お父さんは思っていたのに」


 え、まさかあれが?確かにアンジェリーナも覚えているが。


 「お父様、そのことは私も覚えています。それは、将来の社交を案じてのことでした。社交界で、婚約していない男女が仲睦まじくすると悪い目立ち方をします。他家からすれば、私によって、次期伯爵であるリカルドとのコミュニケーションを図る機会を奪われたと言う者や、リカルドは他家に関心を示さないと判断する者もいるでしょう。ファルネイ伯爵家の者として、そういったことを避けるべきは当然ではありませんか?」


 隣のリカルドが、やっぱりアンジーは賢い、と言っているがここは無視だ。


 「ほら、アンジーは昔からきちんと考えて物事を言う子だと言ったでしょう?あなた、どうするの?」


 十歳の時から、父とアンジェリーナは何か考えがすれ違っていたらしい。父は頭を抱えたままだ。


 「リカルド、お前に任せる」


 あなた馬鹿じゃないの、まあそれが一番なのかしら、と母が呟いている。


 「アンジー」


 父と母の普段は見せないやり取りに気を取られていたが、リカルドに呼ばれて横を向く。


 「リカルド、床に座ってどうしたの?服が汚れちゃうわ」


 アンジェリーナの方を向いて、床に片膝をつけているリカルド。アンジェリーナはどうしたものかと思って、思わずリカルドの前にしゃがむ。

 すると、リカルドはアンジェリーナの手を取って、しっかりと目を見てきた。


 「アンジー、俺と結婚してくれないか」


 アンジェリーナが望んでいた、それでも未来が怖くて目を逸らしていた形をリカルドが出してくれた。そのグレーの瞳を潤ませるのは卑怯だと、アンジェリーナは思う。


 「リカルド、絶対に若いうちに死なないでね。あなたも私もちゃんとおじいさんおばあさんになって死ぬの。家が没落してもどこにも行かないで、ずっと一緒にいるの。それを約束してくれるなら結婚したいと思うわ」


 リカルドは目を見開いて驚いた様子だ。しかし、すぐににこりと微笑んでくれる。


 「もちろん。たとえアンジーが病に倒れても伯爵家で稼ぎまくった財産とツテを使ってどうにかするし、君のそばにいるよ」


 なんだ、この言い様だとリカルドも前世の記憶があったようだ。両親はこのやり取りを不思議そうな顔で見守っているが、とりあえず二人の結婚が決まったことを喜んだ。



 あの後アンジェリーナが知ったことだが、どうやらアンジェリーナの元へ来ていた相談は、リカルドが選別していたらしい。下心があって相談に来るようなのは突っぱねていたと。


 「リカルドがアンジーを外に出したがらないのかと思ってたら、アンジーは自分で引きこもってるんだもの。お父様もアンジーが自分の意志で決めてくれるまでとか言って、結局お父様も年の離れたアンジーが可愛くて仕方なかっただけね」


 姉達はそう言っていた。


 「リカルド、あなたはいつ思い出したの?」


 結婚式の夜、部屋に戻ったアンジェリーナはリカルドに聞く。聞きたかったが、なかなか言い出せるタイミングがなかったのだ。


 「五歳くらいの時だろうな。思い出した時のことはあまり覚えていないけど。多分、その時くらいだと思う」

 「そうだったの。私は派手に階段から落ちた時よ」

 「やっぱり。あの時から急に態度が変わって、もしかしてと思ってた」

 「前のときは、あまり一緒にいられなかったじゃない?だから、同じようになるのが怖かったの。でも、同じ家に家族のように居られることも幸せだと思うことにしたの。こうなるなら、早く言えばよかったわ」


 アンジェリーナは、正直にリカルドに伝えることにした。そして、この家に居座る覚悟もしていたことも。リカルドはアンジェリーナの話をうんうんと聞いてくれる。


 「アンジー、俺もまたアンジーに置いていかれたらどうしようと思っていたんだ。ファルネイ伯爵からは、アンジーの気持ちを尊重してとか、だからと言って口説くなとか色々と注文が付けられてたからな」


 どうやら、リカルドもリカルドで色々あったらしいし、同じように考えていたこともあったようで、お互い様ねと言って微笑み合う。


 二人は記憶の上では二回目の、結婚式の夜を過ごした。



 翌朝、リカルドはアンジェリーナよりも先に目が覚めた。

 隣で眠るアンジェリーナの金髪を撫でる。

 何だか記憶の上では二回目だから、慣れたもんだねと言ってパーティーから早々に引き揚げてきたが、本当はアンジェリーナのウエディングドレス姿を見られる事が嫌だったからだ。


 リカルドは、五歳くらいとは言ったが、本当は物心がついた頃には前世の記憶があった。アンジェリーナは知らないが、前世のアンジェリーナが生涯を終えてすぐに、前世のリカルドもその生涯を終えていたのだ。面会は許されなかったが、あの家族は前世のリカルドが持参したお見舞いだけは受け取っていた。前世の頃から商売上手で、平民に落とされはしたが、すぐに商売を始めた。そろそろ、前世のアンジェリーナに仕事を辞めてもらっても大丈夫なくらい、商売が軌道に乗ってきたところで、流行り病に罹ってしまったのだ。

 療養のためのお手伝いを雇うまでの間にと思って、少しでも慣れたところが落ち着くかもと思って、実家へ預けたのが間違いだった。

 彼らはあまり良い医者を呼ばなかったし、リカルドのお見舞いは売ってお金にして使い込んでいた。それでも、お見舞いがなければ邸に近付くことすら許されなかった。

 ある日、家の者が亡くなったという札が邸の門に掛けられていた。そして、療養している部屋の窓とカーテンが閉められたままとなっていたため、彼女の死を知った。


 前世のリカルドはその後、彼女の家族から多額の慰謝料を請求された。しかし、満足な治療もさせなかった上、配偶者である自分へ何も報せなかったことや、そもそも療養の準備ができたのに彼女を返してくれなかったことについて問い詰めた。そしてお見舞いの一覧を出し、幸い、足はついていたため、売った証拠もあることを伝えた。

 その夜、何者かに襲われ、あっけなくその生涯を終えた。


 リカルドとして生まれてから、物心がついた頃からリカルドはこっそりと前世の頃を辿った。リカルドの前世が持っていた財産はすべて妻の実家へと流れていたことが分かった。平民として生きていくための後見人となっていたのは自分達である、その証拠に妻は実家で療養していたと主張し、夫婦の財産をもぎ取っていた。


 そしてリカルドはアンジェリーナを見つけた。子供を同伴する茶会で、母の姉の夫の兄の子だった。親戚と言ったら親戚、だが血縁ではない。アンジェリーナの家は跡取りがいないと言っていた。これは運命だと思った。すぐに両親にアンジェリーナと結婚したいと言った。

 子供扱いされ、まともに聞いてくれはしなかったが、しつこくしつこく言い続けた結果、ファルネイ伯爵家に居候させてもらえることになった。前世の妻と一つ屋根の下で生活をするところまでこぎつけたのだ。

 アンジェリーナにも前世の記憶があるようで、ある時を堺に距離を置くようになってしまった。しかも、その様子を見た、アンジェリーナを溺愛するファルネイ伯爵から口説いてはいけないとか色々注意を受けた。あくまで、アンジェリーナが望めば結婚させてやるが、二十五歳を過ぎても望まなければ養子縁組すると言われていた。


 アンジェリーナには余計な虫が付かないようにしていたが、それに加えて彼女自身も今の生活を気に入っていて引きこもってくれた。結婚したらアンジェリーナにも事務処理を手伝ってもらおうと思っていたが、それまでにすべきことがあった。アンジェリーナの前世の実家を没落させることだ。元々、あまり良い土地ではなかった。もしかしたらアンジェリーナの知識でどうにかなったかもしれないが、その家との契約を切った。それによって、没落させることができたが、この契約終了の書類などはアンジェリーナの目に一生触れないように執事にも言いつけてある。

 準備もすべて整った。数年、待ってみたが、アンジェリーナが動く気配はない。おそらく、前世のようになることが怖いのだろう。アンジェリーナはハキハキと話すタイプだから分かりにくいが、怖がりだ。

 口説くでもなく、アドバイスをしてきた奴らに話す機会を与えてやるという口実で建国祭への参加を約束した。言質を取ったと、ファルネイ伯爵に伝えたところ、二人で呼び出された。ファルネイ伯爵夫人の後押しもあり、ファルネイ伯爵も娘に婿を迎える覚悟が出来たらしい。時間は掛かったが、満足だ。



 「リカルド、もう起きてたの?」


 これまでのことを考えていると、アンジェリーナが目を覚ましていた。


 「ああ、嬉しくて」

 「私もよ。まだ早いでしょう?もうひと眠りしましょう?」


 確かにまだ早朝だ。結婚式の翌日なんて、いくら寝てても構わないだろう。リカルドとアンジェリーナは幸せを噛みしめながら、眠りについた。

ありがとうございました。


リカルドくんがチラッと出てくる小説本編はこちら

精霊に導かれる〜公爵子息と精霊の物語〜

https://ncode.syosetu.com/n9136if/

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