第7話
20230305公開
「渡辺さん、あなたは何をミッドガラン王国に提供出来るんですか? 言い換えましょう。なんの仕事をする積りですか?」
いかんなぁ。感情のコントロールが余り効いていない。
義理の家族なのに、実の家族同然に愛情を注いでくれた恩義に報いようと、家族を守る為に必死に努力したザック君にとって、自分は何もせずにただ寄生しようとする人間は軽蔑の対象でしか無いのだろう。
自然と標的を狙う視線になっている事に、陳腐なセリフを言われてから気付いた。
「何だ、その目は!? やる気か?」
標的の横に生身の仲間を立たせて、移動しながら射撃する様な訓練ばかりしてきたせいか、それとも渡辺氏の外見が10歳という子供のせいか、凄まれても全く怖くない。
一度、射撃される標的の横に立ってみれば良い。いくら仲間の能力が高く、信頼していても事故というのは起こり得るものだ。文字通り命懸けの訓練を経験した俺にとって、いくら凄まれても怖くない。
竜車の旅の間に試した身体能力なら、多分だが、飛び掛かられても素手で1秒もせずに身動きが取れない様に無力化する事は簡単に出来ると思う。
ザック君の『魔体』は発動が瞬間的と言っても良いくらいにレスポンスが抜群だ。
日本に居た時に使えたら超人的な兵士が誕生していただろうな。
「『我らがミッドガラン王国の貴族となりますので、ご発言ご対応にはご注意下さいませ』とわざわざシス・δ・カーヌ四等級爵が釘を刺した意味を考える事も出来ないのかな? 飛び掛かられた瞬間に渡辺さんを正当防衛の名の下で殺しても罪にならないって事ですよ」
「テメエ、何様の積りだ?!」
そんな平凡な煽り文句だったが、この部屋に入った時から感じていた、そして時間が経つほどに強くなって来た違和感の答えが、この時に分かった。
その違和感とは、約10年ぶりに同胞に会った割に感情が動かない、というモノだった。
ザック君の人格と統合した直後は、思考回路のかなりを俺が占めたと思ったが、どうやらザック君の思考回路も多かったみたいだ。
だからみんなと少し距離を感じるんだろう。
まあ、考えれば俺自身の10歳までの生活と比べると、ザック君は遥かに濃密な人生を送ったんだ。
その分、統合の時に思考回路に占める割合が多くても当たり前か。
感情なんかもろにザック君の方が多く占めているくらいだ。
そして、意外といえば意外だが、ザック君の影響が大きいという事に気付いたにしては悪くない気分だ。
俺自身がザック君を好ましい人物と認めているからな。
そうか・・・
彼らが日本人としてのアイデンティティを持っているのは、人生を過ごした時間の差も有るが、こちらの10年が濃くなかったせいもあるんだろう。
「こちらの家族を守りたいと願って、必死に努力を重ねたザック・ε・ログナス五等級爵と言った所かな?」
俺のセリフに、先程はどっちつかずの反応をした畠山さんが思わずという感じで声を上げた。
「それは日本人としての立場を捨てるって事ですか?」
畠山さんは関西で小規模な菜園を営んでいたと言っていたな。
日本の知識そのままでは使えないだろうが、それでも農家としての経験値は大きい。
可能なら領地に連れて行きたい人材だ。
「自分の一番の願いは、ここまで育ててくれた義理の家族を守りたい、というものです。その事を達成する為なら、『知恵持つ栄光の人』でも、日本人でも、どちらでも構いません」
畠山さんは思わず腕組みをして考え込んでしまった。10歳の子供がすると、なんか微笑ましいな。
「山口さん、もしかすると気付いているかもしれませんが、希望ちゃんに出来るだけ心を配って貰って良いですか?」
急に自分の名前を呼ばれて、肩がビクリとした女の子が、日本人だった時は最年少だった若田希望ちゃんだ。
日本人としてのアイデンティティを確立する前にこちらに来たせいで、精神的に不安定な筈だ。
「さすがというか、凄いというか、こんな短時間で良く気付きましたね。希望ちゃんはみんなでお世話すると話し合いで決まっていますし、本人にも我慢せずに何でも言う様に言っています」
「それは差し出がましい事を言いました」
「いえいえ、そういう心配りが出来るんですから、鈴木さんは優しい人だという証拠ですよ」
「そう言って頂けますと、照れますね」
視界の隅に常に入れていた人物が動いた。
『あっ』という声と、何かが倒れる音、そしてこちらに何かが迫る気配がする。
『凶器を使ったら引き返せなくなるぞ』と思いながら、迫って来る椅子に手を添わせるようにしてから力を込めて逸らす。
床を叩きつける事になったせいで、渡辺の上体が流れた。手も痺れているだろう。
完全に注意が自分の手に向いたせいで隙だらけだ。
首の後ろ側を押さえ付ける様に左手で襟首を持ち、左足で右足を払った。
支えを半分失った上に押さえ付けられたせいで渡辺の身体が床に叩き付けられそうになるが、右肩を掴んだ右手と、襟首の左手でケガをしない様に衝撃を調整をした。
「渡辺さん、今回だけ見逃がします。次は無いですよ」
と宣告するが、我ながら抑揚が無さ過ぎて、自分でも怖いな。
音を聞いて、何か有ったのかと部屋の外で警護していた兵士が中を覗いたが、笑顔を浮かべて「ちょっとこけただけですよ」と答えておいた。
特に表情を変えずに部屋の外に出てくれたが、きっとカーヌ卿への報告案件だな。
日本人の集団は、内部分裂しているという証拠としては十分だろうな。
後は残った懸念材料を確認するだけだが、さすがに今日の今日では急ぎ過ぎだろう。
しばらくは様子を見た方が良いな。
お読み頂き誠に有難う御座います。
第7話「アイデンティティ」をお送りしました。
次話は次の週末になる様な気がします(^^)
『お知らせ(^-^)』
自慢では無いですが、作者はチンアナゴ顔負けの臆病者です。
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