第2話
20230218公開
鈴木次郎が転生した『大いなる地』という世界では、知恵を持ち、言語と文字も持ち、更に文明圏と言える生存圏を築けた人類種は5種族が知られていた。
その他にも、伝聞でしか知られていないが、孤立した地域に住む別の2人類種は、火と石器(ごく少数の銅器も)と言語を使い、文明と言える生活圏を築いているが、文字を持たなかった。
文明の発展具合も重要だが、住んでいる地域による格差も大きかった。
7人類種は異種族間では子供が出来ない事も有って交じり合う事も無く、細々とした交流が多く、隣接している人類種間では水利や森林地帯の収穫を巡っての細かな争いは有ったが、長い時を意外とも言える程に平和に過ごしていた。
鈴木次郎が属する人類種は、自らを『知恵持つ栄光の人』と呼び、有史以前の時代から『大いなる地』の中でも豊穣な土地を広範囲に抑え、多くの国に分かれながらも、人類種としての繁栄を謳歌していた。
暗雲が立ち込めたのは枯れた土地に暮らしていた『力を持つ巨大な人』が、中規模な湖周辺を生存圏としていた『溢れる小さな人』を支配下に置いてからだった。
枯れた土地から解放されたガラバナン人は更なる土地を求めて、ハイランテ人の生活圏に侵攻して来た。
ハイランテ人が築いていた楽園は徐々に奪われて行き、今ではその領域は最盛期の半分にまで削られていた。人類種総生産値は更に悪く、全盛期の4割くらいまでに落ち込んでいた。
ガラバナン人の脅威にさらされながらも今も存続しているのは、地理的に防御がし易い場所で守りを固めている事と、恵まれた穀倉地帯と鉄や銅などの地下資源が豊富な地域を生存圏に抱えているからだ。
だが、このままでは絶滅するかもしれないという恐怖が生存圏を覆っていた。
国家規模の機密に当たる為、ログナス閣下とカーヌ卿の2人だけ連れて訓練射場まで来た。
家族のみんなはリビングで待機してもらっている。
俺は直接見た事は無いが、話しを聞いた限り、ガラバナン人の身長は3㍍近くあるみたいだ。
今の俺の身長の2倍近い。
体重はきっと7倍か8倍、いや、体形からすれば10倍以上になるかもしれない。
どう考えても近接戦に持ち込まれたら手も足も出ないだろう。リーチと膂力が違い過ぎる。
かと言って、距離をおいた戦もこちら側の不利は変わらなかった。
ゴボリン人がガラバナン人に献上している弓に対抗出来ないからだ。
ハイランテ人の長弓は最大射程は400㍍だが、実際の有効射程は100㍍と言った所だろう。
ガラバナン人が放って来る弓は最大射程600㍍で有効射程は150から170㍍と言った所だ。
こちらの有効射程で放つ矢は大きな放物線を描くが、ガラバナン人の矢はかなりの直進性で放たれる。初速も速いし矢自体も重い。
単純な弓矢の打ち合いで勝てる訳が無い。
対抗する為に編みだした戦術が、境界線を形成する山脈の隘路に多数の砦を造って防衛ラインを敷き、弱点の補給路を叩く騎竜/騎獣部隊の創設だった。
ゴボリン人もガラバナン人も騎兵には向かなかった。騎兵に向く小型地竜や使役に向く獣を飼い馴らす事が出来ないのだ。自らの身体で補給物資を運ばざるを得ない事は、克服する事の出来ない弱点だった。
ザック君はそんな状況に1つの魔法を齎した。
弦を引く膂力の不利を、鏃に織り込んだ銅板を指の保護を兼ねた魔道具にリリースの瞬間に反発させて矢の加速を増加させる魔法の開発に成功したのが1年前の事だった。これで射程と初速は五分になったが、矢自体の重さの差で威力は負けている。
だが、ハイランテ人の鏃は冶金技術の高さから貫通力と殺傷力が高く、ほぼ互角になったと言って良い。
それまでの不利を考えると大きな前進と言えた。
俺は『大いなる地』に出現した時に一緒に渡って来た装備品を梱包から丁寧に取り出した。
サプレッサーを装着したHK416を手入れの為にバラしていく。10年間手入れされていなかったので保存状況が心配だったが、錆が浮く事も無く、使用可能な状態に保たれていた。
「その手際を見れば、本当にザックが『落ち人』だと実感するな」
「真、その通りじゃ」
ログナス閣下が思わずと言った風に呟くと、カーヌ卿も小さな声で応えた。
HK416を組み立て直した後、次はH&K USPをレッグホルスターから引き抜く。
マガジンを外し、左手でスライドさせて具合を確かめたが、引っ掛かりが無くスムーズだ。
何回か試したが、分解するまでも無く正常だと判断した。
「試射を行う前に、この2つの武器の説明をしておきます。こちらの長い方は中距離用の武器で有効射程は270ナグ(約300㍍弱)と言った所でしょう。今は抑制器を付けているので、そこまで威力は有りませんが」
ログナス閣下もカーヌ卿も驚いた顔をしていた。
画期的と言われたザック君が齎した魔道具を使った弓の、その2倍近い距離が有効射程だと言われた訳だから当然と言えば当然か。
貴重な弾丸なので1発だけ試射する事にした。
約55㍍先に用意された的は、盾にも使われる事が有る木材の板だ。厚さは3㌢と言った所だろう。
あっさりと貫通した。
弾丸の射入口は小さな穴だが、貫通孔はかなりえぐれていた。
「こちらの武器はいざ接近戦という時に使います。射程は45ナグ(約50㍍弱)で、実際は狭い場所やこちらの武器が弾切れを起こした時の予備の武器と言う意味合いも濃いですね」
2人には耳を手で塞いでもらってH&K USPの試射は3連射で行った。連射能力を見て貰う為だ。
「先程の武器は、いざという時はこれ以上の連射が可能です」
2人ともHK416が高性能な武器だと改めて実感した様だった。
さて、次は本命だ。
俺はザック君が最後の仕上げをしていた木銃を手にする。
「この2つの『地球』製の武器は、直接的且つ大規模に役に立たない、と言いましたが、模倣するには高度な技術を使い過ぎているからです。研究はした方が良いでしょうが、作れる様になるには何十年もかかるかもしれません。むしろ『大いなる地』ではこちらの方が戦力になるでしょう」
ハイランテ人は前史の時代から魔法が使えた。
その中には攻撃的な魔法も有った。
と言っても威力は弓矢程度で有効射程は10㍍も行かない。
まあ、剣や槍しか持たない相手には脅威と言えるのだが、それなら投げ槍や弓で対抗しようというのが当然の話だ。
そこで、何世代かの研究の結果、特定の樹木を原料にして特定の加工を施して造った杖を媒介にすると、射程が5倍に延びて、連射が効く事が分かった。
消耗品なしで(身体的な限界は有るが)発揮されるその性能は他の人類種には脅威となった。
ハイランテ人が長年に渡って繁栄した理由の1つだった。
木銃に銅で造った長さ3㌢ほどの棒を嵌め込む。
銃床を肩に付け、55㍍先の的を狙う。照準用のフロントサイトもリアサイトも無いが、魔法の場合は的を明確に意識する事が照準に当たる。
ダミーの(形だけの)引き金を引くと「バシッ」という音と共に的に1㌢くらいの穴が出来た。
「これから実証実験をしなければ本当の実力は分かりませんが、今の試射から得た感覚なら4倍の距離でも威力を発揮する気がします。上手く行けば5倍でも行けるでしょう」
ザック君が開発していた魔法が想定以上に役に立ちそうな見込みが立って、思わず俺は笑顔になっていた。ザック君が義理の家族から受けた愛情や恩義の記憶が共有されているから分かるが、彼はそれらに報いる為に色々と手を出していた。
俺もその気持ちは分かる。
だから、2人に問い掛けた。
「こちらで出来た家族が、そしてハイランテ人が、生き残る為に協力は惜しみません。その為にご助力頂けますか?」
後世、まさしく『英雄』と言われる事になる数奇な運命を背負った男の第二の人生がこうして始まった。
お読み頂き誠に有難う御座います m(_ _)m
第2話『試射』 をお送り致しました。
次話は明日の午前中に投稿予定です。




