第23話
20230421公開
「それと、これはこの場だけの情報にして欲しいのですが」
そう言って、カーヌ四等級爵が俺以外の顔を見渡した。
「陛下が伏せておられます」
「なんと・・・」
グドザ五等級爵が声を上げたが、それはみんなの反応の代弁だっただろう。
「現在、宰相閣下が政を取り仕切っていますが、時期が悪過ぎました。宰相閣下は陛下が後ろから目を光らせている平時こそ辣腕を揮いますが、こういう有事の際の手腕は微妙です。中央の爵位持ちの均衡に腐心していますが、陛下の御威光が無い為、今は南方爵家が優勢ですから」
ミッドガラン王国が『失地奪還作戦』を断る事は出来なかった。
『知恵持つ栄光の人の悲願』という大義名分を断る大義名分が無かったのだ。
それに、南方爵家と言われる後方の爵位持ち達が動いていた。
一部で北方爵家と言われているゼントリウス公国との国境に近い爵位持ち達は正直なところ宮廷工作が不得意だ。
カーヌ四等級爵を迎えて少しでも巻き返しを図ってはいるが、国政に関しては出遅れている感が有る。
王様も、南方爵家に「派兵する領は当主もしくは直系の代理人を派遣すべし」という足枷を付けたが、回避策は有るだろう。
ちなみに、俺自身は国王に対して特に含む所はない。
強いて言えば好意的な方だろう。立ち上げたばかりの『ニィフゥネ』領に結構配慮した政策を出してくれたからだ。
カーヌ四等級爵から極秘情報として聞いた時は驚いたが、症状を聞く限り癌の疑いが濃い。『万能の薬草』を服用していないと言う事は、多分、そういう事だ。
先日18歳になった王太子も覇気が薄く、どちらかと言えば宰相と同じ傾向を持つ。
王太子の周りを囲む爵位持ちが無責任に煽る言動をするのが目に見える様だ。
こういう状況で1番怖いのは、いざという時に撤退すべき、という決断が出来ない事だ。
「ログナス二等級爵閣下、いざとなれば、御決断を下してくださいませ。上意書にその為の条項を潜ませておりますので」
今回派兵した中で1番爵位が高いのはダイガ閣下だ。
だからミッドガラン王国の爵位持ちの部隊の取り纏めを担わされていた。
俺としては、渉外なんかも有るから真っ先に集合場所に向かわせれば良いと思うんだが、宮廷政治の延長なのか、北方爵家は一番最後に向かう様に命令されていた。
せこい嫌がらせだろうな。
後で責任問題にならない様に、カーヌ四等級爵が手を回してくれていた。
そういうパイプはダイガ閣下よりもカーヌ四等級爵の方が太い。
一方、3個旅団が参加する王軍は、爵位家の部隊とは指揮系統は別だ。
第1旅団の旅団長が指揮官として指名されていた。
2回ほど顔を合わせているが、野心家と言う印象だ。
能力に関しては並みと言う所だろう。
「この戦、一筋縄では行かぬな」
「ええ。前だけでなく後ろからも矢が飛んで来るかもしれませぬ」
* * * * * * * * * *
翌日、遂に我が領からも出陣した。
と言っても、お供がカル君ともう1人の従者だけで、俺だけが参戦するので、あっさりとした出陣式だった。
まあ、あっさりと言うのは時間の事で、熱狂されての送り出しを受けたんだが。
『ニィフゥネ』領250人の領民の内、100人強が元難民だ。
生活基盤が有るのに、それを投げうってこんな僻地に喜んで来る人間はそうそう居ないからな。
日本人的な感覚で領民の権利を一律にしたおかげで、碌な扱いをされなかった難民の家族が多いんだ。最後の希望とばかりに来た家族が多かった。
こちらとしても、やる気が有るなら大歓迎だ。
今、カル君が馭者を務めている竜車の中には誰も乗っていない。
積めるだけ補給物資と軍事物資を載せている。
変わった物資として、冷蔵箱・冷凍箱に入れた豆板醤モドキを持参している。
まだまだ地球産には適わないが、楽しみは必要だろうと言う事で持って行く事にしたんだ。
この後、公都はそのままスルーして、『五連巨星星座城塞』群と俗称される砦群に向かう予定だ。
砦群後方の平野が、『失地奪還作戦』参加部隊の最終集合地点だ。
今頃は無数の天幕が張られている筈だ。
実際に目にしないと分からないが、想像するイメージだと壮観な筈だ。
作戦の総指揮は、ミッドガラン王国の2つ南のパリス共和国の将軍が担う。
パリス共和国は『失地奪還作戦』の主導国で、2万人超と最大の軍勢を出している。その大半は難民だ。
派兵している他の国も同じ様なものだ。
違うのは南隣の小国、ヨーク王国くらいだ。
ヨーク王国は爵位持ちの正規軍を派遣して来ていた。
3メン(約4時間10分)後、集合場所まであと数キロという所まで来たが、その先は混沌に満ちていた。