第22話
20230418公開
遂に、『失地奪還作戦』が発動された。
あれから3ヵ月間、ゼントリウス公国からは戦場で使われる銃が確実に増えて来ている事が伝えられている。
そう、俺たち『ニィフゥネ』領は優先的にゼントリウス公国から情報を貰っている。
ゼントリウス公国としても、『先進技術開発公社』に情報を流して分析をして貰った方が有意義な情報が返って来るからな。
ミッドガラン王国の王都や『失地奪還作戦』参加国にも当然ながら情報を送っている様だが、まともな情報や反応が返って来ないそうだ。
『先進技術開発公社』ルートでも王府に情報が流れている筈なのに、こちらにも反応が無い。
3か月の間に、王都から『ニィフゥネ』領に職人が多数派遣されて、町の傍を流れる川の下流域に簡易の多数の兵舎群と幾つかの館が建てられた。元々は第3期開墾予定地なのだが、人手の関係で未着手だった土地だ。
急造された兵舎は『失地奪還作戦』に参加する兵たちの宿だ。
自衛隊の兵舎も自由になる空間は少なかったが、こっちの兵舎は更にパーソナルスペースは少ない。
1泊して翌日にはゼントリウス公国に向かう為、あくまでも1晩寝れれば良いからだ。
それとは別に、国内の爵位持ちや代理人、軍の尉官・将官には専用の兵舎が用意された。6畳から12畳ほどの広さが違う個室があてがわれた。
南方諸国の爵位持ちには、更に豪華な宿舎が用意されて、メイドも配属されている。
こんな僻地の領主とは交流を持つ意義を見出せないのか、俺は他国の爵位持ちからはほとんど無視されている。
気疲れずをせずに済む、という程度にはありがたい事だ。
まあ、ほとんどと言う事は例外も有る訳で、南隣の小国、ヨーク王国の数人の爵位持ちはこっちが驚く程友好的だった。
今回の遠征で一番の楽しみは俺に会う事だ、と言った人物も居たくらいだ。
『失地奪還作戦』が提起された事情も教えてくれたが、推測通り過ぎて苦笑しか出なかった。
挙句に、作戦を強硬に推し進めた勢力(パリス共和国以南の国の事だが)は自分たちの手駒を使わずに、難民の男手を最大限送り込んで来たそうだ。
更に、開墾団という名目で、その家族を第2段として送り込む準備を進めているそうだ。
侵攻が失敗するとその家族は大黒柱を失い、しかも行き場が無くなるという事だ。
難民たちにとっては背水の陣だが、本気では勝つ気の無い、後方国家の政治的な思惑で起こされる戦いの最前線に送り込まれるこっちの身にもなって欲しいものだ。
多分だが、ミッドガラン王国の国王は、難民問題を押し付けられる事を回避する為に、国内の爵位持ちに負担を強いてでも侵攻と開墾団を成功させる事を優先したんだろう。
友好的な交流が出来た人物には『内緒ですよ』と言いながら、『万能の薬草』を本当に少量だが融通して上げた。
生き残るなら、そういう人物の方が良い。
ついでに『ニィフゥネ』領特産の「紙」も多目にお土産に持たせた。
軍事物資は最初から除外だが、「紙」なら上手く行けば価値を認めて注文が来るかもしれないからな。
『落ち人』の情報も教えてもらったが、生き残っている人数は少ないらしい。
ほとんどの『落ち人』が子供の頃に死んだらしいが、原因は口にしなかった。
お察し、というところだろう。
急造の兵舎の管理は王軍が行うので、『ニィフゥネ』領の負担は無いんだが、何故か俺宛に国内の五等級爵の爵位持ちから挨拶状が事前にかなり届いていた。
要するに、同じ位階の爵位持ちとして歓待してくれという訳だ。
上の爵位からは来なかったのだが、どうやら四等級爵よりも上の爵位持ちは、兵舎を使わず、持参した自前の豪華なテントを使うそうだ。
そういう事情で、かなり散財したけど、王府は補填してくれない。
こちらでも領民の子供相手の教師役に収まった尾崎幸雄さんが一番怒っていたのが印象的だった。
ログナス二等級爵領と、隣接する爵位持ち4家が事前に宿泊させてもらう「迷惑料」という名目で多目に食料を送ってくれていたので何とかなった様なものだ。
早くも、この侵攻作戦に嫌気がさしても仕方が無いと思う。
行軍の最後にやって来たのは、ダイガ・β・ログナス二等級爵閣下を筆頭に、食料を先に送って来てくれた5家だ。
ちなみにログナス二等級爵領は2000人の兵を供出しているが、その内正規の領兵は550人だ。
残りの1450人は、普段は普通に仕事をしているが、こういう時に駆り出される予備役と言うべき存在だ。
予備役の制度を導入している領は他には10家も無かった。
ダイガ閣下と一緒に来た四等級爵と五等級爵の3人には食料を送って貰ったお礼と是非立ち寄って欲しいと親書を送っていたから、先ぶれが来た時には喜んで招待の返答をした。
今は門の前で出迎えた後、村の中を案内している最中だ。
「思ったよりも完成しているな」
「はい。ここもいつ最前線になるか分かりませんから、備えだけは仕上げておこうと思っていましたので」
「ふむ、さすがザック卿だ」
『五連巨星星座城塞』構造を取り入れた村や町、街、領都はミッドガラン王国には無い。
戦場になると想定していないし、想定していないのに予算をひねり出す事は無駄だと判断されるからだ。
国軍管理の3つの砦以外では、『ニィフゥネ』村が初めての採用だった。
取り敢えず、俺の屋敷に着くまでは差支えの無い会話を続けたが、客間でソファに座り、お茶を用意した途端に真剣な態度に切り替わった。
客間には他にシス・δ・カーヌ四等級爵も居る。
今後の展開を話し合う為だ。
お手伝いさんたち(こういう時だけ3人の主婦が来てくれる契約だ。まあ、パートさんみたいなものだ)が空気を察してくれて、客間から退出してくれた。
「ザック卿、新兵器の話はどこまで掴んでいる? 王都に問い合わせても新型の弓が使用されている様だが詳しい事は調査中としか言わんのだ」
ダイガ閣下が疲れた声で発言した。
「多分ですが、宰相閣下が情報の秘匿を決めたのでしょう」
「ん? どういう事だ?」
カーヌ四等級爵が答え、それにダグス四等級爵が反応した。
この辺りのやり取りはこのメンバーなら失礼に当たらない。
ダイガ閣下が自由に意見を言わせる事を好むからだ。
「ゼントリウス大公閣下から詳しい報告は伝わっている事は確実です。ゼントリウス公国にはこちらの知識を伝達していますから。ですが、それを秘匿するとすれば、重要性を理解出来ていないのか、理解しているけど影響が大きいからわざと隠しているのか、という理由が考えられます」
「隠さなければならない程の物か?」
「考え方次第ですが、実際に撃たれていないから、隠そうとしたのでしょう。新兵器の特徴に、大きな音がして煙を吐き出すというモノが有ります。知らなければ雷の魔法を使われたと恐慌に陥りかねません。新兵器の名は『銃』。ほぼ我々の長弓と同等か少し上の性能と見ておいた方が良いでしょう。ちなみに自分は全て公開した方が損害が減ると考えています」
5人が俺の答えをどう捉えようかと考慮する時間が流れた。
「ゼントリウス大公からの情報では、着々と増えている様です。装備するのはゴボリン人です。新たな脅威と言って良いでしょう」
「ゴボリン人が長弓並みの武器を使うのか?」
「量産が進むと、本当に厄介な事になります。断言します」
アック五等級爵が呟いた。
「拙いぞ。対処を間違えると、下手したらいつか数の力で押し込まれるぞ」




