第9話
20230312公開
鈴木次郎としての意識が覚醒してから2年が過ぎた。
俺は12歳になった。
12歳と言えば日本では小学6年生か中学1年生だ。
有難い事に昔と同じ様にスクスクと成長して、今では身長は175㌢で、筋肉が付いて体重も70㌔を越えている。
まあ、『知恵持つ栄光の人』男性の平均身長が180㌢を越えるからさほど大きいとは言えないが、このまま成長すれば前世と同じ様に190㌢を越える気がする。
成長するにつれて、訓練の成果も有りドンドンと自衛官だった時に覚えた技能を再取得出来るようになって来た。
予定外だったとは言え初陣も済ませたが、今後は益々戦場に行く身としては、このまま成長して行って欲しいものだ。
賜った領地『ニィフゥネ(こっちの言葉でNIHONと書くとこんな発音になってしまった。どうしてそう読むのか日本人としては謎だ)』は、王府からの支援や租税の免除措置も有るが、思わぬ幸運も有って何とか財政を来期から黒字に持って行ける目途が付いた。
収支改善の理由は幾つか有るが、一番大きいのは開墾の障害だった大森林に特産品となる複数の植物や、食料としての山菜が広範囲に自生している事が分かった事だった。
特産品の筆頭はいわゆる『薬草』だ。
自己治癒能力を向上させてケガを治す『魔体』は、意外な事にニキビなどの吹き出物には効かない。更に言うなら癌などの病気はむしろ逆効果だ。
だけど風邪には効くという特質が有った。
山口さん曰く、自己治癒能力や免疫力の向上には効果が有るけど、過剰に皮脂を分泌したり、癌細胞を活性化してしまうからではないかと言う事だった。
話を戻そう。
大森林で見つかった特産品で一番の稼ぎ頭は、文献でのみ知られていた『万能の薬草』だった。
余りにも広範囲の諸症状に効くせいで、『知恵持つ栄光の人』が全盛期だった頃に乱獲されて絶滅したと思われていた様だ。
では何故、大森林で見つかったか? 大森林が碌に調査もされずにいたからだ。
調査されなかった理由は、即効の致死性の猛毒を持った虫モドキが大森林外縁部に数多く巣食っているからだった。
その為、有史以降、大森林は『触らずの大森林』や『死の森』等と言われて、『知恵持つ栄光の人』は近寄ることさえもしなかった様だ。
では、どうして『万能の薬草』が自生している事が分かったか?
ザック君の実験結果や考察した仮説を、元日本人たちが更に昇華させて魔法を進化と言うか、深化と言うか、とにかく発展させた結果だ。
結果として猛毒を持った虫モドキを簡単に排除する手法を確立出来た。
具体的には、熱エネルギーを操る『熱量属性魔法』と、疑似的な物質を生み出す『虚体属性魔法』を応用して、空間の気温を瞬間的に3℃下げるだけだ。
それだけで、虫モドキが仮死状態になるから、採集が簡単に進む。
まあ、『熱量属性魔法』の一種に再分類された『魔火』を使った方が実は簡単なんだが、虫モドキが温度上昇には強いせいで任意の空間を3℃気温を下げるよりも必要な魔力が多くなるのが難点だった。
財政が好転した第二の理由は、シス・δ・カーヌ四等級爵が俺の領地に俺に仕える為に志願してやって来てくれた事だ。
今では家宰として敏腕を揮ってくれている。
まあ、一応、自分で自己申告してくれたが、王室へ情報を流す役割も兼ねているらしいけど、そんな事はカーヌ卿の実務能力に比べれば些細な事だ。
カーヌ卿は長年の官吏務めで築いた人脈を持っているから、どこをどう突けば、こちらの狙い通りの効果を得られるかのノウハウの塊だった。
その最たるものは新たな役所『緩衝地域開発整備庁』を作り出した事だ。
新たな役所を作ると言う事は文官系爵位持ちに与えられるポストが複数増えると言う事だ。
そのポストを上手く配分して、文官系爵位持ちからの支持を取り付けたんだ。
それからは、それまで散々苦労していた申請が通ること通る事。
おかげで物資も流れて来るし、人材も加速度的に領地にやって来る様になった。
荒れ地の開拓が始まったのは、カーヌ卿が来てくれてからだった。
第三の理由は、物資の流入が絡んで来る。
ミッドガラン王国の国境地帯(と書いて最辺境と読むんだが)を守る、王軍管轄の3カ所の砦群に駐屯する兵士の数は合計すれば千を越える。
そして、仕事以外の重大な活動、「喰う寝る呑む遊ぶ」に対する供給はそれこそ最低限だった。
そんな枯れ果てた最辺境に、曲がりなりにも「喰う」と「呑む」が出来る村が誕生したんだ。
移住してくれた初期の住民の中には、家族経営の食堂が在ったが、瞬く間に規模を拡大した。
いやあ、初期の村人が70人強しか居なかったのに、潜在顧客が千人も居れば、大繁盛する筈だ。
その噂を聞いた規模がそれなりに大きな商会が進出して来た事も後押しとなって、今では官民ともに物資に困る事は無い。
家族経営の商店が、大きな商会の進出後にどうなったか、だって?
家族経営が何故か一族経営に発展した。
小回りが利く点を最大限に活かして、一族郎党全てを呼び寄せて、大きな商会では手が届かない業種にも手を出して、2年間で多角経営化に成功したんだ。
今では領外への輸出を手掛ける程になっていた。
そういう訳で、今では俺が治める領地『ニィフゥネ』の人口は時々400人を越える。
純粋な領民は250人と言う所だが、それでも初期の70人と比べればずいぶんと増えた。
純粋でない領民の1/4は、『先進型魔矢』の習熟訓練と、ここでしか出来ない騎乗の仕上げ訓練の為にやって来るログナス二等級爵領の領軍だ。
残りは『緩衝地域開発整備庁』の出先機関の官吏と『先進型魔矢』に使う木銃(魔杖)を一貫製造する官営工房の職人たちと短期的に滞在する商人たちだ。
それと、俺が会った元日本人たちについてだが、17人の内、14人がカーヌ卿と共に移住して来た。
覚醒後は宮廷政治から隔離されていた彼らだったが、カーヌ卿がこちらに来る影響でカオスの真ん中に放り込まれそうだったから、仕方なしの決断とも言える。
まあ、貴族とかの階級制度に不慣れな日本人に、選民思想に染まった傲岸不遜な貴族様の相手が務まる訳が無かったから、当然の決断でもある。
それと、意識が戻っていない25人の『落ち人』も引き受けた。
王都に置いていても、ちゃんと世話をし続けてくれるか不安だったからだ。
やって来る元日本人の為の受け皿もちゃんと用意した。
1つは『先進技術開発公社』という名の半官半民公社だ。
元々の俺の構想では『ニィフゥネ』領単独で設立しようと準備をしていたが、カーヌ卿曰く痛くもない腹を探られるよりは国の目を入れた方が良いだろう、という助言から方向修正した経緯がある。
もう1つは意識が戻らない元日本人のケアをする会社『ニィフゥネ・ケアサービス』だ。
主に女性陣が所属している。
カーヌ卿が手を回して、半官半民公社と意識が戻らない元日本人を受け入れた見返りに、半年後には14人全員に七等級の爵位が与えられたおかげで、年俸を支給してくれるし、他の爵位持ちからの干渉も減ったのは有難い副産物だった。
王府の保護下に居なかった元日本人は30人くらいらしいが、顕現した領地でそれなりの待遇を受けているらしい。
俺という成功例が有るから、貢献を期待されているのだろう。
少なくとも2年間でそれなりの成果も出しているらしい。
だから、二匹目のドジョウを狙った領地持ちの爵位持ちがちょっかいを出して来てうっとうしかっただけに叙爵は助かった。
そうそう、『先進技術開発公社』が最初に実用化したのがこれまで以上に白い樹皮紙だった。山口さん、いや、山口七等級爵が真っ先に開発したいと言ったので開発に着手したが、半年も掛からずに開発してしまった。
あまり消息は聞かないが、元日本人の内3人が王都に残ったのは、或る意味凄いと思う。
誰かは言わなくても分かると思うが。
まあ、同じ元日本人として、幸運を祈る位はしているよ。
そして、俺は兵士から兵器に進化しつつある言えるほど、人間離れした戦闘力になっていた。
お読み頂き誠に有難う御座います。
第9話「ニィフゥネ領」をお送りしました。
今後、ストックの加減次第ですが、更新は出来るだけ3の倍数の日にしたいと思います。
今月は9日8話/投稿済み、12日9話/投稿済み、15日10話、18日11話、21日12話、24日13話、27日14話、30日15話、という感じで更新する事に前向きに善処したい所存です。
『お知らせ(^-^)』
自慢では無いですが、作者はチンアナゴ顔負けの臆病者です。
プランクトンの代わりに『ブックマーク』や『評価』、『いいねで応援』ボタンなどで応援を賜りますと、恐る恐る顔を出す(【更新する】)習性が有る事を念の為にお伝えしておきますね(^^)