すれ違う心
俺がエリーやアルマと出会ったのはフリーデン王国の第一王女であるエリーの五歳の誕生日の日に開かれたパーティーが終盤に差し掛かったときだった。
あのときは驚いたものだ。
なにせ会場から離れた人気のない中庭でパーティーをサボっていた俺とデーウィットが出会って初めての友達ができたときに主役がこんなところに来たのだから。
◇
「「はぁ…はぁ…はぁ…」」
先ほどまで激闘を繰り広げていたが、ついにどちらも体力がなくなって地面に腰を下ろしていた。
「なぁ、今何勝何敗だ?」
息を整えたデーウィットがそんなことを聞いてくる。
これは俺たちの意地を通すための大事な戦いだというのに忘れてしまったらしい。
「今は、五勝、五敗、だ、はぁ…はぁ…」
「そうか、また引き分けか……」
「お前が、俺が、勝ち越す、たびに、はぁ、挑んでくる、からだろ」
最初にこれで決めようってことでじゃんけんしたのにそれでこいつは終わらなかった。
決まって俺の苦手な体を使うやつで挑んでくるのだ。
「そりゃそうだろ。お前が最初に仕掛けてきたんだから次は俺のターンに決まってる。お前こそ俺に負けるたびに挑んでくるなよ。おかげでいつまで経っても終わらねえじゃねえか」
謎理論だがこんなに自信満々に言われるとそんな気がしてくるのだから不思議だ。
「…ふぅ。負けたままじゃ悔しいからな。やっぱり俺が勝って終わらないとな」
「俺も同じだ。ここでひとつ提案があるんだが」
頭使うのが苦手そうなこいつから提案があるとは意外だ。
「なんだ?」
「この勝負の勝敗は次会ったときに決めねえか?」
「なんでだ?」
「正直もう疲れて動きたくねえ。というか勝負に夢中になって途中からなんで争ってるのか忘れてた! 今までこんなに張り合ってくる奴いなくてさ、めちゃくちゃ楽しいんだ!」
「…確かに俺も途中からは楽しんでたな。初めて人と絡んで楽しいと思えた気がする」
友達などいなかった俺にとってなぜか気の合うこいつは俺の中でかけがえのない存在になっていた。
「おぉ、お前もか! いやぁこれはもう親友と言ってもカゴン?ではないな!」
「無理して難しい言葉を使おうとするなよ……今回は合ってたけど」
「おぉ、マジか!? お前勝負の時も思ったけど頭いいんだな! 正解が今まで返ってきたことなかったぜ」
「そいつらの頭がよくないんだよ。これくらい多少勉強すれば誰でもわかる」
「なんかカッケェ!! 俺もそれ言いてえな! …なぁ、俺に勉強教えてくれねえか?」
「別にいいぞ、親友」
「……ッ!! ありがとな!!」
感極まって感謝の言葉を口にするデーウィットの顔は太陽のように眩しくて暖かかった。
「それほどでもないぞ…」
そしてどこまでも真っすぐな気持ちがこそばゆかった。
「ちなみに…」
気が動転していて思わず火に油を注いでしまう。
「魔法使い製菓で一番のお菓子はきのこの山脈でいいんだよな?」
「……はぁ? 何言ってるんだよハーウィット。一番はたけのこの秘境に決まってんだろ」
第何次かわからないきのこたけのこ戦争の始まりだ。
「いやいや、そっちこそ何言ってるんだよデーウィット。途中でなんで争ってるのか忘れるくらいの思いなんだろ? それなら一番はきのこの山脈で──」
「あれは言葉のアヤ?だッ!! お前こそさっきから普段のテンションで喋って熱意が感じられないなぁ!? これはやはりたけのこの秘境に──」
「いいえ、お二人とも全くわかっていません!! 現在は生産が中止されているとはいえこれを省くとは言語道断ッ!! 魔法使い製菓のトップはすぎのこの国です!!!」
「……チッ、架空の選択肢を増やしてくるとはなかなかの策士だな。しかしそんなものでは俺を惑わすことは、えッ………」
「……ほほう、架空のお菓子を創造するとはなかなかのサクシ?だな!! しかしそんなものでこの俺を惑わせると思ったら、えッ………」
白熱した戦争に横から大津波がすべてを搔っ攫っていった。
現実逃避の言葉を止めてしまった俺たちの視線の先には見覚えのある顔。
知り合いですらないが先ほどまで参加していたパーティーの主役がそこにいた。
呆れた顔でこちらを見ている少女もいるが俺たちの意識はその隣に引き寄せられたままだ。
「すぎのこの国を妄想扱いするとは、さてはお二人ともにわかですね!? 可愛そうに、あんなものを一番と思ってしまうなんて……。一度食べたら忘れられないのがすぎのこの国です、食べてみてください!」
着ている者の魅力を最大限まで引き出している美しい蒼のドレスのヒラヒラした装飾の内側から出てきた棒状のビスケットにチョコレートとアーモンドが纏わりついたお菓子を人形のような笑顔とともに手渡しされてしまい思わず受け取ってしまった。
デーウィットと顔を見合わせ、姫様の期待の視線に耐え切れずに同時に口の中に放り込む。
「ふむ、これはなかなか」
「やりますのう」
二人で感嘆の声を上げるとお菓子を渡した本人は思わず見惚れてしまうくらいの眩しい笑顔とともに声を上げる。
「わかってくれますか、このおいしさ!! サクサクココアビスケットにたっぷりミルクチョコレート、そしてなんといってもこのたっぷりアーモンド!! これらがベストマッチしてもう完璧なんですッ!! あなた達もすぎのこの国が一番だと思いますよね!?」
「いや、確かにおいしいけれど俺はやっぱりきのこの山脈のほうが…」
「俺もすぎのこの国ではなくてたけのこの秘境のほうが…」
「どうしてですか!?」
しばらく俺たちは議論し続けた。
いいところをプレゼンして、なぜか会場に置いてあったきのこたけのこも持ってきてときどきつまみつつ語りあう。
向こうの壁を感じさせない話し方にいつの間にか口調は砕けて遠慮がなくなり、ヒートアップしながらも楽しく感じていた。
「きのこ!」
「たけのこ!」
「すぎのこ!!」
…姫様だけ熱意が違ったが。
しばらくして一段落ついたところで姫様の隣にいた少女が話しかけてきた。
「……姫様、姫様」
「あッ…。ごめんなさいアルマ。あなたのこと忘れてました」
「それよりも姫様、もう遅いですが自己紹介してはいかかですか?」
「そうでした! んん、はじめましてお二人とも。わたくしはエリー・サンクトです。ぜひエリーと呼んでください。お名前を聞いてもいいですか?」
それを聞いて俺たちは小声で話し合う。
「なぁ、どっちからいく?」
「お前からでいいんじゃねえか?」
「じゃあそうするわ」
順番を素早く決めて俺からすることになった。
「はじめまして、エリー。俺はハーウィット・ブラウン、です」
「俺はデーウィット・ヴォルフだ、です」
唐突に湧いてきた現実感により緊張で固くなった俺とデーウィットをみてエリーはクスリと笑う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。同じ年なので敬語はいりません。どの派閥なのか熱く語り合った仲ですしね。ちなみにこちらはわたくしの親友のアルマです」
さっきまでの熱狂が嘘のような態度で俺たちに少女を紹介してきた。
「はじめまして、お二人とも。私はアルマ・ロヤリテートと申します。アルマとお呼びください」