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模擬戦

 時間ギリギリなため誰もいなかった更衣室を出て、俺のクラスがいつも使用している運動場へとダッシュする。

 視線を集めているのを感じながら整列している列の最後尾に並ぶと同時に開始の鐘が鳴り、体育の教師がやってきた。

 その後ろには治安を守っている騎士団が付いて来ているのを見て最後の希望が打ち砕かれた。

 普段であれば教師一人なのに騎士団がいるということは……、と考えていると教師が咳払いした。


 途端に静かになった生徒たちは姿勢を正して微動だにしない。

 欠員なく並んでいるのを確認するかのように見渡して満足そうに頷く教師。

 もちろんその時に俺を視界に入れないようにするのを忘れない。

 ひとしきり満足した後、今日の授業内容について話し始めた。


「今日は一学期最後の授業ということで模擬戦を行う!」


 途端に沸き立つ生徒たち。


 中には嫌そうにしている者もいるがおおむね好評のようだ。

 それもそうだろう、安全性を考慮して普段は模擬戦は禁止されている。

 滅多にない機会に浮足立つのは当然だろう。


 そんな中ふとヤコブを見るとそこには汚泥のような喜色に歪んだ顔。

 嫌な予感は確信になった。

 が、止める手段がない以上黙って見守るしかなかった。

 ヤコブがわざとらしく手を上げて発言の許可を求めると、教師が反応した。


「どうした、ヤコブ」


「先生、模擬戦の相手は既に決まっているのですか?」


「いいや、まだだが……」


「では、僕の相手はハーウィット君でお願いします」


 それを聞いた瞬間、視線が俺に集まる。

 思いっきり猫を被っているヤコブにはノーリアクションなのが特に珍しい出来事ではないのを物語っている。

 教師の口角が微妙に上がっているのも間違いなくこの展開がわかっていたからだろう。

 ヤコブの提案を受けた教師は隠しきれていない嗜虐心を浮かべて決まっていた答えを口にする。


「よし、いいだろう。最初はヤコブとハーウィットの試合だ」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、後ろにいる俺に見えるように黒く淀んだ笑みを浮かべてくる。

 そこには様々な感情が渦巻いているのが見て取れるが、それらが何なのかまではわからない。

 間違いなくいい感情ではないだろう。


 ヤコブは顔を上げると壁際に置かれてある武具の入った籠から穂先の潰れた木製の槍を取り出し、教師の後ろにある武闘場へと上がっていった。

 四方五十メートルの広々とした台は壊されても簡単に直せるように分厚い鉄枠の中に押し固められた土が敷き詰めてある。

 お互いの立ち位置を示す白線は計四本あり、どれを使うかは遠距離戦か近距離戦どちらを得意とするかで決まる。


(──で、やっぱりギフトを見せつけるつもりか)


 ヤコブは遠距離攻撃を可能とするギフトを持っているため、外側のラインからスタートするようだ。

 俺はギフトを持っていないため、遠距離攻撃を徹底されれば全く狙ったところに飛ばない弓でも使わない限り勝ち目がない。

 それが狙いなのだろうか、それともただ今の状態が嬉しくて仕方がないのか、ニヤニヤとした笑みを隠そうともしていない。


 俺も武器を取るために運動場の端へと移動するのだが、ここで更なる問題がある。

 大量の武器を前に迷わずに右手を伸ばす……ことはなく右往左往と彷徨う。

 場合によっては命を救うための命綱にすらなりうるのだから自身に得意なモノや慣れているモノがあるのならば迷うことはない。


 そう、俺はまともに使える武器がない。

 強くなると決めてからこの世に存在する武器の多くをかき集めて片っ端から試した。

 生物を傷つけるために作られているのだから肉体一つで戦うよりも多少でも使いこなせればもちろん強くなるだろう。


 しかし結果は惨敗。

 剣を使えば太刀筋がブレブレになり、槍を使えば穂先が目標に当たらず、弓を使えば見当違いの方向に飛んでいく上に全く飛距離が伸びない。

 どれを扱ってもその効果を発揮せず、戦力を強化するどころか足を引っ張る始末。


 思い返してみればこんなことする前からその片鱗はあった。

 包丁は狙った通りに切れたことがないし、箒は埃をまき散らせるだけで床を綺麗にしたことがない。

 昔からとにかく道具を使うのがへたくそで済ませられるレベルではないくらいにダメダメだったのだ。


 そんな俺が体育の成績優秀なヤコブと戦うというのだからクラスメイトたちは俺がどのようにやられるのかをヒソヒソと囁き合っている。


(普通に聞こえてるんだけどなぁ……)


 無駄なところに気を遣うのならばそもそもしなければいいのに。

 仕方なく片手剣をつかみ取りつつそう思うもののやめるのは無理だろうとも思う。


 人は大半が自身の下を見て安心する。

 自分よりできないやつがいる、出来損ないがいる、一番下じゃない。

 そう思うことで心の安寧を保とうとする。

 俺のような誰もが持っているモノを持っていないやつは絶好の標的だろう。


 できるだけ近づけるように内側のラインの上に乗って向かい合う。

 それに合わせて教師が武闘場に近づいてきた。


「双方準備はいいか?」


 確認の声にノータイムで返事を返すヤコブに対して俺は体の具合を軽く確認して調子を確かめてから頷く。

 何が気に食わなかったのか教師の眉間に皺が寄ったが、そんなことを気にしている場合ではない。

 過去を振り返ったり内心呟いてみたりと現実逃避に近い行為はやめて全力で目の前のことに集中することにする。


 まず前提として、神々の祝福を受けているヤコブにはこちらの攻撃ではダメージが通らないため、ちまちま削ることはできない。

 それに加えて一撃でももらったら保健室のベッドとオトモダチになる羽目になる。

 純粋な攻撃力、防御力だけ見ても勝ち目がないのがわかる。

 それに加えて槍の扱いも俺とは違って一流に近いのだから手に負えない。


 つまり低いい勝ち筋を拾おうと思ったら相手を倒すのではなく……


「一応ルールを確認しておく。制限時間は十分。戦闘不能状態になる、致命傷となるようなヵ所に攻撃を受ける、もしくは場外に出た者が負けとする。相手に障害が残るような攻撃は禁止だ」


 ヤコブを場外に出すしかない。


 それが難しいのはわかっている。

 相手に近づくことすら難しいのにどうやって外に追い出すのか。

 自分でもそう思うが、一応こういう時のために策を練ってある。


 それを成功させるには俺の演技力と決定力にかかっている。

 そう思うと緊張で上手く体が動かず震える。

 過剰に動く心臓をなだめようとしていると、勘違いしたヤコブが語りかけてくる。


「なんだ、今更恐怖に震えたってもう遅いぞ。俺はお前を認めない、許さない。あの方を犠牲にしてまで生き残った背教者など。だからこそ俺はお前と正々堂々と決着をつけたい」


 ……ヤコブの口からは初めて聞いた内容だった。


 体が鍾乳洞にでも入ったかのように冷え、暑さとは別の汗があふれてくる。

 目眩がして重力が滅茶苦茶になったような感じがし、足元がふらつく。

 そんな脳裏に浮かぶのはあのときの所々に赤が混じる光景。


 もしもその内容が本当ならば、俺はヤコブの本気を受け止める必要がある。

 俺はそれだけのことをしてしまったし決して許されることではないことくらいとっくにわかっている。

 でも、だからこそ、俺はここで諦めるわけにはいかない。

 無念に散った夢をその先へと届けなければならない。


 なのでヤコブには……激しい怒りを抱く。


 あのことは箝口令が敷かれているが、上位貴族であればその内容は知っている。

 中には本当にあのことで俺に対して怒りを持っている者もいるだろう。

 そして、俺も心から尊敬しているからこそ、そのことに関する話をしに来た人がどんな顔をしていても気持ちを察することが出来たし、誠意を持って受け止めた。


 けれど、ヤコブは違う。

 あれは、あの目は、仄暗いモノ一色に染められていた。

 あの人を尊敬しているならばそんな目はできない。

 あんな、汚い感情のみが混ざった目など。


 だからこそ俺も、俺こそ許せない。

 あの人の名をこんなくだらないことのために利用したヤコブが。

 そして、それを咎められない自分自身が。


 俺は気づけばヤコブを睨みつけていた。

 正眼に構えた剣先が微かに震えているが、それでも目を逸らすことなく、正面から。


 久々にしっかりと見た気がするヤコブはいつものすました顔がほんの少し歪んでいる。

 俺はそこにヤコブの本音を見た気がした。


 すぐに取り繕っていつものすました顔を作ったヤコブは両手に握った槍の先を俺に向けて腰を落とした。

 それを見た教師が右手をゆっくりと上げると、鋭い声とともにそれを振り下ろした。


「始め!」


 開始の合図とともにヤコブが突っ込んでくる。

 祝福された肉体は細身の体からは考えられないスピードを生み出している。


「〈(ほむら)〉ッ!」


 唱えた祝詞は現実に干渉し、ヤコブの槍に手元から纏わりつくように炎が出現した。

 何もないところから生み出されたこの炎こそがヤコブのギフトの恩恵。

 どのようなメカニズムで現象を起こしているのかいまだにわかっていない不思議な力だ。

 槍が燃えていないことからさすがにこちらを殺してしまうような温度にはしなかったようだが、いつもよりも制御が甘くて輪郭が大きくぶれている。


 俺にたどり着くまでの短い時間で相手をよく観察して、どの策を使うのか選別する。

 表情を取り繕っているヤコブだが、心に余裕がないのだろう。

 いつもは遠距離から攻撃して様子見をする慎重さが見受けられない。

 ここで嗜虐心を煽って油断したところを突く作戦を使えばすぐにやられるだろう。

 そのほかの策もいつもと様子が異なるヤコブには通用しそうにない。


 最後に残った道は策ともいえない細い糸が張られているだけの綱渡り。

 しかしここでしり込みすることはできない。


 あの人のために、そして俺のために。


 この程度の壁を壊せなければ一生夢には届かない。


 だからこそ俺は……


 ヤコブが俺に接近してきた。

 あと一歩で槍の攻撃範囲に入る、というところで俺は剣振りかぶった。


 まだ剣が届かないにも関わらず隙だらけの行動をする俺を見て予想通り混乱しているようだ。

 そのまま俺は剣を振り下ろそうとする。


 しかしそのころにはヤコブは多少の冷静さを取り戻していた。

 祝福された肉体は思考速度すら上げる。

 高速での思考の末にギフトすら持っていない俺では傷一つ付けられないことを思い出したのだろう、気にせずに攻撃態勢を整えに入った。


 それを読み切っていた俺は微かな快楽を覚えるとともに振り下ろそうとした剣をヤコブに向かって投げつけた。

 左目に向かって飛んできた剣に咄嗟の反応を見せたヤコブは構えを解いて剣を横から弾く。


 人は一つのことに集中すると視野が狭くなり周りが見えなくなる。

 それが唐突に起こったことならばなおさらだ。

 さらに言えば顔の前にある炎を纏った槍のせいで視界が悪くなっている。


 ヤコブが熱でぼやけた視界で弾いた剣が当たらないことを確認し終えたころには俺が放った右フックが顎をとらえようとしていた。

 おそらくこれにもヤコブの脳は体は反応できるだろう。


 通常ならば。


 しかし今ヤコブの槍は俺の剣を弾いたばかり、別の方向に向かって振られている。

 それを俺に届かせようとするのならば普段よりも時間がかかる。

 そして、とっさの判断というのはおおよそ何もしてない状態からの動きを想定している。

 どうあがいても俺の攻撃は阻まれない。


 しかし、祝福を受けた肉体は只人の肉体では傷つけられない。

 だが、その中身はどうだろうか。


 答えは確かに強化されているが只人とほとんど変わらない、だ。


 ヤコブの顎を横から打ち抜いた俺の右フックは相手の脳を揺らす。

 俺と同じ祝福を受けていない者相手ならこれでとどめが刺せたのだが、微かにでも強化されている分通常よりも早く動けるだろう。


 それでもすぐには動けない。

 その時間を利用して右脚をできるだけ振りかぶるとヤコブ、ではなくその靴を蹴った。


 祝福された肉体の原理はいまだ証明されておらず、最強と称されていた人は推定600kgの只人の拳を顔に不意打ちで受けてビクともしなかったそうだ。

 それを受けて研究者たちが様々な実験を行ったところ、その肉体は固くなるだけでなく衝撃を吸収していることが判明した。

 なので俺がヤコブに直接足払いを掛ければ最悪倒れない可能性があった。

 しかし履いている靴は固くないし衝撃を吸収したりしない。


 衝撃を受けて横にスライドした靴は大地から離れ、持ち主の体が宙に舞う。

 いまだ回復していないその視界では何が起きたのか理解できないだろう、ただ持っているだけだったヤコブの槍はその手から離れ、その身体は地に落ちる。

 手から離れた瞬間に纏わりついていた炎は消え失せ、そこには若干焦げている槍だけが残されている。


 その瞬間をスローモーションのように感じながら、賭けに勝ったことを噛み締めてヤコブの首に穂先を突き付けた。

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