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最弱の背教者


 ―――カーンカーン―――


 薄らと明るい爽やかな朝。

 まだ人が活動し始める前の静かな青空に甲高い鐘の音が鳴り響き、その音に驚いた鳥が一斉に飛び立ち羽音を辺りに振りまく。


 そんなのんびりしたくなるような日でも俺の日課は変わらない。

 朝の筋トレの後に始めた走り込みを朝食の時間を知らせる鐘の音を合図に止めて整理体操をする。


 俺以外使う奴がいない寂れた広場でもう水が止まって所々欠けている噴水の縁に腰掛けて自作した朝食を取りながら一息つく。

 お金が無いためできるだけ安く作った割にはいい出来栄えのサンドウィッチを片手に週に一回だけ飲むようにしている牛乳をちびちび口にする。

 なるべく満腹感が得られるようにゆっくり食べつつ今日の予定を組み立てていく。


(今日は確か午前中が歴史に数学、国語で午後が体育か……。歴史は今の範囲は殆ど覚えてるし今日は野外生存術の本でも読むか)


 それが終われば一度汗を流しに寮の自室へと戻り、今日の授業の予習をする。

 遅刻する時間ギリギリまでそれをしたら世界で唯一の図書館に昨日借りた本を返して新たな本を借りる。

 後は教室まで今出せる最高速で人の少ない道を走る。


 ここまでの流れが朝のルーティーン化している俺の“いつも”だ。


 ここからが不確定要素。

 どうか機嫌よくいてくれよと思いながら教室に駆け込む。


 教室に近づくにつれて聞こえてくる喧騒に今日は大丈夫だったかと胸を撫で下ろしながら教室のドアを開けた瞬間に静かになった。


(ああ、駄目だったか……)


 そんなことを考えている間にこの静けさの元凶たちがもうすぐ朝礼の時間になるのにも関わらずこちらへと向かってくる。

 俺も元凶の一員だが、と誰にともなく内心で言葉を付け足していると、その中でもリーダーの少年が嘲るような視線を隠しもせずに話しかけてくる。


「おい、背教者」 


「……なんだよ」


 いかにも渋々返事しましたと言わんばかりの声に対して少年は表情を怒りに染め上げて睨みつけてきた。


「なんだ、その態度は。また俺にボコボコにされたいのか?」


「ーッ!」


 少年的にはボコボコにカウントされないのだろう、どう見ても腰の入っていない拳は反応できていない俺の腹に突き刺さり、喉から声にならない苦痛の声が漏れる。

 思わず跪く姿に満足したのか、声に再び嘲りを乗せた言葉が降り注ぐ。


「そうそう、それでいい。お前は一生そうやって這いつくばって生きていくのがお似合いだ」


 何が面白かったのか少年の取り巻きたちから笑い声が教室に響き渡る。

 なんとか顔を上げて周囲を見渡せばクラスメイトの大半がこちらを見ていた。

 その目には心配の色はなく、どこか慣れを感じさせるような、そして肯定しているような様子だ。

 見ていない者たちも見たくないからではなく見飽きたから、もしくは興味がないからであろう、否定的な感じは見られない。


 悦に浸っている様子の少年は言葉を続ける。


「そもそも、なんでお前は学園に来たんだ? 〈神々の祝福(ゴッドブレッシング)〉を受けていないどころか〈スキル〉を持ってない背教者のお前が。その事実に虫唾が走る。早く辞めてくれればこんなことしなくて済むのだがな」


 こいつの機嫌がよければ何事もなく着席することが出来るのだが、今日は運が悪かったようだ。

 ここまで言われるのはかなり珍しい。

 しかし俺から手を出すことはできない。

 それは文字通り()()()()からだ。


 俺からの反応がなかったことにさらに気分を悪くした男がさらに口を開こうとしたその時、教室に担任の先生が入ってきた。


「皆さん、おは……、ああ、またですか。ヤコブさん、それにあなた達も席に着きなさい」


 窓の付いていない扉からはこちらの様子が見えていなかったのはずなのだが入り口近くに蹲っている俺とそれを囲んでいる男たちを見ても何のリアクションもしなかった先生は出席を取り始めた。

 リーダーの少年ヤコブはそれを聞いて舌打ちするとこちらを一睨みした後席に戻っていった。


 周囲から人がいなくなっても動けない俺はいつものように出席確認を飛ばされ、その後俺など存在していないかのように業務連絡を始めた。

 いつもならさらっと流されて終わるのだが今日はなにやら話があるらしい。


「明日はいよいよ夏休み前集会ということで、今日で卒業まで残り半年を切りました。とても大切な卒業トーナメントの組み合わせは今までの成績を加味して夏休み明けに発表されます。今日一日では大きくは変わりませんが、それでもこれが命運を分けることもあるでしょう。気を抜かずに最後まで頑張ったください」


 それだけ言い終わると朝礼を切り上げて早足に教室から出ていった。


 先生の性格を鑑みるに、これは定型文だろう。

 内容はいいのだが心が籠っていないように感じる。


 それでもどう感じるかは人それぞれ、言葉を受けて気合を入れなおしている者も見られる。

 雑談にざわめく教室の中でようやく動けるようになった俺は自分の席について一人思考する。

 それによって導き出される答えは……


(……ああ、今日は最悪な日になりそうだ)




     ◇




 ちゃんと予習できていたのか、特にわからないところもなく自習する暇さえあった午前中が終わった。

 授業中に違うことをしていたら普通は注意されるのだが、それを何度も無視していたらそのうちどの教科の先生にも注意されなくなったので座学しか行われない午前中はいつも自由時間に等しい。


 授業が終わると同時に学食へと駆け込む生徒を横目に俺は人気のない校舎裏へと向かう。


 本当は学食を食べてみたいのだが、安いはずの学食が俺にとってはとても高いモノに思える。

 学食を食べる者しか食堂を使えないために人気のない場所で一人飯だ。


 落ちたパンくずを(ついば)みに来る小鳥たちを眺めながらこれから起こることについて思いを馳せる。


 一つ分かりきっているのは今日の体育が俺にとって地獄になるということだ。

 今日のヤコブの機嫌は(すこぶ)る悪い。

 そして俺のクラス担当の教師はヤコブを贔屓している。

 さらに授業の内容はかなり高い確率で模擬戦だ。

 どう考えてもみんなの前でボコボコにされるだろう。


 もしも俺にも神々の祝福が、いやせめてギフトさえあればなんとかなったのだが……。


 ギフトとは、神々が授けてくださっていると言われる特別な力のことだ。

 ギフトには炎や水を出す生成系、身体能力を強化する強化系、相手にデバフをかける弱化系、これらに含まれない特殊系といった種類があり、誰もが一つだけ持っている。

 これは()()()()()持っているモノで、成長していく過程で扱い方を理解していく。


 そう、生まれつきなのだ。


 だからスキルの存在など感じたこともない俺には間違いなくスキルがない。

 これが致命的なのだ。


 この世界で誰もが神の存在を信じている。

 スキルなんていう力が授けられているのだから当然だ。

 また、神が降臨したところに遭遇した者も実際にいるのだからそれは確実だろう。


 そんな神々を信仰している集団がある。

 原初の神といわれているルイ・カンティの名前からとったルイ教団である。

 教団のトップは神々から信託を受けられるとされており、それをもとに作られた聖書には様々なことが書かれている。

 その中に次のような一文がある。


『〈ギフト〉とは神々の寵愛の証である』


 簡単にまとめている一文だが、こんな感じの内容が長々と書かれている。

 これがあるため人々はギフトをもとから持っていた力と認識せずにいられ、そして俺は背教者の名を欲しいままにしているのである。

 なので現在俺に友達などいない。

 誰もが俺の近くにいて背教者のレッテルを張られたくないのだ。

 もしかしたらギフトが没収されるかもしれないと考えると恐ろしいのだろう。


 ではなぜ背教者と言われている俺がギフトの扱いを学ぶ学園へと通っているのかというと、今までにギフトを持っていない者がいなかったからだ。

 法律では年初め以降に12歳となる者の学園への入学が義務付けられている。

 だからこそ俺は学園に通うことが出来、教師や生徒は俺の在学を黙認しなければならない。

 間違いなく俺が卒業すると同時に修正されるだろうが。

 また、教会も聖書に邪神を信仰している者は背教者であると書かれているが、ギフトを持っていない者については明記されていないため、俺に嫌がらせくらいしかできていない。

 おそらく内心では今すぐにでも正義の鉄槌を落としたいことだろう。


 ちなみに神々の祝福とはギフトの扱いがある程度上手くなったら起こる現象の名だ。

 ある日突然身体能力が大きく上昇して只人の肉体では傷一つ付けられないくらい頑丈に、こぶし一つで岩が砕けるくらい力持ちに、どのようなことにでも反応するくらい鋭い五感の持ち主になる。

 これがその内容だ。

 さっき俺に絡んできたヤコブはこの神々の祝福を受けている。

 まさに次元が違う強さを手に入れられるため、誰もがこれを受けられるように頑張っているのだ。

 また、神々の祝福はギフトが扱える前提のため、俺は間違いなく授からないだろう。


 幼子でも知っているような知識を上げるだけでヤコブとの争いが無益なことかわかるだろう。

 それに加えてヤコブは天才というやつだ。

 学んだことはすぐに覚えるし運動神経は抜群、さらに戦闘センスがいい。


 本当にどうしようもないこの状況に頭を抱えるしかない。

 どうにか避けられないかとサンドウィッチを片手に試行錯誤するが全くいい案が浮かばない。


 そうこうしているうちに午後の授業開始十分前を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

 慌てて残りを口の中に詰め込み、飛んでいく小鳥を横目に更衣室まで駆けた。


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