8月4日に出会った彼女 7
間違いのなかった予感が、思っていたのとは違う角度からの的中とした子供服は首筋に力を込めて笑うのを堪え出してしまい無印は掘り炬燵のなかでぼくの足を強く蹴った。
「あっ、でも朝顔って、夜の時間を知っているから朝に咲くらしいですよ。時間を逆算するんですって・・・・・・」必死になったときのぼくはいくらでも墓穴を掘れるのだった。
「ラスイチいきますか」子供服は生唾をゴクリと飲み、実はピアスでも刺しているのかもしれない臍の辺りに力を込めタブレットを貸して、という風に手を伸ばした。もちろん笑い出してしまわないよう、動揺するぼくの顔は見ずにだ。
しかし今のぼくはあの日とは違う。社会の縁でバイトをしながら暮らしていて、縁には縁なりのゆるさと苦労があり、だからへりくだって媚びなければならない状況と何かを振り切るべきときの兆しは、似ているようでも異種であることを覚えたのだ。そして酔ってもいる。
トイレへ立ち、鳴らない風鈴を眺めて一服している間に、明らかに空気の入れ替わった掘り炬燵で、ダイソーの目の中に現れた「あの彼女」と向き合った。いや「現れたあの彼女」の目の中にいる自分と向き合ったのかもしれない。今朝突然手に入れた「真夏のチケット」は、ぼくにとっての少しの偶然と反射的に掘った墓穴により意味を変えたのだ。
なるほど、見れば見るほど「ダイソー」と「あの彼女」の顔やこの目付きは良く似ているし、穴の掘り方や掘った場所は殆ど同じだと言える。かつてのぼくは自らその穴に入ったのだったが、もう二度と入るつもりはない。むしろぼくは、ぼくを掘り返すのだ。
最低でもLINEの交換まで漕ぎ付かなくてはと企んでいたが、真逆にある、極北で瞬くとも言えるこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。あの日以来、無意識の中でそういうことを望んでいたことになど、今の今になるまで知らなかった。そんなわけでより傷つくかもしれないダイソーには本当に申し訳ないのだけれど、他力と自力によって思い切り舵を切れてしまうことの可能なぼくは、心の中で「無印」と「子供服」へ謝り、「あの夏」の代理としてしまう「ダイソー」には心からの謝罪と感謝をした。
今夜みんなとお酒を飲めて本当に楽しかった。声をかけてくれてどうもありがとう。
「よく耳にするけれど宇宙の始まりってやる気だったみたいだしさ。ねっ?」ぼくはダイソーの目をしっかり見て言った。彼女の目の中で顔のない誰かが手を振り、そして彼女の心の中へ消えた。
ダイソーは部屋を出て行った。
無印と子供服は目を点にした。呼吸も止まっているように見えた。ぼくは清々しく、グラスの中の氷を口に入れてボリボリ噛んでやった。当然のことだが、今すぐの後悔などしないよう強い気持ちを維持しなければならない。どうあれ、ぼくはもう傷つきやすい十代の高校生なんかではないのだから・・・・・・
でもダイソーはまだ、傷つきやすい十代の女子高生だったのかもしれない。席を立った彼女の座布団の脇にあるトートバックについていた7UPソーダの丸い缶バッチが目に入った。
当時、ぼくの周りにいた彼女たちの多くは百円二百円で買える缶バッチを日常的な持ち物につけることをよくしていた。通学用のデイ・バックやらトイレに持っていく巾着に何かしらのバッチがよくついていた。もちろん男子にもいて、キャップ帽の後ろやMA-1の胸に彼らは色々とつけていた。ときどきそれがある種の旗印となり、共通する趣味や共感できるセンスを知る。そこで思いもしていなかった相手と交流が始まり、ともすれば誤解が晴れてしまうこともあっただろう。一度も缶バッチなどつけたこともなければ買ったこともないぼくはダイソーのトートバックの7UPから目を逸らした。今更、すぐの後悔などしてはいけなかったからだ。しかし酔っているときだからこそ、何かしらの喚起を見過ごすほどぼくは、内なる自分に鈍くはない。缶バッチそのものよりも7UPソーダこそが記憶のシンバルを叩いている。ぼくは耳を傾けることにした。遠い記憶の蘇生により、直ぐそこにいる「無印」と「子供服」は遠くから笑い、何かを話しかけていた・・・・・・
配達くんが俺の責任を丸ごと背負ってくれたようで、正直助かったよ。
ねぇ、どうあれさ、宇宙とか言い出されたら引いちゃうわよ本当に、いや本当マジで。
二人が転がるように笑っている間に、まるでついさっきダイソーの目の中で手を振った顔のない輩はシンバルからの銅鑼を鳴らした。