8月4日に出会った彼女ー水辺の彼女がスマホで読んでいた記事全文ー
青く底の抜けた空の遠くにせり上がる純白の入道雲は、今年も季節が巡ってきたことを示していた。○○県××郡馬笹村は標高1300mにあり、国内屈指の日照時間を有する土地だ。夏場の陽が、照れば照るほどに日陰の納涼感は増す。少子化に伴い廃校となった「旧馬笹小学校」の校庭にひまわり畑を作り、観光名所としたのは今から17年前のことである。
観光を目的とする他のひまわり畑の多くは観賞用品種を何万、何十万本と植えるところだが、馬笹村は食用品種の「タイタン」だ。茎は2~3mほどにまで伸び、花径は30cmにもなる。広い校庭の中央で耕された200㎡ほどの広さに150本(縦30列、横50番)が植わる。
大人の背丈よりずっと背の高い「黄色い太陽」が地上から生えている景色は圧巻だ。それを特別開放された廃校舎の二階音楽室から見下ろすとき、大人も子供も胸の内側は郷愁感にはち切れてしまいそうになることだろう。
旧馬笹小学校のひまわり畑がにわかに脚光を浴び始めたのは5年前からのこと。1/150本だけが、ひと夏のあいだ他とは別方向に咲き続け、どの花よりも遅く首が折れたという。音楽室から見下ろした場合、左端のやや前方に育っていて一本だけ北を向いていた。
驚くことに、翌年も同じような列で同じように咲き、最後に枯れるという花が現れたのだ。そしてその翌年も繰り返された。もちろん毎年新しい種から植えている。しかし殆ど変わらない箇所(縦5~7列目、横8~11番目)で1/150は毎年咲き続けた。
SNSで拡散されたのは3年前だと言われている。以来そのひまわりは「空気を読まない強者」「同調圧力に屈しない生き方」「体制に刃向う気高き孤高の花」等と解釈され評判を得た。観光客は桁違いに増え、近隣の雑木林や打ち捨てられた畑などにも手が入り、臨時の駐車場は第三にまで広げられた。8月の休日ともなれば付近の県道は駐車場待ちの車で渋滞が発生する。廃線となった路線バスのコースを県外からの観光バスが行き来する様は皮肉を禁じ得ない。
今年も多くの観光客で賑わいを見せていた旧馬笹小学校だったが、昨日の8月3日早朝「屈しない」それは文字通り人知れずに首を折っていた。関係者はさぞ息を飲んだことだろう。毎年その1本から採取される特別な「種」は9月下旬にはネット販売され村の予算を底上げしていたに違いない。しかし今年は花のまま枯れてしまったのだから。
小学生から社会人まで、人間関係や生き方に悩む多くの者がその咲き方に憧れ、あるいは自身を重ね合わせた。
馬笹村の特別な「ひまわり」は5年もの間、近年において急速に進んだ不寛容な社会を暮らす我々へ何を語り続けていたのか? そしてそれはもう語り尽くしてしまったとでもいうのだろうか? これが最後の夏となるのなら余りに突然だ。誰もが耳を傾けるべき馬笹村の「夏」は始まったばかりだというのに・・・・・・