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役者転生  作者: 古家一人
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第一話「目覚め、決意」


「──う、うぉ、お、おぉおおおおお!?」


よくよく聞けば脳に響く声も全く違う。

日本人にしてはしっかりしすぎた骨格と筋肉。

いくら鍛えても筋肉というものは骨格に沿うものだ。

まるっきり、日本人の体型とは似ても似つかない身体に、琥珀色の瞳と鮮やかな銀の髪。

着物の似合わないレベルの痩せ型、薄茶色の瞳に遊びっ気のない黒一色の髪、それが自分だったはずだ。

それがなんだこれは。

まるで別人になってしまったかの様な──。


「大丈夫ですか!?」

「うおぉっ!?」


突然勢いよく開かれた扉から飛び出してきたのは、一人の少女だった。


青みがかった黒い髪を肩のあたりで白いリボンで結び、そのまま垂らしている。

服装は中世の洋物舞台で見たことがある様な、白地のワンピースに赤茶のベスト。

カツカツと音を鳴らして階段を駆け上がってきたのは、ぼろぼろの革のブーツか。

顔はまだ幼さを残す印象だが、化粧などはしていない様に見えた。


以前の舞台で若い女の子達がこんな感じのナチュラルメイクをして小屋入りしていた時のことを思い出した。

彼女たちはそこから舞台用の派手なメイクをして、役によっては色っぽく艶やかな遊女や、未だ幼く可愛らしい茶屋の看板娘、さらには端正な顔つきの紅顔の美少年へと変身していくのだ。

女性のメイク技術はもはや一つの舞台美術だな、なんて演出家と関心していたのを覚えている。


だが彼女たちと違い、飛び抜けて異質なのはやはり、その目だろう。

透き通る様な雲一つない大空を、そのまま両の瞳に閉じ込めた様な、淡く綺麗な空色の双眸が、俺の姿をはっきりと捉えていた。


「あ、えと──」

「あの、その──」


い、いかん。

若い女の子と現場以外で喋ることなんてなくて、緊張して全く言葉が出なかった。

だって仕方がないだろう。

元々女性は苦手なんだ。


いやしかし何か言わねば。

ここがどこなのか、とか。

あなたが誰なのか、とか。


──俺は誰なのか、とか────。


男がそのように思考を巡らせながらあたふたしていると、少女は不意に笑い出した。


「え、あれ。なにか…おかしかった?」

「あぁいえ、すみません。なんだかあわあわしてるのが可愛くって」


か、かわいいだとう。

正直この顔は結構かっこいい系だと思うのだが。

本来の自分の顔とは乖離しすぎているので、もはや別人の顔として捉えると、この男の顔はなかなかに整っているように思う。


「そ、そうかい?ははは…」

「はい。でもよかった、無事に目が覚めたんですね」


その少女が見せた不意の笑顔に、俺は年甲斐もなくときめいてしまった。


綺麗だな。


素直にそう思った。

仕事上、女優さんとは近しい距離にいたが、彼女らとは違う。

彼女たちの笑顔は見る人間を否応なく惹きつける、美しさを訴えてくる妖艶な薔薇の様な笑みだ。

惹かれて触ろうものならその棘に絡め取られ、痛い目にあった知り合いを何人も見てきた。

しかし彼女は違う。

打算などない、純粋で素朴な、たんぽぽの様な暖かみが、その笑顔にはあった。


「──とりあえず、この状況をお互い確認したいと思うんだけど、いいかな?」

「あ、はい。そしたらこちらへ、飲み物を用意しますから」


お腹が空いている様ならスープやパンもあるので。

と少女は付け足しながら階段へと促した。

俺は言われるがままに彼女について行き、階段を降りて一階へと降りた。


「──いい匂いだ」

「ふふっ、お腹空いてるみたいですね」


気づけば体は空腹を訴えるために唸っていた。

まぁだいぶ寝ていた様だし腹も減るか。


一階にはベッドが一つと、なにやら大きな棚が二つほど壁際に並んでいる。

カウンターの奥が台所になっている様で、釜戸やら食器棚が置いてある様だった。


(なんか当然のように馴染んじゃってる気がするけど、本当にここってどこなんだ…?)


男は自分の容姿に驚きを得た以外、周りの光景に関してあまり疑問を浮かべることはなかった。

それが何に起因するのか。

過去出た舞台のセットで見慣れた光景だったのか、はたまた持ち前の大雑把でいい加減な性格故だったのか。


そしてそのどちらでもないということには、男は未だ気付かないでいた。


「どうぞ」


少女がテーブルにつき、スープとパンを用意してくれた。

俺は食べ物を前にして我慢ができず、夢中でかぶりつき、あっという間に食べきってしまった。


「ご馳走様。とても美味しかったよ」

「はい、お粗末さまです」


それから俺は彼女の事情を一通り聞いた。


まずここは彼女の家で、数ヶ月前に父が死去し、今は一人暮らしだという。

父は王室御用達の薬師で収入も安定していたが、彼が死亡してからはその依頼も打ち止めとなった。

それにより貯金を切り崩しながら行商などで生計を立てようとするも、なかなか軌道に乗らず、困っていたという。

数日前のこと、隣町からの行商の帰り道、行き倒れていた男──、つまりは俺を見つけ、ここまで運んできた、ということらしい。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「じゃあ君は、大の男を一人でここまで運んできたっていうのか…?」

「あぁ、それは──」


彼女はさっと立ち上がり、壁に立てかけてあった木の棒を持ってきた。

それはどこからどう見たって長い木の棒だし、それ以外の何でも無かった。

まさかこれで運んできたとか──。


「これで!」


なんだろう、この庇護欲を掻き立てられる感覚。

覚えがある気がするがまぁそれは置いておこう。


「…ちょっと、やって見せてくれるかな。おじさんそこに寝っ転がるから」

「寝っ転がらなくても大丈夫ですよ。そのまま浮かせますから」

「──へ?」


──何を言ってるんだろうこの子は。


などと思っている俺の思考を置き去りに、身体は下から大きな風で押し上げられるように宙へと浮き上がった。


「お、おぉぉぉぉぉおお!?」

「私、風を操るのは昔から得意なんです。よくお父さんにも褒められました」


ぷかぷかと浮かび上がる、というより、風の流れに包まれている様な。

ドライヤーの温風でふわふわと浮くボールを見たことがあるだろうか、あんな感じだ。


「こ、これは一体、どういう手品なんだい?」

「手品ではありませんが…、ただの魔術ですよ。コツを掴めば誰でもできる程度の」


少女は男を包む風を徐々に散らしていき、先ほどの体制のまま、すとんと椅子に座らせた。


魔術、だって?

それは小説とか漫画の中の話じゃあなくて?

現実に今、六十キロほどの男の身体を宙に浮かせたあの曲芸を手品でないと言うなら。

この椅子に扇風機の様な機構が細工されていたわけでもないし、そもそもそんな突風が起きれば周りが無事で済まないはずなのだが──。


「どうしました?」

「いや、ははは。ちょっと、おじさん驚いちゃってさ」


テーブル、椅子、食器類に至るまで、多少位置がずれた程度でなんら被害は受けていない。

マジかよ、成人男性が浮くレベルって台風以上じゃないの?知らんけど。


「あー…、魔術って他に何ができたりするのかな」

「え?そうですね…、例えば…」


彼女は何かを探す様に数回周りを見回したのち、はっと気づいた様に台所へぽてぽてと歩いていった。

ちくしょう、いちいち可愛らしいなこの小動物。


「じゃあこういうのはどうでしょう?」


少女は水瓶の前で立ち止まり、手に持っていた杖を一振りした。

それと同時に、あるいはそれに呼応する様に、水瓶から手のひらサイズの小さな水球が浮かび上がった。


「わぉ……」

「そしてこれをー、こう!」


またしても杖を一振りし、水球を男の座っているテーブルへと移動させた。

水球はちょうどテーブルの上ですっと止まると、二つのコップに同時に水を注いでいった。


「おぉぉー……」


思わず拍手で迎えてしまった。

マジックショーなんてのは生まれてこの方縁がなかった物で、目の前で起こる超常現象に、ただただ感動してしまった。

ふと彼女の方を向くと、ちょっぴり自慢げにふふんと鼻を鳴らしていた。

かわいい。


「なるほど…魔術、か」

「あのー…こういうこと言うのは大変失礼かも知れないんですが……、頭でも打ちましたか?」

「あぁ〜…そうかも。自分のことも何も覚えてないみたいだし……」


頭どころか全身打ってるはずだし、なんならこの身体に見覚えがないわけなのだが。


「そう、なんですね…、記憶喪失というものでしょうか」

「そうだねぇ……。だから宿無し文無し記憶なし、ついでに名無しのなんとやらってやつだねぇ」


っていうかこれ言葉通じてるけどどういう理屈なんだろう。

発音は口に馴染んでるけど、明らかに日本語とは違う言語を発声してる感覚、うーん、妙な感じだ。


「なるほど…名無しさん、なのですね…」

「そうだねぇ…困ったもんだ」


ふむ。

やっぱり通じてはいるみたいだな。

正直わからないことだらけで如何ともしがたいけど、世話になったからにはやることは一つ。

人道に背くことなかれ、だ。


「そこで物は相談なんだがお嬢さん」

「は、はひっ」


んーむかわいい。

いやそうじゃなくて。


「えーっと、何か俺に手伝えることはないかな」

「…手伝えること、ですか……?」

「うん、おじさんさっき言った通り何も持ってないけど、力仕事くらいなら手伝えると思う。だから──」


そう、恩を受けたら恩を返す。

亡き母が大事にしていた心情のような物だ。

これができなきゃ出世はできないよ、なんて口酸っぱく言われたもんだ。

だからこそ──。


「俺に恩返しをさせてくれないか?」

「恩返し……」

「あぁ、俺は今日から君の仕事を手伝う。それが俺にできる唯一の恩返しだと思う」


一歩ずつ、地道にやっていこう。

それが一番大切なことだ。

ここがどこなのか、死んだはずが別人になって生き返ったとか、わかんないことはとりあえず後回しでいい。

目の前にいる人間の力になる、それが今の俺のやるべきことだから。


少女は数瞬ぽかんとしていたが、言葉の意味を消化すると、ぱぁっと明るい笑顔を見せた。


「はい!とってもありがたいです!!」


あぁ──本当に綺麗な瞳だ。

せめて彼女の父親代わり、とまでは行かないが、頼りになるお兄さんくらいにはなれる様頑張ってみよう。


「あ、えと…わたし、マリアって言います。お兄さんのことはなんて呼べば…?」

「あーそうだった……、俺は…」


俺自身の名前はあるが、この身体の元の名前ではない。

何と名乗ったものかと思ったが、いい名前があったことを思い出した。


「……ガイ…」


以前出た時代劇の作中で、ある男が湯灌場買いの女に名を与える場面。

女は死人の着物を預かり、清め、自分で着たり古着屋に売ることで生計を立てる、それが湯灌場買いだ。

頼る宿もなく、その日暮らしを続けながら生きる女。

ある日、竹林の入り口で女は男と出会う。

男は女に忠告をする。

『女一人でこの様な場所を歩くと碌な目に遭わないぞ』と。

それに対し女は自らを『数ならぬ身』、つまりは取るに足らない存在だから問題ないと言った。

しかしその後、女は盗賊たちに強姦されそうになる。

間一髪のところへ男が現れ、盗賊たちを蹴散らしていく。

『いくら汚い格好に身を包もうとも、その顔と身体だけが女を“女”たらしめる』

だからお前の女を殺してやろう、そう言い放ち、男は女の顔に【(ガイ)】の傷を付ける。

『これでお前も数ならぬ身だ』。


とまぁ名を与えると言ってもこういう凄惨なシーンのことだったのだが。


俺はこのいけ好かない男を演じていた俳優の芝居が妙に印象に残っていた。

彼は元気にしているだろうか、打ち上げでは見かけなかったな。

確かメディアでは【稲川演劇】の期待のホープなんて紹介されてたし、次の仕事で忙しかったのだろう。

殺陣も歌もそつなくこなし、その佇まいは妖艶で老若男女問わず人を惹きつける。

しなやかで美しい身体表現と、その特徴的なハスキーボイスがそうさせるのだろう。

普段は寡黙でミステリアス、かと思えば天然な一面もあって、何故か懐いてくれていたので俺もとても気に入っていた。

俺みたいな木端な役者から盗めるものなんて無いだろうに──、若者のああいう姿勢は見習いたいもんだ。


若干話は逸れたが、まぁそれに準えて。

(ガイ)って言うのは、俺の様な名無しの権兵衛には丁度いい名前だと思い至ったわけだ。


「がい…さん、ですか?」

「あぁ、よろしく。マリアさん」

「──!は、はい!よろしくお願いします!ガイさん!」


もう一度、始めよう。

流されるだけの受け身な人生じゃなく、誰かのために生きる人生を。

悪いけどこの身体、少しの間だけ借りるよ。

お前さんが目覚めたらそっくりそのまま返すからさ。

だから──、だから少しだけ、俺に生きさせてくれ。


目標のある、人生ってやつを。

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