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見ないふりをしていたけれど、現実は非情で第二王子殿下の来訪が告げられた。

今回の顔合わせにおけるゲームでの情報はフェリクスが告げた

「昔からブランシェは完璧でな、それでも以前は会話もあったのだが。

彼女は俺のような無能には興味がないらしい。」

というセリフのみだ。そのあとヒロインによる「私は殿下の努力を知っています」云々のお約束の流れになる。

公式設定でも『幼少期はそれなりに交流があったが、次第に疎遠となった』とあり

これはブランシェが習い事で多忙な日々を送りフェリクスと過ごす時間を捻出できず、またブランシェ自身もフェリクスと過ごす時間をそこまで重要視していなかったというのもあるのだろう。

単純にゲーム内のブランシェはフェリクスに全く興味がなかったのだ。それがフェリクスの劣等感に拍車をかけたのかもしれない。


とはいえ、今回の顔合わせも婚約も穏便に済ませたい。そして出来ることなら来訪者のためにうちのシェフが腕によりをかけたであろうお菓子を堪能したい。

今まで我慢してきた甘いもの。感情を出さない教育を受けていたこと、そして印象に合わないがためにブランシェは甘いものが苦手だと周囲に認識されていた。

だが実際のブランシェは大の甘党だった。ゲームの強制力という謎の力でブランシェは何を食べようとも美しく成長することは約束されている。



つまり、今日からブランシェは好きなように好きなものを味わうことが出来るのだ。なんと素晴らしい世界なのだろうか。

婚約破棄が避けられぬ運命なのであれば、好きなように生きたい。ゲームでのブランシェは婚約破棄を突き付けられた以降の描写は存在しない。

第二王子殿下に婚約破棄を突き付けられたと言えども、ブランシェがグラニエ公爵家を継ぐことに変わりはない。だいぶ家格は落ちるかもしれないが次の婚約者が父により選定されるにちがいない。

むしろ、光魔法が扱えるとはいえ元平民のヒロインと第二王子が結婚しても生活できるのだろうか。


「聖女として囲い込みたい教会側と、教会に力をつけさせたくない王家との折り合い。というところかしら。そうなれば婚約も破棄ではなく解消が妥当なところね。

まぁ、ああいうのも演出だから。きっと王家側から後で公爵家に利のある契約が結ばれるのでしょう。」


「お嬢様?何かおっしゃられましたか?」


「いいえ、なんでもないわ。少し緊張してるみたい」


「お嬢様のお美しさも愛らしさもこのリズが保証いたしますよ。さぁ、ご主人様たちがお待ちです。」



歩きながら思わず考えが口に出ていたようで、笑ってごまかす。元気づけるように笑うリズに微笑みを返し扉に向かって声を上げた。


「お父様、ブランシェが参りました。」


「入りなさい。」


あいた扉の先には、見慣れた両親の姿とスチルでみた姿と同じ第二王子殿下が座っていた。

少し外にはねた柔らかな赤毛に王家特有の琥珀色の目。大人に囲まれたなかで甘いマスクを生かした柔和なほほえみを浮かべる姿は既に完璧な第二王子として申し分ないように見える。

その前に座るブランシェに似た冷たい色味と美貌の父は相変わらず不愛想だが、第二王子に対して不敬にはならないのだろうか。

父の隣で瞳の色だけがブランシェとの血のつながりを感じさせる可愛らしい容姿を持つ母は今日もご機嫌で、見た目がどこまでも正反対な両親は何故かとても仲がいい。

幼いときは暖かな印象を与える母に憧れていたが、母は父に似た自分に惜しみない愛を注いでくれているし、父の分かりにくいながらも家族への愛情深さを感じてはいたから、今はむしろ両親が好きだというこの見た目を最大限生かせるように努力を続けていた。この容姿には愛らしさよりも美しさがよく似合う。だからこそマナーのレッスンは何よりも力を入れてきた。


「初めまして、第二王子殿下。ブランシェ・グラニエでございます。」


「初めましてグラニエ嬢。フェリクス・シベストです。これから長い付き合いになるのだし、是非フェリクスと。」


「よろしくお願いいたします、フェリクス殿下。わたくしのこともブランシェと。」


「ブランシェ、せっかくだから庭園をご案内しておいで。お茶も用意させよう」


「グラニエ公爵家の庭園は素晴らしいと王宮でも有名なので楽しみですね。ブランシェ嬢、ご案内願えますか?」


こんなに理想通りの顔合わせで、お互い子供らしさのない子供だというのに数年後には婚約破棄されるのだと思うと成程恋というものは恐ろしいのかもしれない。


二人で庭園をめぐりながら無難に当たり障りのない会話を交わし、お茶の席につく。机には春らしく淡い色とりどりのマカロンと一口サイズのタルトが並べられておりスチル通りの景色に少し落胆しながらも意識が一気にスイーツに向かってしまう。どうやらフェリクスにもばれていたようで、先ほどよりも親し気に話しかけられる。


「ブランシェ嬢は甘味が好きなんだな。先ほどから完璧な姿ばかり目にしているから、そういった姿が見れて少し安心した。」


「お恥ずかしい姿をお見せしてしまって申し訳ありません。似合わないのは分かっているのですが…。」


「甘いものが好きなブランシェ嬢も可愛らしいと思うぞ。私のことは気にせず食べてくれ。」


そう促されても、相手は王子なわけで、気にしないというわけにはいかないのではないかと焦ってしまう。それでも、ふと思うのはこの婚約は期間限定なものであるということ。

それならば、本人がいいと言っているのだし好きにしていいのではないかという悪魔のささやきが聞こえてくる。


悪役令嬢なのだから悪魔に負けてもいいではないかと開き直って目の前のお菓子に手を付ける。

今回はシェフがかなり力を入れたようで甘酸っぱい苺やレモンのコンフィチュールを挟んだフルーツ系、濃厚なチョコやピスタチオのガナッシュ系、少し塩をきかせたキャラメル味など

少しずつ色んな種類のマカロンが並べられていた。

まずは一つ頬張るとサクっとした軽い食感に、重みのある甘さがたまらない。リズの入れた紅茶で甘さを落ち着かせ、思うがままに楽しんでいく。

一口サイズのタルトはそれぞれ一種類の果物で飾られたフルーツタルトだった。ココア生地にカスタードクリームの苺タルト、さっぱりした甘みのレモンカスタードとグレープフルーツのタルト、クリームチーズの上に盛られたブルーベリーのタルトも美味しそうでどれにしようか迷ってしまう。


(あぁ日頃の節制のおかげで少ししかお菓子を食べることが出来ないのが残念だわ。お腹さえいっぱいにならなければもっといろいろと楽しめたのに…。

恐らくあの苺はうちの領のものよね。お母様が好きだからお父様が開発に力を入れるよう指示していたはずだもの。となるとイチゴかしら。でもグレープフルーツの酸味も好きなのよね…)



「ところでブランシェ嬢。私たちの婚約は限りなく政略的なものだが、私はね出来ることなら君と仲良くなって結婚出来ればと思っているんだ。」


魅力的なお菓子を前に人は無力なのだと思う。


だから目の前のお菓子に夢中で婚約者を完全に放置しだしたブランシェを眺めつつお茶を飲んでいたフェリクスがニコニコと唐突に爆弾を投げ込んできても、それにうまく対応できなかったのは仕方がないことなのだ。むしろ驚きで手から零れ落ちそうになったマカロンを粉砕することなく素早く持ち直しただけでも誉めてほしい。


当然、その焦りが表情に出ることはないのだけれど。向かいに座るフェリクス殿下は人の好さそうな笑顔を浮かべているけれど、この人の意図が全く読めない。

ゲームでは描写されていなかっただけで、二人の交流はあったのだろうか。積極的にかかわりたくはないが、嫌われにいきたいわけでもない。

婚約破棄されるとしても破棄後のブランシェについて言及されていない以上、ある程度の友好を保つのは大事なのかもしれない。

もしかすると、"不仲"というゲーム情報に振り回されているのだろうか。スチルを再現する強制力が働くことは確認したが設定内容は誰かの視点での関係性でしかないのか。

あぁ考える時間も手段もない。ただひとつわかることは、ゲーム開始時点で二人は不仲だと言われていること。ならば一体いつから私たちの関係は崩れるのだろうか。


「…っ。それはもちろん、その通りですが。」


「だって、結婚は愛し合う二人でするものだろう?」


「そう、なのでしょうか。あまり考えたことはありませんでした。」


「それはもったいない。私たちは背負うものも大きいし、息が詰まることも多い。そんな時に君を守ってあげる存在になれるといいと思っている。兄上も婚約者殿と手紙のやり取りを頻繁に行って大事にされているしね。」


「王太子殿下は隣国の第二王女殿下と婚約されたのでしたね」


「そう、兄上は学院で運命的な出会いをされたんだ!多くの友とも兄上は出会っているし、私も多くの人々と関わらねば。少し、人付き合いは苦手なんだけどな。」


メインヒーローの名は伊達ではないな、と思わざるを得ない。顎の下で組んだ手に、憂いを含んだため息に多くの女性が虜になるのだろう。フェリクスに興味のない自分でさえ視線を引き付けられるのだから。だがしかし、一つだけ分かった。


彼は少し、純粋すぎる。


貴族は特権階級ゆえに背負うものが多い。領民の生活を握っている以上は当然である。弱音をこぼす相手も支えあう相手も必要なのは、分かる。だがそれを出会ったばかりのブランシェに公爵家内とはいえ、多くの使用人が控えているこの席で告げる言葉ではない。この婚約は両家にとっては何ら問題もないが野心家にとっては目障りでフェリクスに付け入る隙を虎視眈々と狙っているというのに。

だからこそ慎重に相対すべきなのだが、この王子は息が詰まるだの、多くと友人関係を築きたいなどと簡単にこぼしてしまう。

王太子殿下の友は側近候補として幼少期から王太子殿下を支えるべき存在として育てられてきた者たちばかりだ。学院で自由に出会った存在ではないのに、この王子は分かっているのだろうか。

むしろ自分たちは王家に翻意なしとして、ある程度周囲と距離を置いて接するべきなのだが。

力ある高位貴族と仲良くしても、下級貴族や一部の平民と仲良くしても、王権簒奪の意思を疑われ悪意あるものに旗頭にされかねない。

こういったことは直接誰かに教わるわけではない。それでも自分たちのような存在は裏を読み続け、気付かねばならないのだ。

そしてなにより、王家の人間が恋愛結婚に夢を見てしまっているとは。王太子殿下の出会いだって大人による演出なのだ。賢い貴族はみな、仕組まれている裏を知りながら運命という言葉に湧いているフリをしている。

この王子はそれを真実と思ってしまったのでは、ヒロインに恋に落ちても仕方ないのかもしれない。少なくとも、ブランシェはフェリクスに守られるような存在ではないから。


「学院ではみな平等だろう?ブランシェ嬢も多くの友を得ると良い。」


あぁ、急に目の前のマカロンの味が分からなくなってきた。頭が痛くなってくる。恐らくゲームのブランシェは正しく己の立ち位置を理解し、フェリクスが悪意にさらされないようにと尽力したのだろう。

婚約成立後に学院で他の女性にうつつを抜かす王子など御しやすいと数多の貴族からブランシェがフェリクスの隣で完璧に君臨することで守っていたのだろう。そう思うと悪役令嬢としてのブランシェは可哀そうな存在に思えてくる。


強制力は仕方がないが、みすみすこの幸せな生活を逃すつもりはない。ゲームの登場人物には悪いがここは悪役令嬢として己の欲に忠実に生きていこう。

とりあえずここは無難にかわして、さっさと自室でお菓子を楽しみなおしたい。


「そうですわね。フェリクス殿下にも素敵な出会いが訪れることをお祈りしていますわ。」

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