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乙女ゲーム転生というものを見かけるようになって随分経つが、まさか自分の身に降りかかるなんて誰も思いはしないだろう。

知ってはいるが、空想のもの。そう思って生きてきた。

だが実際にこの身に起きてしまっているならば信じざるを得ないではないか。

「とはいえ、これは由々しき事態だわ…」


思い出したのは先ほど、父から婚約者の名前を知らされた時だった。

婚約者がいるのは知っていたし、相手が王子であることも把握していたが、相手にあまり興味がなく名前を知らないことに気付いたのだ。

お名前は何とおっしゃるのでしたっけ、と尋ねた娘に対し少しの呆れをにじませながら父が教えてくれた名は、フェリクス・シベスト。

覚えのない名に何故か漠然と赤毛の姿が浮かび、王家の方々にお会いしたことなんてないのに、と違和感を抱いた瞬間

次々とブランシェが知るはずのない情報が流れ込んできた。

脳内に浮かぶ情報曰く、この世界は前世の自分がハマっていた乙女ゲームの世界でありブランシェ・グラニエは無慈悲な悪役令嬢と呼ばれる存在だった。

前世の名前も分からないけれど、ゲーム画面に映るスチルは何枚も思い起こせる。新しい知識が乙女ゲーム転生には人格形成に影響が、だとか思考そのものが変わってしまうだとか、それによって運命を変えるのが"お約束"なのだと教えてくれるが、ブランシェには自分が変わった感覚はなく誰かの記憶が入ってくるというよりかは単純に知識として知らぬ世界の概念を学んだような気分だった。

とはいえ、思い浮かぶスチルに映る悪役令嬢の姿は確かに今の自分の面影を残しているし、舞台となる学院も二年後に入学予定の学院と一致する。

突然の出来事に呆然としつつも自室に戻った今、これからの行動を考えるしかない。


婚約者に興味はみじんもないが、グラニエ家の名が貶められるのは避けたい。

むしろ好きでもない相手に振られるなんてごめんだ。

グラニエ公爵家の一人娘として蝶よ花よと育てられ十年。社交界デビューはしていないものの

流石公爵家のご令嬢だと言われるほどにブランシェは日々努力を積み重ねてきた。

マナー、ダンス、語学、歴史、魔法、美容など、ブランシェの毎日は彼女の努力で成り立っている。

自分の要領の良さは理解しているが、次期公爵夫人としての教育は辛く厳しいものだった。

ブランシェの出来の良さに幸か不幸か教育係たちの熱量も比例し、この頃のブランシェには休息すらなく

それでも文句ひとつ言わず励んだ結果、ブランシェは既に社交界でもトップクラスの令嬢になれるレベルに達していた。


「恐らく、婚約を取りやめたいと言っても無駄なのでしょうね。それならば、婚約を破棄されないように行動する?」


ブランシェに甘い父も家と家の繋がりである婚約の解消は簡単に許さないだろう。

いくらこの婚約が第二王子が公爵家に婿入りするというブランシェ優位の婚約だとしても、だ。

皇太子殿下と年の離れた第二子であるフェリクスは如何にこの国が平和であろうとも避けられぬ政権争いに巻き込まれざるを得ない。

皇太子殿下は既に隣国の第一王女との婚約が決まっているし、順調に仲を深めていっているらしい。それならばと自国の高位貴族はこぞって王家の権力にすり寄らんと第二王子へのアピールがすでに始まっており、下手に野心を抱いた家に傀儡にされるのは国にとってよろしくない、それならばいっそ気心の知れている友の家の方が安心できると、陛下がブランシェの父に婚約話を持ち掛けたのがこの婚約の始まりだった。


グラニエ家が更に力をつけることになるため周囲の高位貴族は難色を示したが、ブランシェが誰よりも貴族令嬢として完璧だったこと、そして魔力が重視されるこの国でブランシェの魔力がかなり低かったことが挙げられる。

一応水の魔法適性を持ち、家庭教師からも完璧な制御だと褒められているものの操れるのは全力でもバケツ一杯の水程度だ。同じ水適性の父は高い魔力を持ち、氾濫した河川を鎮めることも、水を凍らせることもできるというのに。

つまりこの婚約は家格は高いものの魔力の低い公爵令嬢が優位に立てる婚約としてグラニエ家に利がある形をとった、第二王子殿下が悪意をもった家に取り込まれずに済むという国王夫妻の親心による婚約でもあるわけだ。


「それにもかかわらず、殿下はこの婚約に劣等感を抱いていて、ヒロインと真実の愛に目覚める。だったわね。

わたくしの厳しい教育は魔力が少なくとも見下されることのないようにというお父様の分かりにくい心遣いなのだけれど恐らくは王家を婿入りさせるものとして相応しいレベルの教養を、ということも含まれていたのでしょう。それでも殿下はヒロイン選ぶから無駄になるわけだけれども。

とりあえず、こういった転生ものでお約束の強制力とやらは、あるのかしら。」


この乙女ゲームは平民出身ながら特異な光魔法の使い手として見出されたヒロインが学院で魅力的な青年たちと恋に落ちる王道のストーリーだ。

フェリクスはメインヒーローで一見完璧な王子様だが、自分よりも完璧な婚約者に劣等感で苛まれている。その婚約者こそがブランシェだった。

そしてフェリクスは学院でヒロインに出会うのだ。優しく包み込むような彼女に惹かれていくフェリクス。

自分の婚約者の浮気が許せずフェリクスにもヒロインにも厳しい言葉を投げつけ、時には物理的に排除しようと暗躍するブランシェ。そして最終的にはヒロインに対しての行動を卒業パーティーで暴露され、突き付けられる婚約破棄。


出来ることならば婚約破棄は避けなくてはならない。

そのためにもゲームの強制力がどれだけあるのかを把握する必要があるだろう。

こういった転生モノでは強制力がお約束らしい。ヒロインをいじめるつもりはないが、勝手に周囲に勘違いされたり、自分の意志関係なく自分が動いてしまったりするようだ。

こういった非現実的な場面で冷静に考えられるのであれば多くの教育係にしごかれてきた甲斐があるな、とぼんやり思いながら、こんな事態は早々おこらないことに気付き苦笑した。一番不思議なのは、ゲームのなかでの自分はフェリクスが好きだったのだろうか。今まで第二王子との婚約は最適解だとは思っていたが彼自身に焦がれるような感情を抱いたこと一切ない。何なら名前も知らなかった。それにもかかわらず嫉妬してヒロインをいじめるという自分に違和感を覚える。

もしかして自分は今からフェリクスに恋に落ちるのだろうか。

ブランシェにとって自身の幸せよりも次期公爵夫人として領民を守る義務の方が大事だと思っている。にもかかわらず、彼に恋をし、嫉妬で家名すらも貶める行為を行うなんて信じられない。


現状、ブランシェが思い出せるのはヒロインに対し、ブランシェとの顔合わせでの出来事を語るフェリクスの回想シーンだ。

あの時は仲が良かったのだとフェリクスが語るスチルには庭園の東屋で楽し気に語り合う幼い少年と少女。その少女の顔は鏡に映る自分と同じであり、庭園も見慣れた我が家のものだった。

恐らくあのスチルは明日の顔合わせの様子だろう。スチルに映るドレスはブランシェの最近のお気に入りで、何も知らなければ侍女にそれを指定したことだろう。

まずは明日、あの衣装を着ることを回避できるのか、それが一つの指標になるだろう。

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