第三話
「なーにやってんだあ? ロン。2人してそっぽ向き合ってさ」
陽気な声が聞こえ、二人は同時にそちらの方に顔を向ける。
「カーク!?」
太陽の光をいっぱいに浴びてきらめく稲穂のような金色の髪をした少年が、店の入り口に立っていた。
「でもさあ? ロン、いつのまに彼女なんてつくったんだよ。俺に内緒でさ。それもこんなに可愛い子」
ずかずかと店に入ってきて、遠慮も無く二人に同席する。
「それにおまえ、仕事でファーラント=ビューロに行ったって聞いたんだけど、それはもう終わったのか?」
にこにこと笑いながら、テーブルの上に置かれたスプーンをひょいと取り上げ、
「あ、終わったからここにいるんだよな。シルクス陛下大好き病のロンが、任務をサボるわけないもんなあ」
勝手に結論を出しながら、ぱくりとフィアセルのプリンを口に入れて、カーク……カルアーク・フェニックスは呵々大笑した。
「あーあ……」
ロンは一気に頭を抱え込んだ。ぷっつんと、隣で何かが切れる音が聞こえたような気がする。それが何を意味するものなのか、いちいち確認するまでもない。
「僕は知らないぞ。カーク……」
責任を逃れようとする子供のように小声で呟くと、ロンは準備を整えるように耳を塞ぐ。
「な……ちょっと何なのよお、あんた! わた、私の初プリン、なんで食べちゃうのよ!」
フィアセルは腕をばたばた振りながら、世界でもひっくり返ったような大騒ぎで金色の髪の少年を睨み付けた。
生まれてはじめてのプリン。それはもう、食べるのを楽しみにしていたのだ。
「え? え? あ、ご、ごめん。お、俺、ロンのだと思ってさ。えーと、ロンーっ! 何とか言ってくれ。とりなしてくれよ。おまえの彼女だろお」
涙まで浮かべて怒る少女に、カークは慌ててロンに助け船を要求する。
「……はあ。あたま痛くなってくる」
両腕で頭を抱え込んで、ロンはテーブルに突っ伏せた。出来ることなら我関せずといきたいところだ。
けれども耳許でわあわあ喚く二人に仕方なく顔を上げる。そして、ロンは引き攣った笑顔を浮かべながら、勢いよく手を挙げた。
「すいませーん! プリンもう二つ、この人たちにお願いします」
自棄になったのか、ロンは珍しく大声をはりあげた。
「これでいいだろ。僕は一度家に帰る。ツケなんてイヤだからね。お金を取りに行ってくるから。カーク、彼女を頼むよ」
はた迷惑な友人にそう言うと、ロンは大きな眼鏡をかけ直し、ふうっと息を吐いた。
「……ということでフィアセルさん、しばらくここでおとなしく待っていてくださいね。すぐ戻りますから。そうしたら、シルクス陛下に会いに行きます」
慇懃無礼というのを絵に描いたような態度で、ロンはフィアセルを見る。
「本当はイヤなくせにー」
げんきんというか、単純というか。プリンが食べられるので気を良くしたのか、フィアセルはにこにこと笑って軽口を叩いた。
「でも、帰ってこなかったら食い逃げしちゃうからね」
「……ええ、ええ。本当にそうですね」
相手をするのも疲れるのか、ロンはひどくいいかげんな返答をして、一度も振り返らずにさっさと店を出て行った。
「あーあ。ロンの奴、けっこう切れてたな。あの様子じゃ」
金色の髪の少年は、ぺろりと舌を出した。
「あいつ、意外と短気だからなあ」
「そうだねえ。見掛けはけっこう大らかそうなのに、怒りっぽいよね」
それが自分たちのせいだなどとは少しも思わずに、二人は楽しそうに顔を見合わせて、からからと笑った。
「あ、俺カルアーク・フェニックス。カークでいいよ。えーと、フィアセルちゃん?」
さっきロンがそう呼んだのを思いだし、カークは確認する。
「そ。フィアセル・ペントア・ロンギストって言うの。なんか、偉そうな名前でしょ? どこかの王女様みたいだって、大司教様もおっしゃってくれたんだから」
まるで本当に王女様にでもなったように胸を張り、フィアセルは背もたれに寄りかかった。そう言われると、確かに『名前』だけは高貴な気がしないでもない。
「大司教様?」
「うん。私フォン=ティエンの神殿から来たんだよ」
「ふーん、巫女さんなんだ。あいつらしいなあ。俺さあ、ロンとは生まれた時からの付き合いなんだぜ。それなのに水臭いよなあ。こんな可愛い彼女できたの、俺に黙ってるなんてさ」
一気に哀愁を背負ったように、上目遣いをしてみせる。
フィアセルは呆れたように息を吐いた。
「あーのーねー、私は王様に呼ばれて仕方なくここに来たんだよ? 巫女じゃなくて司祭。それに、ロンの彼女なんかじゃ絶対にないんだから。勘違いしないでよね」
絶対にと、力を込めて否定する。けれど、にこにこと笑っているのは『可愛い彼女』と言われたからだろう。
カークは目をまるくして驚き、そして、晴れ晴れと笑った。
「なーんだ。仕事の延長だったのかあ。良かった。それなら、俺にもチャンスありってわけだよな。うんうん」
「……何が?」
「い、いやあ。別に。それにしても、シルクス陛下が司祭にどんな用があるんだろうな? あの人、無信心者なのに」
人間を救うのも罰するのも、神ではなく人だ。敬うべきは天上に鎮座する神などではなく、その喜びも苦しみも共に感じることの出来る同輩だ。
神は大いなる存在として祭祀はするが、自らの精神に容れることはない。
そう、シルクスは語ったことがある。確か、彼が即位して間もなくのことだったと思う。カークがまだ六、七歳かそこらの幼年の頃の話だ。
けれど、それはとても印象に残っていた。
なにせシルクスはその信念にのっとり、当時宗教国家だったセルト王国をたった十年で、現在のような技術と文明の国へと変革させたのだから。
今までは、華族と呼ばれる上流階級の子弟にのみ開かれていた学問所や練武館を民間にも無償で開設し、これまで唯一、民が学ぶところであった『教会』との密接なつながりを断ち切った。
そして、シルクスは官職への登用を身分の高低に関係無く、能力さえあれば誰もが用いられるよう制度を整えた。もとは貧しい水飲み百姓だった男が官職に就き、その意見が採用されて国政を動かすこともあった。
そうした政策を行っていくことで、シルクスはセルト王国の民に、『神』にすがるのではなく『人間』という己は自分たちの足で歩いて行けるのだという道を示したといえる。
一部華族たちの反発は避けられなかったけれど、大きな問題には発展していない。
信仰を禁じたわけでもなく、今まで通り風神フォン=ティエンは国神として祀られていたので、神官たちの反応は穏やかで、また、生活が豊かに便利になった民衆たちの強固な支持は、そんな華族たちの反発に勝るものだったのだ。
「でもさあ、国教が自由を愛する風神フォン=ティエンの教会だったから良かったんだと思うよお。もし、あのレジス=クルセイド皇国でシルクスの王様みたいなことしたら、すぐ暗殺されちゃうと思うなあ」
フィアセルは初プリンをどうやって食べるか考えあぐねているように、スプーンでなめらかな黄色の表面をつつきながら物騒なことを言った。
「あの国じゃあ、国皇も法皇に頭が上がらないって話だもんな」
フィアセルとは対照的においしそうにプリンを頬張りながら、カークはそれに応える。
国民すべてが水神アトゥイ=レジスを熱狂的に信仰しているというその国の噂は、面白半分に囁かれることが多かった。
その原因は、歴史の浅さだ。建国たかだか百年足らずなのだ。
いや、それだけならば誰も何も言わない。けれども最も新興国家であるはずのレジス=クルセイド皇国の年号がどの国よりも古いのだ。
このセルト王国は大陸で最も古く、建国一千五百年が経っている。しかしレジス=クルセイド皇国はその更に古く三千年の歴史が在ると言い張って、それを年号としていた。
百年や二百年ならばともかく、三千年だ。それがとても滑稽で、他の国々は怒るのも馬鹿らしくなって、かの国を本気で相手にしようとさえしなかったのだ。
嘘吐き皇国。それが、かの国に付けられた好意の一欠片もない通り名だった。