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森は静かな幻想迷宮  作者: 風祭
第一章 『風の国セルト』
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第一話

 地平線の向こうまで、ずうっと道が続いていた。

 どこまでも、まるで終着点さえ無いように思えるほど長く続くその道を歩きながら、少女は溜息を吐いた。

 周りには緑の葉がわさわさと賑やかな音を立てる『律動の樹』と呼ばれる木々が日除けとして植えられ、太陽の暑さをなんとか耐えられる程に低下させている。

 けれども、なんとも暑い。

「だあああっ、もう! 暑いなあ。それもこれも、みーんなあんたが悪いんだからね」

 木陰に逃げ込みながら少女……フィアセルは隣りを歩いていた少年に悪態をついた。

 長い濃茶の髪をひとつにまとめ、この暑さの中で長袖と更にその上に白く大きなケープを羽織っている少年が側に居るだけで暑苦しい。

 それに彼が迎えにさえ来なければ、こんな炎天下を歩くこともなかったのだ。

「あのねえ、僕の方が被害者だと思いますけど? 陛下がくださった旅費をぜーんぶ気持ちよーく、置き引きに差し上げてしまったのは君なんですからね」

 嫌味をたっぷり含んだ返答を投げながら、少年は顔を隠すような大きな眼鏡を僅かにずらし、侮蔑の睨みをフィアセルに向ける。

 あんなに暑そうな格好をしているのに、ほとんど汗をかいていないのは、さすがといえばさすがだ。

「僕は見ての通り体力に自信はありませんからね。ファーラント=ビューロからセルトまで歩くなんて、無謀のひとことに尽きます」

 胸ポケットにしまってあった地図をがさがさと広げ、わざと大きく赤いペンでマーキングをして見せる。地図で見ると、それはごく近くに在るように思える。湖を挟んで、すぐ隣りだ。だが、その湖が問題なのだった。

 巨大な楕円の形をした湖。しかもやたらと南北に広い。

 湖を東西に横切るように船で渡ればおよそ一時間で対岸に着く。けれども湖を迂回して対岸に渡るとなれば半日以上はかかるだろう。

 そして彼らは今、船に乗るためのお金を持っていなかった。だから、大きく湖を迂回して遠路歩く羽目になったのである。

 もとはといえば、フィアセルが荷物を置いたまま大道芸などに見入っていたせいで置き引きにやられたのだ。文句を言われる筋合いじゃない。

「なによお、あんただって見てたでしょ! ティスリーヴ様の素晴らしい演奏を聴いてれば、誰だって夢中になっちゃうわよ」

 ぷくっと頬を膨らませながら、フィアセルは大道芸人の名を上げた。

 なんでも、この辺りで人気の大道芸人で、とくに女性層にファンが多いらしい。フィアセルもその人が町を訪れると神殿のお勤めも放っぽり出して見に行ってしまうのだと、嬉々として語ったものだ。

 少年は呆れたように息をついた。

「あのねえ、僕はあの時君に荷物を預けて、次の船は何時頃に出るか役場に聞きに行っていたでしょう? 責任をなすりつけないでくださいよ。まったく、これだから最近の若者は……」

「あんた、自分だって若いくせに。何言ってるのよ」

 確か神殿で紹介された時、この少年ロン・ツィムスは今年十七歳だと言っていたはずだ。自分より、たった一歳年上なだけではないか!

「確かに年齢はまだ若いですが、僕の精神は立派に大人なんです。君と一緒にしないでください」

 一度ずらした大きな眼鏡を再びきちんと掛け直しながら、ロンは静かに応える。

「ふふん、自分で自分を大人だって言う人間に限ってまだまだガキって証拠なのよね」

 鼻先で笑うように、フィアセルは顎を突き出した。

「……まったく、これが司祭だとは信じられない」

 ロンはやってられないというように、深々と溜息を吐いた。

 膝上丈のワンピースに皮を粗く編み上げて作られた夏用のロングブーツ。そんな出で立ちをした司祭など見たことがない。フォン=ティエン神殿の大司教どのは厄介払いでもしたんじゃないだろうか? そう愚痴りたい心境だ。

 国王シルクスから、優秀な神官を神殿から借りてきてほしいと依頼され、ロンは大陸を代表するフォン=ティエン神殿を有するファーラント・ビューロの街までやってきたのだ。それなのに連れて帰るのがこれでは、あまりに虚しすぎる。

「私、普通の司祭じゃないもの。言霊だって少しは扱えるんだから。格が違うの。よーく覚えておきなさい」

 道端の手頃な岩にぴょんと座りながら、フィアセルは笑った。

「それに風神フォンは自由を好む神よ。あの神殿に堅苦しい戒律も、いわゆる神官コスチュームも無いの。自由なの。分かる? この無知少年!」

 司祭らしくないと言われたことに相当カチンと来ていたらしい。おもいきり挑発的な態度でフィアセルはロンに向かう。

「自由だということくらい知ってます。ただ、君の場合は度を越しすぎだと言ってるんです」

 ミニスカートで足を組む少女に目のやり場に困ったのか、ロンは少し狼狽したように顔を背けた。

「すけべ」

 あははと笑いながら、フィアセルは跳ぶように立ち上がった。

「まあいいわ。これからは気を付けてあげる。さあ、さっさと歩かないと、今日中に王都に辿り着けないよ。王様が待ってるんでしょ? 私のこと」

「……君を待ってるわけじゃなくて、優秀な神官を待ってるんですけどね」

「同じことよ」

 その返答にロンは苦笑いを浮かべ、がっくりと肩を落とす。

 彼女を見たら、シルクス陛下はさぞ驚き落胆することだろう。そう思うと、どっと疲れた。自分への信頼も薄れてしまうかもしれない。

「はああ。このお役目は僕よりも体力自慢のカークの方が適任だったよなあ……」

 これから遠路歩くことを思うと、そう思わずにはいられない。

 けれどもカルアーク・フェニックス、通称カークと呼ばれる友人を頭に思い描き、もっと深い溜息が出た。

 幼なじみのカークは揉め事を起こす達人なのだ。そんなのとこの少女が揃ったら、どんな問題が起こることか。想像しただけで胃が痛くなってくる。

「ちょっと、何やってるのよ。早く出発するわよ!」

「でも、あいつの好みそうだよな……」

 ちらりとフィアセルを見やり、腰に手を当て偉そうに仁王立ちしているその姿に、溜息混じりにぼやく。

 そして自分の不運を嘆くように一度天を仰ぐと、ロンは諦めたように歩き出した。

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