歓迎
渋谷区○○坂の某ビルに入っていた広告代理店に勤めていた頃の話です。
月に1~2度は終電を逃す程の残業があたりまえという、不規則な生活が続いていました。
”昔は病院だった”だのというマユツバものの話も頷ける程の古いビルだったこともあり、深夜残業中に廊下から視線を感じるだの、閉め切った部屋の紙が不自然に揺れているだのは”たいしたことではない””気のせいだ”…で片付く程度のことでした。
実際にビルの屋上から飛び下り自殺があったり、防火シャッター脇の出入り口に(夜は不審者対策の為かエレベーターホールへ続く各階の通路に防火シャッターが降ろされた)血痕が点々とついていたり、深夜の階段に雨に濡れた(と思われる)女性が佇んでいたりと、日常的ではないことがしばしばおきていたため、少し感覚がおかしくなっていたのかも知れません。
ーー深夜、ビル内には人気が無い時間帯。
昼間でも怖いトイレやエレベーターには極力近付きたく無いとは思っていても、トイレの前を通らないとエレベーターホールには行けない。
そして、エレベーターホールの脇の階段を使わないとビルから出られない。
あたりまえのことだけれど、最後の人は通路の電気を消さなければいけない。
通路の電気を消すと残るは非常口を示すグリーンの灯りのみ。
もう、それだけで勘弁してくれって気分になってしまいます。
3階に会社が入っていたこともあり、エレベーターを使わずに階段を降りて帰るのが日常でした。
何しろ古い代物だったので、万一故障でもおきて閉じ込められたりしたら嫌でしたから。
そんな私の態度が気に入らなかったのか、それともうす暗い階段を照らしてくれようとしたのか、ある時エレベーターホールへ出た途端、待っていたかのようにエレベーターの扉が開いたのです。
しかし、私はそのまま階段へ直行しました。
背後でドアの閉まる音を聞きながら螺旋状の階段を1階分降りると、3階から降りて来たエレベーターが、2階で私を待ち受けていたかのごとく扉を開けるではありませんか。
何故?誰もいない時間帯の筈なのに。
3階で扉が開いたのは偶然だったとして、行き先ボタンを押してもいないのに何故2階に降りて来る?
誰かがいたずらで全部の階数ボタンを押した?
1階でも待ち受けられたら嫌だなと思った私は、ダッシュで階段を駆け降り、ソッコーでビルから外へと出たのでした。
そんなことがあったんだよ~。で、終われば良かったのですが、その後も私の気が弛んだ頃合いを見計ったかのように、同じ現象がおこるのでした。
会社の同僚にその話をしたところ「ラッキーじゃん。私なら乗るね」と、あっけらかんと答えてくれたので、その後は「お迎えエレベーター」と名付け、歓迎されていると思うことにしました。
もちろん、どんなに歓迎されていたとしても乗りませんが。
「お迎え」の後、目的階に向かってくれなかったら…と考えると…。
その後退社した私は、そのビルが現在どうなっているのか知りません。
さて、あなたならどうしますか?
後日談
お迎えエレベーターのビルが未だ健在(?)だったので、中を覗いて来ました。
勤めていたデザイン会社はすでに無かったので、これでは単なる不法侵入者になってしまうと思い、早々に退散しましたが。
でも日が高かったこともあり、恐々トイレも覗いて見ました。
すると入ってすぐの手洗い場所に掛かっている鏡に変な模様が浮き出ているではありませんか!
超絶ビビりました。
鏡の半分より上の部分に、2cm程度の楕円形の黒い染みがあり、それを取り囲むように蔓草文様のような柄が浮き出ていたのです。
全体で直径20cm程でしょうか。顔の部分にもろ被りです。
当然怖くてその鏡に映ることは避けました。
追記しますと、便器は和式タイプでご丁寧に「水洗トイレの使用方法」まで書かれている年代物でした。
当時、金属がきしんだような耳障りな音と共に水が流れてくるので、いつも逃げる準備をしてから水を流していました。(←タンクに水が溜まるまで音が続く)
もちろん怖くて水を流すことなどしませんでしたし、それどころかトイレの個室を見に行く勇気も失せていました。
あれから15年くらい経っているのですが、禁煙の張り紙が千切れていたりして、わざとか?と勘ぐりたくなる程、怖さに拍車がかかっていました。
2013/05/07
もう取り壊されて時効でしょうから実名を明かしてしまいますと、
渋谷区○○坂の某ビルとは宮益坂ビルディングのことです。
2009/08/06に関心空間に投稿したものに加筆・修正しました。