73日目(異世界)前編
……あれ?
病室じゃない?
おぉ……
異世界に戻ってきたか?
身体も自由に動く。
しかし、ここはどこだろう。
木造の建物で、ベットがいくつか並んでいる。
少なくとも気を失った場所では無いようだ。
僕は立ち上がり、身体を動かす。
久しぶりに身体を動かしたが、特に違和感は無いな。
病室で点滴をうっていることが大きいんだろう。
何も食わなくても生きていける。
とりあえず部屋を出てみる。
長い廊下があり、大きな声が聞こえる。
何人かの人間が一斉に声を出しているんだろう。
そとに出ると、鎧を着た人たちが訓練をしていた。
騎士団かな。
すると、ここは騎士団の宿舎か何かだろうか。
「む?」
ぁ、騎士団長だ。
こっちに気づいたようだ。
「おぉ!
目覚めたのか!」
「はい、おかげさまで」
「よし、お前たちはそのまま訓練を続けろ!
君はこっちへ来たまえ」
「はい」
宿舎の奥へ連れて行かれる。
「あの、ノーツさんや他のパーティメンバーは無事でしょうか」
僕は歩きながら質問をする。
あれからみんなどうなったのかずっと気になっていたんだ。
「あぁ、安心してくれ。
みんな無事なようだ」
「よかった……」
僕はホッとした。
そうすると、あのあとどうなったんだろうか。
「詳しくはこっちで話そう」
「はい」
僕は奥の部屋に入る。
騎士団長の部屋だろうか。
「さぁ、かけてくれ」
「はい、失礼します」
「で、何がおきたんだ?」
「ぇ?
あの、何がおきたんでしょうか?」
とりあえず【狂戦士】のことは黙っておこう。
強さはいいがあの殺意はバレたらヤバそうだ。
「キミもわからんのか?」
「はい……
あの、トリプルヘッドとかいうのに散々いたぶられました。
僕が覚えているのはそこまでです」
「そうか……
他の生存者と同じだな」
「誰かが助けてくれたんですか?」
「さぁな……
わからんよ。
我々は、ノーツのパーティメンバーに報告を受けて辺りを探し回ったんだ。
シングルヘッドの数が増えてきてな。
数の多い方へ殲滅していったら、巣穴があった。
キミが倒れていて、周りにはシングルヘッドとダブルヘッドの死骸。
それから奥にはトリプルヘッドの死骸があったよ」
「それで、みなさん助かったんですよね?
どこにいるんですか?」
「あぁ、みんな街へ帰っていったぞ。
キミも傷は無かったし、ギルドへの報告もあったからな」
「そうですか。
この街はアインバウムから離れているんですか?」
「あぁ、ここはアポンミラーノといってな。
領主様が住まわれている街だ。
5日も歩けば帰れるだろうがポータルを使っていくと良い。
それからこれはキミの報酬だ」
騎士団長がテーブルに袋をおく。
ゴトッ!
「20万セペタはある。
キミの取り分だ」
「ぇ!
そんなにいいんですか!?」
「まぁな。
今回でシングルやダブルの素材が大量に手に入った。
トリプルの素材に関しては値段がつかないらしいぞ。
だれが仕留めたかわからんが、領主様はご機嫌だろう」
「おぉ!
ありがとうございます!」
とりあえずしばらくお金に困ることはなさそうだな。
「どうする?
アインバウムへ帰るならポータルの使用許可を出すが」
「はい、この街もちょっと見たいですが、ノーツさんたちに無事を知らせたいので」
「ではこれを持っていくといい。
許可証だ。
1回使うと無くなるぞ」
そう言うと騎士団長は金属のプレートのようなものをくれる。
「はい、ありがとうございます!」
「ではまたな。
機会があったらまた【エリアヒール】で我々に協力を頼む」
「はい!
そのときはよろしくお願いします」
僕はポータルという転移魔法陣へと来た。
騎士の方だろうか。
2人ほど見張りの人がいる。
「許可証は?」
「はい、ここにあります」
無言で通される。
魔法陣の上に立つと、魔法陣が白く光りだす。
おぉ……
プレートの許可証が消滅し、視界が変わった。
すげぇ……
転移魔法陣便利じゃん。
とりあえず、ギルドに無事を知らせて、道具屋へ向かおうかな。
いろいろあったせいで、なんだか久しぶりに感じる。
「おぉ!
小僧!
生きてたか!」
「こんにちは、ドグバさん。
お久しぶりです」
ギルド受付のドグバさんだ。
相変わらずスキーんヘッドのムキムキだ。
「なんでもトリプルヘッドを相手にして生き延びたって?」
「えぇ、もうなんていうかトラウマですよ……」
ギルドは騎士団から既に報告を受けているようだったので、ざっくりと話をした。
僕も何が起きたかわからないということにしてある。
今ノーツさんたちはクエストに出ているらしい。
普通にもう活動しているようだ。
「そんでお前、この街の領民になんのか?」
「領民?」
「お前、教会で働くために要請クエスト受けたんじゃねぇのか?」
「あぁ、そうでしたっけ?」
そんな話もあったな。
教会で働きたいというよりは、ジョブレベルが一気に上がるってほうがメインで参加したんだけど。
「すっとぼけてんなよ。
今回の要請クエストでも活躍したらしいじゃねぇか。
【エリアヒール】習得したんだろ?」
「そうです。
教会で働く条件て、領民になることと【ハイヒール】以上の回復魔法でしたっけ?」
「そうだよ。
覚えてんじゃねぇか」
「僕【ハイヒール】覚えてませんよ」
「【エリアヒール】は【ハイヒール】より上位だぞ。
お前はなんにも知らねぇんだな」
「そうなんですか。
じゃあ税金払って領民にさえなれば、教会でも働けるんですか?」
「まぁそういうこった。
【エリアヒール】の使い手はなかなかいねぇからな。
領民の手続きはこの街の役所でできるぞ」
「そうなんですねぇ……」
「なんだ、行かねぇのか?」
「教会の仕事にも興味はありますけど、今お金に困っているわけでもないんですよね。
今回のクエストでお金は手に入りましたし、治療所でも食べていけるお金は稼げますから」
「かぁ〜……
若いのにしょっぺぇこと言ってんなお前は。
見れば装備もボロボロじゃねぇか。
金なんて装備替えれば吹っ飛ぶぞ」
確かに今の装備はボロボロだ。
あとは、野営装備ももう一度買い直す必要もある。
「そうですね。
いろいろ揃えたらお金が無くなりそうです」
「だろ?
行ってこいよ。
領民になったって、ギルドでも普通にクエストはできんだからよ」
「はい、ありがとうございます。
カルディさんに今回の報告をしたら行ってみます」
その後道具屋へ行き、カルディさんにも同じように今回の件をざっくりとだけ話した。
カルディさんにも【狂戦士】のことは話さないほうがいいだろう。
もし仮に何か知っていたとしたら逆に危険視される可能性がある。
それくらいあの殺意はコントロールできない。
「なるほど……
災難でしたね……」
「えぇ、何度も死にかけました。
ただそのお陰で、ジョブとスキルを大量に習得しました」
僕は習得したスキルについてカルディさんに話す。
ただし、【狂乱の舞】と【フレアバースト】は伏せておく。
「それは素晴らしい!
うちでも働いてもらいたいですよ」
「ぇ?
このお店で僕にできることなんてあるんですか?」
「はい、もちろん。
【薬師】のジョブがあれば、【ポーション生成】のスキルが使えますからね」
「ぇ?
いや、僕は【薬師】のジョブは手に入れましたが、【ポーション生成】のスキルはありません」
「むむ?
通常【薬師】のジョブと同時に【ポーション生成】のスキルを習得するはずなんですが……」
「習得の仕方が、毒の実の毒抜きだからですかね?」
「それはあるかもしれませんねぇ。
それから【薬師】のジョブレベルは1ですか?」
「そうです、1です。
まだ全く使っていないんですよ」
「では【薬師】のジョブを上げれば習得できるでしょう。
それまで道具屋でのお仕事はお預けですね」
「わかりました」
「ところで、毒を抜いた毒の実の話ですが、非常に興味深いです。
うちにも今在庫が少しあるので、やってみてもらえませんか?」
「はい、了解です」
カルディさんが奥から毒の実を持ってくる。
あまり売れないのだろうか。
普段は棚に出ていないようだ。
僕は毒の実に【アンチポイズン】をかけていく。
黒紫の実が徐々に赤、そしてみずみずしいピンク色に変わる。
「食べてもいいですか?」
「どうぞ」
おぉ、他の人は嫌がって絶対に食べなかったのに、カルディさんは意欲的だ。
「これは!!
これは美味しいです。
この甘味は高級品のよう、いやそれ以上ですね」
「ですよね。
美味しいですよね。
なかなかみんな食べてくれないんですよ」
「よし!
これは商品にしましょう!
狭間さん、片っ端から毒を抜いてください。
報酬は1つ50セペタでいいですか?」
「おぉ!
良いお値段ですね!
わかりました!」
僕は道具屋の全ての毒の実の毒を抜いていった。
30個くらいあっただろうか。
「ふぅ……終わりました」
「ありがとうございます。
ギルドで毒の実の採集クエストを出しておきますので、毒の実が手に入ったらまたお願いします」
「はい、わかりました」
そして1500セペタもらう。
凄いな。
宿屋5泊分だ。
「この後は、役所ですか?」
「そうですね。
このまま領民になろうと思います」
「では住む場所も追々考えたほうが良さそうですね」
「宿屋暮らしも悪くは無いのですが、どこか拠点が無いとよくないですか?」
「いえ、別に問題はありません。
ただ、装備や野営道具などが揃ってくると手狭ではありませんか?」
「なるほど、確かに……
これから装備なども買い換える予定ですからね」
「【ストレージ】を習得したといってもまだ容量は少ないですよね?」
「そうですね。
今スキルレベルは16です。
覚えたときの3倍位の容量にはなっていますが、武器や防具を入れるのは難しいですね」
「1週間と少しで16レベルは充分凄いですよ。
SPが上がればもっと効率化できると思います。
ただしやはり生活を考えると全ての荷物を【ストレージ】に入れるのは現実的ではありませんからね」
「そうすると、何処か家を借りるってことですよね?」
「そうですねぇ。
もしくは買ってしまうですね」
「家を買うってどれくらいするんですか?」
「小さな小屋なら30万セペタくらいでなんとかなると思いますが、200万セペタくらいあれば普通の家が買えますよ」
「今手持ちが21万ですので、厳しいですね」
家かぁ〜……
全然考えてなかったな。
やっぱりお金は必要だ。
教会で働くのも悪くないな。
「ぁ……
自分で作るのはありですか?」
「自分でですか?
狭間さんはそういうお仕事を?」
「いえ、【土魔法】で小さな小屋を作ることはできないかと」
「ん〜……
確かに熟練の【土魔法】使いは野営地に土で小屋を建ててしまうそうですね。
けれど相当なスキルレベルとMPが必要ですよ」
「家を建てながら【土魔法】の強化と思ったのですが……」
「なるほど。
しかし効率が悪そうですね。
家を完成させるまで【土魔法】を使い続けるMPがあれば、教会でお金を稼いだほうが効率が良いと思います。
そうですね……
家を作るMPを全て教会で使ったとしたら、その家がいくつか建てられるくらいのお金が手に入るでしょう」
マジか。
それは効率が悪いな。
「家を土魔法で作るのはあまり一般的ではないんですね……」
「【土魔法】で作るのは食器くらいですよ。
あとメインは攻撃魔法になるでしょう」
土魔法で建物を建てるのはロマンってことか。
MPだけは結構あるからいけるかとも思ったけど止めたほうが良さそうだ。
「ありがとうございます。
ではこれから領民になる手続きをしてきますね」
「わかりました。
手続きが終わり次第教会に顔を出しておくことをお勧めしますよ」
僕は道具屋を出て役所へ向かう。
役所の手続きはあっさり終わった。
お金を払ってギルドカードを新しいものに交換しただけだ。
払ったお金は5万セペタ。
毎年5万セペタかかるらしい。
前回の要請クエストで通常通りの報酬だと払えていないくらいだ。
冒険者で稼いでいれば問題無さそうだが、一般市民は結構きつい額かもしれない。
新しいカードは色が違った。
以前は鉄板のような黒みがかった銀だったが、今はピカピカの銀だ。
大まかなステータスがアルファベットで刻まれている他に、アポンミラーノの文字が入っている。
どこの領民かを示すものだろう。
それから裏面には1と大きく刻まれている。
これが要請クエストをこなした数だそうだ。
領主からのクエストや、国からのクエストをこなすと数が増えていくようだ。
この数が増えると、ギルドや領地からの評価が上がり、割の良いクエストの依頼がくるそうだ。
このあと教会へ行ってようやく仕事が受けられるらしい。
だけど僕は1つ試したいことがあった。
【狂乱の舞】と【フレアバースト】だ。
威力を試しておきたい。
武器屋へ行くと、一番安い片手剣を購入する。
3000セペタほどで木製の片手剣を購入することができた。
片手剣をメインの武器にすると決めたわけではないので、とりあえずお試し用だ。
僕は狩場近くの森へ向かった。




