158日目 異世界
「昨日はすみませんでした」
僕は冒険者の方々に頭を下げる。
昨日設置しまくった罠【回転ノコギリ】が、魔物をズタズタに切り刻んでしまったため、素材としての価値が無くなってしまったのだ。
「いや、問題ない」
冒険者の一人が言う。
「え? そうなんですか?」
「キミとタンチさんの罠のおかげで、いつもよりも深く洞窟に入ることができた」
「こいつのえげつねぇ罠が、魔物をぶっ殺しまくったからな」
タンチさんが、親指で僕を指差す。
たしかに、昨日よりも冒険者のキャンプ地が洞窟に近い。
「洞窟の奥に入ったほうが良いんですか?」
「そうだな。そういう面もある。奥にはボスがいるんだが、これだけのメンツを揃えても、なかなか洞窟の最深部に行くことができない。最深部にはボスがいて、倒せばこの第六戦線がしばらく安定するだろう」
なるほど。
ここが安定すれば、戦線を外界へ拡大できるってことか。
「それだけじゃねぇ。奥には魔鉱石ってのがある」
「魔鉱石?」
「あぁ、めったに出回らない貴重な鉱石だ。魔道具にも使われてんだろ」
「知らないな。まだまだ勉強不足ですね」
錬金塔でいろいろ教えてもらったけれど、聞いたことがない。
「MPを保存できるってやつだろ?」
「えぇ!!」
マジかよ!!
イヴォンさんが持ってたブレスレットの原料か!?
「それは絶対に欲しいですね!!」
「かなり貴重だからな。ちなみにここのボスが最後に倒されたのは、5年前だ。暗黒剣のシャールってのが倒したらしい」
えっと、どっかで聞いた名前だな。
「あいつの兄貴らしいぞ」
冒険者の方が、ショーンを指差す。
「あ、そうか」
ショーンの兄だ。
話題に上がったことに気づいたのだろうか。
ショーンがこちらへやってくる。
「おいケン、昨日のぐちゃぐちゃの魔物、お前の仕業なんだって?」
「あ、いや……ごめん」
僕は頭をかきながら謝る。
「一体どんなスキルを使えば、あんな地獄みたいな状況になるんだ?」
「いや、ほんと申し訳ない」
「まぁ奥に行けば、もっと良い素材の魔物がいるからいいんだけどよ。それよりほら、あいつ見てみろよ」
ショーンはクラールを指さす。
なんだかげっそりしているような気が……
「具合が悪そうだね」
「そりゃそうだろ。あの潔癖が、魔物の死骸を進んでったわけだからな」
「いや……ほんと申し訳ない」
げっそりしているクラールも何故か華麗だ。
結局イケメンはどうあってもイケメンというわけか。
◇
僕とタンチさん、ローシュさんで洞窟の奥へ行く。
昨日よりも数百メートルは深く進んでいる。
「あの、結局【回転ノコギリ】は使ってもいいんですよね?」
「あぁ、いいんじゃねぇか? 魔鉱石が採れるんなら、一気に稼ぎが上がるからな」
「あと、昨日習得した【ギロチン】も使っていいですかね?」
「おぅ、昨日のこともあるし、俺が知らねぇ罠はほどほどにしとけよ」
「はい、わかりました」
えっと……【ギロチン】は天井に設置する罠みたいだな。
発動させてみよう。
【ギロチン】!!
うわ……
すげぇSP持っていかれる。
【トラバサミ】はもちろん、【回転ノコギリ】の比ではない。
ダメだ。
一回使っただけで、SPがほぼ無くなる。
これって発動までの時間やばいんじゃないだろうか。
やっぱり……
発動時間が30時間だ。
1日以上かかるじゃないか。
どうしようか。
これ今設置しても、明日に発動だよ。
タンチさんに相談してみよう。
「すみません、タンチさんに相談したいことがあるので、後を追いますね」
「はい」
タッタッタ………
僕はローシュさんに許可を取り、小走りでタンチさんの後を追う。
「すみませぇーん! タンチさん、待ってください!」
「あぁん?」
「あの、【ギロチン】の発動時間が異様に長くて、設置しても今日発動しそうもありません」
「お前、まだ【罠使い】だろ? 【ギロチン】てのはそんなに強力なのか?」
「わかりません……ただ、発動時間は30時間です」
「はぁ? バカ言うな……30時間なんて俺でも無いぞ」
「いや、でも30時間なんです。どうしましょう」
「仕掛けたヤツはどうした?」
「とりあえず、一旦キャンセルしときました」
そのせいで、何も設置できずにSPはほぼ空だ。
「うーん……」
タンチさんは、あごに手を当て考えている。
「だったら、行けるとこまで行ってみるか……」
タンチさんは、ローシュさんを見る。
「推奨はできませんが、私が守れる位置まででしたら」
ローシュさんが許可してくれる。
「小僧、ついて来い」
「はい!」
「うるせぇ、響くだろ。こっから先は、小声で話せ」
「はい……」
僕とローシュさんはタンチさんの後をついていく。
「おい、ここからは、昼間でも多少魔物がいる。だからこいつを使う」
「これって……」
魔石だ。
タンチさんが魔石を発動させる。
「これで気づかれにくくなるだろ」
「これって【闇の衣】ですか?」
「そうだ。よく知ってんな」
「はい、以前使ったことがあります」
【闇の衣】は【闇魔法】の一つで、全ての対象から認識されにくくなる。
「こっからは、できるだけ物音をたてるな……」
僕は【空間魔法】の【コール】を発動し返事をする。
『はい……』
これで、返事はタンチさんとローシュさんにしか聞こえないはずだ。
『なんだこりゃ?』
『【空間魔法】の【コール】です。会話は僕たち以外に聞こえません』
『……………………』
『こいつは便利だな。これならかなり奥へ行けるだろう。よし、ついて来い!』
『はい!』
『この野郎、外に聞こえねぇからってでけぇ返事しやがって……』
タンチさんはそう言うと、奥へと進んでいく。
僕もそろりと後についていく。
あ……魔物だ。
『タンチさん、魔物が結構います』
『んなことぁわかってるよ。おいデクの棒、まだいけるだろ?』
『はい。問題ありません』
『右奥に2匹、中央に大きめのが1匹います』
『そこまでわかるのか?』
『はい。【空間魔法】の【パーセプション】という魔法です』
洞窟の奥は暗闇が広がっているが、【パーセプション】を使えば問題なく把握できる。
魔物の位置は共有しておくべきだろう。
『おい、だったらお前が先導しろ』
『わかりました』
僕は暗闇の中を魔物の位置を避けながら、縫うように進む。
『結構増えてきましたね』
魔物の数が徐々に増えてくる。
洞窟は横にも縦にも結構広く、大型の魔物もいる。
ここの魔物とは直接戦ったことはないが、かなり強いだろう。
今見つかったら逃げられるか微妙だな。
『おい、デクの棒。どうなんだ?』
『万が一見つかっても時間は稼げます。その間に狭間様の【転移】を使用していただければ問題ありません』
マジかよ。
結構いるぞ。
これをローシュさん一人で捌く自信があるのか?
『ですが、これ以上危険が高まるのは……』
『そんじゃその【ギロチン】とかいう罠を仕掛けてみろ』
『はい、わかりました』
僕は【ギロチン】を洞窟の天井に設置する。
一発でSPが空になってしまう。
『あの、【ハイリカバリ】って使ったらまずいですよね?』
『いや、攻撃魔法じゃねぇから多分大丈夫だろ。まぁ気付かれたら全力で逃げるぞ』
マジか。
【闇の衣】使用中なら、【ハイリカバリ】を使っても魔物に気付かれないのか。
とりあえず【ハイリカバリ】でSPを回復させよう。
【ハイリカバリ】
【ハイリカバリ】
【ハイリカバリ】
数回使ってSPを回復させる。
大丈夫だ……気付かれてはいない。
よし、さらに【ギロチン】だ。
僕は【ギロチン】を2つ、3つと設置しようとする。
しかし……
『ダメです。1つまでしか設置できません』
『だろうな。強力な罠は設置数に制限がある。当然、スキルレベルが上がれば、その上限は上がるぞ』
『なるほど』
『そんなことより、とっととずらかるぞ』
『はい……』
僕たちは、できるだけ物音を立てずに最初の位置まで戻る。
「いや、結構緊張しましたね」
「まぁな。見つかったらヤバいからな。しかし、お前【空間魔法】まで使えるのか」
「はい。中央東では、【転移】の魔石補充をしています」
「なるほどな。シトン様がわざわざ俺に手紙をよこしたのもそういうことか」
「ローシュさんはあの数の魔物を捌けるんですか?」
「いえ、あくまでも足止め可能というだけです」
「ケ……聖騎士様なんだから、それくらいできんだろ」
タンチさんが悪態をつく。
この二人は相変わらず仲がよろしくない。
「それじゃこの後は、昨日と同じように罠をしかけていけよ」
「はい!」
「だからうるせぇんだよ、響くだろうが……」




