156日目 異世界
「いませんね……」
僕とローシュさんは、昨日と同様に第六戦線の酒場に来ている。
しかし、タンチさんが見当たらないのだ。
「では、冒険者、ギルドの職員にタンチ様を見かけなかったか聞いてまいります」
ローシュさんは素早く行動する。
僕も周りの人に聞いてみよう。
お?
あれはクラールか?
探すときはクラールだな。
遠目でも謎のイケメンオーラがあるから一発でわかる。
「おはようクラール」
「やぁ、おはよう」
「よ!」
ショーンも一緒にいた。
「おい、ケン。昨日の罠、お前が仕込んだのか?」
「うん。まぁタンチさんがメインだけどね。どうだった?」
僕はショーンに昨日の様子を聞いてみる。
「魔物が弱ってたからな。だいぶ戦いやすかったぜ。なぁ?」
「そうだね。僕も罠があれほど有効だとは思わなかったな」
かなりの量を仕掛けたからな。
「それで、タンチさんが見当たらないんだけど知らない?」
「昨日ケンと一緒にいたジイさんか?」
「見てないね」
「そっか。ありがとう」
ん?
あれ?
「あそこにいるのってアンティさん?」
「あぁ、そうだな」
「意外だな。アンティさんて、戦線での狩りもするんだ」
「みんな意外だと思ってたみたいだよ。なんせ賊殺しだからね……」
「んであいつ、なんか怪しいんだよな……」
確かに、アンティさんは怪しい。
この戦線という高レベルの狩場でも、真っ白いシャツに黒いベストだ。
あんな装備の人間は他にいない。
「まぁ確かに変わった格好だよね」
「いや、なんつーか、戦い方だよ。ちょっと小突いて離れるみたいなのを繰り返してやがる」
「実力は隠しているだろうね。それから、何か狩り以外の目的があって来ているようにも見えるよ」
「うーん……悪い人ではないと思うんだよな……多分。ちょっと挨拶してくる」
ショーンもクラールも微妙なリアクションだが、僕はアンティさんに駆け寄る。
「お久しぶりです、アンティさん」
「おぉ? ケンちゃん!」
アンティさんはこちらに気づくと、眉間に皺を寄せながら笑う。
「おひさ、ケンちゃんもここで狩り?」
「はい。まぁ僕は今回【罠使い】なので、直接戦わないんですが」
「罠ぁ? ケンちゃんらしくなくね?」
「そうですかね?」
「ケンちゃんは直接闘うほうが向いてるっしょ」
「そうかなぁ……」
そんなことはないと思うのだが。
「アンティさん、タンチさん見ませんでした?」
「誰それ?」
そうか、アンティさんはそもそもタンチさんを知らない。
「いつもギルドの酒場でお酒を飲んでいる方なんですが」
「さぁなぁ……俺、あんまり他人に興味ねぇし、見てたとしても覚えてないなぁ」
「狭間様、ダメですね。おそらくタンチ様は来ていません」
ローシュさんがやってくる。
マジかよ。
タンチ来てないのか。
「ローシュ……」
え?
アンティさんがローシュさんを見てつぶやく。
二人は知り合いなのか。
「お前、聖騎士になったのか」
アンティさんは、ローシュさんの鎧を見て聖騎士と判断したのだろう。
「………………………」
しかし、ローシュさんは目を合わせることもなくアンティさんを無視する。
「えっと、お二人は知り合いなんですか?」
僕はたまらず聞いてみる。
「いえ、私にこのような知り合いはいません」
「………………………」
アンティさんは寂しそうな表情をする。
こんな表情は見たことがない。
「そうか……いや、お前が元気ならそれでいい」
「………………………」
アンティさんがローシュさんを気遣うが、ローシュさんは再びそれを無視する。
「ケンちゃん、ローシュを頼むよ」
アンティさんは、僕の肩にポンと手をおく。
「え? はい」
護衛されているのは僕の方なのだが、とりあえず返事をしておく。
「じゃぁな。ローシュ、何か困ったことがあったらすぐに言えよ」
「………………………」
しかし、ローシュさんは頑なに無視だ。
アンティさんは、背を向けたまま手を振って去っていく。
「狭間様、タンチ様の自宅にいきましょう」
ローシュさんは何もなかったかのように、タンチさんの話をする。
「え? 家知ってるんですか?」
「はい。こんなこともあろうかと、調べておきました」
「さすが……」
頼りになる護衛である。
◇
「あそこです」
僕たちはポータルを使って、タンチさんの自宅がある街までやってきた。
やや広めの庭が綺麗に整備されている。
小さな畑もあるし、花もたくさん植えてある。
タンチさんが植物の世話をしているのか?
奥には二階建ての家があった。
コンコン!
ローシュさんがドアをノックする。
「はい」
家の中からは、女性の声が聞こえる。
ガチャ!
奥からは50代だろうか、タンチさんよりもやや年下にみえる女性が出てくる。
「中央東からやってまいりました、ローシュです。タンチさんはいらっしゃいますか?」
「はい。あなた!」
女性は振り返り家の中へ向かっていう。
あなたってことは奥さんかな。
意外だ。
タンチさんは結婚していたのか。
完全に独身だと思っていた。
だって昼間から酒飲んでるんだもの。
「げっ!」
家の中に腹をポリポリとかいているタンチさんが見えた。
嫌そうなリアクションだな……
「どうぞ、中で待ちください」
しかし奥さんが僕たちを家の中へ促す。
「おいやめろ! 家に入れるんじゃねぇ!」
「あらそう? ここで待っていただくのも申し訳ないわ」
「あ、いや。僕たちはここで大丈夫です」
「あら、あなた……」
タンチさんの奥さんが僕の顔をじっと見てくる。
どうしたのだろう。
「はい?」
「タンチはあんなこと言ってますけど、昨日なかなか楽しかったみたいですよ」
奥さんが小声で教えてくれる。
「そうなんですか?」
まぁ飲んでるときは、ちょっと機嫌良さそうだったけど。
「そうね。あの人は、少しわかりにくいの」
「はぁ……」
「おい! 余計なこと言ってんじゃねぇぞ」
奥からタンチさんが出てきた。
あの一瞬で着替えたきたのだろうか。
「あの、タンチをよろしくお願いします」
奥さんは深々と頭を下げる。
「いや、お世話になってるのは僕らの方ですよ」
「クソ……家まで来てんじゃねぇよ」
タンチさんが顰めっ面で僕たちを連れ出そうとする。
「良い奥さんですね」
「うるせぇ、ぶっ殺すぞ」
◇
「おい、【アイアンアロー】はこの辺、腰よりも少ししたの位置に仕掛けろ」
「はい。少し背の低い魔物が多かったですよね」
僕たちはさっそく第六戦線の洞窟で罠をしかけている。
「そうだな。あとは人型の魔物も下半身へダメージを与えておけば動きが鈍る」
「なるほど。了解です。壁には【アイアンアロー】で床は昨日と同じく【トラバサミ】でいいですか?」
「そうだな。まぁやってみればわかると思うが、【アイアンアロー】は【トラバサミ】よりも消費がでかいぞ」
「じゃあ時間的には早く終わりそうですね」
◇
タンチさんの言っていた通り、昨日よりもSP消費が激しい。
昨日よりも1時間以上早くSP、MPを消費し切ってしまう。
そして早々と切り上げ、また飲みに行く。
「昨日も思ったんだけどよ、お前、全然酔わないな」
「はい。【毒耐性】が結構ありますから」
「はぁ……そりゃつまんねぇな……」
タンチさんはグビっと酒を飲みながら言う。
「確かに、酔っ払うってどういう感覚なんだろうって思ったりします」
僕もグビっとお酒を飲む。
「その【毒耐性】切ったりできねぇのか?」
「できないんじゃないでしょうか。でも、普通に美味しいですよね」
僕は運ばれてきた肉料理を食べる。
ここのハーブソーセージはお酒に合う。
「それでお前、シトン様に言われて来たんだろ?」
「はい。ここでしばらく狩りをすれば、ギルド貢献度が上がるって」
「なるほどな、ギルド貢献度が目的か」
「はい。まぁ最終的な目標は外界へ行くことですが」
僕の今の目標はフヨウを治すことだ。
そのために外界へ行って、治療に有効な魔道具を探したい。
その話を一通りタンチさんにする。
「うごかねぇ仲間のために……か」
「はい。タンチさんは魔道具について何か知っていますか?」
「いや、知らねぇな」
タンチさんは店員さんにおかわりを頼む。
「けどお前、本気で外界へ行くのか?」
「はい、もちろん」
「やめとけよ」
「どうしてです?」
「外界の魔物ってのは、戦線とは比にならないくらい強いらしいぞ」
「なら、鍛えないといけませんね」
うーん……
最近は罠ばかりで強くなっていないからな。
生産系の能力は上がっているんだけど……
「ったく、どいつもこいつも……」
先程まで機嫌が良さそうに飲んでいたタンチさんだが、表情が険しくなる。
「【罠師】ってのは、かなりのレアジョブだ。だから、こうして罠を仕掛けるだけで、うまいもんが食える。そんで、レベルも上がる。良いことしかねぇ」
「確かに、そうですね」
ぶっちゃけ、罠を仕掛けるだけで結構良い暮らしができそうだ。
「だったらお前、この生活だっていいだろう?」
「いや、でも動けない仲間を放っておくわけにはいきません」
「その動けない仲間のために、死んじまってもか?」
「死なないように鍛えますよ」
タンチさんの顔がさらに険しくなる。
「それが傲慢だっつってんだよ!」
ゴン!
タンチさんはグラスを強くテーブルに叩きつける。
「でも、僕は仲間を放置することはできません。それに僕以外の仲間も、強くなるために修行をしています」
ショーンやクラールも第六戦線で頑張っている。
このままのんびりとここで罠を仕掛け続ける生活なんてできない。
「フン……今日はもう帰る。明日は家に来るなよ。おい、デクの棒。金、払っとけよ」
タンチさんは席を立ってしまう。
「……………………」
話を合わせておくべきだったか?
いや……それもちょっと違うよな。
【回転ノコギリ:Lv0】New
次にくるライトノベル大賞2023の対象となっています。
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