155日目 異世界 前編
「ありがとうござます!」
僕は数日前薬師棟で作ってもらった装備をシトン様から受け取る。
器用のステータスが上昇する装備だ。
「ちょうど良いタイミングで装備が出来上がったようだ。
今狭間くんは、錬金棟からも薬学棟からも注目されているからな。
一度その装備で、第六戦線に行ってくるといい。
前にも言ったとおり、ギルド貢献度を上げてくれば、外界調査への同行が可能だ」
外界には、様々な魔導具があるらしいからな。
フヨウの意識を戻すような魔導具もあるかもしれない。
「ただし、【罠師】として行ってきてくれ」
「はい。それで器用が上がる装備なんですね?」
「そうだ。
罠の威力は基本的に器用依存だからな。
それに、第六戦線は危険だが、【罠師】として行き、さらにローシュを護衛につけていけば問題ないだろう。
(こいつには、ロゲステロンを治してもらう必要があるからな)」
「わかりました」
「第六戦線には、タンチという者がいる。
(あいつにもそろそろ働いてもらわねばな……)
その者に同行し、【罠師】についても学んで来ると良い。
この手紙を渡してくれたまえ」
「はい」
僕はシトン様から手紙を受け取る。
「ローシュ、任せたぞ」
「はい。かしこまりました」
◇
「ここが第六戦線……」
見渡す限りの荒野だ。
「魔物は見えませんが……」
戦線といえば、人間が生活できないほど魔物が出現するエリアだ。
にもかかわらず、開けた荒野には魔物はいない。
「第六戦線には、奥に大きな洞窟があります。
そこから定期的に魔物が大量発生しているのです」
「なるほど。ローシュさんは来たことがあるんですか?」
「いいえ。
しかし、騎士団の先輩方に話を聞いたことがあります。
洞窟から発生した大量の魔物は、基本的にここの冒険者達が対応するようです。
しかし以前、かなり大規模な魔物の発生がありまして、騎士団が派遣されたということでした」
「そんなことがあったんですね。
魔物は無事に討伐できたんですか?」
「はい。
騎士団が到着する前に犠牲者も出たようですね」
「そうなんですか」
「あそこにギルドがあります。
行ってみましょう」
僕とローシュさんは、木造の建物へ入る。
荒野の中にある大きな木造の建物は目立つ。
中は飲み屋のようで、これまでのギルドとは少し異なる。
食事をしている人や、お酒を飲んでいる人たちで賑わっている。
僕とローシュさんはギルド受付に行く。
「あの、こちらにタンチさんという方はいらっしゃいますか?」
受付の女性に話す。
ここのギルドも受付は女性だ。
「あの端のテーブルで酒を飲んでるのがタンチさんよ」
「ありがとうございます」
端のテーブルには60代だろうか。
初老の男性が座って酒を飲んでいた。
「こんにちは」
「……………………」
男性は無言でこちらを見る。
白髪交じりの髪は長髪というほど長くはないが、ボサボサとしている。目が大きく、ギョロリとこちらを見てくる。
「あの、タンチさんですよね?
シトン様から手紙を預かっていまして」
僕は手紙を渡そうとすると、バッと奪い取られる。
「……………………」
タンチさんは、小さなグラスで酒を飲みながら手紙を読む。
「失せな。酒が不味くなる」
「え?」
「失せろ……」
「あの、でも手紙読みましたよね?」
ガッ!
タンチさんは飲んでいたグラスを強くテーブルに置く。
「知るかよ……」
半笑いで言う。
もうこちらを見向きもしない。
マジかよ。
どうしたらいんだろうか。
「タンチ様。ご同行ください」
おぉ、こんなときに頼りになるローシュさん。
「……………………」
しかし、タンチさんは無視して酒を飲んでいる。
「タンチ様。ご同行ください」
ローシュさんも動じない。
「うるせぇ、酒が不味くなるだろうが」
ガッ!
げ!
ローシュさんが、タンチさんの酒を取り上げる。
「てめぇ……」
タンチさんは、ローシュさんに掴みかかるが、僕は見ているだけで何もできない。
「ご同行お願いします」
「チ……」
タンチさんは、舌打ちをしてしぶしぶ席を立つ。
「おい、木偶の坊。金はお前が払えよ」
「はい」
ローシュさんは無表情のまま返事をする。
「小僧、ついて来い」
「は、はい!」
僕はタンチさんについていく。
◇
「……………………」
気まずい。
全員無言なのだ。
そして、洞窟までは少し距離がある。
魔物は全く出てこない。
「戦線と言っても、洞窟以外は魔物が出てこないんですね」
僕は気まずさのあまり、話をしてしまう。
「うるせぇ。俺の許可無く話をするんじゃねぇ」
「はい……すみません」
タンチさんに怒られてしまう。
「……………………」
しばらく歩くと横幅10m縦5mくらいの大きな洞窟が見えてくる。
その前にはいくつかテントが張ってあり、冒険者らしき人たちもいるな。
「おい、あれ……」
冒険者達に近づくと、こちらを見て反応してくる人たちがいる。
「タンチさんじゃないか?」
「おぉ、本当だ」
冒険者達が駆け寄ってくる。
「タンチさん、ご無沙汰です」
タンチさんは苦笑いをしながら、片手を上げ軽く挨拶をしている。
意外だ……
さっき会ったばかりだが、タンチさんの印象はあまり良くない。
昼間から飲んだくれているのだ。
正直、そんなに強そうにも見えないし。
それなのに、冒険者達が続々と挨拶しにやってくる。
「復帰されたんですか?」
「いや、そんなんじゃねぇよ」
「助かりますよ。今日も午後に入っていくんでそれまでお願いします」
「あぁ、まぁそれなりにな」
「そちらの方は、お弟子さんですか?」
「やめろ。弟子なんてとらねぇよ」
なんだかここの冒険者達から信頼されているように見える。
「おい、ケン!」
ん?
あれは……
「おぉ、ショーン、クラール!」
ショーンとクラールだ。
クラールは遠目で見ても華があるので一発でわかる。
「やぁケン」
「なんでお前がここにいるんだ?」
「いや、それがいろいろとあって」
やっぱりいた。
ショーンとクラールは第六戦線で修行中だ。
数日しか開いていないが、既にレベルは上がっているだろう。
このまま差をつけられるわけにはいかないな。
「おい小僧、とっとと行くぞ」
「あ、はい! それじゃまた後で」
「おぉ、忙しい野郎だな」
僕は挨拶をそこそこにしてタンチさんに着いていく。
「僕たちだけで行くんですか?」
僕とタンチさん、護衛のローシュさんだけで洞窟へ入っていく。
「まぁな。この洞窟は夕方から夜にかけて魔物が出てくる。
外の冒険者たちは、その時間にここで戦うわけだ」
「なるほど」
「んで、俺のような【罠師】は先に入って罠をはっとくわけだな。
洞窟ってのは、出口を通らなきゃ出られねぇだろ?」
「そうですね」
なるほどな。
魔物が出てくるところに、予め罠を仕掛けておくのか。
「それで小僧。お前、罠は何が使えるんだ?」
「【トラバサミ】です」
「他は?」
「ありません。
【見習い罠使い】のジョブを習得しましたが、まだ使ったことがないのでレベルは0です」
「なんだって!?
クソ!
シトン様は何を考えてんだよ……」
もともと不機嫌だったタンチさんはさらに不機嫌になっていく。
しかし、嘘をついても仕方がないしな。
受け入れてもらうしか無い。
「……この辺でいいだろう。
おい小僧、ここから洞窟の出口に向かってひたすら【トラバサミ】を設置していけ」
「はい」
「発動までの時間は?」
「6時間です」
「ギリギリだな……まぁレベルが上がれば発動時間も短くなる。
きっちり調整できるようになっとけ。
俺は奥に行く。
SPが切れるまで、隙間なく仕掛けていけ」
「はい! わかりました!」
◇
僕はタンチさんに言われた通り、洞窟の端から端まで【トラバサミ】を使っていく。
あっという間にSPが切れる。
当然だ。
僕はSPがそれほど高くない。
しかしSPを回復する魔法【リカバリ】と【ハイリカバリ】を使うことができる。
ここは【ハイリカバリ】を使っておくべきか。
【リカバリ】は全く使っていないのでレベルは0のままだが、【ハイリカバリ】は結構レベルが高い。
MP消費に対し、SP回復量もそれなりに高いのだ。
【ハイリカバリ】でSPを回復し、さらにひたすら【トラバサミ】を設置していく。
「作業中に失礼します。
狭間様、それは【リカバリ】では?」
「はい。SPが切れたので、【リカバリ】で回復をしています」
これまで無言だったローシュさんが質問をしてくる。
「差し出がましいようですが、【転移】の魔石補充もあります。
MPの残量にはご注意ください」
「そうですね。程々にしておきます」
中央東の表向きの仕事は、【転移】の魔石補充だ。
朝から就寝までに10回分補充しなければならない。
その仕事は、ここ第六戦線に来ていてもできることなのでそのまま継続しなければならない。
最低限【転移】10回分のMPを残しておく必要があるのだ。
しかし、実はまだMPが結構ある。
【転移】はクールタイムが長いので、一日に10回しか使えないのだ。
使える回数は限られているので、MPは結構余る。
【ハイリカバリ】を使いまくって【トラバサミ】を発動させまくり、ここで器用のステータスを上げてしまおう。
そうすれば、日本で【魔導合成】を使い、魔石を合成する効率も上がってくるだろう。
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