150日目 異世界 前編
「【魔影脚】!!」
僕は今、地下室にいる。
昨日に続き、シトン様にスキルの確認をしてもらっている。
「ふむ……動きが変わったな。これが【魔闘家】というジョブか。
(ゴミみたいなステータスのくせに、これほど動けるとはな)
MP消費による身体能力向上ということだな?」
「はい、これでピンチを切り抜けることができました」
「だろうな。
しかし、見るのも聞くのも初めてのものだ。
条件をまとめると、MPが豊富にある状態でSP枯渇状態を続け、その上でさらに壊滅的なダメージを受ける必要があるということか」
「はい、僕の場合はそんな感じでした」
「まぁ普通に生きていれば、冒険者をやっていたとしてもそのような状況になることはまず無いからな。
君の特殊な環境が、特殊なジョブやスキルを生みだしたわけだ」
「そうみたいですね……」
「よし、今日はこのくらいでいいだろう。
明日また確認をする。
これから私の部屋に来なさい」
「はい、わかりました!」
僕はシトン様に続き、エレベーターへと行く。
◇
「さて、本日からの君の仕事について話をしよう」
「あれ?
僕の仕事って【ホーリービジュア】じゃないんですか?」
「それはそうだ。
しかし、それを周りに知られるわけにはいくまい(昨日言っただろうが)」
「あぁ、そうですよね。
ということは、表面上の仕事、ということでしょうか」
「その通りだ。(気持ち悪いが)物分かりが良いな」
「そうだな、基本的には、ここ中央東の教会で【転移】の魔石を補充するのはどうだ?」
「はい、了解しました」
「【転移】は一日に何度使える?」
「起きてから寝るまでに10回は使えると思います」
「よろしい。それならば、仕事として成り立つし、その魔石はイヴォンにでも買い取らせれば良いだろう。(めんどくさい成金だぬきを黙らせておこう)
それ以外の時間は好きに過ごして構わないが……」
ゴンゴン!
分厚い扉にノックの音が響く。
「ちょうど良いところに来たようだな。
入りたまえ」
「失礼します」
入ってきたのは大きな男性だ。
190cmくらいあるだろうか。
白銀の鎧に、白銀の髪。
左目の辺りから斜めに分けられた髪は肩くらいまで伸びている。
20代だろうか。
鼻筋が高く、とてもきれいな顔立ちをしている。
「狭間くん、彼はここで君の護衛をする【聖騎士】のローシュだ」
「えぇ!?
護衛ですか?」
「そうだ。
ローシュ、彼が君の護衛対象の狭間くんだ。
よろしく頼む」
カツカツ……
彼は背筋をビシッと伸ばしたまま僕の前までやってきて、ひざまずく。
「【聖騎士】ローシュ、護衛につきましたからには狭間様に傷一つ負わせることはありません」
「狭間です、よ、よろしくお願いします……」
「彼は、ここの騎士団の小隊長でもある。
この施設についても、いろいろ聞くといい」
「わかりました」
護衛かぁ……なんだかなぁ……
◇
えっと、仕事は教会でするんだよな。
とりあえずローシュさんに教会について聞いてみよう。
「あの、僕は教会で仕事をすることになったのですが、ローシュさんは教会の場所を知っていますか?」
「はい。
あちらの建物になります。
ご案内しますので、こちらへどうぞ」
ローシュさんは、表情一つ変えずに先導する。
声のトーンもそうだが、なんというか、とらえどころが無いな……
完璧な姿勢のままスタスタと進むが、僕が周りの景色を見たり、この辺りの地理を把握しようとペースが遅くなると、ローシュさんの歩くスピードも遅くなる。
すごいな……完璧に僕のペースに合わせてくれているのだろうか。
後ろが見えているのか?
程なくして教会へ到着する。
中央東には、5つのメインの大きな建物がある。
それぞれが、騎士団、魔法研究、錬金術、薬学、教会といったところらしい。
5つの建物はそれほど離れていないので、僕としてはありがたい。
それぞれが連携して研究をしているために、建物自体も繋がっているのだ。
「これはこれは、ローシュ様ではございませんか」
教会の入口でローシュさんが話しかけられる。
「私は今日は護衛です。
狭間様、どうぞ」
「あぁ……はい。
シトン様に【転移】魔石の補充の仕事をするように言われてきました」
「わかりました。
魔石の補充ですね。
こちらへどうぞ」
中央東の教会は規模こそ大きいものの、アインバウムの教会とそれほど変わらない。
というよりも、アインバウムのほうが豪華かもしれない。
やはり司祭であるイヴォンさんの意向が出ているのだろう。
魔石販売所も、広くきれいで清潔感があるが、アインバウムのような豪華さは無い。
「イヴォン司祭からこちらを預かっております」
ゴトッ……
魔石だ。
「こちら【転移】の魔石になります。
複数渡しておきますので、補充ができましたらこちらへ持ってきていただきます」
「了解しました」
早速【転移】を使用する。
【転移】の魔法は、クールタイムが非常に長いので、使えるときにすぐに使うべきだろう。
「どうされますか?」
ローシュさんが尋ねてくる。
確かに、仕事はこれで終わりなわけだ。
クールタイムが終わる度に【転移】を使うだけ。
「このあとは自由にしていてもいいんですよね?」
「はい。そのように伺っています」
ローシュさんが一定のトーンで答える。
まるで機械に話しかけているようだ。
「どうしようかな……」
イヴォンさんは学ぶことがたくさんあるだろうと言っていた。
「そうですね。いろいろ見て勉強したいです」
「なるほど、承知しました。
それでは私が中央東をご案内致しましょう」
「ありがとうございます」
「それではまず、教会からですね」
中央東はある程度自由に行き来ができる。
ローシュさんは、騎士団に所属しているが、中央東全体についても詳しいようだった。
教会は非常に広く、回復職の職員や、魔石補充の職員が数多くいるようだ。
しかし、やや気になることがある。
「年配の方が多いようですね」
「はい。教会で働くには豊富なMPが必要です。
また、危険もありませんからね。
冒険者を引退した方々がいらっしゃるのです」
「なるほど……」
確かアインバウムの教会でもそんな話を聞いたことがあるな。
ただし、あそこは貴族の子どもたちもいた。
教会の職員が、貴族の子供を接待のような狩りに連れ出していたのだ。
僕はアインバウムの教会で働いていたことをローシュさんに話す。
「それはこちらでも有名な話ですね。
アインバウムの教会は、有料ですが、安全かつ確実な方法でステータスやジョブレベルを上げるサービスをおこなっていると伺っております。
しかし、それをしているのは、おそらくアインバウムくらいです。
教会の基本的な役割は、重傷者の治療と魔石の補充です」
「そうなんですね」
そうなると、イヴォンさんが独自にやっていることになる。
さすがだ……
次に教会の治療所を案内してもらう。
教会と騎士団の建物は隣で繋がっており、そのつなぎ目の建物が治療所にあたる。
「この位置ですから、騎士たちが怪我をしたときに、ここに直行できます。
この時間はまだそれほど人はいませんが、夕方になると、訓練や狩りで傷ついた騎士たちがやってきます。
狭間様は、【空間魔法】の使い手のようですが、【回復魔法】も使えるのですか?」
「えぇ……まぁ多少は」
【空間魔法】が使えるのに【回復魔法】が全く使えないっていうのも違和感があるよな。
少しは使えるって言ってしまってもいいと思う。
「それでしたら、ここで治療をしていただければ、さらに収入を得ることができます」
「そうですね……」
今はそれほどお金が必要ではないな。
イヴォンさんが持っている、MPを蓄える腕輪がほしいくらいだ。
それもここで【転移】の魔石を補充していればいずれ手に入るだろう。
「お金にはそれほど困っていませんので、【回復魔法】の強化が必要になったらお仕事をもらうかもしれません」
「承知しました」
「次は錬金術を扱っているところに行きたいです」
「錬金棟ですね。承知しました」
錬金棟は、教会の隣だったので、すぐに到着する。
「錬金棟も教会の隣なんですね」
「そうですね。魔石を生成するのは[錬金術師]です。そして、魔石を扱うのは主に教会ですから」
なるほど。
騎士団と錬金棟の間に教会があるのは便利だな。
それぞれ依存しているわけだし。
錬金棟に入り、しばらく進む。
ここも年配の方が多いようだ。
しかも、平均年齢は教会よりも高そうだ。
「これは、これは、銀仮面様じゃないか。
何か魔道具が必要なのかい?」
老人の一人がローシュさんに話しかける。
いかにも研究者といった風貌。
銀仮面とはローシュさんのことだろうか。
「いいえ、私は護衛です。
現在こちらの狭間様の護衛の任務をしています」
ローシュさんは相変わらず無機質に応える。
「狭間です。よろしくお願いします」
「ほぉ……」
「狭間様は、こちらの見学です。
中央東を一通り案内する予定です」
「そうかぃ。そういうことなら、まぁ、寄ってきなよ」
「はい!」
フレンドリーな老人だな。
お言葉に甘えて案内してもらおう。
「とりあえず、こっちに来な」
ジャラジャラ……
老人に付いていくと、何やらジャラジャラという音が大きくなってくる。
魔道具を作成しているのだろうか。
「錬金棟ってのはここがメインみてぇなもんよ」
老人はニヤリとしながら扉を開ける。
ジャラジャラ……
何人もの老人が小さなテーブルを囲んで座っている。
「ロン!メンタンピン!」
おいおい、これって……麻雀?




