139日目(異世界)④
『なんだそりゃ?
作戦でもなんでもねぇのな』
『はは……ケンらしいね』
二人とも、僕の提案には呆れているようだ。
『けどまぁ……』
『それしかねぇよな!』
◇
ショーンは踏み込みタイラとの間を詰めると、流れるような連撃をする。
ガガガッ!
「オラオラオラオラァ!」
「ふむ……」
クラールもショーンの後ろに控え、雨のように魔弓の矢を放ち続ける。
「斥候まがいの兵かと思っていたが、なかなか悪くない。
指輪に慣れるための相手としてはうってつけだな」
バッ!
ショーンは連撃後に、一旦距離を取る。
腰を深く落とし、槍を構える。
『キタぜ!新技だ!』
「【豪流連撃】!」
猛烈な水流と突きが繰り出される。
ドスドスドスッ!
水流と連撃という点ではショーンの得意技【濁流槍】と同じだが、連撃の速さ、威力ともに格段に上がっている。
「良い、良いぞ……」
「……(クソ、余裕かよ!)」
しかし、タイラの剣で全て弾かれ、ダメージを与えることができない。
「まだまだぁ!」
続けて、ショーンは【豪流連撃】を放つが、タイラはその場から足を動かすことなく、剣だけで全てを弾き続ける。
「僕もだ!
【千手の矢】」
続けて、クラールも新スキルを習得する。
高速で放たれた矢が、空中で分裂し、無数の矢になる。
「ハッ!」
ブンッ!
しかし、タイラが剣を一振りすると、全ての矢が叩き落され、消滅する。
「化け物め……」
「はぁ……はぁ……」
ショーンとクラールに疲労が見え始める。
美にこだわるクラールが装備に施してある、発汗減少効果。
それも働かないほどに、クラールの額からは汗が吹き出ている。
◇
一年前
「重心が右にずれたぞ」
「……!」
シュッ!
ショーンはひたすら突きを続ける。
早朝から休み無く続け、もうじき昼になる。
横にいるのは、ショーンの父、ダーハルトだ。
腕組みをして、ショーンの突きを観察している。
シュッ!
ショーンの鋭い突きの素振りが空を切る。
「今度は左だな」
ザッ!
シュッ!
ショーンの踏み込みの音と槍が空を切るおとが響く。
「今のは踏み込みが遅い……」
シュッ!
ショーンはひたすら無言で突きを続けている。
シュッ!
シュッ!
「そろそろ昼飯にするか……」
◇
「なぁ父さん、午後もさっきのを続けるのか?」
ショーンはパンをかじりながら、不満そうに言う。
「そうだな」
ダーハルトは無愛想に返事をする。
彼は忙しい身だ。
常に何らかのクエストをこなしている。
彼の強さは、多方面で有名であるため、通常クエストではなく、要請クエストがメインだ。
特に、魔物の異常発生時には、強い人間が必要だ。
必ずと言っていいほど、要請クエストがダーハルトのもとへくる。
魔物が湧き出すところにダーハルトが現れる、と言われるほどだ。
そんな状態で、ショーンは父から稽古をつけてもらえることなどほとんどない。
久々の休日に父から稽古をつけてもらえるということで、期待していたようだった。
「なんだ?
不満か?」
「まぁな〜……
なんつーか、一撃必殺の大技ってのか?
そういうのを教えてほしいもんだぜ」
「基礎の型は全ての技に通じている。
お前の突きはまだ未熟だ。
その状態でスキルに頼ったところでたかが知れている」
「んなことは、分かってるけどよ……」
「……………………」
ダーハルトは黙って立ち上がる。
「お前の槍、ちょっと借りるぞ」
「あぁ、構わないけど」
ダーハルトはショーンの槍を構え、大木の前まで移動する。
「よく見ておけ」
ダーハルトは、槍をゆっくりと構える。
美しく、無駄のない動きだ。
筋肉質の大きな身体にも関わらず、芸術的にすら見える。
バギッ!
突きが放たれた瞬間に、大木に大きな穴が開く。
「今のはただの突きだ」
「マジかよ……」
スキル無しの突き。
それが、上級冒険者の必殺技並の威力である。
大抵の魔物であれば、先程の突き一撃で倒せてしまうだろう。
「そして、これが……」
ダーハルトは再び構える。
すごいのがくる……
ショーンは瞬間的に技の威力に気づく。
「【突き(極)】だ」
バシュッ!
バリバリバリバリ!
ズドーン!
ダーハルトが突きを放った瞬間、その直線上の木が次々に倒れていく。
数百メートル先まで、木々が倒れただろうか。
「SPの消費はない。
スキルではあるが、ただの突きだからな……」
「はぁ……?」
「わかったら午後も続けろ」
「へーい……」
◇
「重心が上がってきているぞ」
シュッ!
「はぁ……はぁ……」
夕方になり、ショーンに疲労が見え始める。
シュッ!
「今日はこの辺りにしておくか……」
ドサッ!
ショーンは地面に大の字になる。
「なぁ父さん、さっきの【突き(極)】っての?
兄貴も使えるのか?」
「そうだな……」
「兄貴は今の俺より若いときに使えるようになったのか?」
「そうだな……」
「よし、まだやるぜ」
ショーンは立ち上がると、槍を構える。
「今日はもうやめておけ。
疲労で重心の軸がずれている」
「いやだね……」
「いいかショーン。
シャールはたしかに強い。
確かにお前の年齢の頃には、強力なスキルも使いこなしていた」
「……………………」
ショーンはつまらなそうに地面を見つめる。
「だが、お前にはお前の強みがあるだろう?」
「なんだよそれ……」
「【水属性】だ。
それは俺もシャールも使えない」
「……………………」
「親父、つまりお前の爺さんは【属性技】を使いこなしていたぞ」
「爺さんが?」
「特に【水属性】だったか……いや怪しいな……」
「なんだよ、はっきりしねぇな」
「いや、無口な爺さんだったからな。
ほとんど話すことなんてなかったんだ。
だが……たしか……水の流るるが如く……」
「!?」
「父さん、今のはなんだ?」
「爺さんが突きをするときに、確か言っていたような……」
「もう一回言ってくれ」
「水の流るるが如く……だったか?」
「水の流るるが如く……」
ショーンは深呼吸をし、槍を深く構える。
「水の流るるが如く……流水が如く……(なんだかわからねぇけど、しっくりくるぜ)」
バシュッ!
それまでの突きとは明らかに異なる突きが繰り出される。
ダーハルトの突きのような力強さは無い。
しかし、流れる突きには、独特の美しさがあった。
「今のはなんだ?」
「さぁ……」
カチャリ
「ぁ、【流水槍術士】ってやつらしい」
◇
「はぁ……はぁ……」
「疲れが見えるな。
よくやったと言うべきだな」
「……(今のは踏み込みが浅いな)」
ガツッ!
ショーンの槍による攻撃……
「……(重心が右にずれたか?)」
ガガガッ!
「水の……流るるが如く……」
隙の無い槍による連撃。
「……(違う、これだけじゃ勝てない)」
ガツッ!
タイラは難なく全ての攻撃を弾く。
「(父さんの力強い突き……それに水の流れを……)」
ズバババッ!
「……流水が……如く……」
ショーンの槍から水しぶきが吹き出る。
「はぁ……はぁ……」
「そろそろ限界、か……」
「流水が……如く……」
踏み込み……
重心移動……
タイミング……
そのすべてが噛み合う……
「龍水が……如く……」
カチャリ
先程の勢いが無くなり、速度も落ちる。
「……どうしたのだ?
SP切れ、もしくは【補助魔法】切れか?」
「ちげぇよ……」
『クラール!一瞬頼む!』
ショーンは【コール】の魔法でクラールへ呼びかける。
そして、タイラへと突進し、槍を棒高跳びのようにしてタイラを飛び越える。
「うるぁ!」
目指す先は、タイラの後ろに控えていた兵士たちだ。
バシュッ!
「がはっ!」
ショーンは槍技を繰り出し、次々に騎士たちを仕留めていく。
彼は人を殺したことがあるのか、一切躊躇せず騎士の頭や首を正確に撃ち抜く。
「小賢しい……」
タイラは、クラールから放たれる無数の矢を払いながらショーンへと近づく。
「ハッ!」
タイラは、ショーンへと剣を振り下ろす。
猛烈な風圧で、周囲の小石や塵が吹き飛ぶ。
が……
ガギンッ!
「ほぉ……」
ショーンはタイラの剣を槍で受け止める。
彼の反応速度は先程よりも、明らかに上がっていた。
「経験値ゲットだぜ……」
ショーンの攻撃の勢いが無くなったのは、新ジョブ【龍水槍術士】の習得によるものだ。
これまで【流水槍術士】で高レベルだったものが、【龍水槍術士】となり、一時的にレベルが下がっていた。
しかし、兵士たちを倒したことにより、一気にレベルアップしタイラの攻撃に反応できるようになる。
「【豪流連撃】!!」
バシュバシュ!
「ふむ……」
さっきまでの【豪流連撃】よりも威力、速度ともに一段回上がっている。
しかし残念ながら、タイラにダメージを与えるほどではない。
全て的確にガードされてしまう。
『ショーン、どいてくれ!
僕も新技、奥義だ!』
クラールの魔弓にエネルギーが収束していく。
ギュィーン……
彼の魔弓とその周囲の空間が歪んでいく。
「【次元の矢】!」
ガギンッ!
タイラは剣で【次元の矢】を受け止めると、衝撃の強さに彼の足元の地面がくぼむ。
ギュィーン……
矢はエネルギーを保ったまま、タイラの剣と押し合いをする。
「ほぉ……これは少々力を込めねばなるまい……」
「【清流槍】!!」
この隙を見逃すショーンではない。
彼がすぐさま【清流槍】を放つ。
「ハッ!」
ガギンッ!
タイラは【次元の矢】を斜め上へと弾き、ショーンの攻撃を避ける。
「やっと最初の位置から動いたな……」
ショーンの言う通り、タイラはこれまでの立ち位置を一切動いていなかった。
しかし、ショーンとクラールの成長により、動かざるを得なかったのだ。
「フ……良いぞ……」
◇
ブンブンブン!
ギュエンの猛攻が続く。
威力、スピードともに凄まじい……
おそらく、一発もらったらしばらく戦えないだろう。
下手をしたら、一発で死ぬ可能性もある。
「むぅ……やはり指輪にまだ慣れておらんな……」
「ハッ!」
ギィンッ!!
僕はギュエンの猛攻をかわしながら、先程習得した【魔影風神脚】を使っていく。
蹴りとともに、鋭い風圧が鎧を切り刻む。
ブシュッ!
「ぬっ……」
無数の風の刃が、鎧の隙間に入り、ダメージを確実に与えていく。
しかし、鎧の内部がうっすらと光出す。
魔石、おそらく回復系の魔石を所持しているんだろう。
かすり傷程度では、回復の速さには全く追いつけないな。
「どれ、スキルを使ってみるか」
ギュエンは腰を落とし、大剣を背中の方まで持っていく。
力を込めているのか?
凄まじい圧を感じる。
まずい!
来るぞ!
「【地壊の刃】!!」
ドガガガッ!
ギュエンが剣を振り上げると、地面から鋭く尖った土が無数に出現する。
ドガガガッ!
ダメだ!
範囲が広すぎる!
僕は全力で避けようとするが、広範囲の攻撃を避けきることはできない。
バゴッ!
自分自身へ【ウィンドスマッシュ】をし、横へと飛び出す。
ドガガガッ!
しかし、鋭く突き出す地面が、僕を追尾する。
とっさに【ストレージ】から細剣使いのカイから奪った盾を出現させる。
バゴッ!
「がはっ!」
僕は盾ごとふっ飛ばされ、ダメージを受ける。
だけど、なんとか直撃を防ぐことができた。
威力が強すぎる……
急いで回復をしなければ……
さらに、攻撃を防いだ盾は、僕とは別の方向へ飛んでいってしまった。
次も同じようにあのスキルに対抗することはできない。
幸い、さっきのスキルで土埃が舞っている。
見通しが悪く、さらにギュエンの余裕もありすぐに追撃はしてこないようだ。
【グレイトヒール】【オートヒール】【クイックヒール】さらに魔石による【ハイヒール】を同時に使い、すさまじい早さで回復をする。
やっぱり、まともに戦って勝てそうもないな……
「スゥ……」
僕は大きく息を吸い込み、体勢を低く構える。
今なら、アレができそうな気がするんだよな……
今度は、ソーミルから奪った短剣を出し、装備する。
片手を地面につき、もう片手に構えた短剣を自分の背中の方まで持っていく。
ギュエンまでは少し距離がある。
しかし、何故だろう……
この距離からでも届く……そんな感覚がある。
もっと、低く……
顎が地面につきそうになる。
いいね……
届くよ……確実に……
【狂乱の舞】!!




