20年前 マヤシィナ
「これで何度目だ?」
「27回目の遠征となります」
若かりし頃の、タイラとフヨウの父であるヨウガが話す。
「最初の頃こそ興奮したが、今では退屈でたまらんな……」
「そうおっしゃらずに」
タイラとヨウガは騎士たちとともに大型の魔物が出現する森林へと来ていた。
目的は、タイラの成長。
タイラへジョブ経験値を取得させ、ステータスの底上げをする。
「しかし、我は今回もついていくだけだろう?」
「それが最も安全に強くなることなのです」
「ハ……安全に強くなる、とな」
ヨウガの言葉にタイラは不服そうだ。
「そうです。
ジョブ経験値を取得し、ステータスを底上げする。
それからご自身のステータスを上げるのが最も効率的なのです」
「バカな……これのどこが効率的だ?」
「ここマヤシィナの魔物は強力です。
騎士たちについていくだけで相当な経験値の量です」
「自らが戦わずして、なにが強くなるだ」
「今しばらく、今しばらくご辛抱してください」
◇
数日後
カチャリ
「ジョブか……」
「おぉ……タイラ様、新規のジョブでございますか」
「そうだ……」
ヨウガに対し、タイラは満足そうに口角を上げる。
これまでタイラは前衛のジョブを習得してきた。
【見習い剣士】
【初級剣士】
【剣士】
「【上級剣士】だ」
「おぉ!
素晴らしい!」
「もうこれで良いだろう?
次の戦闘から攻撃させてもらうぞ!」
◇
ブシャァッ!
マヤシィナの森に生息する大型の魔物。
エルダーライノがタイラによって討たれる。
その巨体から大量の血しぶきが吹き出すが、タイラはそれを気にしない。
自らの力が上がっていることに高揚している。
「フハ……フハハ……」
タイラは血まみれの自身の体を見て笑い始める。
「ハハハ……ハァーハッハァ!!」
「タイラ様?」
周りの騎士たちが、タイラの異常な様子を見て、声をかける。
「タイラ様は初めての魔物で高揚しておられるのだろう。
今日はこの辺りにして一旦帰還すると……」
「バカなことを申すなあぁぁぁああ!」
ヨウガの提案にタイラが激怒する。
その怒気は、10代前半の少年から発せられたものとは思えないほどの迫力があった。
「し……しかし、ナイラ様に報告せねばなりません」
タイラは父ナイラの名前を出され、正気を取り戻す。
「そうか……そうだな(この腰抜け共め……)」
◇
「ギュエンよ……この領地についてどう思う?」
「どう……とは?」
タイラは自室に有力な騎士の一人であるギュエンを招き、話をしている。
「思ったままに申してみよ」
「私にはうってつけの土地ですな。
資源が豊富で、何より周辺の魔物が強い。
魔物が強いおかげでまだまだ成長できそうですぞ」
「ほぅ……そのように考えるか」
「どうされたのです?
初めて魔物を狩ったときから、何か思うことが?」
「いや、なに……
この辺境で、魔物の進行を抑える。
それだけで満足している腰抜けが多すぎる、そうは思わんか?」
「そ、それは過激な発言ですな……」
「何年も何年も、魔物の進行を抑えているだけだ」
マヤシィナは人間が生活できる限界領域にある。
この先は、魔物の領域だ。
それゆえ、周辺の魔物が強く、マヤシィナの騎士たちもツワモノ揃いでギルドの冒険者も強い。
魔物の進行を抑え、限界領域を維持することも重要な役割でもある。
しかし、タイラはそれに納得していない様子だった。
「限界領域が広がらんのは、父上やヨウガの怠慢だ……」
「タイラ様……それは……」
「ギュエンよ、建前はよい。
お前を見ていれば分かるぞ」
タイラは不敵に微笑む。
ギュエンが自分と同じ考えだと確信しているようだった。
「フ……まぁ今は語らずともよい……
次の狩りは、お前がついてこい。
それから、【回復魔法】の入った魔石をできるだけ用意しろ」
◇
「全員攻撃の手を止めろ!」
タイラの号令で、騎士たち全員が攻撃を停止する。
ブシャァッ!
タイラは弱りきった魔物に剣を突き刺す。
マヤシィナの魔物は大型の魔物が多く、エルダーライノはその代表的な魔物だ。
巨体からは大量の血しぶきが吹き出す。
ブシュッ!
ブシャァッ!
「タイラ様……?」
ギュエンが声をかけるが、タイラは無視する。
ブシュッ!
ブシュッ!
「……………………」
タイラは魔物にトドメを刺すわけでも無く、ただただ剣を突き刺し返り血を浴びている。
ブシュッ!
ブシャァッ!
「……………………」
狂気に満ちた表情だ。
ブシュッ!
ブシャァッ!
「おい、回復の魔石をよこせ」
「む?
どこかお怪我を?」
「いいからよこせ……」
タイラは不敵に微笑む。
返り値を浴びた笑みは、騎士達に不気味に映る……
タイラは【回復魔法】の入った魔石を使用する。
淡い緑色に魔石が光り、魔物を回復していく。
「タイラ様!?」
ギュエンが慌てた様子で、タイラに駆け寄る。
ブシュッ!
ブシャァ!
タイラは魔物を回復させつつ、剣をねじ込みダメージを与える。
「一体何を……」
正気の沙汰ではない。
魔物を攻撃しながら回復しているのだ。
「黙って見ておれぇぇぇ!!」
タイラの怒号がマヤシィナの森林に響き渡る。
彼の怒鳴り声は、異常なまでに響く。
それは、彼が領主の息子として生を受けたからなのか、それとも彼自身の資質なのかは誰にもわからない。
ブシュッ!
ブシャァ!
「……………………」
ギュエンはもちろん、騎士たちはいずれもツワモノ揃いであり、その実力は全員が少年であるタイラよりも遥かに上だ。
しかし、タイラの怒鳴り声に対し、誰も異を唱えることは出来ない。
唯一彼に意見ができるのは、フヨウの父、ヨウガくらいのものだ。
もちろん、領主の息子だからという理由もあるだろう。
しかし、それ以上に何か絶対的な服従を迫る気迫がある。
ブシュッ!
ブシャァ!
やがて魔物は声を上げる力さえ無くなり、絶命する。
「決まりだな……」
「……………………」
タイラは何かに納得したかのように、満足そうに剣を収める。
◇
ゴンゴン!
分厚い扉にノックの音が響き渡る。
「入れ……」
「失礼します!」
ガチャッ!
タイラの自室に、ギュエンが入ってくる。
「タイラ様……聞きましたぞ」
「そうか……」
タイラはしばらく狩りへ行くことを禁止された。
父ナイラによってだ。
「遠征はうまく行っていたはずですぞ。
【上級剣士】のジョブレベルも上がり、ステータスもかなりの勢いで上がっていたはず」
「コレが原因だ」
バサッ!
タイラはギュエンに紙の束を投げる。
「これは……?」
「見てみろ、前回の遠征での記録だ」
ギュエンは書類に目を通す。
「!!」
内容は驚くべきものだった。
ステータス上昇の記録が細かく書いてある。
魔物を攻撃することで、力や俊敏が上がっていく。
しかし、ステータス上昇があるのは、生きた魔物を攻撃したときのみだ。
魔物の死体を解体するときに、ステータスが上昇することは殆どない。
まれに、器用さが上昇するが、これは魔物の解体が、生産的な行動からくるものであると仮定されている。
では、上昇率はどうか。
一般に強い魔物を攻撃すれば、ステータスは上昇しやすい。
そして、タイラが最も注視しているのは、魔物が生きてさえいればいいのか、ということだった。
瀕死の状態の魔物を回復させ、さらに攻撃を加える。
成功すれば、魔物が絶命するまで自身のステータスを上げ続けることができる。
魔物が弱っていくと、ステータス上昇値は減衰してしまうが、それでもステータスを上げることは可能。
その詳細が書かれていた。
「結論から言えば、魔物が生きてさえいれば我々のステータスを上げ続けることができる。
だから、大量の魔石を用意し、周囲の魔物を血液が尽きて絶命するまで嬲り殺しにするべきだと父上に進言したのだ」
「……なるほど」
「その結果がこれだ。
腰抜け共が……
まさに今、辺境の立場に甘んじていることを象徴しているようだな」
タイラは鼻で笑う。
「これは……これは素晴らしい……」
しかし、ギュエンにその声は届いていなかった。
ギュエンもまた、タイラに近い考えを持っていたのだ。
タイラの書類を、少年が冒険録を見るように目を輝かせていた。
「あるいは、人間相手にも応用できるかもな……」




