31日目(異世界)
目覚めると、宿屋の一室だ。
あれ?
夢?
僕は1ヶ月間過ごした、古い木造の宿屋にいる。
四畳くらいの部屋にベッドとクローゼットが一つ。
小さな窓が一つだけある天井の低い部屋。
汚くはないが、古い宿屋だ。
…………夢?
…………だったのか?
なんだか頭がぼーっとする。
痛っ!!
右太腿に痛みを感じる……
火傷だ…………
太腿には30cmくらいの大火傷がある。
火傷に気がつくと痛みがどんどん増してくる。
汗がじんわりと出てくる。
火傷の痛みがシャレにならない。
そうだ、僕は病室で炎魔法を撃った夢を見た……
身体の感覚は無かったけど、右手から火が出ていたのか?
…………わからない。
そもそも、どっちが夢なんだ?
今いるのが異世界…………
これが夢だというのだろうか……
いや、今起きているんだったら、病室が夢か。
寝ぼけて魔法を撃ってしまったのだろうか。
だとしたら、この火傷の前に起きるよな……
じゃあ、向こうもこっちも現実で、身体を共有しているのか?
そうすると、向こうの怪我をこっちに持ってきたことになる。
けど、それだったら事故の傷はどうなっているんだ?
僕の身体は、火傷だけで、普通に動く。
クソッ!
にしても……痛みが酷いな……
汗も凄い。
熱が出ているかもしれない。
とにかくこの傷をなんとかしないと…………
傷を治すなら教会か。
教会なら有料で傷の治療をしてくれる。
それでもこの傷を治すのには結構なお金がかかりそうだ。
痛ッ!!!
火傷に刺すような痛みがはしる。
火傷に変な感覚がある。
何かで触られているような感覚だ。
痛みが激しくなる。
何だ?
消毒液のような匂い…………
火傷から匂いがする…………
これは…………
消毒液や、薬が火傷に塗られている?
まさか…………
やっぱりこの身体は、向こうの世界とつながっているのか?
今この火傷が、病院で処置を受けているとしたら、この現象も理解できる。
考えてもよくわからないな。
どうしても、事実と感情が混ざってしまう。
とにかく痛い…………
HPも結構減っているだろう。
!!
そうだ!
ステータス!
ステータス確認しなくちゃ。
この世界では、自分のステータスが確認できる。
ステータス確認はスキルの一種らしく、自分だけが確認でき、他人には見えない。
僕は、ステータスを呼び出す。
狭間圏
【ーーーーー】
HP:8/27(↑+1)
MP:10/10(↑+1)
SP:2/2
力:7
耐久:4
俊敏:4
器用:5
魔力:3
神聖:3
【魔力操作:Lv2】【炎魔法:Lv1(↑+1)】【風魔法:Lv0(New)】
ぇ?
3つも上がってる…………
しかも風魔法も覚えてる。
おかしい。
明らかにおかしい。
僕はこっちの世界に来て、1ヶ月魔法の訓練をしまくった。
寝る時間以外を全て魔法の習得に使った。
一ヶ月間のステータス上昇は、MP+1と【魔力操作Lv2】【炎魔法Lv0】だけだ。
これは、特に成長が遅いとかではない。
魔物と戦えばもっとステータスは上昇するらしいけど、自分だけで訓練する場合はこんなものらしい。
そして、おかしいのはそれだけじゃない。
MPが全快だ。
自分の炎魔法を使ったのなら、MPが減っているはず。
この世界では、MPの回復手段がほとんどない。
MP回復ポーションなるものがあるらしいが、超高価でめったに出回らない。
それに、MPは放っておけば自然回復する。
時間が経てば回復するので、緊急時以外はそんな高価なアイテムは普通使わない。
ただし、この自然回復のスピードに問題がある。
一日に最大MPの3分の1くらいしか回復しないんだ。
だから、自分の【炎魔法】で火傷をしたなら、必ずMPは減っているはず。
でも、僕のMPは全快…………
わからない…………
この火傷のせいもあるだろうが、初めて異世界に来たときくらい混乱している。
汗が凄いな…………
気温とは関係なく、汗が吹き出る。
痛みのせいだ。
一歩も動きたくないが、教会へ行かなくては…………
「うぅ…………」
重い腰を上げて、なんとか立ち上がる。
痛っ!
立ち上がると、当然太腿に痛みが走る。
猛烈に痛いが、歩けないほどではない。
この部屋は2階だ。
手すりを使いながら、1階へ降りる。
「おぅ!あんちゃん!どうしたんだ?」
僕が険しい表情でゆっくりと階段を降りると、宿屋の主人、ダイオンさんが声をかけてくれる。
ダイオンさんは、短髪の赤髪。
同じく赤いひげをはやした、恰幅のいい中年男性だ。
こっちに来てから、ずいぶんとお世話になっている。
「いや、自分の魔法でこうなっちゃったみたいです」
僕は火傷をダイオンさんに見せる。
「うわ、こりゃひでぇな。
自分の魔法でってどういうことだよ?」
ダイオンさんが顎に手を当て、顔をしかめながら聞いてくる。
「それが、よくわからないんですよね。
寝ぼけていたんでしょうか?」
「おいおい、寝ぼけてたってこんなんならねぇだろ」
「でも起きたらこうなってたんですよ。
それで教会へ行って治療してもらおうと思いまして」
「ぁ〜、教会はたけぇぞ。
よし、ちょっと待ってろ」
そう言うと、ダイオンさんは僕の返事も聞かずに奥へ行ってしまった。
しばらくすると、奥から、ダイオンさんと奥さんがやってくる。
「見てくれよ、かぁちゃん」
「あらら、こりゃひどいね」
奥さんのカミラさんだ。
ダイオンさんと同じく、中年で恰幅が良い。
長い黒髪をまとめて、お団子にしている。
身体が大きいので、お団子が小さく見える。
「ほら、ちょっとかしてごらん」
カミラさんが、腕まくりをして、僕の火傷に手を近づける。
カミラさんの手が淡く光る。
【回復魔法】だ。
すっと痛みが引いていく。
「おぉ!ありがとうございます」
「とりあえずの応急処置だよ。教会みたいにすぐに全部治るってわけじゃないからね」
それでも、痛みが引いたのは大きい。
「今日は、大人しく部屋で休んでろ。
治療の代金は安くしといてやるからな」
ダイオンさんが、僕の肩をボンボン、と叩きながら言う。
お金は取るんだな。
まぁ、そりゃそうか。
「ありがとうございます。
今日は部屋で魔力操作の練習でもしてます」
「それがいい」
ダイオンさんは、またかよ、みたいな表情で言う。
確かに、こっちにきてそれしかしてないけど……
部屋に戻って、火傷を確認する。
火傷が小さくなって、痛みもあまりない。
HPも回復したかな?
ベッドに腰掛けて、ステータスを確認しておく。
狭間圏
【ーーーーー】
HP:15/27
MP:10/10
SP:2/2
力:7
耐久:4
俊敏:4
器用:5
魔力:3
神聖:3
【魔力操作:Lv2】【炎魔法:Lv1】【風魔法:Lv0】
そうだ、【風魔法】だ。
新しく習得したんだ。
使ってみよう。
僕は、右手をかざし、風を意識する。
右手のひらから風が巻き起こる。
扇風機の弱くらいだ。
相変わらずしょぼい。
僕の魔力は3だからこんなもんなんだろう。
そして
MP:9/10
となってしまう。
僕の場合だと、一日で3くらいしかMPが回復しない。
【炎魔法】や【風魔法】の訓練をすると、あっという間にMPが枯れてしまうんだ。
だから、普通は幼少期にこういう訓練をしておくらしい。
MPは使えば使うほど最大値が上がっていく。
毎日3割程度のMPを消費しておけば、15歳くらいには、200〜300くらいにはなるという。
そして、僕のステータスがいかにしょぼいかが分かる。
でも僕は、この一ヶ月訓練をしまくった。
それが【魔力操作:Lv2】
これは、自分の体内の魔力を移動させたり、出したりするものだ。
といっても、僕は出すことはできないが……
体内の魔力を循環させ、意識することで魔力操作のレベルが上った。
この訓練なら、魔力を外に出さないので、MPを消費しない。
それをひたすら続けていたら【炎魔法:Lv0】が出てきたんだ。
そのあとは、一日に3回ほどの【炎魔法】とひたすら【魔力操作】の訓練。
異世界からやってきた、ということで何らかの特殊能力があるかもと思って努力し続けた。
…………今のところ、何もない。
こっちの世界の平民が、何の努力もしないで大人になったステータスっぽい。
力や耐久力も、何もしない平民以下らしい。
こっちの平民は、普通に生活してても力や体力を使うんだろう。
僕は高校生で、それをやってない……
本来なら、お金を稼ぐ手段が無いので、完全に詰んでいる。
でも、異世界に転移してきて、ノートやシャーペンも一緒に持ってきた。
筆記用具がこんなに大金になるとは思っていなかったな。
たしかに、異世界から見れば、かなりの技術だ。
それを売ってやりくりをしているけれど、そろそろ仕事を探さないとな……
そんな考えをしながら、【魔力操作】の訓練をする。
もう少しレベルが上がれば、外に出した魔力玉を自由に動かしたりできるらしい。
それができると、魔法を遠くの狙った場所に撃てるようになるようだ。
頭の先に魔力を集中させる。
そのまま、集めた魔力を時計回りに流していく。
右肩、右腕、右肘、右手……
指先はまだうまくできない。
魔力の塊をそれほど小さくできないんだ。
そのまま時計回りに、一通り回って、最後に目に集中させる。
ここまでに、だいたい3時間位かかる。
最初の頃は半日かかったんだ。
しょぼいなりに、成長はしているんだな。
魔素を目に集中させたまま目を開くと、うっすら霧のようなものが見える。
これが魔素だ。
この魔素を空気中から取り入れることで、MPが自然回復している。
そうだ、MPの自然回復がもったいない。
そう思って
MP3/10
まで【風魔法】を撃っておいた。
しかし、この程度では能力は何も上がらないな。
朝のあれは何だったんだろう。
能力が3つも上がっていた。
あれはやっぱり夢だったのかな?
そんなことを考えながら、横になる。
よし、就寝直前まで【魔力操作】だ。
僕は寝ながらも、【魔力操作】を続けた。
◇
そして、目が覚めるとそこは病室だった……