始まり
闇の中にいた。先が見えなくて、変わりたくても自分の怖がりに負けて動けずにいた。どんなにツラくても、耐えていれば幸せになれると思っていた私は今、高い高いコンクリートの舞台にいた。
「きれい」
目の前は無数の光で包まれている。何故目の前にあるのに私は包まれることが出来ないのだろう。なにが私の足枷になっているんだろう。
たぶん、全部分かっている。自分が今一緒にいる相手が間違っていること、自分の言動が矛盾していること、仕事に対して自分の言葉を伝えきれてないこと。
まだまだ、思い出し始めたらキリがないかもしれない。
「来世はきっと……怖がらず歩けますように。」
胸の前で指を絡ませ両手を力強く握った。何故だろう。いつもは怖がりで1歩踏み出せない私が歩いている。
「もう少し……もう少しで私はっ」
あと1歩で解放される。光に近づくことが出来ると、そう思っていた。
次の1歩を踏み出そうとした時、体が後ろに傾いた。そして久しぶりに人の体温を感じた。見知らぬ腕は、私の体を力強く抱え込んだ。
「……もう少しだったのに」
「何がですか。」
「あと1歩で、光の中に行けたんです。」
「たぶん、それは光に見えた暗闇ですよ。」
立ち上がり向かい合った時、私を止めたその人は笑っていた。とても眩しかった。
「光に見えるのは一瞬だけ。その後は、今よりも寂しくて孤独な暗闇だと思いますよ。」
まるで経験したことがあるかのような口ぶりで話す人。私が見ていた光は瞞しだったのか。そう思うと、じゃあ私はどうやって今の闇から抜け出せばいいのか分からなくなった。私は一生光に触れることが出来ないのではないかと思うと生き地獄だった。
「一緒にきますか?」
「…………へ?」
変わらぬ笑顔のままの彼が発した言葉に、我ながら今までで1番情けない表情と声だったと思う。もちろん彼との面識はない。
「なにかの勧誘ですか?」
「違います。一目惚れってやつです」
「どこにそんな要素が……」
「とりあえず、こんな所に居ては危ないので行きましょうか」
全く知らない赤の他人。簡単に信用してはいけないことは分かっている。しかし、彼の目を見て思った。
「一目惚れは理解し難いですが、嘘をつく時の目ではありませんね」
私は、コンクリートの舞台から降り、街灯だけが道を照らす所々明るい道を歩いた。
どこへ行くのか分からなかったけど、でも不思議と疑うこともしなかった。
あまりにも真っ直ぐな目だった。