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子弹光速 1

 中華公国統治領、香港。スモッグで空は昼でも夜でも曇り、絶え間なく走る車は排気ガスを大気に充填している。かつての観光地も中華公国の経済封鎖ですっかり犯罪組織の温床となって、いつもどこかしらで銃声や誰かの悲鳴が響いていた。

 

 ベスパはそんな中で幼少期を過ごした。親の顔なんて知らないし、いつ死んだかも分からない。いつの間にか一人だったのだ。

 誰か友達になれば、次の日に誰か死んだ。友人知人の上限に限りがある街で暮らし、ベスパはいつの間にか絆を尊ぶ青年へと成長した。しかし、ある時を境に死んだ人間が増えだした。みな大人になりそれなりの人生を歩むようになると、この街では自ずと裏稼業に身を投じる若者が多かったからだ。自然と死亡率は上がり、いつしかベスパの周りには数えるだけの友人と数え切れない屍体が転がっていた。

 高い死亡率をくぐり抜けたベスパは香港中のマフィアと手を組み、拳銃一丁で数多くの殺人依頼を請け負った。どこかの組に取り入ることはなく、信頼と秘匿性を売った。誰がどこでどんな仕事を依頼したかなんて一切口を割らなかったし、前回依頼した組織でも、今回のターゲットであるならば容赦なく潰した。

 闇夜に暗躍し、畏怖と信頼と一部の人間からの羨望を受ける存在、白鬼(はっき)となっていた。そんな彼が死んだのは、約三年前だった。


・・・


「ちょっと、自分のデスクぐらい掃除してよ」

「めんどくせ」


 司令室でラディに詰め寄られるベスパは、怠そうに答えた。文具や食べかけのチョコレートの包み紙、飲んでほったらかしでシミだらけとなったコーヒーカップ。それらがショッピングモールのキッズコーナーの様にデスク上で散乱していた。


「あんた、いっつもそう言ってラオに怒られてるじゃん。あの娘に怒られたほうがキツいでしょ。わたしが言ってる段階で片付けなさいよ」

「あー……。まぁな」


 ラディにそう言われると、確かにそうだった。何度か心当たりがある。きれい好きで潔癖のラオは、いつもベスパにそう詰め寄り、今のように適当な答え方をすれば憔悴し切るまで絞りあげた。ラディが口で言ってる段階で片付けをしたほうが、身の為なのだ。

 ごそごそと片付けをしていると、横を通ったキャップが訝しげに見た。キャップにとってベスパが掃除をしているなんて気味が悪かったし、正直、眼前で起こっていることを素直に信じられなかったからだ。

 多くの職員が同じ反応をして通り過ぎていく中で、ラオだけが立ち止まってベスパには話しかけた。


「自分からするなんて珍しいじゃない。何かあったのか?」

「いや、別に。自己防衛のためだよ。行った行った、片付けの邪魔だよ」


 右手をひらひらさせてラオを追い払うと、ペスパは実のところ心の中で安堵のため息をついた。


・・・


 鏡面仕上げにも見えるペスパのデスクは、一ヶ月ぶりに何もない状態になった。もちろんベスパも好きで汚してるわけでもないのだが、昔からの習性できれいにすることに神経を使うよりも、もっと他に気を回す癖がついているからだった。もはやそんな習性など必要ないのは本人が重々承知だが、長らく染み付いた習性はそう簡単に拭えない。

 司令室に夜勤のカオルが入ってくると、やはりベスパのデスクを見て眉をひそめた。【きれいなはずがない】といった風に。


「やれば出来るじゃない。私が言う前にきれいにできるなんて」

「そりゃそうさ。別に好きで汚してるわけじゃないから」


 ラオのお褒めに預かり光栄です。と、心の中でベスパは安堵した。そして帰っていくラオを見送り、椅子の背もたれに体を預けて頭の後ろで手を組んだ。

 夜が深まっていく東都の時間は深夜ニ時。司令室には三人の職員とカオルと自分だけだった。会話もなく、ただキーボードを叩く音や警察の無線が小さく響くだけだった。こんな雰囲気の時、ベスパは考え込む。

 すると頭の中に、「やれば出来るじゃない」というラオの言葉が頭の中で何度も響いた。ベスパはシステムの創立メンバーだが、その後のメンバーが集まるに従って、自分自身の存在意義についてふと考えることがあった。


【なぜ自分だけ無能力なのか】


 メンバーはそれなりに能力を持っているし、ラディに至っては不死身だ。システムの最終目標をはっきりと聞いたことはないが、こうも明確に異能力者ばかり集めているところを見ると、意図的に集めているとしか思えないし、無能力の自分はいつか役に立たない日が来るのかもしれないという不安が起こる。

 自分は役に立っているのか。たまにベスパはそう考え込んでしまうのだった。


「はい。お疲れ」

「お、すまん」


 カオルが、先程きれいに磨いたペスパのコーヒーカップを置くと、香ばしい香りが鼻腔を抜けた。そのまま自分のデスクに戻ろうとするカオルを、ベスパは呼び止めた。


「なぁ、カオル」

「なに?」

「お前は、自分の能力についてどう考えてる? その、あって良かったとか重荷だとか」

 

 カオルは一瞬、はぁ? という顔をしたが、真面目な質問のように感じたのか、少し考えた。


「重荷とか、そういう風に考えたこともないし、あって良かったとも思ったこともないよ。ただそこにあるだけだし、それも私の能力の一つだから、それを最大限に活かす事だけを考えてる。私がシステムにスカウトされたのには意味があるはずだし、その能力がスカウトの理由なら尚更ね」

「ふーん。ちゃんと考えてるんだな」

「もちろん。それも仕事だからね」


 カオルが自分のデスクに戻るのを見送ってから、ベスパは自分がここにいる理由をもっと深くまで考えた。

 自分の成すことと成せることは必ずしも一致しない。一致はしないが、()()()()一致させるのが好ましいのが正しいことなのだ。今の自分は少なくともそれが一致していないというのをベスパ本人は感じていたし、おそらく悩んでいるのだろう。

 たばこを吸うために廊下を出て喫煙室へ行き更に黒を増していく漆黒の東都を眼下に望む。白い煙は天井に引っ張られているかのようにスルスルと上っていった。

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