蠢く闇 2
「カオル?」
カリムは電話を握ったまま呆然としていた。急に通信を引きちぎられた受話器からは、無情な通信音だけが鳴り響いていた。
何かあったに違いない。そう確信したカリムは車椅子のロックを外して司令室へ向かった。
「あら、カリム。どうしたのそんなに急いで」
司令室の自動ドアに車椅子のタイヤを引っ掛けながら入ってきたカリムを、ラディは訝しげに見た。その狼狽した表情から、ラディはなにか起こったのだと直感で判断する。
「ラディ! カオルに何かあったかもしれない」
「!」
ラディは即座に立ち上がり、座っていた椅子を蹴飛ばしながら司令室を飛び出し、そこに入ろうとしていたキャップとぶつかった。その場に倒れかけたラディを抱え、キャップは落ち着いた様子で問いかけた。
「どうした、そんなに急いで」
「先輩が……!」
「カオルか? カオルがどう──おい!」
キャップが言い出す前にラディは真っ白な廊下を駆け抜けていった。
「カリム、一体どうした?」
「キャップ。さっき、なんか嫌な予感がして、カオルと電話で話をしてたんです。そしたら問題ないって言ってて。それで安心したんですが、急に電話が切れたんです。僕、それで、その」
「落ち着け。お前が調べなくてどうする。カオルの帰り道は分かるだろう? そのルートで妙な交通渋滞や事件がないか調べよう。早く」
キャップがそう諭すと、カリムはすぐさま司令室のPCの前に移動し東都高速第三号横浜線の監視カメラを起動した。すべての監視カメラに目を通し長い列を作る渋滞を発見。そしてその原因となるクラッシュした赤いスポーツカーを確認した。
「カ、カオルの車だ」
「ラディに場所を伝えろ。急げ」
キャップの指示を受けた司令室にいた職員の一人が、ラディへ場所のナビを送り、カリムは画面を見たままその場で止まっていた。
・・・
東都高速第三号横浜線は、事故により長い渋滞となっていた。事故は今から十五分ほど前。帰宅ラッシュの時間は外していたが、それでもあっという間に渋滞を作ってしまうだけの交通量があった。車は見えない壁に衝突したかのようにフロント部分が真っ平らに潰れ、運転席にまでエンジンの一部がめり込んでおり、ドライバーズシートとの隙間はほとんど残っていなかった。しかし、そこにドライバー本人はおろか、いた痕跡も残っていなかった。
人々が渋滞して動けなくなっている車の中から出てきて、そのクラッシュした赤いスポーツカーを見た。誰もがドライバーは死んだと思った。
『ラディ、東都高速第三号横浜線でカオルの車が見つかったよ、急いで』
カリムの報告を聞くより先に、ラディは既にあらかた予測をつけてそこへ向かっていた。東都高速第三号横浜線を東方面にバイクを飛ばす。ヘルメットを被ってない耳元で、風が唸り、悲鳴を上げながら後方へ消えていく。バイクのスロットルは回しきっている。車と車の間を抜けていく。
ラディが現場に到着したのはそれから約五分後。野次馬をかき分け現場の車のもとへ着いたが、そこにカオルの姿はなかった。
「こちらラディ、先輩の姿は見えません。そちらで確認できますか?」
『いや、確認できない。しばらく先の方まで見てみたが、やはり確認できない』
「事故の衝撃で車外へ放り出された、という感じじゃないです。はじめからいなかったという方がまだしっくりきます」
ラディは車の歪んだドアを開けようとするが、既に開かれた形跡に気がつく。まさか──。誰かに誘拐された? もしくは自力で抜け出し、誰かから逃げようとしてる? どちらにせよカオルが危険な状態にあるのだと、ラディは感覚的に判断した。
現場に到着した警察官に事後処理を任せ、ラディは再びバイクにまたがり、高速道路を先に進んだ。