フトゥレ【邂逅】
諜報員からの報告は、皆の期待を裏切るものだった。調査報告には、不明を意味する【WHITE】の文字が羅列し、誰の調査報告書からも有益な情報を得ることはできず、いきなりシステムはつまずくこととなった。
そのつまずきと同時にシステムは、東都で建設中の軌道エレベーターの内部潜入調査の任務がやってきた。システムは軌道エレベーター【フトゥレ】へ向かう。
・・・
「潜入調査って、今現在建設中じゃないのか?」
『そうだ。任務概要書によると、数ヶ月前から妙なものの目撃情報があったそうだ。そして数日前にはいよいよ作業員の一人が行方不明、その後も何人かの行方不明が続き、作業はストップ。直後に警察が入ったが……』
「それも帰ってこなかった、というところか?」
ベスパの推理に、キャップはモニター越しに「そうだ」と言った。
システムは立入禁止のロープが張られたフトゥレの正面入口に作業用のワゴンや機材車を何台も配置し、潜入の準備を進めていた。
『今回の任務はファクトリーは絡んでいない、はずだ。神谷からなにもアクションはない』
「ホントかよ。そう言っておいて、どっかで糸引いていそうだよな」
『かもしれんな。注意はしておけ』
だだっ広い正面前広場では、他のメンバーが出発前の準備をしていた。風がとても良く抜ける場所だった。
「にしてもとんでもなくデカイな。先端が見えない」
ラオは漆黒の空の中に消えるフトゥレの先端を見上げてそう言った。ラディはその後ろから同じように見上げて、ラオに話しかけた。
「フトゥレはもう少しで起動開始するはずだったよね。これは、間違いなく遅れるね」
「仕方ないさ。安全の確保は、とても大事だ」
「そういう事」
二人の会話にカオルが入った。
「確保できないなら、オープンは無理だな。まぁ、そんな危険なところにこれから入るわけだが」
巨大なサイロを思わせる軌道エレベーター【フトゥレ】は世界に先駆け日本の技術の粋を集めた物であり、その完成には誰もが期待を寄せ、世界中からの関心を集めていた。あと数年で出来上がる矢先、この不可解な事件が起きたのだ。
『ここから先は僕がナビをする』
モニターのカリムがそう言った。
『全員、インカムとGPSの作動を確認して。それがないと何がなんだかわからなくなるからね。動きとしては全員で行動ではなく、集合地点まで別々に登っていって。そこで一応の作戦は完了するけど、何が起こるかわからないから、各々、装備はしっかりしていってね』
了解、と全員が応えると、フトゥレの正面扉が開いた。
・・・
「なんだ、これ」
ベスパは開口一番に、荒れ果てたフトゥレ内部の感想を述べた。一階は観光施設を兼ねたロビーとして設計されているはずなのだが、実際メンバーの前に広がる光景はむしろ、投棄されてから何年も経過した廃屋を思わせた。
「これ、もう少ししたらオープンするはずの施設だよな。一体これは……」
「見てよ」
全員がカオルの方を向く。
「このコルクのコースター、明らかに風化してる」
手に取ったコースターは持ち上がる間もなく、摘んだ指の圧力だけで砕け、カオルの手の中にはパサパサとした粉だけが残った。
「ただ事じゃないですね」
「気を引き締めよう。これはただ事じゃない」
ラオとラディがそう言ったのを合図に、各々、予定されたルートを進み始めた。
・・・
フトゥレは四本のエレベーターを束ねたような構造になっており、途中で展望室を経由して最上階まで再びエレベーターで登っていく。現在は地上から700メートル付近までが建設中である。システムのメンバーはその建設途中の最上階までを登っていく。
「途中まではエレベーターだけど、そこからは歩きか……」
カオルは文句を言いながら歩いていた。全員と分かれ登っている。
『みんな、聞こえる?』
「聞こえてるよ」
カオルのインカムに、カリムの音声が入った。
『中の様子はこっちでもモニターしてる。何かあれば逐一報告して。あと、もしなにかと遭遇しても、一人で戦わないでね。全員が一気に駆けつけれるだけの距離を保ってるはずだから』
「カリム、気味の悪いこと言わないでよ。ただでさえ内部がお化け屋敷みたいになってるのに」
『どうもそうみたいだね。変な話だよ。ここは東都でもっとも新しい場所なのに……』
カオルの言うとおり、そこに広がる光景は時代の先端を行く施設とは言い難かった。エントランスで見た通りの風景が全体に広がっており、施設内だけ時間が逆行したみたいだった。
「さて、じゃあ登りま──」
その時、カオルはなにかの気配に気がついた。急に空気が重くなる不思議な感覚。暑くもないのに背中を流れる一筋の汗と、それに反するように立つ鳥肌。カオルは全身の毛が逆立っていくのを感じた。
「カリム」
『どうしたの?』
「一人で戦わないでっていったけど──」
カオルは腰に備えたファーストエッジの柄に手をかけ、居合の構えを取った。そしてその視線の先には、サクリファイス事件の時にヤミが出てきたときのような、そしてあの時より巨大な時空のうねりと呼ぶべきものが現れていた。その向こうの背景がぐるりと歪んで、次第にその中心から何かが現れ始めた。
「行く手を塞がれたはどうしようもないよね!」
張り詰めた空気を裂くように、うねりから一本の腕が飛び出してくる。剣を抜きその拳を斬りつける。刃と拳がぶつかり合う瞬間、カオルの手に衝撃が伝わり、全身が振動したのを感じる。
「くっ……!」
しばらくの鍔迫り合いを耐え、剣を弾いて間合いを取る。
『カオル! だめだ、戦闘は避けて!』
「こいつに対して背中を見せる気にはならない! 巨大な手だ、逃げれば叩かれる!」
そしてカオルはもう一度踏み込み、剣をその手に振るった。そして当たった瞬間、カオルの周りは急なスローに包まれた。脳に無理矢理ねじ込まれた意識が話しかける。
──聞こえるか。
──! これ、は……。
──お前に会いたかったよ。鍵よ。
誰だ!
──我は、静かなる次元超越者
カリムとの通信が途絶えた瞬間、カオルの進軍するエリアから爆発が起きた。




