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カリム

 次の日、カオルは仕事場に来ている。電子的な記号を打ち出すPCの画面が多く並び、その数だけ人が配置されている。窓はすべてブラインドが下ろされ、あまり健康的な職場とも思えないが、職員は苦もなく働いているように見えるが実際の所はわからない。部屋はNASAのコンピュータールーム程ある。大きい、というシンプルな印象だ。


 顔全体を覆う黒いヘルメットを被った男と共にカオルが部屋に入ってくる。いつもながらこの男は得体がしれない。どこに目がついて、どこに鼻があり、どこに口があるのかもわからない。食事すらまともに摂れずに栄養剤の点滴だけで済ませていそうだ。

 部屋の真ん中の奥にある席に男が座ると、カオルはそれに合わせてその反対側で立ち止まった。


「キャップ、報告します。本日付で組織システムの任務に復帰いたします」

 

 キャップと呼ばれたその男は、しばらく何も言わずにカオルを見つめていた(顔が見えないので実際は分からないが)。


「お疲れ様。今回の任務は、お前にとっては大したものでもなかっただろう」

「えぇ。ですが、慣れない地で過ごすのはやはりいつまで経っても苦手です。滞在期間一ヶ月はなかなかハードではありましたが……。食事が口に合ったのでなんとか過ごせました」


 そうか、とキャップは答えた。


「休暇は取れたか?」

「はい、二日間頂きました」

「一週間の休暇を出したが?」

「体が鈍ってしまいます。二日で十分です」

「だめだ。今日付の復帰は認められない。休養も仕事だ」


 カオルは暫し黙っていたが、キャップの意見に道理ありと見て、それに従う事にした様だ。敬礼を一つ、彼女は部屋を後にした。

 長い廊下を歩きながら、カオルは少し微笑んでいた。本当は休暇をもっと欲しかったのが本音だったのだろうか。それは分からないが、少なくとも、悪い気分ではないようにも見えた。その足取りは軽く、おそらくカリムの部屋だろう。彼女はいつも、特に長期任務を終えたあとはカリムとの時間を過ごす。それは同僚というよりも家族のようだった。


「カリム」

 

 部屋に入ると一台のパソコンに向かう少年が顔を上げた。車椅子を移動させ、カオルのそばに来る。この部屋はカリムに与えられた部屋だ。この部屋から彼は様々なメンバーへサポートを行う。後方支援が彼の大きな役割だった。


「キャップに、ちゃんと一週間の休暇を取れって言われたよ」

 

そりゃそうでしょ、とカリムは言った。


「それならいっそゆっくりしたらいいじゃない。今回の任務はイラクだったんでしょ?」

「そうね。暑いし大変だったわ」

「なおさらだよ。キャップも分かってるからそうしたんだよ。今は他のメンバーも帰ってきてるから、みんなとご飯でも行けばいいんじゃない?僕も行きたいよ」

「誰が一番先に帰ってくる?」


「確かラディが早いんじゃない? あ、僕はミルクと砂糖ね」

 

カオルは二人分のコーヒーを淹れた。ドリップして絞り出されたコーヒーは強い焙煎の香りを放ち部屋を喫茶店に変えた。


「ラディか」

「うん、またカオルを襲ってくるんじゃない? 彼女、カオルが大好きだもんね」


カオルはやれやれといった顔をした。


・・・


 カリムについて伝えておこう。

 カオルが組織システムに加入した原因の一端を担っているのが彼であり、彼こそが彼女のウツワである。組織システムが調査をしていたアセンショナーの一人がカリムであり、今までの机上の空論であり実体が定かでなかったアセンションの存在を決定づける大きな証拠そのものだった。

 アセンショナーは必ずペアであり、なおかつ近い地域で生まれることが分かっている。多分にもれず、この二人も大韓民主国にて生まれている。

 カリムは韓国の首都であるソウル政令特別市の高級住宅街である江南エリアで生まれた。大手企業の重役の父と、国会議員の娘である母。厳格な家庭に育ち、実際に小学校と中学校、そして高校まで完璧な学力でのし上がり、このまま官僚コースをひた走るものと思われていたし、実際に全てにおいてトップクラスだったのだ。

 ただ、彼が交通事故で下半身に不自由を抱えるまでは。

 

 身体障害に関して少々の偏見のある彼の祖国では、彼は弱者だった。今まで心から彼を愛していた両親の態度は変わり、弟を溺愛していくようになる。弟ももちろん優秀ではあった。だがそれはカリムと比べると見劣りするものだったのだが、それでも健常者であるならば、それだけでカリムは敗者となった。

 その現実にカリムは勉学をやめ、インターネット世界で生きていくようになる。そんな彼に両親は適度な施しだけをして生きていく事だけは不自由にならないようにし、外部の目に晒さないようにした。そうしていく中で、彼の心が完全に荒み切らないように、姉がそばで繋ぎ止めていた。

 姉はカリムがまだ人間でいる事を許した数少ない人間だった。姉にだけは心を許し、姉の前だけでは人間でいられることに彼自身も喜びを感じていた。しかし彼を愛し、彼を救い、彼に寄り添っていた姉が病気で死んだ時、彼は自分の運命を呪った。姉の後を追う勇気もない自分に吐き気がした。

 そんな時、彼の頭脳とコンピューター技術を聞きつけた組織システムがスカウトにやってきた。両親は厄介払いのつもりで了承をし、彼本人は、姉が彼に伝えた最後の言葉であった「強い男になりなさい」を胸に秘め、国籍を変え名字を捨てて、日本へやってきた。それが三年前のことだ。

 日本に来て彼はの当座の任務は、組織システムの探すアセンションに関しての調査だった。ソウルシグナルの数値化と視覚化を成功させ、その調査の途中で自分がアセンショナーであると知る。ソウルシグナルのサンプルとして自分のシグナルを使っていたことから、カオルの存在が明らかとなった。

 カオルが組織システムに加入し、二人はシンクロのトレーニングを開始。そして同郷であることから親しくなり、今では家族の様に過ごしている。

 彼にとってカオルは姉の様な存在である。二人で過ごす時のカリムの顔は、彼がかつて過ごしていた韓国時代よりも華やかに見えるからだ。

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