ケルベロス・システム 1
「おねぇちゃん。ぼく、ずっとおねえちゃんの側にいたい」
「大丈夫よ。カリムがそう思い続けてるから、私はずっと側にいるよ」
嘘つきだ。お姉ちゃんは死んだ。僕の側にいると言いながらいなくなった。真っ暗なんだよ、僕の周りは。昔、あれだけ光に当てられてたから,
とても余計に暗く感じるんだよ。
お姉ちゃん……。
・・・
システムは新たな監視デバイス、ケルベロス・システムを手に入れ、ヤミの発見をいち早く行うことができるようになった。先日のベスパの倒したヤミも、発現から何十分と立たないうちに発見し、迅速な撃退を行うことができた。このシステムは、東都中を縦横無尽に飛び回る監視ドローンを一括管理しているシステムであり、システムに移管されるまでは、防衛庁の管理下であった。
これだけの膨大な情報量を常に監視してメンバーに的確な指示を出しているのが、カリムだった。彼は一日自室でモニターを行い、司令室の職員へ情報を流している。彼の一日は自室に始まり自室に終わる。不健康そのものの彼の血色がいいのには、それなりの理由があった。
「カリム、お疲れ」
「カオル」
休憩時間にカオルがやってくると、彼の血色はとたんに良くなる。彼はカオルが好きなのだ。
「今日は平和のそのものだよ。ケルベロスにも何にも映らないし、今日は僕の出番はないかもね」
「それならいいけど、監視はちゃんとしてよ。あんたがちゃんとしないと、他のみんなではこのシステムは使えないんだから」
「分かってるよ」
車椅子を動かして、ソファに座るカオルの横に移動する。いつもカリムはこうする。一分一秒、カオルの傍で過ごしたいのだ。
韓国時代に家族からの愛を充分に受けていた彼が体験した事故後の愛情の格差は、切れ味のいいナイフで身を切られるほどに辛かっただろう。そして彼に唯一人愛情を注いだ姉も死んだとき、彼はこの世の地獄を味わった。もう何も存在しなくていい、自分というものが瓦解していくを音を彼は聞いたのだ。
自分が自分で無くなる音
彼がシステムにスカウトされ日本でカオルに会ったとき、今まで崩れていった自分というものが再生していった。失われた愛情をカオルは注いでくれた。同じシフト能力者のペアとして、能力の解明を進めていく中で二人は同郷者として親睦を深め、相棒となり家族となった。
かけがえのない時間を共に過ごしてい中で、カリムは心を開いていくことが出来たのだ。
「今度さ、遊びに行こうよ。休暇とってさ」
「キャップが許してくれるかしら。ただでさえヤミが頻発してるのに」
「そうだけど、それを言ってたら何にも出来ないよ」
「まぁ、それもそうね。聞くのは自由だものね」
そうそう。と言ってカリムは喜んだ。
「ところで、ケルベロス・システムはどんな具合なの? 私は全く見てないからさっぱり分からないんだけど」
「万全だよ。日本政府はとんでもないものを作ったなって思うよ。だってこれ、これだけの性能があれば、充分に戦争利用できるんだ。もしかしたら自衛隊で既に技術の部分によっては使ってるかもしれないよ。自衛隊は軍隊まがいで、世界の軍事力の十位以内に入るくらいだもの。ケルベロスの基本システムは、東都中を飛び回ってるドローンが自動で情報を編集して送ってくれるというものだけど、ドローンに組み込まれてるAIシステムにヤミの様々な情報をインプットするんだ。そうするとその情報に似合う対象物が現れたときに、この部屋へアラートを鳴らしてくれる。その索敵精度は、ヤミの情報が入れば入るほどに進化するから、現れれば現れるほど強くなるんだ。しかもドローンの数は数えきれないほどあるから、抜け目なしってところだね」
カオルは良く分からなかったので、へらへらと聞き流した。カオルは頭が悪かった。
・・・
「さて、休憩も終わるからそろそろ戻るね。ちゃんと監視してなさいよ」
「大丈夫だよ。僕にもケルベロスにも、全く隙はないよ」
「あんたの頭がいいのは知ってるけど、物事は全て、【油断大敵】だからね」
「分かってるよ。カオルは心配性だなぁ」
「しすぎて損はないからね。じゃあね」
カオルはそう言って手を振って部屋を後にした。
自分だけになった自室は妙に静かになった気がした。カリムは孤独が一番嫌いだった。




