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子弹光速 2

 空が白んでくると、多くの職員が出勤し夜勤の職員と交代する。ペスパもカオルも交代要因と入れ替わりに仮眠室へと入った。薄暗い仮眠室のベッドのフレームはギシギシと立て付けが悪いくせに、マットレスだけはいいものが使ってあった。そこへ寝転ぶ度に、金のかけどころがズレてるよな、とベスパはいつも思っていた。

 

 仮眠から戻るとキャップからミーティングルームへ集まるように指示が出ていた。あくびを噛み殺し、ボサボサの白髪を手直ししながらミーティングルームへ向かった。


 既に全員集まり、各々が手元の資料へ目を通していた。ベスパはいつも自分が座る、ラオの左、カリムの右の席へ着いた。

 周りにならって資料を見ると、【ヤミに関する研究資料と研究経過報告】と【シフトに関する調査と基本知識】と書いてあった。

 ヤミは先日カオルを襲った生物だ。見た目は人間だが動きは明らかに人間ではない。それと後に聞いた、シフト能力者と闇の関係性。あの時、カオルは()()()()()()()()()更に突っ込んで言うと、カオルを狙ったというより、ケースを狙ったと言うことだ。その調査結果も併せてのミーティングのようだ。


 しばらく待っていると、キャップとマスターが一緒に現れた。キャップは相変わらずのヘルメット姿だが、マスターはいつ見てもふと息を呑んでしまう。

 白というより銀と形容すべきな美しいショートボブ。透き通る肌に、柔らかい物腰。足音がなく、無駄に多くを語らない女性。見た目十代の女性であるにも関わらず、その実年齢は既にニ百歳を超えている。彼女はこのシステムの総司令官であり、太古よりこの国を裏より支えた裏天皇(うらのすめらみこと)の末裔であり、今現在の頭首でもある。


「ベスパ、おはよう。目覚めはどうだ?」

「あぁ、問題ない。マスターを見ると、俺はいつも目がはっきりと覚めるんだ」


 まぁ、と言ってマスターはクスクスと笑った。


「なら良かった。じゃあみんな、資料を見てくれ。まず、お前たちにヤミについての説明から始めようと思う」


・・・


──ヤミ──


太古の昔から裏天皇が追っている存在。人の姿をしていて男女ともに存在するが、実際に男女の役割があるのかは不明。

人間を捕食し、世間に報道されない猟奇的な殺人事件の一部はヤミによるものとされる。非常に高い戦闘能力を持ち、通常の人間が太刀打ちができる相手ではない。

ヤミの発生源は不明である。いつどこでどのようにして発生するのかもわかっておらず、あらかじめこちらから向こうに出向くことはできない。つまり原則として先手を打つことができない。

長らく上記の事柄以外にヤミに関しての情報は不明なことが多かったが、シフトの調査が進むと同時にヤミに関しての謎も解け始めた。

シフト能力者のもとに多く現れており、特に、シフターではなくケースの方に現れている。ヤミの目的は未だはっきりとはしていないが、意図的にケースを狙っているのは明白である。

裏天皇の記録に残る予言によれば、比較的近い範囲で短期間に五体以上が姿を見せるのは不吉とされており、今の状況がそれに当たるとされている。


──シフト──


シフトとは意識を他者へ移行させ、人間の限界を超えさせる能力である。シフトの能力の発現には、意識移行をする【シフター】と、その意識を受ける【ケース】の二人必要であり、シフトが成功すると意識移行体である、【アセンショナー】となる。

シフターとケースは誰でもいいわけではなく、魂の振動数を示すソウルシグナル±5以内のものでなければならず、そのペアは決められており、そのペアは必ず男女であり比較的近い場所で、同時期に生まれる。

シフトが正常に行われるとハウリングのようにソウルシグナルは増長を続け、ケースの体中の細胞を刺激し、人間の眠ったDNAを覚醒させる。これにより人間の体の限界を超えた行動が可能となる。


・・・


 なるほど、とベスパは資料を閉じた。


「我々の当面の任務は、ヤミの掃討と東都の治安維持だ。そこにも書いてあるとおり、人間を捕食する上に普通の人間では太刀打ちできない。警察官一人立ち向かっても、返り討ちに合うのが関の山だ。これから東都のディフェンス・システムである番犬(ケルベロス)システムの使用優先順位の一位が我々となる。よって十分な警戒にあたってもらいたい」


 キャップが説明をすると、皆、一応に頷いた。とはいっても全員がはっきり理解しているとは言い難い。

 全員が黙って聞いていると、マスターが立ち上がる。


「あとヤミの正体に関しては、シフト能力と関係があると思われます。これからも調査を進めていき、新たな情報が更新されれば、このようにミーティングを開きますのでよろしくお願いします」


 マスターはそう言い終わると席についた。


・・・


 普通の人間には太刀打ちできない。

 ミーティングが終わり自分のデスクに戻ったベスパは、再び夜の帳が降りる今の今まで、一日中そのことを考えていた。その言葉をキャップはさらりと言ったが、ベスパにとっては深く胸に刺さる内容だった。

 一般人から比べれば、それはもちろん普通の人間ではないだろうが、そもそもこのシステムに所属する人間は普通ではないのだ。

 シフターにケース、不死身のヴァンパイア、退魔専門のシャーマン、二百歳を生きる裏天皇、ずっとヘルメットを被る変態。この集団においては、ベスパは明らかに【一般人】の部類なのだ。

 ペスパの心にはいつしか憂鬱の雲がかかり始めている。


・・・


「マスター。ちょっといいですか?」

 

 廊下を歩いていると、曲がり角でちょうどマスターと出会ったベスパは、無意識に彼女を呼び止めた。


「なんでしょうか、ベスパ」

「あのヤミの話ですが、一般人では太刀打ちできないって本当ですか? 俺も先日見てますからなんとなくは分かりますけど、一応確認したくて」

「……あなたがどんな回答を望んでるかは、なんとなく分かりますよ。立ち話もなんですから、私の部屋へどうぞ」


 二人でマスターの部屋へ向かう。特に何も置いていない簡素な部屋である。ソファにマスターと向かい合って座ったベスパの鼻には、彼女が淹れた温かい緑茶の匂いが妙にくすぐったかった。


「俺は、普通の人間です」


 ベスパはそう切り出した。


「他のメンバーと比べると明らかに見劣りします。銃の射撃能力は一番ではありますが、そんなのはヤミからして見れば大した驚異ではありません。今までは大した事件ではなかったですから、俺でも問題なく従事できましたけど、これからが不安です」


 そこまで言うと、マスターは黙って緑茶を飲んだ。湯呑をそっと音も立てずに置くと、緩やかに微笑んだ。それはベスパの心を見透かすように。


「分かっていますよ、あなたの不安は。人間ならざる力を持つものを相手にするには、まず自分が人間ならざる力を持たなければいけません。確かにあなた以外、特異な能力を体現しています。いわゆる異能力ですね。キャップもずっとあのヘルメットを被ってますから、あの精神力は人間ならざる精神力ですよね」


 冗談めいた事を言って、マスターはクスクスと笑った。


「いいですか、ペスパ。我々、システムは一般職員はともかく、あなた達のような戦闘員には一般人を採用していません。必ず異能力を持っています。私が今までに一言でも、あなたが無能力者と言ったことはありますか?」

「ですが、俺には異能力なんて……」


 マスターは掌をベスパに向け、それ以上の言葉を遮った。そしてベスパが黙ると、もう一口緑茶を飲み、ソファを立ち上がって窓へ進み、ブラインドを開けた。

 外は夜で、雨だった。そして時折、稲光が見えた。マスターの美しい横顔が、稲光に照らされると、真っ白な髪は更に印象を薄くし、透き通る肌は更に透けているように見えた。


「ベスパ、それはあなたがまだ気がついてないだけですよ。あなたは、エレキネシスを持っているのです」


 ベスパは、ただその美しい横顔を見続け、マスターの言った言葉を飲み込んだ。

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