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漂流世界のまれびと  作者: ラウンド
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序・漂流の社 Ⅰ


 その少女が目を覚ましたとき、周囲には見覚えだけはある知らない森と、管理されていると思われる山道が広がっていた。見上げると奇妙なまでに高く青い空が見える。


 確か自分は家族と激しく喧嘩して家出をしたあと、近くの林に逃げるように入り込んで、獣道みたいなところに入って、と、少女は現状に繋がる自分の行動を思い返していく。

「その後……どうしたんだっけ……?」

 しかし、途中からぷっつりと、切断されたように記憶が途切れていた。その途切れた部分で何があったのかが全くと言っていいほど思い出せず、今、自分が立っている山道に、あの獣道からどうやってたどり着いたのか、皆目見当がつかなかった。

「……えっと」

 一体、ここは何処なのだろうか。

 周囲を見回し、手掛かりを探すも、道は一本道かつ前後に続いており、整地もされてはいるが、自分はこの場所を知らないという事実が分かるのみだった。ひたすら歩いて何処かにたどり着ける自信は、微塵も沸いてこない。

 生物の気配はするが、鳴き声ばかりで近場にはいないように感じる。

(歩いてみる? 危ないかな?)

 何かの本で、森の中での無暗な移動は状況を悪化させるばかりか、体力の消耗などにより生命を危険にさらす可能性を高めてしまうので単独の場合はやらない方がいい、と読んだことがある。

 ただ、何も情報が無いと言うのも危険な気がしたので、少女は思い切って移動することを決意。えいえいと声を上げ、最初の一歩を踏み出した。


 二時間ほど進んだが、景色に大きな変化はない。道が歩きやすくなっているおかげか、森の中を彷徨っているという危機感はなく、しかも、時たま古ぼけた外灯のようなものも見受けられたので、奇妙な安心感すらあった。

(誰か人、居るのかな?)

 否応なく期待させられてしまう。

舗装こそされていないが整備された道。まばらとは言え設置されている外灯。近いか遠いか、友好的かどうかは別としても、誰かが居る証拠だと言える。

(歩いてみるしか、ないよね……)

 少女は大きくため息をつくと、何処まで続いているか想像も出来ない森の奥を見据える。

 いずれにせよ、それを確認するためにも、ひたすらに前進するしかないことに変わりはなかった。

「うん……?」

 さあ気合を入れ直して歩き始めるぞ、と意気軒昂に一歩を踏み出そうとしたときだった。

「あれ? あそこ、道が分かれてる?」

 ふと道の脇に目をやると、そこに、細いながらも脇道があることに気が付いた。

「……うわ」

 そこに向けて足を運ぶと、道はさらに奥へと続いており、森の密度もより濃く、深くなっているように思われた。

(でも、何でだろう? 恐怖は感じないかも……)

 少女は、不思議にと言うべきか、或いは、迂闊にとでもいうべきか、危機感を抱くこともなくその脇道へと入り、進むのだった。


 それから十数分ほど歩き、ここまでの疲労感がどっと出始めた頃。

「え?」

 少女の歩いてきた細道が開け、その先には坂を上るように付設された階段があった。

「階段?」

 見上げると、途中途中に、等間隔に鳥居らしきものが建てられており、百段程度の階段の先までそれらが続いていることが分かった。

(神社でもあるのかな?)

 一縷の望みを抱いて、少女は階段に足を掛けた。

 一段ずつ、確実に上がっていく。

「それにしても……」

 階段自体もそうだが、左右の木々や、鳥居の隅々に至るまで手入れが行き届いており、それらが放置されているものではないことを視覚的に主張していた。

 誰かに会えるかもしれないという期待が更に高まっていく。

 十、二十、三十、四十と、頭の中で段数を数え、徐々に早くなりつつある足取りに躓きそうになり、それをどうにかこうにか抑えつつ、少女は遂に登り切った。

「わあぁ……綺麗……」

 思わず少女は率直な感想を漏らした。

 最後の鳥居の先には、やや小さいながらも美しい一軒の社があった。やはり敷地内全体に手入れが行き届いている。

階段の終わりから社の前までは歩道用の石が敷き詰められており、砂利道を歩くのにも苦労しない造りとなっている。

「……」

 少女は参道を歩き、御手洗で手を清めた後、社の前まで足を運んだ。

(誰か、居ないかな?)

 賽銭箱の前に立ち、周囲を見回す。視界内には誰も居らず、風の流れる音と鳥の鳴き声だけが聞こえる。

「誰かー! 誰かいませんかー!?」

 声を上げ、何度か辺りに呼びかける。周囲の木々や建物に声が木霊し、何処までも響いていくかのように感じられた。

「誰も、居ないのかな……?」

 自分以外の声がしない静寂に、微かに落胆を覚えて肩を落とした、その時だった。

「はーい! どちら様ですかー?」

 社の裏手から、ヒトの、若い女性ものと思しき声が返事を寄越したのだ。

「あ、ああ……! 誰かいるんですか!?」

 少女は、期待していたものとようやく遭遇できたと感じた高揚からか、普段では滅多に出さないような大きな声で、再度呼び掛けてしまった。

「少々、お待ちくださーい! すぐに伺いますのでー!」

「あ、はい! 分かりました!」

 返ってきた落ち着いた声に冷静さを取り戻したのか、少女は元の声の大きさで答えたあと、賽銭箱の置かれている段の横合いの部分に腰かけて、待つことにした。それが正しい行いかどうかは、今の少女にはどうでも良い事だった。


 それから、あっという間に数分が過ぎ、そして。

「すみません。お待たせしました」

 先ほどの声の主は、白衣に緋袴、足袋に草履という出で立ちで、今か今かと待ち焦がれていた少女の前に姿を現した。

その顔は狐の面で隠しているので見えないが、体型や髪質や仕草から、少女とそう変わらない年齢の女性であろうことが読み取れた。

「裏で作業をしていたもので……。えっと、どちら様でしょう?」

「あ……。えっと私、家から飛び出して林を歩いていたら何故か突然ここに迷い込んでしまって歩いていたらここを見つけて誰かいないかなって必死でそれで……!」

 ようやく出会えた話の出来そうな存在に嬉しくなってしまったのか、少女は自分の状況を矢継ぎ早に、まくしたてるように、目の前の人物に向けて話し始めてしまう。

「き、気持ちは分かりますが! 取り敢えず、いったん落ち着きましょう」

「あ……。ごめんなさい」

 狐面の巫女の言葉に、少女は顔を赤くして頭を掻いた。

 その様子に狐面の巫女は微笑を返した。

「まずは自己紹介でもいかがでしょう? ボクは八尋(やひろ)と言います。貴方は?」

「私は……。私はえぇっと……。あ! (おぼえ)! 私は憶です」

「宜しくお願いします。さて、と。こんなところで立ち話もなんですし、どうでしょう? 離れでお茶でも嗜みながら話しませんか? お伝えしないといけないことが、それなりにありますし」

「あ、はい。有難う御座います……」

「では、こちらへ。ご案内します」

 そう言うと、八尋は柔和な雰囲気を漂わせつつ、社を迂回するように歩き始める。憶もそれについて歩き、そのまま離れの家屋へと向かった。


 通されたのは、離れにある客間。畳敷きで、中央に長方形の木製卓が置かれている。

「こちらをどうぞ」

「有難う御座います。頂きます」

 卓上に置かれた湯呑みを手に取り、茶を一服する。

「よっと……」

 自分の湯呑みも卓上に並べ、八尋が向かい側に正座する。

「ふぅ……。生き返りました。歩き続けて喉カラカラだったんですよ」

「それは良かったです。さて、と……。これがあっては話しにくいですね」

 八尋は、後頭部に手を回し、紐を外すような動作を二回ほど行う。すると、被っていた狐の面が、淡い光の粒に変わり、空気中に溶け出すように消え去っていった。

そうして下から現れた顔は、外観は最初の予想通りに、憶と歳近い女性のそれであったが。

「……わぁ」

 美しく整った目鼻立ち、深い藍色に星が瞬く夜空のような輝きを見せる瞳が、憶の視線を吸い込むように惹き付けた。

「えっと……。お話しても、宜しいでしょうか?」

「あ、すみません。つい……」

 余りにもじっと見つめられてしまい、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた八尋に、憶は慌てて謝った。

「こほん……。ではまず、憶さんが置かれている状況についてですけど……。幾つかの質問に答えてもらっても?」

 一つ咳払いをした後で始まった質問。そして、その後に行われた話は、憶を驚愕させるに余りあるものだった。

「え……? 異界……?」

「はい。幾つかの要因が重なって、こちら側との“門”が繋がってしまったのでしょう。ここ漂流界には、様々な界に繋がる“門”がありますから」

「そんなことって……。それじゃあ私はもう、元の世界には戻れないってことですか?」

 身を乗り出した憶の目が、哀しみに染まり始め、今にも涙が流れそうになっている。八尋はその様子を静かに見つめながらも、首をゆっくりと横に振った。

「それは、何とも言えません。ただ、一度繋がったという事は、繋ぎ直す術が無いとも言い切れません。先ほども言いましたが、この漂流界には、この界と他の様々な界とを繋ぐ“門”が開いています。そう言った界にも手がかりが無いか、探してみませんか? ボクも協力しますから」

「八尋さん……」

 優しく微笑む八尋に、更に涙ぐむ憶。思わず手を取り、握手をする時のように揺らした。

「えっと……。調べるには時間が掛かると思いますが、幸い、この界に流れ着いた時点で貴方に経年の概念は存在しません。昼夜も時節も巡りますし、疲労もしますし、お腹も空きますが、貴方が歳を取ったり老化したりという事はありません」

「……それは何と言うか、凄いですね」

「不思議な話ですよね。取り敢えず、憶さん用の部屋を用意しましょう。色々とお話ししないといけないこともありますから。腰を落ち着ける場所の確保は必要です。少々お待ちください」

 そう言うと八尋は、正座の状態から何の不都合も無さそうにすっと立つと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

「…………はー」

 部屋を出ていく八尋の背中を見送った後、憶は思い切り脱力してしまった。余りにも色々と起こりすぎて、緊張が切れるとともにどっと疲労してしまったからだ。

(……これからどうなるんだろう?)

 天井を見上げる。ぶら下げられた白熱電球に笠が被せられており、その印象にちょっとした年代を感じさせられる。

 そのまま部屋を見回す。掛け軸、香炉、花瓶が配された床の間。天袋。筆と硯、書物の置かれた違い棚。鴨居と襖。障子。その外側に採光用のガラス窓を組み合わせた内装が広がっている。

「……別の世界に来た感じは、無いよね。この場所だけ見てると」

 気持ちが落ち着いてきたのか、率直な感想が漏れる。窓の外を見ると、花壇にガクアジサイのような花が咲いている。陽を受けて、その小さな花を精一杯に広げていた。

 すると、背後に気配がしたので、脱力状態から一気に体勢を回復させる。直後、背後の襖が静かに開き、八尋が戻ってきた。

「お待たせしました。用意が出来ましたので、こちらへどうぞ」

「あ、はい。有難う御座います」

 そうして、促されるままに、憶は八尋の後をついていく。


 通された部屋は板間だった。一人が生活するに十分過ぎる広さの部屋には絨毯(じゅうたん)が敷かれ、調度品として箪笥(たんす)一棹(ひとさお)、姿見と化粧台が合わさったものが一組、本棚が一台。あとは寝具としてベッドが配されている。

「この部屋ですが、いかがでしょう?憶さんの服装に合わせて、このような雰囲気で仕上げましたが……」

「……すっごい良い感じ! あ、良い感じです。むしろ、こんなに良い部屋をお借りしていいのか、気になるくらいですよ!」

 風雨をしのぐことが出来るだけでも十分に恵まれていると思えたが、まるで旅館の洋間のような部屋に、憶は素直に満面の笑みを浮かべた。

「遠慮なく使ってください。衣服は箪笥にある物を全て使っていただいて構いませんが、憶さんの衣服のようなものは無かったので……」

 そう言って、八尋が箪笥の引き出しを開けると、そこにはワンピースタイプの洋服が何着も収められていた。

「全然問題ないですよ! むしろ可愛い洋服大歓迎です。これ、全部八尋さんの物ですか?」

「はい、まあ一応は……」

「?」

 どこか歯切れの悪い返答に、憶は首を傾げる。

「えぇと、はい。ボクの物ですが、自由に使ってください。どれもほぼ新品なので、汚くはないと思います。そこは安心してください」

「何から何まで、有難う御座います……」

「いえいえ。では、ボクは夕食の支度をしてきますので、それまで自由に寛いでいてください」

 それだけ伝えると、八尋はいそいそと部屋を後にした。

「……」

 憶はベッドに腰かける。少し硬めの寝具で、安定した姿勢で座ることが出来るようだ。

「あー……、本当に良かった。一先ずは、色々な心配をせずに済みそう……」

 気になることは山ほどあるものの、雨風をしのぐ、衣食の問題、身を守るすべ、その全ての問題が一挙に解決されたことを改めて実感したことで、憶は再び脱力する。

「明日のことは、明日考えよう……」

 そのまま横になり、何とはなしに天井を見ているうちに、徐々に微睡みが彼女の手を引き始める。瞼が下り、闇が包んでいく。


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