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最終話


          *


 動画サイトに心奪われて夢中になったりせずに、もっと、ちゃんと、ニッポンについて調べていたなら、あんなに驚いたり落胆したりせずにすんだだろう――と、いまさらながらに深く反省している。もう二度と怠りはしない。下調べを。そのつもりだ。そのつもりではいる。

 遅ればせながら得た知識ではあるが、ニッポンでは、ほぼ毎週(・・ )決まってどこかに巨大怪獣が出現しているのだそうだ。それらの怪獣は、どこからともなく現れるシルバーの巨人によって毎回三分前後で倒されているということも教えてもらった。キョウトで食事した際に、父から。

 どうしてそのことを先に教えてくれなかったの?

 ――との言葉が、危うく喉元まででかかったけれども、ニュースサイトを閲覧していれば容易に知れた事柄だったので、あのとき、食事の席で父に尋ねなくてよかった。本当によかったと心から思っている。わたしの無知と愚かさを露呈してしまうところだった。

「怪獣と一緒にガレージも撤去してくれたんだな」

 いま、声を発して喋ったのは、父。

 父はわたしとふたり、我が家の前の歩道に並んで立ち、怪獣に押し潰されたガレージ跡をはじめて目にしたところだ。

 チャウ氏から怪獣の死体撤去を終えたとの連絡が入ったのが二十四時間前。

 それまでキョウトに留まっていたわたしは、急いで荷物をまとめて新幹線に乗り、駅から自宅までの道のりを徒歩で戻ってきたばかりである。父とともに。

「家が無事でなによりだよ。庭を整えれば、来週末に予定しているパーティーも問題なく行えそうだな」

 そうつぶやいた父の背後を、一匹の猫が素早く駆け抜けて行った。猫は、魚らしきものを口にくわえていたような気がしたが――と思いきや、三十手前くらいの裸足の女性が塀の陰から姿を現して、必死の形相で猫を追いかけて行く。女性の背中を目で追っていると、クロスフェードするようにして、小学生の子供たちがこちらへ向けて元気よく駆けてきた。先頭は細身の男の子。そのうしろにぽっちゃりした男の子が続き、可愛らしい女の子ふたりが並んで、わたしのそばを駆け抜ける。最後にスケートボードを抱えた眼鏡の男の子が愚痴をこぼしつつ、気怠そうな表情で歩道を駆けて行った。

「急に走るんじゃねぇよ、ミツヒコ!」眼鏡の男の子が叫んだ。

 怪獣に襲われた街であることを忘れさせてくれる、微笑ましい光景だ。

「なあ、アガサ」家のほうに目を向けたまま、父が柔らかな声を発した。

 なに? わたしは短く問い返す。

 父は勿体ぶった間をあけたのち、ひとりごとをつぶやくように言葉を継いだ。照れくさそうにうなじを掻きながら。

「肝心なときに、家を留守にしていてすまなかったな。それに……アガサへ相談もなしにニッポンへの移住を決めたことも、いまさらだが申しわけなかったと思っているよ。しかし――いい家だろう? 世界にふたつとない、素晴らしく優れたいい家だ。ニッポンだからこそ作ることのできた、オリジナリティに溢れた最高の建築物だよ。なぁ……アガサ。アガサは嫌気がさしはじめているかもしれないが、この国は風習やカルチャーが独特で、今回の怪獣騒ぎのようにアイルランドでは想像もつかない事柄がさもあたりまえのように溢れてはいるが、敬うに値する優れたものだってたくさんあるんだぞ」

 声のトーンがあがった。

 父を倣ってわたしも家のほうに目を向ける。

 たしかにいい家だ。いい家であるとは思うけど――購入する前にひとこと相談してほしかった。わたしに。わたしは、たったひとりの親族なのだから。

 とはいえ、怒ってなどいない。この家を設計した人物のことを父がどれほど敬っているのか、繰り返し何度も何度も聞かされので理解しているし、興味深いデザインの素敵な家であると、わたしも思っているから。それにこの国――不思議の国ニッポンのことをもっとよく知りたいと思いはじめていて、間違いなくわたしはニッポンに強く心惹かれていて、そりゃあ、まあ、怪獣に襲われるのは二度とごめんだけど、風習やカルチャーに関してはどれも魅力的で興味が尽きない。ニッポンは〝面白いもの〟で溢れている。

「家に入ろうか」父がいった。

 わたしは頷き、父をしばし見つめてから、ふたたび家のほうへ目を向けて、なにげない質問を口にする。

 この家を設計した人の名前、なんていったっけ。

「ナカムラセイジだよ」父は答えた。満面に笑みを浮かべて、実に嬉しそうな口調で。

 わたしもなんだか嬉しい気持ちになる。周囲を見渡す。不安も恐怖も不穏さすら、もう微塵もない(・・・・・ )どこにも見あたらない・・・・・・・・・・

「さあ。家に入ろう」

「——うん」

 少なくとも、わたしの目には、どこにも。




——了









梗概(落ちを含む)


 父親の唐突な思いつきで、アイルランドからニッポンへ越してきたアガサ・ローナンは、巨大怪獣の襲撃に遭い、自宅のガレージを死亡した怪獣に押し潰されてしまう。

 怪獣の死体は誰が処理してくれるのか――地方公共団体の職員に問うアガサだったが、あちこちたらい回しにされたあげく、回答を得られぬまま職員に冷たく追い返されてやむなく帰宅する。

 そんなアガサの元に解体屋を名乗る謎の男性が現れ、怪獣の死体解体を約束してくれる。

 解体の現場を目にしたくなかったアガサは、父が滞在しているキョウトを訪れて名所巡りをはじめるが、最初に足を運んだ観光名所にも怪獣の死体が横たわっていた。

 一週間が経過し、怪獣の死体処理がすんだことを知らされたアガサは、父とともに平穏を取り戻した我が家のある街へと戻る。

 しかし家の前に立って物思いに耽るアガサの周囲には、ニッポンサブカルチャー独自の不穏極まりない空気と不吉な前兆とが過剰なまでに漂っていた。





引用・参考資料 敬称略


 『ウルトラマン』円谷プロダクション

 『ウルトラセブン』円谷プロダクション

 『パシフィック・リム』ギレルモ・デル・トロ 監督

 『ウルトラマン研究序説』SUPER STRINGS サーフライダー21 著

 『十角館の殺人』綾辻行人 著

 『水車館の殺人』綾辻行人 著

 『迷路館の殺人』綾辻行人 著

 『人形館の殺人』綾辻行人 著

 『時計館の殺人』綾辻行人 著

 『黒猫館の殺人』綾辻行人 著

 『暗黒館の殺人』綾辻行人 著

 『サザエさん』長谷川町子 著

 『名探偵コナン』青山剛昌 著

 『ニッポンへ行くの巻』ユニコーン

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