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第三話


          *


 アイルランド暮らしのころ、ニッポンについての知識はほぼ皆無だったが、移住が決まってからネットで若干下調べはした。調べている中で目にした女性音楽ユニットにはまってしまって、動画サイトばかり観ていたけれども。

 そんなわけでニッポンに対してはクールさと可愛さを上手くミックスさせる不思議の国といったイメージが強く植えつけられているものだから、まさかこんな、街中に巨大怪獣が現れて暴れ回ったあげく、我が家のガレージを押し潰して死んでしまうとは……。


 避難所をでて、帰宅してから二日。

 父は未だキョウトに滞在中であり、ガレージには怪獣の頭が載っている。

 さすがにもう我慢の限界だ。カーテンを開き、窓の外に目を向けるとクリクリした大きな瞳の怪獣と見つめあう生活なんて無理。体長二十メートル近くある怪獣の死体をすぐ移動させるのは難しいとわかってはいるけれども、道を行き交う軍隊だか警察官だか良くわからない制服姿の人たちはフラフラと道を歩いているだけにしか見えなくて、苛立ちがつのり、じっとしていられなくなる。

 わたしは男性のひとりへと早足で近づき、ややきつめのトーンで声をかけた。

 振り返り、目があう。

「おや、珍しい。異国のかたとは。どうされましたか」

 デジャヴを覚えたが頭の隅に追いやって、責めるように訊く。知りたいことを尋ねる。いつになったら怪獣の死体を除去してくれるのですか。どのような方法で移動させるのですか。その際、うちの敷地には大型の重機かなにかが入るのでしょうか?

 ところで、この男性は軍の人だろうか。それとも警察の人だろうか。気になったので尋ねてみると、警察官であるとの答えが返ってきた。

「詳しく知りたいのであれば、県道の先に設置されたブルーの大型簡易テントにいる職員へ訊いてください。わたしはこの場での交通整理を任されているので案内できませんが、まっすぐ、ひたすらまっすぐ歩いて行けば、辿り着きますよ。ブルーのテントです。歩道上に〝県衛生特別出張所〟と看板がでているはずです」



 警察官がいった案内看板の類いは歩道にでていなかったが、ブルーの大型簡易テントはすぐに見つかった。県衛生特別出張所というだけあって、テント内で動き回っている職員が怪獣の死体処理を担当しているのであろうと推測し、暗い色のスーツを着た男性職員に声をかける。

 男性職員は、わたしにちらと目を向けた後はまったく見ようとせず、手にもった書類の束へ目を落として同じ姿勢を保ち続けた。億劫そうだ。質問をしても顎は下がったまま。それでいて問いにはきちんと答えてくれる。

「ギヤンゴの処理日程について知りたのであれば、うちじゃありませんよ。この先。白いテントのところにいる職員に訊いてください。うちで扱えるのは産業廃棄物の処理だけです。ギヤンゴは一般廃棄物ですので、県ではなく、市町村の担当です」



 男性職員に教えてもらった場所まで移動すると、小さな公園の隅に大きな白いテントがはられていて、グリーンの作業服を着た男性が忙しなく動き回っていた。ここはなんなのだろう。最も近くにいた人に疑問をぶつけると、市の生活環境課出張所とのこと。テント内にいる人たちこそが、怪獣の死体の処理担当者であるに違いない。そう思って黄色いネクタイをしめた男性職員に話しかけると、露骨に嫌な顔をされた。

「たしかに一般廃棄物の処理は市町村の事務ですけどねえ。ギヤンゴは特殊でしょう? 地球上の生物ならまだしも、宇宙から飛来した隕石が変形してあの怪物になったそうですから、まずはあれがなんなのか、どういった素材でできているのか、国がたしかな判断を下してくれないことには、我々は動けないんですよ。それに――」

 急にボソボソとした口調へ変わり、〝補償〟について愚痴っぽく語りだす。

 ……あぁあ。

 なるほど。

 お金――お金か。職員らが非協力的な態度をとっている背景には、怪獣の死体を処理するお金をどこから捻出するかという悩ましい問題があるようだ。そのことに気づくや否や、肩口を押されて、テントの外へと追いやられてしまう。まった。まってください。では誰に尋ねればいいのですか? 誰が怪獣の死体を移動してくれるのですか。諦めずに食いさがると、男性職員は眉根を寄せ、

「まずは国ですよ。国が決定を下してから、それからです」

 そういって服のポケットの中から端末を取りだし、背中を向けて通話しはじめた。

 周囲にいたほかの職員たちも一斉に端末を使いはじめる。まるでわたしとの会話を避けるかのように。いや、そうだろう、そういうことなのだろう。通話が終わるまでこの場に留まっていても邪険に扱われてまたテントの外へ追いだされそうだ。

 仕様がない。諦めよう。

 諦めてほかの場所へ移動しよう。

 とはいえ次はどこへ向かって歩き、どのような行動を取るべきなのか早速路頭に迷ってしまった。誰を訪ねればいい? 国? 男性職員が愚痴っていたように、国そのものに解答を求めるべきか。それが正解であるとしても、問うべき相手がどこにいるのかわからない。電話での相談窓口などがあったりするのだろうか。とりあえず白いテントから離れつつ、端末を使ってネット検索。怪獣、死体、処理、国、相談、電話。それらしきワードを入力して検索してみると、でた。あった。ニッポン国、怪獣被害相談窓口。電話番号が載っているので早速電話をかけてみよう――と思うけれども、ニッポン語を話せないから、代わりに端末で話してくれる人を探す。

 折れた街路樹のそばに停車している、軍のものらしき大型車両の横に立っていた男性に声をかけた。

 国に電話して、怪獣の死体処理について尋ねたいのですが、力をかしてもらえませんか。

「すみません。急いでいるので。すみません」

 迷惑そうな顔でそういわれて、立ち去られてしまった。声をかけるまでは忙しそうには見えなかったのだけれども……

 まあ、

 そうだよな。突然話しかけられれば、不審がって逃げようとするのも無理はない。

 一か八か自分で電話をかけてみる。通話中に翻訳アプリは使用できないが、ゲール語ではなく、英語で話せば通じるかもしれない。そう思ったものの受話口から聞こえてきたのは録音された女性の声で、なにを喋っているのか理解できないまま音声解説は終了し、プププという電子音へ変わった。

 参った。

 どうしよう。

 どうしようか。

 仕様がないので電話を切り、通りの塀に背もたれてネット検索を再開する。

 情報の収集に励んでいるとサイエンス・スペシャル・サーチ・パーティという文字が目にとまった。どうやら怪獣との戦闘を専門としている防衛組織の名前らしく、そういえば父が、ニッポンにはとても優秀な対怪獣防衛組織があるみたいなことをいっていたのを思いだした。

 電話だ。電話してみよう。

 もう一度、試みてみよう。

 防衛組織SSSPに電話をかけてみる。女性がでた。録音された機械の声ではなかった。念のために通話内容を録音しておく。REC、オン。赤く丸いアイコンが表示されたのを確認して送話口を近づける。ニッポン語は喋れないのだが、どうしても尋ねたいことがある。どなたか英語の話せるかたはいませんか。わたしがそう話すと、ゆっくり丁寧な口調でなにかいわれて、問い返す間もなく唐突に電話を切られた。またか。また駄目だった。電話で話すのは諦めるしかなさそうだ。英語では駄目。いや、まてよ。文字では? 文字テキストを送ってみるというのはどうだろう。

 と――その前に、いまの通話で相手からなんといわれたのか知りたくて、音声翻訳アプリをたちあげて、録音しておいた会話を言語変換してみる。

『あなたが電話をかけている場所を特定しました。これから科捜隊の隊員を向かわせますので、その場から動かずにおまちください』

 アプリは無機質な音声でそう告げた。

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