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第二話


 横たわった怪獣から半径百メートル内は、黄色いテープで囲われている。居住者であるわたしも一時間ほど前までは立ち入りを禁じられていたので、通りを行き交う人の数は少ない。誰を呼びとめて、誰に話を聞けば、不安を取り除いてもらえるのだろう。とりあえず道幅の広い県道へ向かって歩き、歩行者用信号のそばに立っているヘルメットをかぶった制服姿の男性に声をかけた。正しくは〝端末の接続端子Aに繋いだイヤホンのマイク〟へ向かって。わたしの言葉はニッポン語に翻訳され、端末のスピーカーからデジタル音声で再生される。

「おや、珍しい。異国のかたですか」と男性。

 男性の声は端末の送話口から拾われ、アプリによってゲール語に翻訳されて、イヤホンを通じて耳に届く。

 うちの敷地内で、怪獣が死んでいるんです。ガレージの上に怪獣の頭が載っていて――必死に訴えかけるも男性の反応は鈍くて、本当にちゃんと翻訳されているか不安になるが、わたしはニッポン語がわからないので確かめようがない。しかし返ってきた言葉から判断するに、アプリはきちんと仕事をしているようではある。

「それは災難でしたね。ですが、ギヤンゴから放射性物質は検知されませんでしたから、あなたはラッキーなほうですよ」と男性。

 ギヤンゴ?

 ギヤンゴとはなにかと尋ねると、怪獣の呼称だと教えてくれた。

「検査はスムーズに進んでいるようですので、おそらく夕方までにはエリア封鎖も解除されるでしょう。それまで、ギヤンゴには、できるだけ近づかないように。自宅の確認を終えたのであれば、避難所に戻って待機されるのをお勧めしますよ。ギヤンゴの死亡は専門の医師が確認していますが、万が一ということもありますからね」

 男性とは一〇分ほど話をした。話していた間、男性は落ち着いていて、声も表情もクールな感じだった。着ている制服が軍や警察のものに思えたので、職務に徹しているがゆえの冷静な応対だったと思うことにする。まさか他人事だからなんて理由ではあるまい。

 その後わたしは男性の言葉に従って避難所へと移動し、ギヤンゴという名らしい怪獣に住居を破壊された人たちと、配給された食事をともにした。



 父と連絡が取れたのは日が沈む直前だった。

『家を怪獣が押しつぶしたのかッ?』電話口で父は明らかに狼狽しているとわかる声を発したが、破壊されたのはガレージだけと告げると『そうかぁああ』と長く語尾を伸ばしながら安堵の息を吐きだし、それから『良かった良かった』と連呼して、最後は笑った。声にだして。

 父がニッポンへの移住を決めたのは、崇拝する建築家の設計した家が売りにでているという話を聞いて購入を即決したから――という常人には理解し難い話が背後にあるので、家が怪獣に破壊されずにすんだことを喜ぶ気持ちはわからなくはないが……もう少し気にしてほしい。気にかけてほしい。

 わたしのことも。

『引き続き任せたぞ、アガサ。なにかあったら電話してくれ』昨夜交わした会話とまったく同じ言葉で締めて、電話を切る父。

 その夜、わたしは避難所に泊まり、翌朝早くに自宅に戻った。

 網場町三丁目二の五。

 もしや夜のうちに軍や政府の人たちが必死に働いてくれていて、怪獣の死体を――と期待したのだけれども、やはり怪獣は同じ場所にいた。

 我が家のガレージに、頭を載せて。

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