第二章 -2
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ピュートドリスは大いに不満だった。理由はただの一つ。ティベリウスが抱いてくれないのだ。もう五夜目だ。
「どうしてなの? 私のなにが不満だっていうの? 三十過ぎて、子どもを四人も産んだ女はもう女に見えないってこと?」
「そういう問題か」
ティベリウスはひたすらにピュートドリスから顔を背けようとしていた。それからたまらない様子で頭を押さえた。
「…そもそも、本当に母親なのか」
「あなたの元妻のユリアだって、五人も子どもを産んでいたじゃないの」
ガイウス・カエサルを長子とする、アグリッパとの子どもたちだった。ティベリウスとのあいだにも男児が生まれたそうだが、すぐに亡くなったと聞いていた。さすがにそのことには触れず、ピュートドリスはむくれ顔を続けた。
「母親になるだけだったらできるのよ。困った女でもね」
「自分で認めたな。ついに」
「だから、問題はなんで私のことは抱かないのかってことでしょ!」
とうとうこの日、三人はイスマリス湖のほとりにある小さな街で宿に入っていた。しかしそれも簡単なことではなかった。世界のどこでもそうらしいが、旅人のための宿はあまり多くない。たいていが、現地の友人やなんらかの伝手を頼って、その家に泊めてもらうのだ。ローマ街道沿いには、公務で移動する者のための宿舎があることはあるが、一般市民が気軽に利用できるものではなかった。まして今は、まったくおおやけにできる旅ではなかった。ピュートドリスがいかに世界から認められた気分になろうとも。
それでも、この時期はオリュンピア競技祭に向かう旅人が少なからずいた。陸路を行くのは、決してピュートドリスたち三人と偽ティベリウス御一行ばかりではなかった。トラキア、そしてアジア各地から、競技者が集っていく。名高い競技なので、観客になるためだけに赴く者もいる。したがって彼ら相手に商売をするべく、自宅を宿屋にする者も増える。
オリュンピア競技祭は、夏至から数えて二回目の満月に合わせて行われる。そうなるとおおむね八月中旬から下旬になり、ギリシアでは夏の小麦の収穫がひと段落する時期で、都合が良い。
キュプセラを密かに出立した夜中、ピュートドリスは美しい満月を確かに見た。次の満月は、ティベリウスによれば八月二十三日だそうだ。
当然のごとく、三人は同じ部屋に通された。どこをどう見ても家族だからだ。夫役の男は、若いとは言えないが、それでもなお競技祭の出場者にさえ見えたかもしれなかった。実際、出場することになってはいた。
アントニアはこの日も母とティベリウスのあいだで眠りたがったが、ピュートドリスはそうはさせなかった。野原の上ならば後でどうとでもなったが、寝台となれば違う。自分と壁のあいだに置いて、娘を大急ぎで寝かしつけるや、ピュートドリスはいよいよと意気込んで振り返った。
この日に至るまでと同様に、ティベリウスは頑としてピュートドリスに背を向けていた。
ピュートドリスは信じられなかった。
「どうしてよ?」
ピュートドリスが身を乗り出すと、ティベリウスは寝台から出ていこうとすらした。なんなら部屋の外で眠ろうとでも考えたようだった。それを無理矢理くい止め、今はお互いにしかたなく、寝台で並んだまま、壁に背中を預けてにらみ合いをしていた。もっともティベリウスのほうは、目線を決して合わせないというにらみ合いだったが。
「そんなに魅力がないの? 私に……」
ここに至るまで、ピュートドリスはさんざんに合図を送った。始終笑顔でご機嫌だったのは、まったく努力したわけではなく、素直な感情から出たものだったが、それでも相手をくつろがせ、心を開かせる効果があると信じていた。そのうえで、決してべたべたとくっつきはせず、かといって離れすぎず、絶妙と思う距離から話しかけた。すぐにでも抱きついて唇を重ねたいのはやまやまだったが。
そのうえでさらに、たまたま適当な泉を見つけたので、見張りを頼んでから、水浴をしてみた。ところがティベリウスは、膝上のアントニアに絶えず話しかけられながら、こっそり振り向いてくる気配もなかった。
なんてこと。それでいてアントニアとまともにしゃべっている様子もないのだ。ただ適当にうなずいて、返事をして、ティベリウスもどう扱っていいかわからなかったのかもしれない。そんな相手にもめげないアントニアの心持ちは、母譲りなのかもしれなかった。
「ありがとうね。おじちゃま」
キトンをまとわずそれで前を隠しながら、ピュートドリスはまだくじけていなかったが、それでも心外の気分で近づいていった。アントニアは熱心にティベリウスへ話していた。
「おじちゃまに会ってから、お母様はとっても元気よ」
「そうなのか」
「そうよ」
アントニアは大きくうなずいた。
「お母様はすっごく怒っていたのよ。怒っていて、それからとても悲しいお顔をしていたの。ほとんどおしゃべりもしないで、ずっと苦しそうだったのよ。苦しくて、寂しそうで……」
「ずっと」
「うん。ずっと」
アントニアはティベリウスと左右の手をそれぞれ重ね、押し合っていた。
「おじちゃまは英雄ね」
またある公衆浴場に寄ったときは、もうままよとばかりに、同じ浴槽に入ろうとした。なにが悪いのか。どこだって男女混浴なのだ。
ところがティベリウスは、あえてピュートドリスから最も離れた浴槽に浸かったのだった。
なんてこと。なんてこと。自尊心の高い女王なら、この時点で相手を殺して自害し果てているに違いない。女王でなくてもだ。だれのために脇へ置いた恥じらいか。渡った橋か。公衆の前で、この肉体を無駄にする気か。
それでいてティベリウスは、遠くから鋭い目線だけは寄越してくるのだった。欲望など微塵もにじませないその眼光は、ピュートドリスとアントニアのそばを、意識しているにしろしていないにしろ歩いていくすべての男を貫いていった。
この人は、私たちをなんだと思っているのだろう。
このように、ピュートドリスの努力はことごとく実を結ばなかった。四夜も何事もなく寝床を共にしてしまった。今夜ともなると、さすがにピュートドリスも消沈してしまいそうだった。愛する人と一緒にいられるだけの幸せ。それすらももはやはかなく思われた。自尊心がずたずたもいいところだ。恋する女心をどうしてくれるのか。
ポレモンは大っぴらに、アルケラオスはもう少し控えめに、それでも欠かさず、ピュートドリスの美しさを称賛してくれた。それ以外にも男女問わず、これまで褒められることしかなかった。
全部、私が女王だからだったっていうの? その前も、ピュートドロスの娘だから褒めたというだけだったの?
それにしてもこれまでは、そんな言葉を真に受けたいだけ受けることができて、満足していた。ところが、初めて恋をした男ただ一人に認められないというだけで、こんなにもぼろぼろと、なんともあっけなく、自信は崩れていくのだった。そんなに良くないのかしら、私は? ピュートドリスはたびたび手鏡に、水場に、自分を映しては問いかけた。
「悪くはない」との言葉を、当のティベリウスから頂戴していた。奇しくも、あの偽者にも言われた。「決して悪くはないぞ」挙句、キュプセラにいたごろつきはこうつぶやいたのだ。「一人だけ年増の娼婦がいたんだな」
結局、歳なの? 若さがすべてなの、女は?
泣きたくなってきた。
「泣くな」
ティベリウスはうめき交じりに言った。
「もう一度、御自分のことを思い返してほしいが、本当に、女王で、母親で、今も王妃なんだよな?」
「そうじゃないって言ったらどうなの?」
するとティベリウスは頬をしかめてみせた。ピュートドリスは心外このうえもなかった。
「どうしてなのよ? ましてあなたは今独身でしょ。女の事情とかそんなの考えないで、遊んだらどうなの? 世の男たちはほとんど皆そうしてるじゃないの。私じゃ遊び相手にもならないっていうの?」
「遊びたいなら、ほかを探したらいい。たぶん、見つかる」
「私はただ遊びたいなんて言ってないわよ。あなたがいいの! どうしても! なんで私じゃだめなの? 絶世のうら若き美女じゃないとしても、許容範囲にはなるでしょ? それとも違うの? 私がそんなにあなたの好みの型じゃないの? だったら教えてよ。どんな女が好みなの? できるだけ合わせるから」
「そんな配慮は一切無用だから、早くカッパドキアに帰ることを考えろ。それが嫌なら、せめて大人しく寝ろ。もう」
「好きな男が隣にいるのに、寝られるわけある?」
「寝ていただろう。昨日もおとといもその前も」
「ああ、もうっ。口うるさい女が嫌? 言っておくけど、世の女は私の十倍口うるさいわよ」
「良いことを聞かせてくれたな。今から極力関わらないようにする」
「ちゃんと話を聞いて。私はとてもましな女なのよ。良い女よ」
「それは結構なことだ。私は気づかなかったが」
「あなたがどこかで女性不信になっていたとしても、ちゃんと直してあげられるわ。甘くて、天にも昇るような、良い夢を見させてあげるわ」
「そうか。ここ数日、良い夢どころではないし、今の今までなんの自覚もなかったが、そうかもしれないという気がしてきた。おかげさまで」
いつのまにか、ピュートドリスは口角を上げていた。ティベリウスはまだそっぽを向いていたが、それでも寝台から出ていく様子はなかった。
壁から背中を離し、ピュートドリスは彼の顔を追った。青い瞳は、しぶしぶのように、暗がりの中でもうっすらと落ち着いた光を帯びて、それでも見返してきた。じっと目を離さないまま、ピュートドリスは彼の両脚の上にまたがった。こくと首をかしげた。
「私と寝たら、なにか面倒なことになると思ってる?」
「鋭い洞察だが、もう十二分に面倒なことになっている」
「だったら、もうあきらめることね」
ピュートドリスはティベリウスのトゥニカをつかみ、ずるずると下に引っ張った。彼の頭は壁にぶつかることなく、無事枕の上に落ち着いた。しばしうっとりと見つめた後、ピュートドリスは顔を近づけた。
ティベリウスは思いきり体を横向きにした。ピュートドリスはよろめいて、寝台の外に足を着かなければならなかった。
「なんて頑固な人なの」
ピュートドリスは呆れるしかなかった。
「皮肉屋で、意地っ張りなの。ねえ、こんなことになっている時点で、寝てないだなんてだれに言っても信じてもらえないわよ。だったらあなた、だれのために意地を張ってるのよ?」
「意地でもなんでもないと言ったら」
「そんな恥辱に耐えられないから、私、死ななきゃならないわ」真面目な顔で知らせ、のそのそと元の位置に戻った。ティベリウスの肩を押したが、ひと掴みにできないほどたくましく、張りつめていた。「死ぬ前に、お願いを聞いてくれる?」
「カッパドキアに帰るんだ」ティベリウスは言い放った。顧みもせず、腕で押しやってきた。「ポントスでも。あなたのいるべきところへ」
ピュートドリスはがっくりと肩を落とした。そのままぽとりと、寝台に倒れ込む。上掛けを噛んで引きちぎりたくなる気持ちだった。せめてもの腹いせに、そのやたらに広い背中を、右拳の関節でごつごつとつついた。やはり堅くて引き締まっていたが、それだから妻は耐えがたいのだと言ってやりたくもなった。
「ねえ、ユリアもこんな感じだったの? ユリアもこんなふうにあなたにせがんで、拒まれ続けたの? 私はユリアに似てる?」
「まったくもって、似ていない」
即答だった。
それでもまた朝日が昇れば、ピュートドリスもすっかり機嫌を直すのだった。いつだって新しい一日だ。
この日も快晴だった。朝食を済ませた後、三人は旅を再開した。当面は西へ、国境のネストス川へ向かう。
ピュートドリスの馬は、キュプセラの知人から借り受けていた。アントニアを同乗させ、落ちないように自分の体と皮紐で結わえつけていた。
もちろんアントニアはおじちゃまとも一緒に乗りたがった。ティベリウスは歓迎する色は微塵も見せなかったが、それでも拒みはしなかった。ピュートドリスと交代で、子どもを前や後ろに座らせながら、馬を歩かせた。
ピュートドリスはアントニアをうらやましがったが、娘と代わることはできなかった。ここに至ると娘のほうもそんな母の気持ちを察したかのように、にんまりと得意げな顔さえ向けてくるのだった。
本当に、なんてことなの。十年早いわよ。
それでも夏の太陽の下、馬に乗りっぱなしでは、体は凝るし、体力も消耗する。まして幼い子どもならば。三人はこまめに休憩をした。日蔭に入り、柔らかい草の上に腰を下ろす。喉を潤し、干し肉をかじり、木苺をつまむ。
けれども親の思い通りにはいかないもので、そんなときにはアントニアは元気よく野原を駆けまわり、花を摘み、かと思えば手からはみ出す大きさのバッタを次々捕まえては母たちに見せ、馬の糞を踏みつけて転び、そしてまた出発すると、馬上でティベリウスの背中に頭を埋めて、気持ちよさそうに昼寝するのだった。
アントニアは出来た娘だった。よくがんばっていた。
「マケドニアに入ったら、もうギリシアってことでいいのよね? さあ、これからどうするつもり?」
半馬身ほど先を行くティベリウスへ、ピュートドリスは声をかけた。ティベリウスは顔半分だけ振り返り、じっとりとにらんでから、結局なにも言わずに首を戻した。
「ちょっと。そんないかにも私たちがいなければどうとでも――みたいな顔しなくてもいいでしょ」
偽者軍団の要求は、ティベリウスがギリシアまで一人で来ることだった。当然、彼らの要求など聞かず、ただちにルキリウス・ロングスの救出に取りかかれたらいいのだが、ピュートドリスの見たところ、まだティベリウスにそこまでの準備ができているようには見えなかった。少なからずピュートドリス母子のためだとしても。
それに今となっては、救出すべき対象は一人ではなかった。
「私はね」馬を軽く急かし、ピュートドリスはティベリウスと並んだ。「待ち伏せしかないと思うのよ。変装して乗り込む作戦はもう失敗してしまったし。言っておくけれど、私のせいじゃないですからね。あなたがあまりに変装が下手だからよ」
ティベリウスがじろりと瞳を横向けてきた。たじろきもせず、ピュートドリスは目を三日月型にした。
「あなた、外見はまだしも、心のほんの一部でも自分ではない人間になって楽しんでみようとか、そんな気がさらさらない人でしょ」
指摘し、これ見よがしにため息をついてみせる。
「誇り高すぎるのよね。あの女王クレオパトラだって、いつぞやは私の祖父と庶民になりすまして、街で悪ふざけしてはしゃいだそうなのに、あなたとは期待できそうにないわね」
「はしゃいできたらよかろう。だれとでも」
「そんな話をしたいんじゃないわよ」
ピュートドリスは苛々と首を振った。話を勝手に始めて逸らしたのはどっちだという顔つきが目の端に映ったが、かまうつもりはなかった。女の会話とはそういうものだ。
「あなたがなにに変装しても確実に失敗する人である以上、あとは待ち伏せだけが作戦ってことよ。連中が通りそうな場所にあらかじめ身を潜めて、隙をつくの。あなたがルキリウス・ロングス、私がセレネ叔母様を連れ出せばいいわね」
すると今度向けられた顔は、あからさまな信じ難さでいっぱいだった。ピュートドリスはとりすましてうなずいた。
「私は正気よ。もちろん認めるわ。どんなに大きな隙をつこうと、あなたと私の二人だけで二人を救出するのは困難だってね。ねえ、ルキリウス・ロングスはどんな人なの? 武器を渡せば、自分の身くらいは守れる人?」
するとティベリウスは黙って馬の腹を蹴り、ずんずんと先に行ってしまった。
「ちょっと」ピュートドリスもまた馬の歩度を速めて追いつく。ティベリウスの背中で、アントニアの頭が小さく跳ね、不服そうなうなり声が聞こえていた。
「ただ話をしているだけでしょ」
身を乗り出し、左の二の腕をつかんでやると、ティベリウスはさすがにまた目線だけは寄越してきた。それは話にもならないと伝えてきたが、ピュートドリスは続けた。
「それでもまず確実に三人そろって串刺しにされるでしょうね。やっぱりなんといっても数が足りないわ。どうするつもりなの?」
「あなたの心配することではない」
「それは安心してあなたの作戦に合わせてくれという意味?」
とても重たげに、ティベリウスは首を振った。
「あなたの話には端から端まで問題がありすぎる。いちいち教えなければならないか?」
「問題もなにも、あなた、まったく話してくれていないじゃないの」
「それ以前の問題だからだ。だいたいよくまあ自分を戦力に数えられるものだな」
「腕には自信があると言ったはずよ」
「なんの答えにもならない。娘はどうする?」
「テッサロニケイアになら、預ける当てがなくもないわ」
ピュートドリスは教えた。テッサロニケイアは、マケドニア属州の州都であり、ネストス川を越えてさらに百五十キロほど進んだところにある。そこからひたすら南下すると、ギリシア本土であるアカイア属州に入る。
「でもそこまで行く前に、あなたとしては決着をつけたいところよね。連中を放置すればするほど、騒ぎは大きくなるし、あなたの評判は落ちるし、連中の数も増えていくかもしれないから」
なぜならテッサロニケイアから西へ、エグナティア街道が走っている。ローマ人が造った東方世界への大動脈と言うべきこの道は、アドリア海に面したドゥラキウムまでほぼまっすぐにつないでいる。馬を飛ばして乗り換えれば、片道二日で行ける。ドゥラキウムからは、ローマ本土の港湾都市ブリンディジまで海路一日足らずである。つまり早くて三日で、テッサロニケイアの情報はローマ本土に入る。首都までも四日もあれば届くだろう。
したがってもしも連中がテッサロニケイア周辺で事を起こせば、ローマ人は一週間程度で知ることになる。ティベリウスによる乱痴気騒ぎ、そして謀反を。
だが、それにしてもテッサロニケイアである。ローマと道一本でつながっているとはつまり、関係も密接になる。ティベリウスの顔見知りも多く、ましてマケドニアの属州総督もいる。偽者であることが最も明るみになりやすい場所であろう。
「連中はテッサロニケイアには入れないわよね、さすがに。周辺で宴会を開くのさえ、危ないんじゃないかしら。必ずだれかにばれるわ。あっちはあっちでどうするつもりなのかしら」
偽者一行にとっても、テッサロニケイア一帯は賭けになるのだろう。偽者であることを知られないまま、そこでティベリウスの謀反の疑惑を広める。この陰謀の成否がかかっている。
「でも連中は、偽ティベリウスを御輿に仲間を集めるわけよね? つまり、連中の多くはあなたの味方でもあるってこと?」
帰ってきた冷淡な視線に、ピュートドリスはすぐに首をすくめた。
「わかってるわよ。この目で見たんだから。あいつらはならず者の群れよ。味方なんて冗談じゃないわ。でももしかしたら、そこに隙があるかもしれないでしょ」
無論、連中が偽者と知ったうえで行動を共にしている可能性もなくはない。だいたい見ればわかりそうなものだ。尊敬し、交流したい人物かどうか。
どちらでもいい。ただ飲んで食って暴れられたら、おまけに金品までもらえたら――そんな無法者の集団なのだろう。
だがそれでもキュプセラの時点で、およそ百の頭数があった。今ごろはもっと増えている可能性もある。盗賊団としてなら十分通用する。鎮圧するには、どうあっても二人では足りない。数と策がいる。
「あなたと私で人質二人を確保できたなら、大声で叫んでみましょうか。我こそが本当のティベリウス・ネロだとね。連中、大混乱になるかもしれないわ」
「…だから、どこの女王で母親で王妃で暗殺者の狂人を、戦力扱いするのか。いいか。信頼のない相手とはどんな小さい戦も共にできない」
「これぞと思う相手と信頼関係を築くのが、指揮官の役目でしょ。私にはその気があるのよ」
暴論であるのは自分でもわかっていた。ピュートドリスは横目を流し、ティベリウスのしかめ面をとらえると、きゅっと片目を閉じてみせた。またため息が返ってきた。
「あなたはまったく自分をなんだと思っているのか。狂人か、死にたがりにしか見えない」
「ひょっとして、心配してくれている? うれしいわ」
ピュートドリスは前方へ向き直った。目は次なる都市と、その両脇にそれぞれ横臥する大きな青をとらえていた。
「だったら、試してみましょう」