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ピュートドリスとティベリウス  作者: 東道安利
第二章 呪われし者
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第二章 呪われし者 -1

第二章 呪われし者







 初めて見る景色だった。否、正確には、このような場所から眺めるのが初めてだった。

 それにしてもよくわかったものだと思った。三十年ぶりに目にしたのだ。

 あるいは、これは夢であるのだから、自らが創り出した想像上の景色にすぎないのかもしれない。

 それでも、眼下に広がる都市には確信を持った。だからこそ夢に違いないとも自覚した。自分がここにいるはずはないのだから。

 間違えようもなかった。真っ青な空と水ばかりの世界に、かろうじて浮かんでいるように見える。実際は北を海、南を湖に挟まれた、黄金色の大地だ。

 広げたマントの型そのままの、長方形の都市。その長辺に平行して、まっすぐに走る大通り。短辺に平行するいくつもの通りと交差する。そのどの区画にも、おびただしい数の人家や商店が、ぎっしりと並ぶ。そのどれもが、この場所にはまったく及ばなくとも、世界のほとんどの都市のそれらと比べて高層である。ただ、人型が一切目に入らないので、壮観でありながらまるで深く眠っているような街並みだ。

 しかしやはり目を引くのは、神殿をはじめとする公共建造物だ。この世には数多くの神々がいるが、この都市を抱える国は、古来よりその始祖と呼ばれうるほどの神々を生み続けた。世界じゅうに飛び立ち、名前を代えて祭られる神。あるいはこの地に留まり、独自の不可思議な姿で人々を魅了し続ける神。その住処。

 大通りに面した建物はとりわけきらびやかだ。彼方の区画も、見栄えのする建物ばかりだ。東方からの客人を、三百年の長きにわたり迎え入れてきた。

 一方、西側の区画は、彼の立つ位置からより近いのだが、東側に比べればややくすんで見える。比較的貧しい市民の居住区域であるためだが、それでもここは世界第二の都市だ。そして世界一の富を誇る都市だ。そのくすみでさえ、黄金の輝きを際立たせる小さな陰影に見える。短辺を越えた向こう側には、死者の都市もまた、ほかに類を見ない規模で広がっているのだが。

 なにより西側の区画には、この都市で最も大きい神殿がそびえていた。二本のオベリスクが、目の眩むほどの白い輝きを放ちながら天へ伸びている。住まうは、セラピス神。三百年の昔、王が新たに自ら創り上げた神。自身が創始した王朝が、この神の下に一つになり、末永く栄えていくために。そう聞かされた。

 そのとき、ティベリウスはあの場所に立っていた。三十年前だ。そのときの景色を覚えていたから、今このように夢を見ることができているのだろうか。それでもこの場所のほうが、セラピス神殿よりさらに高所だ。都市を眺める方角も違った。

 この建造物の存在を知っていた。この都市を見たことがあるものなら、だれだって知っているはずだ。

 百キロ彼方の海からも見つけられる、灯台である。世界七不思議の一つに数えられる、

 ただ、その頂は知らなかった。上ったことがなかったのだ。灯台と都市とはヘプタスタディオンと呼ばれる橋でつながれていたが、渡ってきた覚えもなかった。

 それでも彼は今、ここに立っていた。

 砂に霞む彼方から、ティベリウスは目線を下げた。足下から広がる真っ青な湾。それを挟んだ対岸に、岬。そこに至るまでにはいくつもの小島や岩礁があり、船を乗り入れるには細心の注意が必要と聞かされた。

 そこは港だった。王宮の港だ。

 ティベリウスの双眸は岬をたどった。あの場所からこの灯台を眺めたことがあった。けれども結局この場所まで来ることはなかった。時間はあったのだが、ついにその気持ちになれなかったものだ。

 双眸は王宮を映して、止まった。

 黄金、様々な色の大理石と宝石、それに芸術品。そこは世界の宝であふれていた。世界一裕福な国の宮殿だったのだ。

 それは、確かにきらびやかだった。絶えず降り注ぐ強烈な陽光を受けて、まばゆくはあった。けれどもその太陽神の力さえも、さして気にならないと余裕を持って受け止めるように、ゆったりと重厚に、決して変わることなどないと言わんばかりに、それは優雅に横臥していたものだ。

 宮殿を満たしていた香りが、この場所まで届いてくるようだった。日常ではない世界へいざなうような、ひっそりと人の心を乱していくような、魅惑があった。以来三十年、似た香りにさえ出くわすことがなかった。

 それは自分が覚えていたからにほかならないとわかっていた。

 いつのまにか、ティベリウスは目を凝らしていた。あえてそうしたく思う意思はなかったが、夢の魔力のためか。強いられるように注視して、逸らすことができなかった。

 宮殿の敷地内。いくつもの建物が並ぶ中、三十年前に建造されたそれだけが、このような遠目であるのに浮かび上がってくるようだった。

 それは霊廟だった。プトレマイオス王朝の最後の王が眠っている。王と、その家族が。

 ティベリウスはそのだれもを知っていた。けれどもこの地を去って以来ずっと、直接花を手向けることがなかった。

「大きくなったどころか、もう老けはじめてるな」

 背後で声。ティベリウスは目尻をわずかに歪めた。二度と聞けなかったはずのその声は、それでも間違えようがなかった。覚えていたままだからだ。

「恐ろしいよ、時の流れの速さときたら。なぁ、ちびネロ?」

 海風が吹きつけた。どういうわけか砂が交じり、眼下の景色さえ霞んでいった。ティベリウスはようやく頭を動かした。右脚を引き、体も同時にゆっくりと振り向ける。

 マルクス・アントニウスはそこにいた。両腕を広げ、汚れたトゥニカの上に甲冑をまとい、剣を下げて。記憶のまま。あの霊廟に真っ先に入っていった、あの日のまま。

 それでも初めて見る心地さえあったのは、目線を同じくしたためか。二人はほとんど同じ体格になっていた。

「俺の言ったとおりになったな」

 アントニウスは言った。





 ピュートドリスは幸せいっぱいだった。とうとう長年思い続けた男と再会できた。そればかりか共に旅までしていた。

 なにものにも縛られない心地だった。立場も身分も状況もなにもかも忘れ、二人だけの世界を行く。まさに愛の旅路だ。

 アントニアが一緒だったが、それもすばらしかった。道行く三人は、どこをどう見ても親子だ。だれに邪魔されるはずもない。仲睦まじい夫婦が、愛娘を連れてギリシア遊覧に出かけていく。世界にそれを知らしめて、世界からそれを認められているような気分だった。

 自由があって、愛がある。それだけでこのうえもなく幸福であるのに。

 そうすれば嫌気が差して帰るとでも思っていたのか、ティベリウスは野宿ばかりした。キュプセラを出立して以来、四夜連続だ。しかしピュートドリスは嫌気が差すどころではなく、幸福感と興奮を絶え間なく味わうばかりだった。なに不自由があるというのか。愛する男がいる。娘がいる。馬も連れている。道中の街や集落で、食料は調達できるし、風呂にも入れれば、洗濯もできる。夏であるから、天気も良い。夜も寒くはない。虫よけの薬草を肌に塗り、ふかふかの原っぱに横たわり、満天の星空を眺めながら眠る。流れ星を数える。女王と王女には耐えがたい生活とでも思っているのだろうか。

 アントニアでさえ、とても元気が良かった。実のところ、エライウッサの宮殿を出てひと月になり、疲れが出て当然だった。それでトラキアではとうとう寝込んでしまったのが、そもそも旅のあいだじゅう、どこか気持ちの沈んだ様子だった。

 それが今は、母も驚くほど溌剌としていた。血色が目に見えて良くなった。馬に乗せているあいだは、ずっとにこにこして、おしゃべりだった。馬に乗らない時は、野ウサギやトカゲやバッタに負けじと、草原を駆けた。街に着けば、らんらんと目を輝かせ、母とティベリウスの手をあらゆる方向に引いてまわった。そしてそのまま二人のあいだに挟まり、夜を迎えるとぐっすり眠って、起きる気配もなかった。

 そしてこのときも、母の手を引いて街へ入っていった。ティベリウスは茂みの蔭で眠っていたので、二人だけで来た。水場で体を拭き、パンに果物に干し肉といった食料を買った。人々に混じって街を歩き、普通に買い物をすることでさえ、アントニアには新鮮であるらしかった。生まれて以来の王宮暮らしだ。しかも兄たちと弟はいない。乳母や従者もいない。母を独り占めだ。

 いや、母ばかりではない。

「お母様、おじちゃまにお水も持っていってあげなきゃ。シトロンが入ってるのもあるわ」

 と、アントニアは母のキトンの裾を引っ張った。

「そうね。あとはキュウリと、葡萄酒はちょっと早いかしら」

 食料入りの麻袋を抱え、ピュートドリスはうなずいた。





「亡霊が」

 ティベリウスは低く言った。「消えろ」

 しかしアントニウスはにやにやと肩をすくめるばかりだった。

「言わんこっちゃないよなぁ、ちびネロ?」

 それから左腰の剣に、おもむろに手を添えた。ティベリウスもまた反射的に手をかけていたが、触れたのは、携えていたはずのグラディウス剣ではなく、短剣の柄だった。あの当時から今まで、ずっと傍らに置いていた。

「お前はこんなところでなにをやっているんだ? ええ? たった独りきり」

 アントニウスは首をかしげた。だがたちまち砂交じりの風にかき消されるようにして、見えなくなった。

 次の瞬間にはティベリウスの鼻先に出現していた。抜身の刃を掲げて。

 それを短剣をかざし、ティベリウスは間一髪のところではじいた。身を翻し、この屋上の中央へ移動した。

 灯台の縁で、アントニウスは両腕と片足をわたわたと振っていた。そのまま落下していきそうになったが、砂の風に押し戻されるように、なんとか平衡を取り戻した。

「なあ、笑ったぞ、お前が家出したときは」

 肩越しに、にんまりとした顔を寄越す。次の瞬間にはまた砂の中に消え、すぐ目の前に迫りきていた。

「お前はやっぱりあいつにずたずたにされた」

 短剣は、再びアントニウスの剣をはじいた。しかし今度はアントニウスも足場を危うくせず、すぐさま次の一振りをくり出した。

「まさにすべてを捧げたのにな。身も心も、大事なものもすべて。それで、結局お前はなにを手に入れた?」

 刃と刃が交差し、銀の粒子が砂に混じって飛んだ。そのまま二人はにらみ合った。アントニウスは歯を見せて笑っていたが、ティベリウスは奥歯を噛みしめていた。

「こんなところで独りきり、どこの男が、三十六歳から引退生活を送る羽目になるんだよ?」

「黙れ」

 ティベリウスはアントニウスの剣を押し返した。だが刃はくるりと翻り、すぐにまた横から一撃を浴びせようとした。

「お前の愛した女は、ほかの男の妻にされた。子どもまで流産するほど悲しんでな。お前のただ一人の血を分けた弟は、凍てつくゲルマニアで死んだ。あの野郎が分不相応に領土拡大なんぞ企まなければ、落とさずに済んだ命だったろうにな。弟だけじゃない。お前はあの地で、なん人の部下を死なせなければならなかった?」

 ティベリウスの足が動かなかった。迫りくる剣だけ、腕を振るって返し続けた。

 刃と刃が幾度も交差し、ときに火花が飛んで、砂風の中に消えていく。

「お前の手を離れたら、もっとたくさん死んでいたし、これからも死ぬ羽目になる。それすらわかってくれなかったんだよな、あいつは」

「…黙れ」

 次に剣をはじいたとき、ティベリウスは間髪入れずに踏み込んだ。アントニウスの胸から肩へ、一筋の斬撃を振り抜く。

 アントニウスは水に浮かべた手紙のように散り散りになった。消えていくが、声だけは響き続ける。

「そして今、あいつは孫が可愛くて、お前が邪魔になっている。そうだよな? 成長するまでお前をさんざん当てにし、成長するや否やお前が邪魔なんだそうだ。中身が凡庸な餓鬼であろうと、自分の孫であるから目をつぶるそうだ」

 気配がして、ティベリウスは振り向いた。短剣を構えた先に、なに事もなかったように、またアントニウスは立っていた。否、それはアントニウスではなかった。アントニウスの体をしたネロ。ティベリウスの実父だった。

「俺はつくづく呆返るよ、お前に。ここまでの仕打ちを受けて、なおだ。俺は言ったよな? 俺の言ったとおりだよなぁ?」

 口調はアントニウスのまま、顔は父ネロのまま、その男は言った。目を見開いたまま、ティベリウスは短剣を下げていた。しかしその怪物は、躊躇なく剣を振りかざして迫った。

 ティベリウスがかろうじて避けると、相手の切っ先は落ちて、床をえぐった。

「なあ、どうして息子を置いてきたんだ? 俺の息子の二の舞になるのが怖かったんだろ? どんなに恨まれようと」

 ねめ上げてきたその顔は、もはや父ではなかった。アントニウスの長男アンテュルスになっていた。彼が薙いだ剣を、ティベリウスは後退してかわした。次の攻撃は、剣で受け止めるしかなかった。

「挙句、とうとう最後に残った親友でさえ奪われた。恐ろしく馬鹿げた、くだらない陰謀でな。なんでこんなことになったんだ? ええ? オクタヴィアヌスがどうなろうと、ガイウス小僧がどうなろうと、お前の知ったことではなかっただろうが。なあ? でもお前は、気づくのが遅すぎた。三十年は遅すぎた」

 次々と斬撃をくり出しつつ、アンテュルスの姿は砂風に紛れていった。いつのまにかそれは、頭部だけをマルクス・アグリッパにしてたたずんでいた。

「お前がいるからだろうが。あいつの傍らに、お前が居続けようとしたからだろうが」

 そう言うと、その男はひときわ重い一撃を振り下ろしてきた。ティベリウスは短剣でそれをまともに受け止め、相手と鼻先をつき合せることになった。

 刃越しに、にやりと歪んだ顔を、相手はさらに近づけてきた。その笑い方は、アントニウスそのものだった。

「それももう終わりだ。あいつはお前に死んでほしがってるぞ。お前の家族は、お前が家族だと思っていた連中は、全員お前に死んでほしがっているんだ。なんてことだよ、おい――」 

 声は、わからない。アントニウスのようでもあり、アグリッパのようでもあり、また別の男のものでもあるようだ。それでいながら、決して重なってはいない。ただ一つの声だ。口調ばかりアントニウスのまま。

 ティベリウスの口からぎりりと音が漏れた。目を伏せるのは危険だったが、その欲求に抗い難かった。

「いっそ死んじまえよ、このまま。ここで死んじまえ。ルキリウスと一緒に。おっと、それじゃあ、だれかさんと同じだな」

 まぶたを上げると、眼前の顔はユルス・アントニウスになっていた。その笑みは、なん度も見た覚えのある悲しげな、自嘲をたたえたそれだった。

「それがいいぜ。さっさとこっちへ来い。そのほうがまだ幸せだぞ。楽しいぞ。お前を待っているやつがたくさんいる。お前に代わって生きたかったやつだっている」

 砂風に吹かれ、その顔はマルクス・マルケルスに変わった。

「代わってやればよかったのに。こうなるくらいなら」

 そして、弟ドルーススになった。

「それとも、どうだ? まだあいつに一泡吹かせてやろうという意地が、お前にあるのか? あのちっともお前の愛に応えようともしない最悪の悪魔に、骨の髄まで思い知らせてやろうって、そんな気持ちはあるのか? それならそうと言ってくれ」

 大きく両腕を広げ、ドルーススの顔をした者は笑った。それは、もう二度と見ることができない、あの溌剌とした陽気な笑顔に似ていた。

 けれどもそれは、水が色を滲ませていくように、いつともわからず、アントニウスの顔に戻っていく。

「まだ俺を楽しませてくれるか、ネロよ?」

「っ――!」

 ティベリウスは踏み込んだ。左手で力任せにアントニウスの肩をつかみ、その首筋に短剣を突き立てた。

 一滴の血も飛ばなかった。首を傾けたままティベリウスを見つめ、アントニウスは相変わらず笑っていた。

 砂風がまたも吹きつける。アントニウスが見る間に乾いていく。ミイラになっていく。

 ティベリウスが下がりかけた瞬間、足元が崩れた。ファロスの大灯台は砕け、数多の大きな石くれとなって次々落ちていった。そこはもう青い湾港ではなかった。ぱっくりと口を開けている、ただの闇だ。

 石くれとともに、ティベリウスは落下した。そんな高さから飛んだことなどなかったが、内臓だけ浮き上がるような、気味の悪い感覚があった。短剣から手を離さなかったので、アントニウスもまたともに落ちてきた。

 その顔が、ミイラでありながらまたなにかに変わっていくように見えて、ティベリウスは思わず目を閉じた。

 地面に落ちた感覚が、確かにあった。だが実際は、なにかが腹の上に勢いよく落ちてきた。石よりは重くなく、あたたかくて、跳ねるように動き続けてさえいた。

 ティベリウスは目を開けた。映ったのは、まんまるの金色の目をらんらんと輝かせた、生身の小さな人間だった。

「おじちゃま、おはよう」

 アントニアがはずんだ声で言った。ティベリウスの腹めがけ、頭から突っ込んできた様子だった。

 うなりながら、ティベリウスが上体を起こすと、ピュートドリスの姿も見えた。こちらも笑顔で、草原の上に座り、麻袋を掲げていた。

「朝食を買ってきたわよ」

「無暗に歩くなと言った」

「あら、あなたたちローマ人は、女子どもが昼間でも安心して街を歩けないような統治をしているの?」

 自称女王は、すました様子で言った。

 母子は近くのマロネイアという都市へ出かけて戻ってきたところだった。南は海。北へ十数キロほど行けば、ローマ街道が伸びている。それに乗って西へ行けば、ネストス川を越え、ローマ属州マケドニアに入る。

「ここはトラキアだ」

 ティベリウスは知らせた。自分でも思い出しているところだった。 

「そうだったわね」

 ピュートドリスはあっさりうなずいてきた。ティベリウスはうなり続けた。

「連中の仲間が警戒しているかもしれないだろう。追いかけてくるのはわかっているのだからな」

「私も一緒に?」パンをちぎりながら、ピュートドリスは目線を流してきた。

「でもまさか子連れとは思わないでしょうよ。この子がいてくれて、かえって動きやすくなったんじゃなくて? ねえ?」

 そう言うと身を乗り出し、娘の頭を撫でた。アントニアはティベリウスのあぐらから下りる気配もなく、うれしそうにしていた。

 ネストス川からさらに進めば、フィリッピの野が広がる。かつて将軍アントニウスが、若き日のアウグストゥスと組み、神君ユリウス・カエサルの仇討ちを果たした場所である。

 アントニウスの孫とひ孫は、どちらもやけに楽しそうにティベリウスを見上げていた。もうなん度目かの言葉を、ティベリウスは呑み込んだ。どうしてこのようになった、と。









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