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ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第1章 異世界より来訪せし青年、秘境暮らしで身を立てる
9/65

3/5節『名声第二、最優の武器職人』

「今週、(みつる)さんにお願いする仕事は、鍛冶屋のお手伝いです」


「おっ! 剣や鎧を作ったりする鍛冶屋?」


「はい。頑丈で切れ味の良い剣を新しく作るにあたって、材料となる鉱石を採ってきてほしいという依頼ですね。場所は〈終焉と始まりの町〉近くの〈黒い砂漠〉と呼ばれている場所です」


「剣作りと砂漠かぁ……これは血が騒ぐね!」


 充が初めて異世界を訪れた日から三週間。

 異世界の魔女ミヤとも仕事終わりにゲーム談義などを交わし、親睦を深め。

 なにかと波長の合う二人が、気安く付き合うようになった頃。


「砂漠ってことは、かなり準備しておかないと危ない場所?」


「いえ、砂上船(サンドシップ)という乗り物があるので、充さんはそれに乗って鉱石の採石地まで往復してもらいますから、今回も特別な用意は必要ありませんよ」


「……それで、危ない生き物は?」


「今回は気をつけてますから! ご安心ください! 砂漠には危険な生き物もいますが、対処法をお教えします。気をつけてさえいれば、そういった生き物に遭遇することもありませんので」


「それは良かった。それじゃ、今回も――」


「はい! よろしくお願いしますね!」


 すっかりと和やかな空気に染まった異世界の図書館から。

 目的――剣の素材集め。目的地――砂漠の採石地。

 充にとって〈水の国〉における二度目の仕事が始まった。



 * * *



 〈黒い砂漠〉――その砂漠は、どこまでも黒く、光を吸い込み。

 どれだけ目を凝らそうと地面の凹凸すらわからない砂で満ちた場所である。


 その砂はあまりにも黒いため、どこに地面があるのかわからない。

 そこに穴でも空いているのではないかと疑いたくなる。


 その砂地は、まともに歩くことさえ困難であり。

 さらに日中は猛烈な暑さとなる、旅の難所である。


 ――ただし、それは歩いて砂漠を越えようという無謀な者にとって、である。


「下を見ると、本当に真っ黒でなにも見えないね! すぐそこに地面があるなんて信じられないなぁ、これ! 目の焦点が合わなくてめまいを起こしそう!」


『〈黒い砂漠〉では走行中に地面を見ていると気分を悪くする人もいますから、充さんも気をつけてくださいね。空を見上げていれば楽になるそうですよ』


「いやあ、でもこういう景色は見ておかないともったいない気がして。空と地面の境目も、青空が斜めに切り取られてるみたいで違和感が凄いな……いや、凄いなあ!」


 まるで青空の下に大口を開けた宇宙空間が広がっているような錯覚に陥る砂漠。

 神様が世界を作る際に色を塗り忘れた場所――現地の人間にそう呼ばれる僻地。


 そこを宇宙船さながら、孤独に疾駆する鈍色の船――砂上船(サンドシップ)

 モーターボートのような流線型の小型船に設えられた全面窓張りの船室にて。

 充は、あたり一面の、異世界の奇景を楽しんでいた。


迷宮(ダンジョン)じゃなくてもこんな非常識な景色が見られるっていうのも、嬉しいなぁ」


『片道四時間はかかりますから、このまましばらくお待ちくださいね。〈黒い砂漠〉は擂鉢(すりばち)状の地形になっていまして、中心部――擂鉢の底が目的の採石地です』


「了解――だけど、これ、今回の仕事は楽すぎじゃない? ミヤさんの船のおかげで暑くもないし疲れもしない楽な道のりなんだけど……採石地に着いても、落ちてる石全部、目的の鉱石なんでしょ? そのへんの石を拾って船に積むだけで、往復の道中も快適な船旅って、なんだか楽勝すぎるというか……」


『うーん、そうですねぇ。充さんにとっては楽な仕事かもしれませんが、この移動時間が辛い人には苦痛だそうで……今回の仕事の依頼主は、〈終焉と始まりの町〉で鍛冶屋をやっている人なんですけど、長時間の拘束がどうしても性に合わないってことで、僕のところへこの仕事を依頼してきたんですよ』


「ああ、確かに。やることがない長時間の船旅とか、駄目な人は本当に駄目か」


『それに、目的の鉱石は〈終焉と始まりの町〉では〈災いの石〉と呼ばれていて、人によっては不気味がって採りに来たがらないものなんです。ミトラ君みたいに――依頼主の鍛冶屋の人みたいに、そんなことは気にしないって人もいるんですけどね。とても硬くて、大抵の魔法も弾く優れものですから、冒険者にとっては重宝する素材なんですよ』


「へえ――」


 快適な船旅を続け、およそ観光気分で窓から見える景色を眺めながら。

 充は、このとおり、ミヤとのおしゃべりに興じていた。

 その様子は、とても仕事中とは思えない、のんびりとしたものである。


 だが、それもそのはず。


 今回の仕事は、蓋を開けてみれば前回の毛刈り作業以上に楽なものであった。

 往復八時間の船旅をして、いわくつきの鉱石を拾ってくる。

 それだけの仕事であったのだ。


 片道四時間の暇な時間というのは、確かに人を選ぶものかもしれないが。

 その程度、幼少期から空想に時間を費やしてきた充にとっては苦でもない。

 あれこれ空想するだけで潰せる時間であるし、本も持参している。


 いわくつきの鉱石といわれても、充は現地の文化に疎い異世界人である。

 実際に呪われているようなものではないとの、ミヤのお墨付きもある。

 そうであれば、充にとっては〈災いの石〉もただの鉱石の一種である。


 結果、道中はミヤとおしゃべりをしながらのんびり過ごす時間となり――。


「――でも〈災いの石〉って、なんでそんなに怖がられているの? やっぱり怖がられるようになったきっかけがあるの?」


『あー……その……三十年くらい前に、これから向かう採石地で、〈水の国〉では有名な戦闘がありまして……えっと……』


「あれ? もしかして、聞いちゃまずいことだった?」


『あの、その……僕の主人(マスター)が関わったことなので、僕の口から言ってしまってよいものか……』


「ああ! 無理に話さなくてもいいよ! ただの興味本位だったし!」


『すみません……』


「いやいや――」


 ときに〈水の国〉にまつわる世間話をして――。


「――そういえば、ミヤさんの主人(マスター)と会える日って、決まった?」


『あ、すみません……主人(マスター)は今、〈水の国〉(そちら)にある〈星を穿つ迷宮〉ほしをうがつダンジョンという場所を訪ねていて、地上への帰還はまだしばらく先になりそうで……』


「ああ、いや、急かすつもりはないから。楽しみにしておくよ」


 ときにこれからの予定などを話し合って時間を潰すうちに――。


「おっ! なんか見えてきた! あれが採石地?」


『はい、そうです。船が止まりますから、揺れに注意してください』


 前方に、黒光りする大小様々な立方体の転がる盆地が迫っていた。


 黒すぎて穴でも空いているとしか思えない砂地のなかにあって、そこは――。

 巨人が綺麗にカットでもしたかのような四角い巨石が、乱雑に重なっていた。

 その、砂漠の中心に転がる巨石群だけは、艶があるおかげで立体感が掴める。


 あるいは広大な宇宙空間に浮かぶ小島を思わせる、その盆地は。

 まるで巨大なコーヒーゼリーの器でも眺めているような趣であった。


 その虚空に浮かぶ小島の端に、充の乗った船が接岸して。

 それで無事、目的地への到着となった。


 ――そこからも、仕事の遂行に時間はかからなかった。


「うわあ……! これまた面白い景色……!」


 背の高い巨石によじ登り、奇妙な立方体の石が転がる風景を見て。

 感心の溜息をついたのち、充はすぐに仕事へ取りかかった。


『持ち運びたい石の全体像をしっかりと確認したら、抱えるように触ってください。それから〈拾得魔法〉の発動を意識すれば、それだけで魔法が発動しますから。ほかの石が崩れないようにだけ注意してくださいね』


「了解! とりあえず……どうせなら一番大きなこれかな」


 押しても引いてもびくともしない艶々とした巨石に、充はひたりと触れ。

 ミヤに使えるようにしてもらった物資運搬用の魔法を使い。


「――どうだっ!」


 見事、目の前に聳えていた巨石が一つ、音もなく忽然と消え去り。


「おおーっ! 本当に消えた! 凄い!」


『これで、充さんは〈災いの石〉を一個持っている状態になりました。この大きさなら一個あれば充分ですから、目的は達成ですね!』


「おおう、もう終わりかぁ……本当にあっさりだ」


 魔法の効力に感動すると共に、採石地に別れを告げ。

 充の採石作業は終わりを迎えたのであった。


 そして――その後。


 筋骨隆々、身長二メートル超のとてつもない偉丈夫である鍛冶屋ミトラと会い。

 立派な顎髭を蓄えた彼の、いかにも豪快な笑顔でもって充は歓迎され。


「――! ――!」


「充さんに石を採りにいってもらったおかげで、自分の仕事も捗ってとても助かった、と感謝しています。一度にこれだけ持ってきてもらえるなら〈災いの石〉の剣も量産できそうだから、また仕事を頼みたい、とのことですよ」


「これくらいでしたら、お安い御用です」


 工房の奥で酒と料理を振る舞われ、感謝の言葉を伝えられ。

 ミヤも、顔馴染みらしいミトラの食卓へ急遽同席して。

 そのまま食卓はミヤの通訳を介した歓談の席となり。


「――!」


「充さんも〈最優の武器職人〉の仲間入りだな、とのことです」


「うん? 武器職人? 材料運びだけで?」


「あ、すみません。ちょっと直訳調にしてしまいました。そのまま日本語にしたら伝わらないですよね。――えっと、〈災いの石〉でできた武器は〈最優の武器〉とも呼ばれるんですが、いわくつきなだけに、冒険者でもなかなか〈災いの石〉を拾ってこようとはしないんです。ですから、採石地まで足を運んで〈災いの石〉を採ってくる人のことを、『度胸のある人間』くらいの意味を込めて〈最優の武器職人〉と呼ぶんですよ。いわゆる二つ名というやつです」


「はあー、なるほど、そういうあだ名かぁ」


 そうして工房内で歓談をしているうちに。

 外では、工房脇に置かれた〈災いの石〉の威容に通行人たちが騒然となり。


「――!」


「――!」


「――? ――!」


「……ミヤさん、なんだか外が騒がしいよね?」


「あ……えっと……充さんが持ち込んだ〈災いの石〉があまりにも大きいので、こんなサイズの〈災いの石〉は見たことないと驚いているようです」


「うん? 驚いているって?」


「――ミトラが運んできたのか。いや、ミトラはずっと工房にいたぞ。それじゃ〈最優の武器職人〉がほかにもいるのか。とんでもない奴が現れたもんだ……とか、そんな感じに騒がれていますね……はい」


「あの、ミヤさん? もしかしてだけど、普通の人――って表現が合ってるのかわからないけど、普通の人は〈拾得魔法〉を使っても、あんなに大きなものは持ち運べないの?」


 前回の毛刈りは、予想外に自分の名を売る結果となった。

 だが、この世界に慣れる前にあまり名が売れるのはいかがなものか、と。

 予想外の名前の売れ方をするのはどうにも据わりが悪いと充が口にして。


 ミヤはそのとき、そのあたりに気をつけてみますねと返事をして。

 そののちに用意されたのが、今回の仕事であったのだが。


「ごめんなさい充さん! また加減を間違えました! ――はい、〈災いの石〉は大抵の魔法を弾く鉱石なので、言われてみれば〈拾得魔法〉で大量に持ち運べる人はごく一部に限られると思います! うっかりしてました!」


「あっ! いやいや、そんな謝らないで。お世話になってるのはこっちなんだから。ミヤさんに頭を下げさせてたら人間が(すた)るってものだから」


「――! ――!」


「――それと、ミトラさんがなんか凄い笑ってるけど、なんだって?」


「うう……僕の様子を見て、またうっかりをやらかしたんだなって……」


「ああ……ミヤさん、昔からそうなんだね……」


 再び図らずも、充は〈最優の武器職人〉としてその道の者に注目され。


「まあ、今回は腹をくくるか!」


 こうして彼の異世界生活は、一段と賑わうことになるのであった。

※黒い砂漠が歩くことさえ困難である理由……光をほぼ反射しない黒い物質は、表面の凹凸も識別できなくなる。そのため、光を反射しない物質でできた地面があった場合、そこに段差があろうとも見分けられずにつまずき、穴が空いていても見分けられずに落下することになる。

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