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ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第1章 異世界より来訪せし青年、秘境暮らしで身を立てる
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1/5節『終焉と始まりの町』

 日本在住の一青年が、なぜ〈最終迷宮(ラストダンジョン)の隠しボス〉となったのか。

 なぜ異世界の地において、畏怖と憧憬の象徴たる存在に成り上がったのか。


 それをあきらかにするには、まず彼がいかにして異世界に溶け込んだのか――。

 彼がどのように異世界と関わっていったかを知っておく必要があるだろう。


 そこで、ここでは始めに、彼――沙々木充ささきみつるの。

 異世界アルバイト初月の模様を伝えておこう。


「充さんの最初の仕事場は、あちらの宇宙(そら)に浮かんでいる〈水の国〉です」


「おお……まさかの宇宙旅行に始まる異世界勤務……!」


 現代日本に生まれながら冒険者稼業に憧れる青年、沙々木充。

 晴れて正式に剣と魔法の世界で生計を立てることとなった彼の、最初の仕事。

 それは漆黒の中天に輝く青い星を背にした魔女の、この宣告により幕を開けた。



 * * *



「おおー! 絶景! 凄い面白い景色!」


 ミヤの図書館から、魔法により扉一枚を開けただけで到着した〈水の国〉。

 そこにある〈終焉と始まりの町〉は、奇岩と水源と棚田の町であった。


 荒野から槍のように突き出た細長い崖がいくつも並び、滝を吐き出している。

 そのような奇妙な地形のなかの、起伏が激しく、湧き水の多い丘が連なる一帯。

 そこへ、丘の斜面を棚田にして、土造りの民家を建て並べ、できた町である。


 ひときわ高い、展望台となっている丘から町を見下ろせば。

 赤と茶色の家々を縫うように棚田と水路、泉が銀色に輝く景色。

 遠くを見れば、荒野を背にして、鋭い崖の峰々から滝が飛沫をあげる遠景。


 東南アジアの秘境あたりにでも迷い込んだか。

 ――充が抱いた印象は、そのようなものであった。


 ところどころから立ち昇る炊煙に、町に住む人々の生活の息吹を見ながら。

 新しく訪れた町を一望するのはやはり爽快だと、頬を緩ませながら。

 充はゆっくりと町を見渡して、特に目立つ木造の建物に目を止めた。


「あの、背の高い建物が学校かな?」


『はい。〈水の国〉で一番の冒険者学校と言われているそうですよ』


「へえ……」


 この町の生活を支えている〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンは特に安全性に優れているとかで。

 そのため、この町には迷宮(ダンジョン)探索業である冒険者を志す者を育てる施設――。

 すなわち冒険者学校が置かれ、日々、冒険者の卵たちを育んでいるらしい。


 そうした情報を、耳元で囁かれるミヤの声に教えられつつ。

 これが自分の望み続けてきた剣と魔法の世界の景色か――と。

 目に映る風景のすべてをひたすら眩しく感じながら。


「よし! それじゃあ、〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンに向けて出発します!」


『よろしくお願いしますね、充さん!』


 展望台からの景色を充分に堪能したところで、気合を入れて振り返り。

 異世界の砂と泥と草いきれの漂う空気を、胸いっぱいに吸い込んで。

 丘の麓にある町へ――町の一角に座する迷宮(ダンジョン)へと歩き出した。


 異世界、〈水の国〉における、充の初仕事。

 それは、迷宮(ダンジョン)に棲息するヒツジの魔物の毛刈り――。

 つまり、羊毛の収獲である。


 先日、手違いと誤解とその場の勢いのすえ、異世界で働くこととなった充。

 彼はその際、異世界の住人である魔女ミヤに、己の願望を語った。

 自分は冒険者に憧れ、剣と魔法と冒険の世界で生きてみたいと伝えていた。


 その思いに笑顔で応じたミヤが、充のために用意したのが今回の仕事である。


 将来的に冒険者稼業に就きたいのであれば〈水の国〉が本場である。

 新天地で生活するためには、なによりもまず環境に慣れるべきである。

 現地の生活を知って、より具体的な将来のビジョンを築いていくのが良い。


 そうした話し合いのすえ、提案されたのが、この奇岩と滝の林立する土地――。

 〈終焉と始まりの町〉における、現地文化の一端に触れる業務であった。


『魔物の扱い方は〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンのなかでお伝えしますが、今のうちに聞いておきたいことはなにかありますか?』


 空色(そらいろ)を映す棚田のあいだを縫うように、坂道を下る道中。

 一人で異世界の地を歩く充のことを案じてか、ミヤは甲斐甲斐しく話を続けた。


 今回、迷宮(ダンジョン)造りの忙しいミヤは図書館に残り、充は単身、ここに来ている。

 仕事の詳細は、ミヤの遠隔会話の魔法で説明を受ける手筈となっていた。


『本当は僕がご一緒できれば良かったのですが……』


「ミヤさんは観光用迷宮(ダンジョン)の設計もありますし、私の面倒を見るためにそちらの仕事が遅れてしまったら、私としても雇ってもらった意味がなくなって立つ瀬もないですから、そんな気にしないでください。本当に」


 ミヤが申し訳なさそうな声を届けるいっぽう、充は溌剌としたものであった。


 なにせ今日という日を心待ちにしていたのである。

 やる気がはちきれんばかりに胸のうちで踊っていた。


 たとえ、一人であろうとも。

 こちらはこちらで、全力で仕事に臨みます――と、彼は胸を叩き。

 ただし――。


「――それで、聞いておきたいこと、ですよね」


 生真面目で律儀な性分の充は、あまり浮かれすぎてはいけないぞ、と。

 自分はここへ仕事をするために来たのだから、と。

 興奮状態の自分を省みて。


 余計な失敗をやらかしてしまわないよう、一度、心を落ち着かせよう。

 なにか日常的、現実的なことでも考えて冷静さを取り戻せないか――と。


 水の張られた棚田や、道端の草むらに視線を投げ。

 地面を赤黒い体色のアリらしき生き物が歩いているのを見つけ。

 そこで彼は、いつも遠出する際には気をつけていることを思い出し。


「この町で生活する際の注意事項があれば教えてください。近づいたら危ない生き物のこととか」


 この質問を口にした。


『危ない生き物、ですか? 魔物の類は大抵、好戦的で非常に危険ですが、町のなかで襲われることはまずありませんが……』


 充の質問に、いかにも異世界風の返答をするミヤであったが。

 充は、そんな大袈裟なものではなく、と首を振った。


「ああ、ええと、そういうのではなくて。ハチとかヘビとか、毒のある生き物がいないかと思って」


 もともと、現代日本の就職事情と反りの合わなかった充である。

 ならばいっそ就職をせずともと、かつて自給自足の生活を考えたこともある。

 山間の空き家――というより廃屋を借りて田舎暮らしを試した経験もある。


 波打つ畳の上で、列を為して攻めてくるアリの群れとの陣取り合戦。

 家屋に侵入してきたムカデの屋外搬送作業。

 軒先にハチが巣を作り、これは危ないとハチの攻撃から逃げ惑った日々。


 経験上、このような野趣溢れる土地でまず気をつけるべきは、虫である。


 それに、来訪地によって、その土地特有の危険な生物がいる場合も多い。

 日本でいえば、沖縄(おきなわ)へ行くならハブに気をつけるように。


 海外であれば、ガラガラヘビの生息地に行くなら警告音を知っておく。

 サソリのいる地域なら、靴を履く前にサソリが靴のなかにいないか調べる。

 そうした知識を集めておくのは、旅行者としての心得である。


 無論、本来ならば現地に到着するより先に知っておくべき事柄であるが。

 遅まきながら、そうした日常的行為を行うことで冷静になろう、と。

 危険生物に関する質問を口にした充であったが――。


『あ! そういった害虫などの! そ、そうでした! 充さんは人ですもんね! 虫や植物の毒は危ないですよね! すみません! 説明を忘れていました!』


「ああ、やっぱり危ない生き物、いるんですね」


『えっと、その田んぼの周囲に植えられているヌルヌルした笹っぽい植物には触れないでください! 虫除けの草で、肌がかぶれます!』


「危なっ! 触ろうとしてた!」


 聞いておいて正解だった。

 やはり、竜の従者たる魔女ミヤは、人外の存在らしい。

 彼女の感覚に任せておいては、人間の自分は火傷じゃ済まない目に遭いそうだ。


 充は、その事実を痛感し。

 今度から、気になることは、逐一、確認するようにしようと肝に銘じ。


『あとは触れるだけで危ない植物はありませんし、小型の虫で毒のあるものもいませんし……その町周辺で危険な生き物といったらサソリガニくらいですが、サソリガニは町のなかに侵入してきませんから心配はいりません』


「それならよかった。あとは、立ち入ったら危険な場所とかはあります?」


 その土地で立ち入ってはならない場所の情報もまた重要である。

 治安の良し悪しは調べておかなければならない情報であるし。

 沼に落ちる、火山ガスで中毒など、知っておけば避けられる事故もある。


『そうですね……治安という観点では、その町は皆さんおっとりしていますから、危ない場所もありませんが……町の外周にある酒場や宿屋は、よその町の冒険者が訪れていることが多いので、少しだけ気をつけたほうがいいかもしれません。あ、あと、夜間に町の外へは出ないように気をつけてください。あの、もちろん、夜になる前に充さんをお迎えに行きますが』


「やっぱり夜は危ないんですか? 野生の獣に襲われるとか――」


『あ、いえ、ほとんどの人は夜間に町の外へ一歩でも出ると即死するんです』


「……は?」


『〈水の国〉特有の現象なんですが……』


「怖っ!」


 ――こうして、ミヤのうっかり癖を再確認したり。

 ――危険生物の情報や危険区域の情報に肝を冷やしたり。


 そうやって、〈水の国〉の初日に心を遊ばせながら。

 そうこうするうちに、充は丘の麓に到着したのであった。



 * * *



 〈終焉と始まりの町〉は、充が思っていた以上に賑やかな町であった。


 往来は広く、綺麗にならされたものである。

 そこを町人や、木材や布を乗せた荷車が行き来している。

 栗色の髪に赤銅色の肌をした子供たちが薄手の羊毛服を着て走りまわっている。


 あまり屋根の高くない土壁の家々があちこちに建ち、そこから笑い声が届く。

 道端に座り込んで、談笑している大人たちの姿もある。

 閑散とはほど遠い、活気ある町の暮らしがそこには広がっていた。


「思ったよりも賑やかな場所なんですね」


『冒険者学校があるおかげで人が集まりますから、〈終焉と始まりの町〉は町の規模としては〈水の国〉でも大きなほうですよ。別の町からやってくる人が多いだけに、充さんが歩いていても、注目されたりはしないでしょう?』


「ははあ、言われてみれば確かに。よそ者でも目立たないんだなぁ」


 充は、異国情緒を感じずにはいられない町並みを見まわし。

 それからまた、ミヤに導かれるまま、雑踏のなかを歩き出した。


『異世界の町を間近で見て、いかがです?』


「うーん――とりあえず、なんだか、こうやって町の喧騒に包まれると、知らない土地に来た! って実感が湧いて、ドキドキしっぱなしですね!」


 聞こえてくる耳慣れない言葉や雑多な生活音に、高揚感を覚えながら――。

 人の流れのあいだを抜け、古くなって崩れた土塀の転がる路地を曲がり――。

 民家の影から飛び出してきた子供を躱し、歌を歌う老人を横目に見て――。


『到着しました! ここが目的地です』


「……おお?」


 やがて充は足を止めた。

 町中にある一つの泉の前――それが、今回の仕事の目的地。


 そこは凪いだ水面に赤茶の町並みと奇岩群を逆さに映す、水鏡の泉であった。


「これが迷宮(ダンジョン)の入口……?」


『はい。ここから〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンに潜れます』


 将来、未知の迷宮(ダンジョン)に挑むときの予行演習という名目で。

 今回はまだ、迷宮(ダンジョン)の詳細を聞かされてはいない。

 どのような迷宮(ダンジョン)かは実際に潜ってからのお楽しみ、という話だったが――。


 およそ迷宮(ダンジョン)という響きの似合わない、町中の安穏とした泉の畔で。

 初めて見る実物の迷宮(ダンジョン)入口に、充は首をかしげた。


『あ、あちらを見てください』


 そこへミヤの声がかかる。

 充が促されて、泉の奥へ目をやれば。

 派手な水飛沫をあげて、水中から空へと人影が弾き出されていた。


「うわ――」


 いきなりの出来事に、あんぐりと口を開けた充の前で。

 空中へ放り出された人影が、再び泉へざぶんと着水し。

 道端では、それを見た通行人たちが、やんやと囃し声をかけている。


迷宮(ダンジョン)の罠にかかると、あんな感じに外へ弾き飛ばされるんです。冒険者見習いの人が一度はやらかすことですから、見てのとおり、あれをやると町の風物詩みたいな感じで皆さんから笑われます』


「あー、なるほど……」


 冒険者見習いは、照れ隠しに両手で水面を叩いている。


 風物詩だというその光景。

 充はそれを感心混じりに微笑ましく見守り――そして。


『準備ができましたら、泉に向かって頭から飛び込んでください。()()()()()()()()()()()()()ですから』


 ミヤのその言葉に背を押され、表情を引き締め直して泉の水面に向き直った。


 ここが確かに魔法の力の働く場所であるということはわかった。

 鏡のような水面の下に、どのような世界が待っているのか。

 あとはもう、心を決めて突っ込むのみ。


 充は深呼吸をして、高鳴る鼓動を落ち着かせ――。


「――では、行きます!」


 大地を蹴って、一気に水面へと飛び込んだ。


 ――目を開けたまま水中に潜り、突如、反転する世界。天地が曖昧になる。


 ――泉に飛び込んだはずが、水に濡れる感触もない。


 ――そう思った直後、視界に広がったのは、一面の()()


 気付けば、充は()()()()()()()()()()()と飛び出していた。


「えっ!?」


 そのまま足下の水面に着水し、なんとか転ばないように踏ん張り。

 体勢を整えた充が、自分の状況を確認してみれば。

 水に腰まで浸った状態で、泉のなかに突っ立っていた。


「これ……」


 頭上には空。

 遠くには切り立った崖と、そこから流れ落ちる滝の数々。

 そして周囲には、土壁の民家が並んでいる。


 ただ、往来を歩く人々の姿はなく、家々から響く笑い声も聞こえない。


「これ……罠に引っかかって外に弾き出された……ってわけじゃ、ない?」


 思わず疑問をこぼし――次の瞬間、充は状況を正しく認識した。


「これが〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョンか……!」


 そう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()がそこに広がっていたのだ。


「なにこれ!? 凄いな!」


 眼前に広がる予想外の迷宮(ダンジョン)のスケールに、充は感動の叫びをあげた。


 迷宮(ダンジョン)――それは〈石の国〉の魔法によって造られた秘跡。

 外の世界から切り離され、そのなかでしか通用しないルールに守られた場所。

 千差万別の玩具箱。不思議の宝庫。


 それらの事実を身に沁みて感じ、圧倒される充を――。


『どうですか充さん! 驚きましたか? 目的の魔物もすぐ近くにいますが、きっとそちらも見たら、また驚きますよ!』


 どこか得意げなミヤの声が出迎えて。

 ここに、充の〈水鏡の迷宮〉みずかがみのダンジョン攻略の火蓋が切って落とされたのであった。

※ハブ……日本の南西諸島(沖縄県、鹿児島県)に生息する有毒のヘビ。


※ガラガラヘビ……南北アメリカ大陸に生息する、尻尾を震わせることで警告音を発する有毒のヘビ。名前の「ガラガラ」は赤ちゃんをあやす道具から。

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