『只人の戦い(下)』
――結論から言えば、充の作戦は一定の戦果をあげた。
成功と言って差し支えない、なかなかの着地点へと結論を導いた。
「ササキさんの岩人形無双は絵になりましたよ。ぼくは感心しました」
「こんな面白そうなことになっていたのかよ。オレも参加できりゃなぁ」
「なんだい、ミトラが説得工作に向いてるなんて話、あたしは初耳だねぇ」
「ぼくの見立てでは、ミトラさんが参加していたら、騒ぎが3倍増でしたね」
「おいおい! ビィミィもギィスも、酷ぇなぁ! オレ、辛いぜぇ!」
“竜の祝福”を撤退させ、全ての騒動が収まった後。
首尾の報告と、新迷宮の瞬間転送装置のテスト稼働を兼ねて。
ミヤは、勇者一行を“石の国”の図書館へと招いていた。
“貪食の”ミトラ。
“艶やかな毛並の”ビィミィ。
“ドレスの似合う少年”ギィス。
かつて世界を救った勇者たちが、今、談笑しながら見ているもの。
それは、充が岩人形を操り、“竜の祝福”の面々を蹴散らしている映像。
騒動の日の、最後の一波乱のシーンであった。
映像の中。
黒い巨人は、正に鬼の如く、立ち向かう冒険者たちを吹き飛ばしている。
切りつける刃は、なにひとつとしてその巨体に傷をつけられず。
放たれる魔法は、どれひとつとしてその歩みを阻めない。
「私も、あの岩人形があんなに強いものだって思ってませんでしたよ。ずっと前にミヤさんに見せてもらったときに、ちゃんと剣は刺さりましたし、魔法も通用しましたし、ミヤさんからも『あまり動きは速くない』って聞いてましたしね」
傍で状況を説明していた充が、当時の困惑を思い出し、言葉にする。
「そりゃあ少年よ。その剣はミヤ先生が用意したもんだろ。普通なわけがない」
「通用したのはミヤさんの魔法ですよね? だから通用したんですよ」
「ミヤの言葉をアテにしちゃダメだよ。ミヤの『速くない』はマローやジーンと比べて速くない程度の意味だよ? 自分の実力くらい、ちゃんと把握しな」
「はい、もう、みなさんの仰る通りだと今は痛感してます」
そこへ浴びせられる怒涛の指摘に、充は苦笑するほかなかった。
思い返せば、これまで比較対象となる身近な存在が、誰も彼も規格外過ぎて。
勘違いしていたり、まったく実感が湧かなかったりしたものだが。
「そうですね。ササキさんの活躍ぶりは、充分に一流冒険者のものですからね」
自分は、“水の国”におけるこれまでのアルバイトを通して。
実は、一流冒険者と呼ばれるだけの実績をあげていたらしい。
好々爺のような笑顔を向けてくる小柄な男性――こうしてその素顔を拝むのは初めてとなる、勇者一行最後のひとり、ギィスの言葉を聞き。
充は改めて、この一年で自分が積み重ねてきた“水の国”での体験を思い出し。
感慨深いものが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。
「そう、ですね。ありがとうございます、ギィスさん。それと、今回の作戦に協力していただいて、本当にありがとうございました」
このまま感慨に浸っていると、うっかり声を詰まらせてしまいかねない、と。
充は己に喝を入れ、目の前の穏やかな男性へと礼を言った。
それに対し、ギィスは小さく笑い声を溢すと――。
「なぁに、儂は若いもんを死なせないようにとの依頼を、受けた通りに仕事して、それはそれとして、貴方からの依頼もこなしただけのことですぞ」
突如、その姿を老人に変化させ、クシャクシャの笑顔でおどけてみせた。
“竜の祝福”の参謀役として雇われていた老人――彼こそ勇者一行のひとり、変化を得意とする魔法使い、“ドレスの似合う少年”ギィスその人であったのだ。
充の、あの日の説得工作における、最大の勝算。
それが、かつてジーンが反迷宮主義者団体から依頼された“帰らずの迷宮”攻略を断った際、無謀な挑戦を続けようとしている団体の様子見と犠牲緩和のため、密かに団体へと送り込んでいたパイプ役――すなわち、ギィスの存在であった。
* * *
反迷宮主義団体でも特に過激な活動をすると囁かれる“竜の祝福”へと事前に潜り込んでいたギィスは、「引退した歴戦の冒険者」の肩書と豊富な冒険者の知識とで、団内の怪我人や犠牲者を減らす成果をあげると同時に、反迷宮主義者全体の動向をジーンへと連絡する役目も担っていた。
ミヤたちの迷宮建築予定地が狙われていることをジーンが知ったのも、彼からの情報提供である。
そして、“竜の祝福”襲撃の日。
破壊活動者に、少なくとも当面は迷宮破壊行動を自粛させる。
その説得は、そうしたジーンやギィス、そして充の事前準備が成否を分けた。
「罠のない迷宮もありますからなぁ。そういったものなら、中に人が住むのも可能ではないですかな。ホレ、あのライミお嬢ちゃんが行方不明になったときも、あの子は迷宮で何ヶ月も生活しておったのでしょう?」
「ふむ……まあ、そうだな」
作戦行動中、ギィスは常に“竜の祝福”側の思考を誘導し。
「ミツルさんが故郷を守りたいと思うのは分かる。だがな、こうしている今でも迷宮で死んでいく人間は後を絶たないんだ。ミツルさんは、迷宮を壊さなかったために迷宮で子供が死んだと嘆く親を前に、弁解できるのか?」
「では、ジゲインさんは“水の国”の生活基盤である迷宮を壊して、それで生活が立ち行かず餓死した子供を抱える親を前に、なんと弁解するのですか?」
「む……うむ……」
“竜の祝福”のリーダーが非情になりきれない人であることを事前に伝え。
「だが……それでもだ。俺は今、人から恨まれようと。今、迷宮に依存した生活を変えていかなければ、子供や孫、先の代になって遥かに多くの人が犠牲になると確信している。そのためには……多少の犠牲は……」
「100日節後の100人を助けるために、今のひとりを犠牲にすると?」
「……ああ、そうだ!」
「その犠牲となるひとりが生きていたら、やがて2人の子を産み、その2人の子も15日節後にそれぞれ2人の子を産み、その子もまた子供を産んでいけば、30日節後には8人の子が、45日節後には16人、60日節後は32人、75日節後は64人、90日節後には128人の子が産まれます。ジゲインさんが未来に助けるつもりの100人は、今日犠牲にしたひとりから産まれる筈だった128人の中の……犠牲にした128人の中の100人かもしれないのですよ?」
「む……? いや……それは……?」
「未来は常に、今という大地の上に立っているんです。今を犠牲にした未来を得ようなんて、崖から飛び降りるようなものです」
リーダーが数字の計算はできること、ただし計算が得意というほどでもないことを事前に伝え、「ミヤさん、100って数字は“水の国”でも切りの良い数かな?」「はい。一年は100日ですし、10進数は結構通用しますよ」などのやり取りも加え、充に説得用の弁論を用意する時間を与え。
結果的に――。
「もし、ジゲインさんが本気で自分の感情を殺して、数だけを見て助かる人が多いほうを取ると言うのなら、まずやるべきは『迷宮がある場合』と『迷宮がない場合』で、どちらのほうが犠牲者を減らせるのかを、学者や識者を集めて調査させることなんじゃないですか?」
「だが、そんな調査をしている間にも犠牲者が出るかもしれないんだぞ」
「迷宮がなくなることでも犠牲者は出るかもしれないんです」
「ふうむ……ま、そこはどちらも仮定の話。平行線ですわなぁ」
「どちらも仮定でしかないなら、迷宮のお陰で今を生きている人がいる以上、少なくとも私は、どちらを取るべきかはっきりとした調査結果が出るまでは、今を生きている人を優先したいです」
「む……むむ……」
「その調査が待ちきれないのなら、次にやるべきは『迷宮を壊すこと』ではなくて、『迷宮がなくても生活できる場所を作って示すこと』ではないでしょうか?」
「ほう? 示すこと、ですかな?」
「ジゲインさんたちが迷宮を擁さない町を……町とまで言わずとも、町をつなぐ道や、旅の中継施設を作って見せて、迷宮の傍以外にも人は生きられると証明していけば、ジゲインさんたちの助けたいと望んだ人々は、自然と迷宮から離れた生活を送れるようになるんじゃないでしょうか」
問題点の指摘。
人情への訴え。
論点の誘導。
数字による説得力の演出。
対案の提示。
そうした充の言葉の果て。
「……今一度、考えてみよう」
ジゲインはついに折れ。
そして、この場の撤収と、充の提案の再考を約束するに至ったのであった。
「ミツルさん……ご忠告、痛み入る。町に戻ったら団体の方針を考えてみよう」
「団員を助けてもらった恩人の顔は立てておかねばなりませんしなぁ」
「爺さん、失礼だろうが。そういうことは言うなよ」
こうして、充と“炊き出しの”ジゲインの話し合いも終わり。
今度こそ、充たちの迷宮に平穏が戻る――かと思われた、そのとき。
「リーダー! すみませんリーダー!」
大慌てで駆けてきた“勇み足の”ライミにより。
その日の、最後の一波乱が幕を開けた。
「どうしたライミ!?」
「報告します! 出入口に連行されていた団員たちが罠に腹を立て、皆、命令を聞かず、闇雲に迷宮の破壊活動を開始しました!」
「ああっ!? あいつら!」
「はっはっは、暴れん坊どもは相変わらずですなぁ。どうしますかな、リーダー。こうなっては多分、彼らは言っても聞きませんぞ?」
騒がしくなる“竜の祝福”の面々。
それに対し、充は、それならば、と進み出て。
「私は気絶の魔法が使えますし、多人数を相手にする方法も考えがあります。少し手荒になりますが、お手伝いしましょうか?」
「む……いや、しかし……」
「リーダー、得体の知れない迷宮の罠にかかる危険よりは、この人に手伝ってもらったほうが余程マシではないですかな?」
「それは……そうだな。ではミツルさん、手伝ってもらえるか?」
リーダーの了承も受け、これで遠慮の必要もなし。
再び腰の剣を抜き払った充は、その切っ先を真っ直ぐ地面へと突き刺し。
「――“黒鬼”!」
高らかに、最後の呪文を唱えたのであった。




