幕間『シェパーズパイの異世界風(下)』
「充さんの注文した料理が来ましたよ」
「おおっ! 美味しそう!」
平和な休日の最後を飾る料理がやってきたのは、それから一時間は食前酒の芋酒だけで保たせた頃であった。
石のテーブルに、熱々の無骨な鉄皿が遠慮なしにゴトリと置かれ。
湯気を立てるそれを見て、充は待っていましたとばかりに歓声をあげた。
「これは芋? マッシュポテトを焼いた感じかな?」
「そうですね。小麦粉ではなくて潰した芋を使ったパイと言えばいいでしょうか」
「英国式パブなんかで食べられるシェパーズパイみたいなものかぁ」
登場した料理は、鉄皿一杯に盛られたこんがりきつね色のパイ。
ただし、パイ生地の代わりにマッシュポテトが使われているものである。
鉄製スプーンを突き立ててみれば、ホクホクと崩れる……かと思いきや、チーズのようにねっとりとした手応えの芋の層。
そして、その下から白い湯気と共に溢れ出る焦茶色の肉汁。
分厚い鉄皿の端に肉汁が垂れ、ジュッと音が立つ。
たちどころに甘い脂の香りが広がった。
泉のように湧くきめ細かい脂が、店内の発光石の光を弾いて煌めいている。
「トロみのあるソース……グレイビーソースかな。ゴロッとした挽肉をたっぷりのソースに絡めて、その上にチーズを混ぜたマッシュポテトをどっさり乗せて、窯で鉄皿ごと焼いたって感じかな? 野趣溢れる感じでいいね!」
「肉汁を味付けしてソースにしたものがグレイビーソースですよね? でしたら、大体合っていると思います。ただ、芋に関しては、元々こんな感じに粘り気の強い芋なんですよ。この町の特産品を使った郷土料理ってやつですね」
「へぇ……こんな糸を引く芋があるんだ。では、いただきます」
興味深く料理を観察した後、充はスプーンを口に運んだ。
薄っすらと表面が焦げたマッシュポテトと、肉汁たっぷりの挽肉を頬張る。
「んんっ!? 思ったより甘い! でも美味い! めっちゃ柔らかい!」
口の中に広がったのは、上質な牛ステーキのような肉汁の甘さ。
それが舌の上で蕩けて、ねっとりとした芋と絡み、喉奥に流れていく。
どうやら肉がとてつもなく柔らかいらしい。
箸で切れる極上ステーキというやつか、などと充は思う。
「あ、そのお肉は“火の迷宮”に生息している火炎ヒツジのものですよ。とても『熱い』環境で活動する魔物なので、煮ても焼いてもお肉が柔らかいままなんです」
「ああー、だからこんな、煮物みたいな見た目で、中まで熱々なのにレアステーキみたいな柔らかさの肉が……凄いなぁ。私の家にも欲しい」
さすがは剣と魔法と魔物の世界。
料理好きの創作意欲を刺激する食材もあったものである。
「“火の迷宮”の魔物は火炎黒犬から火炎蜥蜴まで、みんな調理しても肉が柔らかいままなので、食用に重宝されていますね。火炎黒犬は硫黄臭が強いので珍味の類ですが」
「へぇー、って、火炎ヒツジだけ名前がそのまま過ぎない?」
「だって、いい感じの翻訳がないんですよ! モフモフっとした炎に全身を包まれたヒツジって、何かいい名前ありません?」
「燃えるヒツジかぁ……スケープゴート……はヤギか……」
魔物話に花を咲かせつつ。
続いてはチーズのように伸びる芋を噛み、その甘味を堪能する。
肉が蕩けるほどに柔らかいお陰で、グラタンのような食べ心地である。
あるいはいっそ、フルーツソースに浸した焼き肉を食べているようなものか。
「甘い味付けは欧風って感じかな。チーズみたいだから塩っぽいかと思ったら、この芋も凄く甘みが強いんだね」
「はい。なのでデザートとか、芋酒の原料にもなっていますよ」
「ははあ、だから食前酒も芋酒だったのか」
談笑をしながら、やがてパイを綺麗に平らげた充。
そこへ、皿を下げに来た店主が、にこやかに何事かを告げ。
「――!」
「えっ」
笑いながら、テーブルの上を綺麗にして去っていった。
ミヤはそれを聞いて、頬に紅を差している。
「店主さん、なんだって?」
「あ……」
一体何事かと、充がミヤを見れば。
どうしたものかと、困り顔のミヤがいた。
「あの……おまけで呪術植物の粉末を入れておいたって……」
「……つまり?」
「えっと、つまり……媚薬の一種を盛られていました、です」
「ええっ!?」
どうやら恋人同士と思われ、店主がサービス精神を発揮したらしい。
「あ、でも! 見たところ充さんの身体に影響は出ていないので! その、大丈夫ですよ! 多分、調合方法が充さんの身体に合わないものだったんだと!」
「あ、えっと、そうなの? というか、そんなことも即座に分かるんだ?」
「あの、前に充さん相手に認識阻害の魔法でやらかしてしまいましたので、同じ失敗をしないよう、充さんの身体のことは、しっかりチェックしていますので……」
「な、なんというか、それはそれで恥ずかしいな!」
「ご、ご、ごめんなさい!」
「ああ、いや! 謝らなくていいから!」
こうして、最後の最後にちょっとしたどたばた騒ぎを交えつつ。
「あーでも! そうか、そういえば呪術植物は媚薬の原料って話も聞いたことがあるし……さっき聞いた魔法の特徴でも似たような考え方があったりするし、その辺ってやっぱり、“石の国”にあったものが私の世界にも伝わっていたってことなのかな?」
「あ、はい! ええっと、呪術植物とか、魔物はみんな“石の国”原産ですし、それが充さんの世界でも昔は育てられていて、魔力の枯渇と共に姿を消して、伝承のみの存在になったんじゃないですかね? 魔法の考え方も同様かと」
それを誤魔化すように、話題を変えて笑い合う2人の声を響かせながら。
充の休日――異世界観光は、賑やかに幕を下ろすのであった。
* シェパーズパイの異世界風 了 *
次回、第6章『異世界迷宮 日本式』に続く
※シェパーズパイ……コテージパイとも。英国料理。
※ヘルハウンド……硫黄臭い炎を口から吐く、黒いイヌの姿をした魔物。人と同程度の巨体で俊敏な動きをするため、“火の迷宮”に棲む魔物の中でも特に強敵。
※サラマンダー……全身が火に包まれたトカゲの姿をした魔物。大小様々な大きさのものがいる。人の女性のような姿をした個体も確認されており、こちらは“火の迷宮”の主。
※マンドレイクと媚薬……日本の存在する世界の伝承では、マンドレイクには性別があり、雄のマンドレイクは女性用の媚薬、雌のマンドレイクは男性用の媚薬になるといわれている。




