7/7節『最速の魔法使いの一目惚れ(下)』
センが言った、ジーンの好意に関する言葉。
ジーンが充に送っていた視線。
それらが、充の前に形を持って現れたのは――その日の夜のことである。
“帰らずの迷宮”からの帰還後。
“健やかなる者たちの町”の、ログハウス風の旅宿にて。
充とジーンの声が、簡素な室内に響いていた。
「――ふうん。ミツルの国では、魔法はそんな派手なイメージなの。私も、もう少し魔力に余裕があればミヤみたいに自分の魔法を飾ってみたいとも思うけど」
「いや、でも、ジーンの魔法も凄い格好良いと思うよ? ミヤさんの『優雅さ』みたいな方向とは別で、とにかく『無骨さ』を極めたみたいな感じが力強くて格好良いから」
「そう?」
「剣とか槍がドカドカ出てくる魔法なんて、格好良くないわけがない! ってくらいだと思うよ」
「ふうん。そう」
「あれって、私でも練習すればできるようなものなの?」
「そうね……ミツルなら、やれるんじゃないかしら」
すでに日も暮れて久しい時分。
部屋の中央に置かれた照明用の発光石を囲み、充たちは雑談に興じていた。
「魔法は、身体に備わっている目に見えない器官の作用で使えているものだってこと、ミツルは知ってる?」
「まあ、一応。魔法のことはミヤさんから軽く聞いているから」
「私やセンはその魔力器官の働きが普通の人より強いの。センはそもそも人じゃないけど」
「もしかして、2人とも魔物がいるのにすぐ気付いたり、変幻生物の正体が見えていたっぽいのもそのせい?」
「そうよ。私たちの動きを見逃さないなんて、ミツル、鋭いわね。――それで、私は他人の魔力器官がどれくらい発達しているかも感じ取れるのだけど。ミツルは冒険者を目指すなら、かなり恵まれている体質よ。使い手の少ない“念話魔法”も使えるし、“拾得魔法”も将来有望って感じ。育った環境のせいなのかしら? 魔力を操作した経験がほとんどなさそうなのに、下地だけは整っているのよ」
「へえ」
「慣れればミヤから魔力を借りなくても、ある程度は自分で魔法が使えるようになるわよ。あの子のみたいな、派手なやつは難しいけど」
この日、遭難者たちを救った充は、いつものように日本へ帰る――のではなく。
めずらしく、そのまま町の旅宿に泊まっていた。
それというのも。
「仕事が終わったらゆっくり話がしたい」と、ジーンに誘われたからである。
仕事前の雑談の続きということだろう。
センは今回の遭難事件に関する事後処理の話し合いに出かけ。
ミヤも、羽根ペンに変身してセンの手中に収まり、一緒に出ていったため。
丸太の壁に囲まれ木の匂いが漂う部屋に、今は充とジーンの2人きりであった。
「――そう。ミヤから魔力を借りているのよね、ミツル」
「え? うん。そうだけど?」
「よくやるわよね、貴方。あの子の魔力を身体のなかに溜めるなんて、並の度胸じゃ無理な話なのに。前に“扉の迷宮”で炎の槍を出していたときからそれが気になっていたのよ」
「そういうものなの? 私としては、憧れの魔法が使えるならーって、結構、気軽にやってもらってたんだけど……」
「他人の魔力を身体に溜めるなんて、口に刃物を突っ込まれているようなものよ。相手の気分次第でいつ殺されるかもわからない。それを、あんな大規模魔法が使えるほど大量の魔力を溜めて。大した度胸よ」
「そ、そうなんだ……ミヤさんは『安全に気を付ける』って感じのことは言ってたから、深く気にしてなかったけど……」
「それでうまくやってるんだから大したものだって話よ。ミヤが魔法の調整に失敗することなんてないだろうし」
ジーンは、充の性格と魔法を扱う素質が気に入ったらしく。
話のなかで、何度も充のことを褒める言葉を口にした。
充もまた、丸一日、ジーンと行動を共にし、また2人きりで話をして。
ジーンは想像以上の好人物だな、と感じていた。
はじめのうちは、強めの口調と、読めない表情の印象が強かった。
彼女は当たりの強い、怒りやすい性格かとも思っていた。
だが、当たりが強く思われた言動も、眠たげな目をして心根の読めない表情も。
その裏には、他者への思いやりがあり、好奇心や行動力などの熱量があり。
生真面目そうな性格も、充と相通じるものがあり。
「ミツルだって、どうせ今の話を聞いたからってミヤから魔力を借りるのをやめようなんて思わないんでしょ?」
「うん? うん……まあ……そうだね。魔法が使える嬉しさのほうが大きいし。危ないって言われて好きなことをやめるような性格なら、山登りを趣味になんてできないし」
「ふうん? ミツルは山を登るのが趣味なの? そういえば旅行が趣味だって話だったわね」
「山登りも好きだし、崖登りだってするし、冒険好きって感じかな?」
「そう。いいわね。私もよ」
いつしか充は、「憧れの勇者」相手という気後れも忘れ。
自然と打ち解けて、四方山話に花を咲かせていた。
「やっぱり、ミツルの話を聞いて正解だったわ。ねえ? 貴方と話をしていて、思ったのだけど――」
その話の最中。
眠たげな表情のまま、ただ声音だけはどことなく楽しげに。
そのような調子で話し続けていたジーンが、不意に言い放った言葉。
「ミツルは私に弟子入りする気はない?」
それが、充の将来に伸びる新たな道を示すものであった。
「え……っと、ジーンの弟子?」
「私から見ると、ミツルは鍛え甲斐のありそうな冒険者の卵なの。性格も冒険者に向いていそうだし、魔物との戦闘もこなせるってことも実際に見てきたし」
充が異世界と日本を行き来する生活をはじめて、およそ半年。
そのあいだに、充は夢に思い描いたとおりの「剣と魔法の世界」を見てきた。
不思議な罠と、怪しげな魔物と、驚くべき宝が満載の迷宮。
目にも止まらぬ剣技を披露し、摩訶不思議な魔法を使う人々。
そうした憧れの世界に、幸運にも触れられて。
自分がずっと抱えていた違和感を解消し、期待感を満たしてくれて。
間違いなく、充は幸福な今を生きていた。
異世界の魔女ミヤは、しかも充のこれまでの生活をも尊重してくれた。
充が今までアルバイトにあてていた時間だけを、異世界の仕事時間に置き換え。
それ以外の、充の日本での日常を変えようとはしなかった。
だが――充が求めていたものは。
その安寧のなかで眠ることではない。
その先にある、冒険こそを充は求めていた。
「ミツルは冒険譚や英雄譚が好きだって言って、冒険も好きだし魔法も好きだと言って、それに見た感じだと貴方、無欲でもやる気がないわけでもないでしょ? なら、私と一緒に“水の国”を旅してみない? 毎日が宝探しよ?」
だからこそ、この日、このとき、ジーンの放った誘い文句こそ。
勇者に弟子入りして冒険者生活の開始などと――。
まさに充の心を真っ直ぐに撃ち抜く言葉であった。
「あ……」
感嘆のあまり、充は一瞬、言葉を失い。
「ミツル?」
「あ、ごめん。――いや、私は本物の冒険者になれるかな?」
「なれるなれないなんてどころじゃないわ。貴方、こっちの世界に来て最初に会ったのがミヤだったせいで感覚が狂ってるのね。ミヤは過保護なの。エンシェへの態度からして、わかるでしょ?」
「ああ……それは確かにわかるかも」
思わず弱気とも取れる発言まで零し、ジーンに笑われ。
「だけど、なんで私にその話を? ジーンなら、弟子になりたいって人はたくさんいるんじゃないの?」
ただ、あまりにも突然の申し出に思われたため。
確認すべきことは先に聞いておこう、と疑問を口にして。
「そうね……実は、私、ミツルのことがどうにも気になるの。成長を見守りたいって感情なのかしら? でも、私は人付き合いに疎くてね。知っている付き合い方が『剣や魔法を教える』くらいだから。貴方なら冒険者を目指しそうな性格をしていると思ったし、それなら、私が教えられることもあると思って」
ジーンの真摯な口調を聞くうちに。
この誘いが、本物であるという実感が湧くに従って。
いつしか、彼の心は大きく燃え上がっていた。
「貴方、自分を鍛えるのが好きな質でしょ? どうせなら、私と組んで、“水の国”を冒険したいと思わない?」
「冒険か……そうだよね」
ミヤの勘違いからはじまった、異世界アルバイト生活。
週末に、剣と魔法の世界で、日雇い仕事をして金を稼ぐ日々。
それはそれで幸せであったが。
だが。
沙々木充が子供のころから憧れていたのは。
自分が愛した冒険譚は、英雄譚は。
主人公が故郷で平和に暮らして終わる物語ではなかった。
求めているものは、その世界のさらに先にあるものであった。
「ありがとう、ジーン!」
だからこそ、充は、気付けば感謝の言葉を口にしていた。
そして、彼は晴れやかな笑顔でもって。
「冒険者の手ほどきを、よろしくお願いします!」
小さな魔法使いから差し伸べられた本格的異世界生活への誘いを。
とうとう、明確に掴んだ冒険者の頂きへの綱を。
その手に、力強く握りしめたのであった。
こうして、充は“水の国”の冒険者として新たな一歩を歩みだした――。
と、そのままであれば平穏無事に終わるはずの話であったのだが。
その様子が変わったのは、話し合いも終わりを迎え。
ミヤもセンも、いまだ帰らず。
2人で先に寝ていようか、という空気が漂いはじめたときのことであった。
「ミツルはどういう冒険者を目指したいかしら? “竜の剣を掲げる町”の武術大会優勝? いっそ未踏破の第9種あたりを攻略してみるとか? 第10種の深層到達記録更新?」
「待って待って、まだ、どれがなんなのか知らないから……まずは冒険者について、詳しく教えてもらいたいかな」
上機嫌に今後の展望を語りながら。
部屋に置かれていた毛布をいじっていたジーンが、
「そうだわ。そうしたら、ミツルにもちゃんと見せておかないとね」
なにかを思い出したように、そう言うと。
それまで室内にも関わらず被り続けていたフードを、おもむろに脱いだ。
すると、フードのなかから細い金糸のような金髪がふわりと溢れ。
薄い水色の目と、白い肌の少女人形のような可愛らしい顔と。
大きく尖った耳が、明かりのなかで露わになる。
そしてその額には、一角獣を思わせる純白の角が生えていた。
「さっき、私は魔力器官の働きが強いって言ったでしょ? 魔力器官が発達している人はね、身体がうまく成長しなかったり、その器官が目に見えるように発達したりするの。仕事前に、ミツルがこの角を気にしてたみたいだから」
「あ、その角はそういうものだったんだ!」
充は仕事前に目にしていた、ジーンの角の正体を知り。
なるほど、と声をあげた。
次いで、格好良い、と思わず言いそうになり。
女性にその褒め言葉もないか、と言葉を飲み込む。
「怖がる人が結構いるから、普段は隠しているんだけど。ミツルには先に言っておいたほうがいいでしょ」
「へえ……私の感覚なんかだと、わざわざ隠さなくてもって思うけど。あ、いや、それは私が“水の国”の文化をよく知らないからってだけか。あまり適当なことを言ったら失礼だよね」
代わりに、咄嗟にぼかした褒め言葉を口にして。
それも失言だったか、とぶつぶつ言葉を重ねる充に対して。
「ふうん?」
有角の魔法使いは、充の表情に恐れの陰りがないことに口角を上げ、
「じゃあ……ミツルはこの角、怖くないのね? ミツルには、どう見える?」
充へと、そのようなことを尋ねた。
「うん?」
その口調が、これまでの自信に溢れた声とは異なるように感じて。
充は、発光石の明かりに照らされるジーンの顔を見つめた。
その表情は相変わらずの不敵な笑顔である。
だが、先程の声は、確かにどこか弱々しい響きだった。
どこか、切実さを感じさせるものだった。
「え……っと……」
不意の質問。
勇者が垣間見せた唐突な弱々しさ。
そのどちらの意図も計りかねたものの。
充は、改めてジーンの額にある真っ直ぐな角を見て、その白さに目を細め。
格好良いと言ってしまってよいものか。
女性に言っても失礼にならなそうな、偽りのない褒め言葉はないか。
そうした思考を経て、最終的に。
飾らない素直な感想が、口から零れた。
「綺麗だね」
その一言が、波乱を呼び起こす引鉄に――。
ジーンに心を決めさせる、最後のひと押しになった。
「あ……え……?」
どうやら、充のその一言が予想外だったらしいジーンは。
いつも眠たげだった目をまるく見開き。
しばらく、充の顔を見つめたまま固まった。
「……フフフ」
やがて笑い声を溢した有角の魔法使いの、その表情は。
口の端をキュッと吊り上げ、悪巧みを思いついた子供のようであった。
「いいわ。ゾクゾクしちゃう。そういうことなのね。やっと私にもわかったわ。この気持ち……予想以上にいいわ」
ジーンは興奮気味に、あちこちを見ながらぶつぶつと呟き。
充が、なにが起きたのかとその様子を窺っていれば。
勢いよく、充へと向き直り。
「ミツル。前言撤回よ」
突如として、そう言い放った。
「私が貴方に言うべきは、『弟子にならないか』じゃなかったわ」
「……えっ!?」
ここでまさかの順調だった話し合いが白紙撤回か。
さっきの発言はまずかったのか、と慌てる充に。
しかし、そこへ重ねてジーンが放った発言。
それこそが――。
「ミツル、私と夫婦になる気はない?」
「……へぇっ!?」
弟子にならないか、との誘いから飛躍すること何足飛びか。
勇者からの愛の告白が――彼女の不可視の魔法さながらの速度で。
ここに、充へとぶつけられたのであった。
「一目惚れってやつよ。ミツルはそういうの、信じない?」
「いや……あるとは思う、けど……いきなり言われると……」
充は、あまりに予想外の事態に、唖然とするしかない。
「答えはすぐじゃなくていいわ。私はいくらでも待つから」
そこへ、あっさりとした調子でそう告げたジーンは。
それじゃあおやすみ、と床に敷かれた毛布に包まり。
早々に就寝の体勢に入ってしまっていた。
その切り替えの速さも、尋常ではない。
「……えぇ?」
こうして、1人取り残された充は。
ときおり、フフフと笑い声の漏れる毛布の塊を横にして。
どうしてこうなった――と、頭を抱えたのであった。
* 世界を救った勇者から愛の告白をされました 了 *
次回、幕間『復讐を諦めますか? それとも人類の未来を諦めますか?』に続く
※旅宿……ほかの町から交易などの仕事に来た冒険者たちのための宿。町の人間が利用することはほぼない施設。
※魔力器官……人や魔物の身体に備わっている、目に見えない器官。魔力を生成・操作する機能がある。この器官が先天的に異常発達する者もいるが、その場合、きわめて多量の魔力を有するようになる。ただし、目に見えないとはいえ身体の一部であるため、この器官が発達しすぎると、ほかの身体全体の成長を妨げる場合が多い。有名な魔法使いに小柄な者が多いのは、このため。
※擁する迷宮が魔力切れとなった町のその後……迷宮がなくなってからもしばらくは生活できるが、稼働していた迷宮が小型のものであれば、数年もすれば迷宮の魔力による影響がその土地から完全に抜け、荒廃する。そのため、町の住人は近隣の町から護衛の冒険者を雇い、徐々に引っ越していく。センがミヤを伴って向かった会議では、このあたりの相談が長引いたため、センたちは宿へ戻るのが遅くなった。




