表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラストダンジョンの隠しボスが日本観光をするようです  作者: 幽人
第4章 竜王が少女であると知ったときの私の気持ちを答えよ
18/65

2/4節『竜の躰の神秘と紳士』

「それがまさか……こんな可愛らしい子だとは思いもしなかったよ」


 目の前の人物に対する、(みつる)の偽らざる第一印象はこれだった。

 人物――そう、人物である。

 ミヤの主人は竜である、と聞いていたのだが。


「そうだったんですか?」


 それに対し、ミヤは意外そうに驚いてみせる。

 竜といえば力強いもの、巨大なもの――それが充のイメージであったが。

 彼女にとっては、どうやら違ったらしい。


「ですが、はい。こちらが間違いなく僕の主人(マスター)、“竜王”エンシェです」


 ミヤの改めての紹介にあわせ、少女が半歩、充へと踏み出す。


「はじめまして。エンシェと申します」


 有角、有翼の少女が、そう日本語で挨拶を述べ、丁寧にお辞儀した。

 その下げられた頭に生える角、背中から伸びる2枚の翼が充の視線を奪い。

 翼のあいだから、濃紺色の金属光沢を放つ尻尾がゆらりと覗いている。


 ミヤとの山梨(やまなし)旅行を終えて1ヶ月経ったこの日。

 日本では寒さの盛りの時節、異世界“石の国”の図書館にて。

 充は約束通り、ミヤの主人との初顔合わせの時を迎えていた。


 ミヤ曰く、一国の存亡を左右した存在。

 数多くの迷宮(ダンジョン)を統べる者。

 最強の魔物。

 角が格好良いし、翼が立派――などなど。


 我が主はそのような竜である、と充は聞かされてきた。


 “竜王”エンシェ。

 「王」と呼ばれるからには、いわゆる人間を苦しめる魔王の類ではないのか。


 愛読する数々の冒険譚に登場する世界を連想し。

 最初に“竜王”と聞かされたときは、充も肝を冷やした。


 だがその実態は、思ったよりも平和的であった。

 ミヤも、ミヤの主人も、異世界の人間と敵対しているわけではなかった。


 充の世界でいうところの、「別の国の人間同士」程度であろうか。

 そのような距離感で接し合っている間柄なのだと、ミヤは語った。


 しかし、人間と敵対関係にはなかろうと、竜は竜である。


 竜を題材にした神話や騎士道物語好きの充としては。

 当然、竜という響きだけで畏敬の念を覚えてしまう。


 かなりの緊張と共に、ミヤの主人を待ち受けていた充であったが――。


 ミヤに伴われて現れた、ミヤの主の姿。

 それは猛々しい巨躯の竜――などではなく。

 角と翼と尻尾こそ、確かに竜のそれと言われて納得する雰囲気ではあったが。


 それでも、その存在を竜と呼ぶには、あまりにも――。

 あまりにも可憐で儚げな空気感をまとう、少女であった。


 “竜王”エンシェの容姿は、一言で言うならば深窓の令嬢である。


 星の光を透かすような白い肌に、青みがかった銀髪。

 ターコイズブルーと表現すればよいか、緑色に近い、輝くような青い目。

 ミヤの肩までの背丈しかない、年頃は高校生程度に見える細身の少女であった。


「本日はミヤ共々、よろしくお願いします」


 少女は、鈴を転がすような軽やかな響きで言葉を続ける。

 ミヤの声をハンドベルとするなら、少女の声は小振りな鈴だろうか。


 クリスマスの街頭で演奏される、カランカランと染み入るハンドベルの音。

 それに追随する、シャンシャンと軽やかな鈴の音。

 そのような心地良い音色を合図に、充のこの日ははじまった。




 時刻は日本時間でいうところの、午前5時を少しまわったころ。


 エンシェと充の、


「その節は大変にお世話になりました」


「いえ、こちらこそミヤさんにはいつもお世話になっています」


「例の迷宮(ダンジョン)建築は立地が決まり、今は土木工事中です」


「ああ、それはおめでとうございます」


「洞窟の工事が終わるまで、もう少しお待ちください」


 ――といった、仕事の話も交えた社交的な挨拶も済ませ。

 竜と聞いて身構えていた充の緊張も、自然とほぐれ。

 予定では充の車に移動し、旅行に出発する時刻。


 今回の旅行先は、地理的に前回の富士河口湖町(ふじかわぐちこまち)からほど近い場所。

 大変に透きとおった湧水が湧く地として有名な、山梨県(やまなしけん)忍野八海(おしのはっかい)である。


 充は、どうせなら前回とは違う場所に行くのはどうかとも提案していた。


 だがミヤの、


「はじめて充さんに案内してもらった記念の場所に、僕の主人(マスター)を連れて行きたいんです」


 との言葉に従い、最終決定した目的地である。


 本来であれば、その地を目指し、車を走らせているはずの時分。

 しかし、エンシェを加えての第2回日本観光旅行は、その開始を前にして。

 充たちは、いまだ図書館を出発できない状態に陥っていた。


 それは充にとって、まさに予想もできないアクシデントであった。


 かの国の存亡を左右するほどの竜の歩みを止めたもの。

 異世界をつなぐ魔法を操る、奔放にして強大な魔女を足止めしたもの。


 それは――。


「充さんも見てください! 主人(マスター)のこの角!」


「う、うん」


「骨ではなく皮膚が硬質化したものですが、そこは竜皮! とても頑丈です!」


「竜の皮かぁ。やっぱり頑丈なんだね」


「それはもう! それに、王冠を戴いているかのような形状がまた立派で……」


「ああ、うん、確かに」


 誰あろうミヤ自身が、先程からこの調子なのである。


 自分の頭上の紹介が続けられているエンシェはというと。

 困惑気味の充と目が合うや、申し訳なさそうにその目を伏せた。


 このような珍事態を招いたのは、充のエンシェに対する何気ない一言。

 「竜というからもっと人間離れした見た目を想像していた」であった。


 その声に、巨躯の竜が現れなかったことを残念がる雰囲気が混じっていたのか。

 それがミヤの解説魂に火をつけたらしい。


 はたしてそれはミヤの主人愛がなせる業か。

 あるいは充へのサービス精神ゆえか。


 充の言葉を聞くや、ミヤは勢いよく充ににじり寄った。

 その顔は、よくぞ聞いてくたと言わんばかりの溌剌とした表情であった。


 そして、「可愛らしい見た目でも、竜というのは凄いんですよ!」と――。

 旅行出発の直前に、思わぬ他己紹介イベントの勃発となったのである。




 そこからは、盛大な“竜王”エンシェ概論がぶちあげられていた。


「改めて、この立派な角ですが――」


 ミヤが少女の角を撫で、極上の笑顔で言葉を紡ぐ。

 少女は、ミヤの白い指をくすぐったそうに受け入れている。


 そのさまは微笑ましく、止めるのも(はばか)られる空気を醸し出している。


 こうなっては仕方ない――充も、不躾であるとは思ったが。

 正直なところ、竜の身体というものには憧れも興味もある。

 ミヤの熱弁にあわせ、エンシェの姿に目を向けた。


 まずは竜の少女を見た際、最初に目を引かれる角。


 濃紺色に銀色の筋が幾重にも入り、模様の描かれた角。

 それが、王侯貴族が身に着けるティアラのような形状で、額を覆っている。

 あるいはファンタジー作品で見る、女騎士の額当てとたとえたほうが適当か。


 角と額のあいだには、銀色の前髪が覗いている。

 角は両こめかみから生えたものが額の前でくっついて形成されているらしい。

 髪が絡んだら洗髪が大変そうだな――充は、ついそのようなことを考えた。


「そして翼です! 素敵ですよね!」


 続いては、少女の背中にすっぽりと収まるサイズの小さな翼。

 それを充に見せるように、ミヤが少女の背中を充に向ける。


「うわっ、ちょっと」


 だが、エンシェの衣服は背中がざっくりと開いたものである。

 身体の前面を覆う布を、首と腰まわりで結んだだけの軽装。

 それは、翼を自由に動かせるようにだろうか。


 ともあれ、初対面の少女の、剥き出しの背中を凝視するのは紳士心に(もと)る。

 慌てた充であったが――。


 エンシェとミヤの付き合いの長さだろうか。

 少女はミヤの行動を予想していたのか、即座に片方の翼を広げ。

 見事に背中を覆い、肌色を隠してみせた。


「全身をわけなく覆えるサイズまで広げられますし、このように自在に形も変えられますので、くるりと自分の身体をこの翼で包めば、それだけでどんな刃も魔法も効かない最強のローブの出来上がりです! と言っても、元々全身が竜皮ですから、防御を固めるまでもないですが」


 翼の生え際は、人間でいう肩甲骨のあたり。

 うっすらと鱗に覆われた翼の付け根は細く、伸びる翼を自在に動かしている。


 濃紺の色合いといい、どうやら翼も角と同じく、皮膚が硬質化したものか。

 しかも、鳥のように骨が通っているのではなく、昆虫の翅めいた構造らしい。

 強靭な竜皮が、外骨格の生物の無茶を人間大で実現しているのか。


 尋常じゃない伸縮性は、カメレオンの舌のように折り畳まれているのか。

 テレスコピック――伸びるアンテナと同じ仕組み――みたいなものか。

 あるいはもっと魔法的な仕組みなのか。


 いずれにせよ面白く、興味深いものである。


「翼は全て筋肉で動かしているので……充さんにはゾウの鼻を想像してもらえれば、伝わるでしょうか」


「ああ……うん、なんとなくわかる」


 充も紳士心を持ち合わせているとはいえ、幻獣への憧憬も捨て難い。

 遠慮がちにだが、ミヤの説明が続くあいだ、少女の翼を堪能させてもらった。


 せっかくだからと、エンシェが両翼を大きく広げ。

 ハンググライダーかというサイズまで伸びたその翼を前にしたときには。

 充も思わず拍手をしたものであった。


 ――そのまま竜の皮膚と鱗の説明に移って30分。


 竜皮の優位性や竜という種族の進化の過程、毒や魔法が効かない性質等々。

 話の内容は、充にとって目新しく楽しいものであったが。


「次は尻尾と爪、どちらが良いですか?」


「いや、ミヤさん」


 このままでは出発前に日が暮れる。


 話の終わりが見えないことを危惧した充が、ここでようやく待ったをかけた。


「あ……すみません。出発の時間ですよね」


 自分の長話に気付いたミヤも、慌てて口を閉じる。


「続きは車の中で、だね」


 しゅんとするミヤを、笑いながら充がフォローする。

 そのようなやり取りを見て、エンシェは充にぺこりと頭を下げた。


 寡黙――というより、しゃべるミヤの顔を立てて一歩退いているのか。

 ミヤの主人だけあって悪い人ではなさそうだな、と思いながら。

 充も、竜の少女の綺麗なお辞儀に会釈を返した。




 それから、ミヤの書斎に移動し。

 充の寝室へと続く、異世界をつなぐ扉を前にして。


 エンシェは、角と翼と尻尾をそのままに日本へ行くわけにはいかない。

 それらを隠す魔法をミヤに頼む少女と、それに甲斐甲斐しく対応するミヤ。


 2人の様子を一歩離れた位置で、充は眺めながら。

 ミヤの心情を――彼女が主人に向ける想いについてを想像していた。


 先程のミヤが見せた、突然の講義開講の流れ。

 それ自体は、初の異世界アルバイトの際にも体験したことがある。

 だが、今回の彼女のテンションは、当時の倍は高かった。


 迷宮(ダンジョン)に関する話題になると、口数が多くなることは知っていたが。

 迷宮(ダンジョン)以上に熱を入れるものが、彼女にあったとは。


 充は、魔法により人と変わらぬ姿になっていく竜の少女を見つめる。


 角も翼も尻尾もなければ、そこにいるのは透明な空気感をまとう銀髪の少女。

 幼さを感じさせる大きな両目が宝石のように煌めく顔貌。

 やはり深窓の令嬢という言葉が似合うな、と思う。


 この少女が深窓の令嬢だとするなら、それを育て上げたのはミヤだろうか。

 見た目の年齢はあてにならないと知っているから、憶測に過ぎないが。


 どうあれ、この少女がミヤの大切な人であることに違いはない。

 なんとしても、今回の旅もまた楽しいものにしよう――。


 充は、そのように決意を強め、密かに使命感と情熱とを燃やし。


「充さん、お待たせしました」


「お待たせしました」


 やがて2人が準備を終えて、充の横へと並び。

 充はそれに、にこりと微笑み返し。

 ここに、第2回日本観光、山梨旅行は開幕を迎えたのであった。

※ターコイズ……トルコ石。艶々とした不透明な青色~緑色の鉱物。


※忍野八海……山梨県にある富士山のお膝元の湧水池群。国の天然記念物、並びに(昭和の)名水百選に指定されている他、富士山が世界遺産に登録された際の構成資産としても選定されている。綺麗な池が観られる観光地。池の名はそれぞれ出口池(でぐちいけ)お釜池(おかまいけ)底抜池(そこなしいけ)銚子池(ちょうしいけ)湧池(わくいけ)濁池(にごりいけ)鏡池(かがみいけ)菖蒲池(しょうぶいけ)と呼ばれ、出口池以外はどれも徒歩で簡単に巡り歩ける距離にある。


※昆虫の翅……外骨格が薄く伸びたもの。鳥やコウモリのように前肢が変化したものではなく、いわば表皮の一部。


※カメレオンの舌……体長の二倍ほどもある長さの舌を蛇腹状に折り畳んで口のなかに収納している。


※テレスコピック……伸びるアンテナや指示棒によく見られる、同じ形状の筒を重ね合わせた伸縮構造。


※ゾウの鼻……長さと、鼻の先で小豆のように小さなものまで摘める器用さで有名な部位だが、内部に骨はなく、筋肉の塊である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ