異世界最強の魔女、洞窟観光に感動する
旅のメインディッシュである洞窟観光は――もう、すばらしかったですね!
もちろん、見ていて面白かったというのもありますし。
僕にとっては、とても勉強になる場所でした。
木の根がゴツゴツと地表に飛び出す、独特の景観を誇る富士の樹海。
樹海は地面が富士山の溶岩でできているそうで、つまり岩ですから。
根っこが地表を這うように成長することになるのでそんな見た目になるそうで。
ときどき、溶岩が冷え固まる際にガスが噴き出た穴もたくさん残っていて。
苔むした岩、這いずる木の根、そこらじゅうに裂け目のある地面、と。
平らな場所なんてこれっぽっちもない――樹海はそんな場所なんですが。
その深い緑のなかに現れる大穴――それが富岳風穴と鳴沢氷穴でした。
あれは――まさしく、僕の望んだ雰囲気のある場所でしたね。
ここはほかの場所とは違う、凄いところなんだぞって宣言しているような。
そんな魔力が漂う洞窟でした。
それはもう、凄いんですよ。
洞窟は、内部への道は階段になっていて、歩きやすさに配慮されていましたし。
転ばないように、竹で作られた手すりも設けられていましたし。
観光客の足元を照らす照明も、真っ暗な場所がないくらい置かれていて。
観光用にそこまで整備されて――それでも怪しい風格をまとっていましたから。
近付くだけで、空気がまったく違っていまして。
洞窟に向かう階段を降りた瞬間、世界の空気が変わるんです。
ゾワッと、全身を湿った洞窟内の風が出迎えてくれるんですよね。
夏に行けば、汗ばむ陽気のなか、階段を降りた途端に凍える空気に包まれて。
観光客はみんな、凄い凄いと洞窟入口付近で歓声をあげるそうですよ。
はい、僕はそんな素敵な洞窟を、全身で体験させてもらいました。
「ここも竹でできた手すりですよ!」
「洞窟の気温が低すぎて、金属だと手がくっついて危ないからだって」
――とか。
「あっ! やっぱり明かりは用意されているんですね!」
「電気の配線が大変そうだよねぇ」
――とか。
「充さん! ここから入口を見上げると、森がまるい額縁に入れて飾られているみたいですね! だいぶ深いところまで降りてきたって実感できますね!」
「ああ、これは写真映えしそうなアングルだ」
――入口の時点で、そんな具合にはしゃぎまわって、充さんに話しかけて。
本当に――楽しかったですねぇ。
氷穴の、狭い空間をにじり歩いて地下深くへ潜っていくのも。
風穴の、ちょっとした広い地下空間を奥へ奥へと進むのも。
溶岩に巻き込まれた樹木が燃え尽きてできた木の幹模様の横穴とか。
水面の波紋がそのまま岩になったような場所とか。
洞窟の壁面を見ているだけで、天然の陶芸品を眺めているみたいで。
物音を吸収してしまうから、音が反響しない場所ですとか。
ひかりごけっていう、キラキラした岩があったりですとか。
それからもちろん、氷塊ですとか――どれも、面白かったですねぇ。
「あ、大きな氷柱があります! 光ってますよ!」
「おぉ、今年は氷がしっかり残ってるなぁ。ライトアップが綺麗だ」
「氷を明かりで照らすと綺麗なんですね」
「氷柱が滝みたいで格好良いね」
どちらの洞窟も、大きさ自体はそれほどでもなくて。
さっさと歩いてしまえば、五分か十分あれば見てまわれる規模なんですが。
そこを、ゆっくり、じっくりと時間をかけて――。
充さんと二人で、至福のひとときを過ごさせてもらいました。
「充さんは何度もここに来られているんですか?」
「結構来てるよ。大体は夏だけど。富士山に登った帰りにとかね」
「夏、ですか」
「外の暑さと比べて洞窟の寒さがよくわかるし、氷柱も夏のほうが大きいんだよね。今年は結構、氷が残ってて安心したけど」
「あれ? 冬のほうが氷が少ないんですか? 夏のほうが暑いんでは……あ、いえ、ここの洞窟は年中冷たいままなんでしたっけ」
「そうそう。で、洞窟の外から染み込んでくる水分次第で氷柱の量が変わるから、乾燥している冬より夏のほうが氷たっぷりなんだって」
「あ、そんな理由が……」
はい、充さんにも色々と教えてもらいましたけれど。
本当に、洞窟のすべての要素が繊細で絶妙なバランスで成り立っていて。
日本の観光地は凄いんだなって、実際に訪れてみて、それがよくわかりました。
都心から現地までを繋ぐ交通網の充実もそうですし。
観光地自体の、足場から照明にいたるまでの配慮もそうですが。
なによりも、その繊細さがすばらしくて。
〈水の国〉の自然は万事、魔法が強引に解決しているじゃないですか。
豪快といえば聞こえはいいかもしれませんが、悪くいえば大雑把ですよね。
炎の谷のなかに、氷の洞窟がドーンとあったり。
周囲の環境なんて関係なく、年中霧に沈む森とか、雨の草原とか。
〈黒い砂漠〉だって、荒野の真ん中にあそこだけアレですよ。
それぞれが自前の魔力で、隣り合っていても不干渉で好き勝手やっていて。
それが日本では、全部が全部、精緻な関係性で結びついていて。
だからでしょうか、景色がみんな繊細で儚い美しさに満ちているんです。
魔法がない世界だからこそ、魔法なしで世界を成り立たせるために進化して。
きっと、そういうものを積み重ねてできたのが、この日本なんだなって。
あのとき観た自然の芸術品からは、そんなことを教わりました。
まあ、でも――です。
僕としては、一番感動したのは、やっぱり。
風穴の奥にあったものですよね。
充さんが僕を喜ばそうと用意していた、とっておきのカード――。
僕が日本好きになった理由の一翼を担うものが観られて。
本当に、本当に――嬉しかったです。
* * *
「そろそろ、ミヤさんには特に見てもらいたかった場所に到着するよ」
「僕に、ですか? なんでしょう?」
それは、風穴の最奥にありました。
照明の明かりでオレンジに染まった岩壁の洞内に、突如として。
銀色の缶がいくつも積み上げられている、奇妙な場所が現れたんです。
「わ……充さん、これは?」
それはまるで秘密の工場にでも出くわしたかのような光景で。
僕も目をまるくして、充さんを振り向いたんですが。
充さんが、その缶の山に歩み寄って。
そこにあった展示パネルを示して、ほら――って。
「昔はここでカイコを飼っていたんだって。その記念コーナーだよ」
それを聞いた瞬間、小走りで駆け寄っていましたね!
「カイコということは絹! 着物の素材ですか!」
「ミヤさんは着物が好きで日本に興味を持ったって言ってたでしょ。だから、こういうのにも興味があるかなって思って」
「はい! ありがとうございます! わあ……ここが絹糸を産んでいた場所……」
だって、僕が日本好きになったのは、着物文化に憧れてでしたから!
前にも言いましたけど、でも、何度でも言いたくなるくらい好きなんです!
あの布地を贅沢に使って、たくさんの色を重ねて、雅やかで――。
あんな素敵な服装、それまで見たこともありませんでしたからね!
さすがに山梨旅行中は、充さんから借りたファッション雑誌で事前勉強して。
ウィンドパーカーにショートパンツ、厚手のレギンスにハイカットスニーカー。
そんな現地用の格好でしたけれど。
〈水の国〉では、いつもあの藤色と桜色のローブですから。
日本の着物に憧れて作った、動きやすい十二単衣がテーマの服です。
服だけでなく、魔法の命名にだって和を心がける筋金入りですよ!
その憧れの源泉が目の前にあるのかと思うと――はい。
展示されている小さな繭玉がみんな、まばゆいばかりで。
舐めまわすように、展示パネルを読み漁りましたよ。
嬉しさのあまり魔力が漏れて、周囲に氷の花を散らしてしまって。
充さんに指摘されて、慌てて花を消して。
ほかにお客さんもいなかったので、好きなだけ見学に時間を使って。
全部、しっかりと見てまわってから。
にこにこと、そばで待ってくれていた充さんに向き直って。
「着物の素材まで見られるなんて……ありがとうございます! 凄く、こう、刺激になります!」
感謝してもしきれないくらいの感謝を、言葉に乗せて。
「そう言ってもらえると、案内しているこっちも嬉しいよ」
それを聞いて嬉しそうに笑ってくれる充さんの笑顔が、また眩しくて。
――だから、もう我慢できなかったんです。
「あの」
「うん?」
周囲にだれもいないことを確認して、充さんに身を寄せて。
僕の様子から、充さんも僕が大事な話をするってことを察してくれて。
二人で、囁き合うように、言葉を交わして――。
「今日はお礼を言ってばかりの気もしますが、それでも、ありがとうございます。とても楽しませてもらっています」
「ああ、そんな、こちらこそミヤさんのおかげで楽しい旅行になってるよ」
「充さんが日本をこうやって案内してくれて、とても嬉しいです」
「改まって言われると照れるなぁ。でも、どういたしまして」
「今回の旅行が、とても楽しくて……それで……」
本当は旅行前から言いたかったことを、思い切って伝えてしまおう――って。
緊張して、うつむいてしまいそうになるのを、頑張って耐えて。
――でも、やっぱり僕にはまだ、勇気が足りなくて。
僕が、充さんと初めて会った日に、充さんの言葉と行動と人柄に触れて。
あのときから、充さんこそ運命の相手に違いない――だなんて。
僕が充さんに特別な感情を抱いている――だなんて。
日本では、そんな重い感情を付き合いの短い相手に抱くのはふしだらだとか。
自分の気持ちは秘めて語らないって文化があるそうですから。
貴方こそ僕の運命の人です――とか。
貴方は僕にとって世界まるごとと同等の存在なんです――とか。
そんなことをいきなり言われても、充さんも困ってしまうでしょうから。
やっぱり僕にはまだ言えないって、出かかった言葉を飲み込んで。
でも、重要なことを言い出す空気を作ってしまいましたから。
それならこの際、もう一つ。
言おうかどうしようか迷っていたことがあったものですから。
厚かましい気もするこのお願いを言ってしまおうって。
頭をフル回転させて、ここまでのことを一瞬で思考して。
それから、充さんの目を見て言ったんです。
「僕の主人が、来月に〈石の国〉へ帰ってきます」
「おお! ついに!」
「はい。それで、充さんを主人に紹介するという件についてなんですが……その席を、日本に用意してもらうわけにはいきませんか!? ――あの、つまり、また僕を日本観光に連れていってもらえないでしょうか!? それで、そこに主人の同行も許してもらえませんか!?」
充さんなら、主人の旅の先導を任せても間違いないって。
それまでの旅行中に、そう確信できたものですから。
だから、主人と僕と充さんと、次回は三人で旅行をしてみたいって。
「主人も日本に興味を持っていて……充さんなら、誰よりも頼れると思って! 主人の姿は、僕が魔法でなんとかしますから!」
「ああ、なにごとかと思ったら、なるほど」
こちらのお願いにしても、決して気楽に口にしたわけではないんですよ。
なにせ主人に関わることですから、気楽になんて言えっこありません。
本当に、覚悟を決めてのお願いだったんですが――。
「もちろん、いいよ。喜んで引き受けさせていただきます!」
はい――充さんは胸を叩いて、それを快諾してくれたんです。
竜の先導なんて光栄だって、笑ってくれて。
それはもう、さっきまでの逡巡も忘れる嬉しさでしたね。
また、こんな楽しい旅行に。
充さんと一緒に行けると思うと、僕も嬉しくて嬉しくて笑顔になって。
「あ、ありがとうございます!」
そんなことも含めて――僕にとって忘れられない、最高の旅行でしたね。
* * *
主目的の風穴、氷穴観光を終えたあとも。
近くにある西湖コウモリ穴なんて洞窟にも立ち寄って。
こちらもまた、洞窟前の遊歩道が樹海の神秘さを感じられる素敵な場所で。
洞窟も、風穴や氷穴より大きくて、寒くはなくともまた味があって。
夕方の四時過ぎまで、洞窟と樹海を満喫していました。
それから、日が暮れてからは――。
充さんは、せっかくの旅行なんだから華やかなイベントにも行こうと言って。
僕を、河口湖の花火大会に連れていってくれたんです。
はい、夜のお楽しみというやつですね。
てっきり日本の花火大会というのは夏の風物詩だと思っていたのですが。
河口湖では、毎年一月に冬の花火大会というものを開催しているんだそうで。
しかも、頭上高くに打ち上げる打ち上げ花火だけでなく。
湖面で花火を炸裂させる、孔雀花火というものが名物だそうで。
クジャクが尾羽を広げたような、半球状の花火ってことですね。
それを観るため、河口湖畔の公園に行って。
どこにこんな人がいたんだってくらい、たくさんの人が集まっていて。
そこでみんなで、色とりどりの花火を観て――。
噂には聞いていた、日本の花火というものの華麗さに驚かされて。
湖面に咲く花と、赤や黄色に照らされる充さんの横顔とを見比べて。
最後まで、本当に素敵な旅行にしてくれた充さんに感謝して。
「充さん――ありがとうございます。今年も一年、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ミヤさん」
ああ――今年は一年、佳い年になりそうだ。
そんな確信を得られた、すばらしい旅行でした。
※風穴と養蚕……蚕の卵は寒い場所から暖かい場所へ移動させられると「春が来た」と勘違いして孵化する。その性質を利用して絹糸を年間通して生産するため、天然の冷蔵庫である風穴に蚕の卵が保管されていた。